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抱きついたらダメ?

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抱きついたらダメ?

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第2章 
 薄暗い回廊を芦原 郁乃(あはら・いくの)は静かに歩いていた。
 潜んでいるモンスターに襲われないように。
 そんな彼女にモンスターではなく男の手が巻き付いてくる。
「うっとおしい〜よ〜!?」
「すまん、くしゃみが……」
 抱きついているのは、アンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)だった。
 アンタルもまた、抱きつきたくなる病にかかってる真っ最中だった。
「ラルフ!?」
 さらに今度はたくましい腕が、郁乃を挟む用に巻き付いてくる。
 ラルフ モートン(らるふ・もーとん)も同じく抱きつきたくなる病だった。
「ラ、ラルフ……こ、これ……抱きついてるんじゃなくてベアハッグ!!」
 郁乃は息苦しそうにラルフの腕を何度も叩く。だが、びくともしなかった。
 ラルフの腕は、郁乃の横腹あたりをきつく締め上げていく。
「ああ……ただでさえ小さい郁乃がどんどん小さく……」
 アンタルがぼそりとつぶやいた。
「たっ、ただで小さい言うなあ!」
 郁乃が息をやっと吐き出すように言い、暴れるとアンタルとラルフの腕が一瞬弱まり、抜け出すことに成功する。
 自分の命の危機を感じた、郁乃は回廊の奥へと急いで走り出す。
「無理! あんな二人のそばにいたら身が持たないよ!」
「ん、俺から逃げようなんざ……百年早い!!」
 すぐ後ろからラルフが追いかけてくる。
 もはやラルフは、抱きつきたい病でベアハッグしてるわけではなく、自分の意志だった。
「がっ!?」
 すぐに郁乃は腰に強い打撃を受ける。ラルフのタックルだった。
 かろうじてその場に立っている郁乃にラルフはチョークスリーパーをかけようとする。
「いや!? やめて〜」
 郁乃の叫び声は遙か10メートル後ろに居る、杉原 龍漸(すぎはら・りゅうぜん)黒崎 椿(くろさき・つばき)の元に届いた。
「なんでござるか!?」
 いち早く龍漸が驚きの声をあげる。
 前方の暗闇に目をこらしては見るが、何も見えない。
「にゅふ? 誰かがピンチみたいだね」
 椿は至って明るい声で答えた。
「行ってみるでござるか」
 龍漸と椿は声のした方へと走り始めた。
 その一方で、郁乃達はそんなことも知らずにプロレスに花を咲かせていたときだった。
 それに気がついたのは、郁乃達から離れてみていたアンタルだった。
「……あれ、狼じゃねえか?」
 郁乃達はアンタルの指さす前方。つまり自身達の目の前をよく見る。
 灰色をした大きな狼が一体、待ち構えるように立っていた。
「げ!」
 郁乃は思わず声をあげる。だが、その足も体もラルフのチョークスリーパーの後遺症ですぐには動けずに居た。
「俺の力をとくと受けろ!」
 ラルフは、郁乃から手をほどくと同じように狼へホールドをかける。
 体の体格差から狼をどうにか倒れ込ませることが出来るが、致命傷を与えるには一歩足りない。
「大丈夫でござるか!」
 龍漸と椿が走って応援にかけつけてきた。
 龍漸は倒れている郁乃とがっつり狼をホールドしているラルフ、唖然としているアンタルを見まわした。
 状況を少しだけ把握した龍漸はロングスピアを取り出すと狼に向かって構えた。
「そいつは……狼でござるな!? 杉原龍漸、いざ参る!」
 龍漸は慌てて、ロングスピアをそのままラルフと狼に振り下ろそうとする。
 ラルフは慌ててホールドしてた腕を狼から離してしまう。
 自由になった狼はその牙を龍漸にむける。
「むっ。椿、その子の治療を頼むでござる!」
「うん、了解だよ龍兄!」
 とっさに龍漸はロングスピアでその牙をはじき返す。
 どうやら少し時間がかかるとおもった龍漸は、椿に負傷者の治療を急がせる。
 椿はすぐに座り込んでいた郁乃の元に駆け寄った。
「うわあ〜、全身打ち身になってるよ!? ぜんぶあの狼なの〜?」
「いや、全部あの虎だよ」
 椿は、郁乃の怪我を見て驚きながら聞いた。
 ラルフだと質問に答えたのはアンタルだった。
 郁乃にはすでに体力も立ち上がる気力もほとんど無くなっている。
「にゅふ! これだとちょっと回復に時間がかかりそうだねえ」
「まあ、大事が無くてよかったな」
 アンタルが冗談交じりに郁乃に笑う。
「うう……」
「にゅふふ、なんだか、しゃべるのも無理なくらいにやられたみたいですね」
「怪我は大丈夫でござるか?」
 ようやく、龍漸は狼を倒し郁乃達の元へと戻ってきた。
 龍漸の質問に椿は強く頷いた。
「うん、全身打ち身だけど、たいしたことはないみたいだよ〜。にゅふ」
「少し助太刀に入るのがおくれて申し訳ないでござる」
「いや、全部こいつらのせい〜!」
 郁乃が指さすアンタルとラルフの方を龍漸は見た。
 驚いたアンタルは、ごまかすようにラルフを指さす。
「え!?」
 ラルフも自分を指さながら驚いた。
「おぬし……敵だったでござるか……」
「ち、ちがうぜ!?」
 ゆっくり、ゆっくりと龍漸はラルフに近づいていく。
 龍漸の女性を守る心意気は、ラルフですら恐怖をおびえる迫力だった。