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リアクション
6
瓜生 コウ(うりゅう・こう)は探索中にたまたま見つけた闇黒饗団のアジトに足を踏み入れていた。
外から気配は感じ取れなかったが、相手は魔術師だし、何より今は「人払いの術式」や「結界」が効いているから当てにはならない。
コウは、音を立てないようドアを開け、足を踏み入れた。
ごく普通の木製の家である。家具は必要最低限しかないが、誰かが生活しているように見える。恐らく、饗団の人間が一般人として暮らしていたのだろう。
だが、誰もいないと思ったのは間違いだった。簡素なベッドの上に、魔術師が横になり、ローブが落ちている。治療で力尽きたようだ。
コウは血染めのローブを拾い、魔術師を見下ろした。
「う、うむ……」
魔術師は唸り、身じろいだ。ローブを捨てるとその肩を押さえつけ、コウは言った。
「イブリスの変貌のわけや、大いなるもの、古の大魔法、鍵、知っていることを全て話せ」
魔術師は痛みと驚きで目を白黒させた。
「話さなければ、傷を抉るぞ?」
「は、話す、話すから離れろ!」
コウは魔術師の上に乗ったまま、腕を組んだ。
「少しでも変なことをすれば、この部屋ごと焼くぞ」
魔術師は頷いた。中年――見たところ、四十歳ほどだろうか。
「何を訊きたい?」
「聞いていなかったのか? イブリスの変貌のわけや、大いなるもの、古の大魔法、鍵、知っていること全てだ」
魔術師は逡巡し、口を開いた。
「変貌と言っていいかは分からんが、イブリス様は元々、魔法協会で前会長バリンの右腕だった。ナンバーツーだ。知っているか?」
コウは頷いた。
「ところが、バリンがその職を譲ったのはナンバースリーである現会長だった。もう一人、何とか言う老人が候補に挙がっていたが、これは年を食っているだけでイブリス様やエレインの足元にも及ばなかったそうだから、落ちて当たり前だ」
問題は、と魔術師は唇を湿らせて続ける。
「エレインに負けたということだ」
「しかし、三人目が実力差で負けたなら、イブリスも同じ理由だろう?」
「……そうだ。レディ・エレインは大した能力の持ち主だった。イブリス様より早く、不老の技を身につけたのだからな」
「すると、イブリスも見かけどおりではないということか?」
コウはイブリスの容姿を知らなかったが、話を合わせるために尋ねた。
「正確には、人よりゆっくり年を取るらしい。イブリス様とエレインは同じ年だ。見た目は七つほど違うがな。だが、その頃には二人の実力は肉薄していた。現にイブリス様は“エレメンタル・ルーラー”と呼ばれていたのだ」
よくは分からないが、メイザースの“エレメンタル・クイーン”と同じような意味合いだろうか。となれば、ナンバーツーであったというのも、本当らしいなとコウは思った。
「だが、会長はエレインになった。イブリス様は協会をやめ、屋敷に引きこもると、古い書物を調べ漁ったそうだ。あの方の家は、代々強力な魔術師を輩出している」
「エリートというわけか?」
「そして調べを進めていくうちに、『古の大魔法』を復活させようと考えた」
「それだ。一体、『古の大魔法』とは何だ? おまえたちは何を知っている?」
「分からん」
「……この状況でよくふざけられるな?」
肩を押さえつけようとするコウに、魔術師は「本当なんだ!」と慌てて言った。
「ただ、凄い魔法なんだ。それは間違いない。この世界を作り変えられるほどの。我々はイブリス様の考えに賛同して集まったのだ」
「なぜ、そうまでして世界を変えたい?」
「……この世界は歪なのだ」
「何?」
「お前たち、異世界の者を見てよく分かった。その歪さを直したいのだ」
魔術師はそれ以上、何も知らないようだった。コウが身体の上からどくと、ほっと安堵の息を吐いたが、彼女が何やら取り出したのを見て怪訝な表情を浮かべた。
「これは爆弾だ」
「バクダン?」
「こいつが破裂すると、辺り一面が吹き飛ぶ。そういう魔法が詰まっていると思っていい」
コウはそれをドアの前に置いた。
「朝になれば動かなくなるが、それまでに出ようとすればドカン! だ。大人しくしていろよ」
「ちょっと待て!」
魔術師の声を無視して、コウはドアを閉めた。
もちろん、タイマーやセンサーの話は嘘だ。スイッチは切ってあるから、無茶な扱いをしなければ機晶爆弾が爆発することはない。異世界の技術について全く知識のない魔術師が弄るとは考えられないし、魔法でどうにかすることもないだろう。彼に魔法が使えたら、既にコウは吹き飛ばされている。
つまり、転送して本部へ逃げ帰る危険性もない。
もしも魔術師が下手に弄って爆発したら――その時は、自業自得と思うことにしよう。
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