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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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 1.―― 笑え さすれば道は開かれん



     ◆

 まだまだ肌寒さの残る三月の末。
昼過ぎとも夕方とも取れない様な空色を背に小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が歩いていた。
何処かで見たことのなる様な光景が広がるのは恐らく、二人がかりで懸命にそれを運んでいるから、だろう。
「ねぇねぇ、ベアちゃん」
「なんですか?」
 美羽の突然の言葉に、ベアトリーチェはふと首を傾げながら、前を歩くパートナーの背中を見やった。
「夏もさ、確かこんな感じだった訳だけど、また変な事に巻き込まれたり、するのかなぁ」
「さぁ……どうでしょうね」
 二人は七輪を持っていた。か弱い少女が二人がかりで、七輪を持っている。とはいえ、本来七輪はそこまで重たくはない。
少なくとも、この二人に関しては二人がかりで持つ程の物ではないのだ。ならば何故、二人で持っているのか。一見すれば、それはある意味明確であって、だから二人は休み休み、その足をラナロック・ランドロック(らなろっく・らんどろっく)の家へと向けている。
手にする七輪。どこからどう見ても普通の七輪。特筆すべきは、そのサイズだった。大きさだった。普通、とするにはあまりにも大きく、それ以外が普通の為にその歪さを一層際立たせている。
「扇風機の時もそうでしたけど……美羽さん、このサイズの物は一体何処で手に入るんですか?」
「企業秘密、なんだよ」
 ベアトリーチェの素朴な疑問に対して、美羽の声は弾んでいる。顔は見えないが、恐らく笑顔のそれだった。
「に、しても。此処で誰かが声を掛けて来たら――」
「きっと何か、あるんでしょうね」
 二人にすれば、それはもうお決まりのパターンになっているのだろう。少なくともウォウル・クラウン(うぉうる・くらうん)絡みでは、それは決まったパターンなのだろう。
「そうそう、いきなりなんだけどさ。やっぱり予想は大当たりって感じだよね!」
「予想、ですか?」
「うん! ほら、ラナ先輩が豪邸に住んでて……みたいな話」
「そう言えば美羽さん、前に言ってましたよね。先輩のお誕生日の時に」
「そうだよ。その後で話聞いて『やっぱりかぁ』っては思ったんだけど。まさかこんなに早くに行ける機会があるんだもん!」
 けらけらと笑いながら肩を揺らす彼女の後姿を、ベアトリーチェは優しげな笑顔で見つめた。
「今日はお泊りって聞いたけど……どのくらい人が来るんだろう」
「どうでしょうね。まさかそんな何十人も、なんて事は、流石にないと思いますけど」
「えー! いっぱいいたら楽しいのにっ!」
「先輩のお家の大きさとかに比例、すると思いますよ」
 これからの事に対して盛り上がる二人はそこでふと、足を止めた。二人の現在地は、大きな大きな家の前――。即ち、ラナロックの家の前。
その大きさに思わず息を呑む二人は、しかし何もそれが為に足を止めた訳ではない。
大きな大きな屋敷には鉄格子の門があって、そしてその前、天高く聳えるそれの前に、不自然な人影を見つけたから、だ。
「あれ………なんか怪しい人がいる」
「さっきからずっと門の前をうろうろしてますけど……どうしたんでしょね」
 二人は大きな七輪を一度地面に置くと、慎重に門前の人影に近付いていく。
「あの――」
「なわあっ!? 違う、ちゃうちゃう! 全然怪しいモンと違うよ!? いや、確かに怪しいけども……あ、違うん! 全然怪しないのよ!」
 ベアトリーチェが突然に声を掛けたから、だろう。慌てふためいた由乃 カノコ(ゆの・かのこ)が両手を胸の前で懸命に振りながらに声を上げる。その慌て振りたるや尋常ではなく、背に負う鉄格子に背中をぶつける程だ。
「怪しい」と言った表情で彼女を見つめる二人を前に、カノコはなおも手を振って矢継ぎ早に言葉を述べた。
「ちゃうんやってぇ! ほら、なんか楽しい事やる、ちゅうのを聞いてなっ! せやったら参加したる! いや、参加させてください! とか思ったん。……でもなぁ……殆ど面識ない上に、来てみたら豪邸やって……ちょっと気後れしてしもて……」
「ふぅん……それで?」
「そ、それでて……」
「だったらそんなにあたふたしなくてもいいんじゃないのかなっ!?」
 美羽が一歩、カノコに詰め寄る。
「そんなん……『怪しい人やん!』みたいな感じなんは確かに自分でも感じとるし…」
「まぁまぁ、美羽さん。良いじゃないですか。もし怪しい人で、もし危ない人でもこれから行くのは先輩のお家ですから」
 にっこりと、美羽の隣にいたベアトリーチェが人差し指を立てて言った。それには美羽も納得したのか、「まぁそうだね」などと言い、顔を目一杯近付けていたカノコから距離を取る。
「あたしは美羽だよ。小鳥遊 美羽」
「ベアトリーチェ・アイブリンガーです」
「由乃……カノコです……」
 大きくため息をついたカノコが、肩を落としながらに呟いた。

 ジャンボ七輪を再び持った二人と、二人の後ろをついて歩くカノコは、何とも物珍しいものを見る様に辺りを見回しながら敷地内を歩いていた。
「にしても……大きいなぁ……この屋敷」
「ねぇねぇベアちゃん。いつになったらお家に着くのさぁ……」
「私に聞かれましても……」
 三人が鉄格子の門を抜けて五分弱。敷地には入れども、彼女たちは未だに家と呼べる建物に到着出来ないでいた。通りに備え付けてあったベンチに腰を掛ける美羽、ベアトリーチェに向かってカノコがふと疑問を述べる。
「そう言えばその制服……蒼空学園のものやったと思うねんけど。お二人は――」
「あのね、先輩が元蒼空学園にいた人なんだよ。それで、このお屋敷の持ち主、ラナロックさんは先輩のパートナーさんなのだっ! 結構面識があってね、今日のお泊りパーティもその先輩から誘われたんだよ」
「そうやったんやねぇ……で、その先輩さんは……もしかして――」
「ウォウルさん、ですけど」
 はて、と、目を丸くしながらベアトリーチェが呟くと、カノコは苦笑しながらにジャンボ七輪に目を向ける。
「やっぱ……いや、カノコもその人から誘われたんよ」
「って事は、ウォウル先輩と知り合いなんですか?」
「ちゃうよ。あれはカノコがご機嫌にお散歩中の出来事や………人が折角気分良く歩いとる時に、突然走ってきて肩をこう、『ガシッ!』と掴まれて、「おやおや、君は確かいつぞやの! 突然だけれど、此処で会ったが運のツキ! 君もお泊りパーティに参加したまえー! ハッハッハー!」とか何とか抜かして去って行ったん」
「あはは……まぁ、ウォウル先輩らしいと言えば、らしいですね」
 身振り手振りを入れて熱弁するカノコを見て、美羽とベアトリーチェが苦笑ながらに呟いた。
「詳細は別の人から聞いたんやけど、最初は行く気なかったん。でも、聞いてるうちにちょっと面白そやなぁ、って思うてしまって」
「来たは良いけどどうしよう……って感じだったんだね。かののんちーは」
「か、かののんちー?」
「うん! 今着けたよ! かののんちー、可愛いでしょ?」
「か、かわっ……ん、んおー!……」
「すみませんね。美羽さん、人のあだ名つけるのが好きで」
「お、おう! (かののんちー……)」
 ベアトリーチェが笑いながら言うのを見て、カノコは首を傾げながらも勢いだけで返事を返す。
「さて、どうやらこの道を真っ直ぐ行けばつく様ですし、行きますか」
「え、ベアちゃん。それは一体何情報なのかなっ!?」
「そこ――看板が」
「え?」
「あ……」
 彼女が指差した方に美羽、カノコが目を向けると、其処には看板が立っていた。
『玄関まで残り四百メートル』と書かれた看板。そしてそれを見た二人は、何がおかしかったのか少しだけ笑い、ジャンボ七輪を持って看板の指す方へと足を進めるのだ。
「そのでっけー七輪、カノコも持つの手伝おか」
「ありがと! かののんちー!」
「お、おう!(かののんちー……)」

 三人がジャンボ七輪を持ちながらに歩く事数分。四百メートルの道のりを歩いていた彼女たちはそこで足を止める。
「やっと建物は見つけた……けど」
「何でしょうか、あれ」
「ん? なんや騒がしいなぁ……もうそのパーティが始まってるん?」
 玄関前――美羽、ベアトリーチェ、カノコの視線の先は、何やら騒ぎになっている。