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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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   4

 この第二世界とイルミンスールに友好関係を結ぶべくやってきたのが、土方 伊織(ひじかた・いおり)だ。であるのに、いきなり騒動に巻き込まれ、伊織はパニックになりかけていた。パートナーのサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が、「しっかりなさいませ」と尻を叩いてくれなければ、まだ「はわわ」と目を回していたことだろう。
 混乱しかけた頭が落ち着いてくると、まず指揮系統を統一すべきというのが、伊織の頭に浮かんだ考えだった。
 そこでこの戦いの指揮者でもあるメイザースの元へ行き、連絡しやすいように銃型HCを渡そうとしたのだが、これがうんともすんとも言わない。
 きちんと起動するし、入力も可能だ。プログラムの多くは使えるが、メールはエラーが出る。あれこれ弄っている内に、バッテリーが切れてしまった。どうやら電波通信の類は使えないらしい。
「……他に何か?」
 メイザースの視線が痛い。助けを求める伊織の目に、ベディヴィエールが進み出た。
「一つ、ご忠告が」
「承りましょう」
「他人のことを悪く言うのは、あまり好ましくないのですが」
 歯切れが悪い。ベディヴィエールは英霊で、元は円卓の騎士の一人だ。陰口を叩くのは憚られる。だが、たとえその行為が卑怯と罵られようと、やらなければならないことはある。
「契約者全てが決して善意の者ではない、ということです」
「どういうことかしら?」
 そこで伊織が、契約者の名をいくつか挙げた。この世界に来ていると思われる、犯罪歴のある者たちだ。メイザースは、ほつれた金色の髪をかきあげ、柳眉を微かにひそめた。
「困りましたね……」
「事前に手を打つべきかと存じます。事が起きてからは遅うございますから」
と、ベディヴィエールは付け加えた。
 本音を言えば、イルミンスールとの外交問題に発展することを二人は恐れていた。
 メイザースは迷っているようだった。確かに契約者を信用できないとなれば、計画自体を練り直さなければならない。しかし、その時間はない。
「……分かりました。今聞いた方々については、あなた方で注意を払ってくださいますか?」
「え?」
「無論、私も気にかけるようにはしましょう。しかし、正直なところ、全てに目を配るのは不可能です」
「それは、我々に逮捕権を与えてくださるということですか?」
「もし、確たる証拠があれば。そうでなければ、私に知らせてください。ただしこの件は、他のメンバーや会長には内密に願います」
「どうしてですかー?」
「いらぬ混乱を巻き起こしたくないからですよ。だから、あなた方にお願いするのです」
 ベディヴィエールは頷いた。メイザースの言うことももっともだ。今ここで、疑心暗鬼に陥るわけにはいかない。陰でこっそり処理するのが望ましいだろう。
「何だかスパイみたいですね」
 伊織の口調はどこか楽しげだ。「異世界の者」が役に立つところを見せられて、嬉しいのだろう。ベディヴィエールも同様だった。
 しかし、問題が一つ。
 連絡方法を銃型HCしか考えていなかったため、代わりにベディヴィエールが走り回る羽目になった――ということである。


 メイザースが自室を出るとすぐに、東雲 いちる(しののめ・いちる)ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)クー・フーリン(くー・ふーりん)エヴェレット 『多世界解釈』(えう゛ぇれっと・たせかいかいしゃく)の四人が寄ってきた。
 いちるは全員の紹介を済ませると、
「お傍にいさせてください」
と言った。
「お断りします」
 ――即答だった。
「あ、あれ?」
 そのままスタスタ早足で行ってしまうメイザースを止めるべく、ギルベルトが【奈落の鉄鎖】を使おうとする。クーが慌ててメイザースの前に回り込んだ。
「お待ちください、メイザース殿。私たちはただ、お手伝いをしたいと申し上げているだけです」
 メイザースは足を止め、ああ、と頷いた。
「てっきり、私の身を守りたいと言っているのかと……」
「そういう人がいたの?」
「多世界解釈」ことシュバルツ――命名いちる――が尋ねた。メイザースは微笑む。
「ええ。私よりも会長をお守りしてほしいのですけれど」
「皆さん、メイザースさんのことを心配しているのでしょう」
と、いちる。
「そうでしょうね。けれど私は、一人で動き回るのが好きなのです。――それより、どこかちょうどいい場所があればいいのですが。ああ、キルツ」
 書類の束を抱えたキルツが通りかかり、メイザースは呼び止めた。
「この方たちを、警備が手薄な場所へ案内してちょうだい。そうね、裏門がいいかもしれない」
「裏門ですか? しかし、あそこは――」
「入り口は塞いであるわ。でも、無理矢理開けて入ってくるかもしれないでしょう。確か誰もいなかったはずだわ」
 キルツは分かりましたと頷き、書類の束を抱え直しながらどうぞこちらへと四人の前を歩き始めた。その拍子に一番上の書類がひらりとその拍子に落ちる。拾ったいちるは、あら、と小さく声を上げた。
「どうした、いちる?」
 ギルベルトも眉を寄せた。
「貴様、これは警備計画書ではないか?」
「ええ、そうですよ」
「しかしこれは、メイザースの仕事ではないのか?」
「私は雑事全般、何でもござれでしてね。清書もいたしますよ。ま、戦闘はご勘弁願いますが」
と、キルツは陽気に笑った。
「ご謙遜を。人払いの術式に引っ掛からなかったのです。そなたも相当の魔力を有しているはず」
「魔力はね」
 クーの言葉に、キルツは肩を竦めた。
「私はどうも、荒事が苦手でしてねえ。戦闘センスがないんでしょうな」
 シュバルツがその書類を覗き込み、感心したように頷いた。
「達筆ね、あなた」
 魔道書なだけに、文字の美しさや紙の良さにはこだわりがある。
 そうですかねえ、とキルツは照れたように笑った。
「キルツさんは、『鍵』について何かご存じなのですか?」
 書類を束の上に戻しながら、いちるは尋ねた。
「さあて。私も今回、初めて聞かされましたから。何か大事なものということまでは知っていますが」
「地下墓地には何があるのかしら?」
「墓地は代々の幹部や会長のお墓があります」
 シュバルツの質問に、キルツはあっさり答えた。
「つまり、神聖な場所ということでしょうか?」
と、これはクー。
「そうでしょうね」
「そこに鍵が? 確かに大事なものを隠すには最適かもしれませんけど……」
 いちるはイギリス人とのクォーターだが、日本では仏壇によく通帳や現金を隠すことを聞いたことがあった。
「さあ、私には何とも。――メイザース様にお聞きになったらいかがです?」
「でも、そんな簡単に教えてくださいますでしょうか?」
「あなた方の力を借りるのに、本当のことを話さないでどうするんです。私が知っていることなら何でもお話しますが、生憎と」
「それもそうだ。もう一度、メイザースに――」
とギルベルトは振り返ったが、既に彼女の姿はなかった。
「キルツ、メイザースはどこへ?」
「さあ?」
「貴様、計画書を全て読んだのだろう?」
「メイザース様は単独で行動されていますから、計画書には何も書かれていないんですよ。会長なら、今は会議室にいらっしゃいますが」
 さすがにエレインは近寄りがたい。そう言うと、
「じゃあ、頑張って探してください。あ、あそこから回れば裏口です。では私はこれで」
 キルツは木の扉を指し、四人を残してさっさと行ってしまった。
 メイザースを探して質問することも考えたが、まずは信頼を勝ち取ることが先決だとして、いちるたちはそのまま門番を務めることにしたのだった。