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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

     ◆

 キッチンを後にした章は、そのままの足でウォウルのもとへと向かっていた。
「ウォウル君。楽しそうなパーティへの招待、本当にありがたい限りだよ」
「これはこれは、あけらさん」
「うん。章ね」
「これは失敬。そうだ、これ、お返ししますよ。以前入院中にお借りしてた保健体育の本」
「うん、感想は後で貰うとしようか。と、いきなりなんだけど、これからの出し物って」
 保健体育の教科書をウォウルから受け取った章はそう切り出すと、ウォウルは大騒ぎしている面々を見ながらににやりと、笑う。
「ちょっと予定がありましてね」
「へぇ……君、なかなかに面白い事を企んでるらしいね」
「まぁ、楽しい、と思っていただければ幸いですがね」
 ウォウルの視線がある一点で止まる。言いながら、彼の目がある人物を捉え、姿を追う。
「それに――僕が企画している物の前にひと波乱、ありそうですから」
「??」
 首を傾げ、大騒ぎの面々へと目を走らせる章。ふらふらと視線を泳がせるがしかし、どうやらウォウルの言う事がわからなかったらしい。「何が起こるのやら」などと言った面持ちで以降、静かに見守るしたらしかった。

 で――

 ウォウルの視点、ウォウルの視界のその人物とは即ち、懸命に鍋を運んでいるコタローだったりする訳で。
「おや? コタローちゃん、何やら懸命に運んでますが、それは――」
 彼等、彼女等の中。唯一と言って良い程にこの建物の構造をいち早く理解していた彼、真人がコタローに声を掛ける。
「おにゃべ、れすお!」
「なんなら僕が持ちましょうか?」
「だ、だめらろ! こえ、こたがはこぶ、ろ!」
「そ、そうですか。ではくれぐれも気を付けて……。皆さん、お祭り騒ぎておかしなテンションになってる方がいらっしゃいますから」
 真人が指を指した方、そこには今しがたまでしっかりとめかし込んでいたセレンフィリティが何やら叫びながら服を脱ぎ始める姿があった。隣ではヒラニィが負けず劣らず叫び声を発し、リキュカリアとの壮絶な食べ物争奪戦を繰り広げているし、沙夢と弥弧はレティシア、フレンディス、衿栖と何やら熱心に話し込んでいる。と言う姿があった。
(何を話しているのか、沙夢と弥弧は恐ろしく大きな身振り手振りを織り交ぜながら話している)
「前途多難そう……だけど、まぁ頑張ってください」
「あい! あいまとれす!」
 真人が手を振り彼女を見送り、突然進行方向に現れた雅羅を回避しながらコタローが順調に向かう先は――ただの一点。
「たくにーに………こた、ちゃんろおにゃべ、はこぶろ! らから、いっぱいたべてほしいろ……」
 独り。まるで決意の様に呟くそれはコタローの信念を現していたし、現に数回の危機が訪れているが、その全てを回避出来ていた。
漸く託の姿を見つけ、目標目掛けて一直線の彼女はしかし、そこで少しだけ。
本当にほんの少しだけ気を緩めてしまったのだ。
レティシアに追いかけられていたベルクが不意に、コタローの進路に躍り出る。
「テメェ! どさくさに紛れてなんだって俺に斬りかかんだよ!」
「ええい! 此処に直れ馬鹿者がぁ! 本来的に貴様と肩を並べる事のそれ自体がこちらとしては不本意なのだ! それを貴様はぁっ!」
「だからってこんな場所で斬りかかる馬鹿がどこにいんだよ!」
「黙れ!」
 恐らくは、ベルクがツッコミを入れた拍子に彼女の怒りを買う事を述べてしまったのだろう。言ってしまえば特におかしな場面ではない。深刻な話ですらない。ただただ、この時、このタイミングに置いてその行動は、その状況は、不味すぎた。と、それだけの話だ。
 大事そうにコタローが持っていた鍋の淵、本当に僅かばかりではあるが、彼女の進路に現れたベルクの足が、鍋に当たってしまったのである。無論、そこまで大きな、そこまで強い衝撃ではなかったが、その中身は液体であり、そしてベルクとコタローには明らか過ぎる体格差があった。ぶつかれば当然――。

「あ………」
「おっと、悪ぃ……って、あ」
 賑わっていた空間全てが静寂に包まれるには、充分であり十二分であるその音。鍋が落ち、内容物が辺りに散らばる音が響く。
ベルクを追いかけていたレティシアが初めに声を上げ、それに気づいたベルクが次いでコタローに注意を向ける。
「………お、おにゃべ……たくにーに……おにゃべ……ふっ………ううぅ……」
「な、すまん! 大丈夫か……?」
 慌ててしゃがみ、コタローがやけどをしていないかを確認しようとするベルクとレティシア。
「あーあ。やっちゃいましたね」
「やっちまったな。ありゃ。しかも……あれだな、細けぇ事は知らねぇけどさ。どうやらもっと深い訳があるみたい、だぜ」
 何故かドゥングの肩の上に落ち着いている来栖と、彼を肩の上に乗せているドゥングがこの様子を見て言葉を交わす。
「深い訳、ですか」
「……あれだよ。『込み入った事情』ってやつだ。俺たちが勝手に首突っ込むのはそれこそ嬢ちゃん、野暮ってもんだぜ」
 「へぇ」などと相槌を打つ彼等は、早々に壁際まで下がり、様子を見る。
「あーあ。これは怖いですね」
「……そういう事だったのね」
 ウォウルの言葉に、彼の隣にいた章も漸く合点がいったらしい。
「コタロー!」
「ひっく……こた、ひっく、がんばったろ……でも、ひっく……うにゃー!」
 樹と、コタローの近くにた託が慌ててコタローに掛け寄り声を掛ける。
「コタローちゃん、大丈夫!?」
「うにゃー! にーに、おにゃべ……」
「そんな事よりコタローちゃん、火傷は!?」
「大丈夫だ、かろうじて中身は全て……全て………あ」
 樹が思わず言葉を止める。こぼれた鍋の中身を辿って、その場にいた全員が目を向ける。これにはさすがに、号泣していたコタローも一瞬、泣き声を止めるより他になかった。
しっかりとめかし込んだ。と言うよりは強引にめかし込まされたラナロック、その人が。
何とも豪快にミルク鍋を被っていたりする。
「…………こ、小娘。お前――」
「………」
「いや、相手が悪かったか、な……あはは、はは……」
「………良いですわよ? 何をおろおろされてらっしゃるのかしら。託さん」
「その、ラナさん? この場合は誰も悪意はなく、その……不可抗力で」
「それはそうでしょうね? これをわざとと言うならもう、所構わず誰彼構わず、なりふり構わず隅から隅まで、端から端まで余すところなく皆殺し。ですわよ? 嫌ですわ、真人さんまで」
 その笑顔に、一同が凍りつく。
「でもまぁ、皆さんお怪我がなかった様なので良かったですわ。私、ちょっと着替えに席を外しますから、皆様はそのままお楽しみくださいませ」
 満面だった。満面の笑みだった。兎に角ひたすら笑顔だった。
ラナロックはそう言い残すと彼等の居る大食堂を後にする。静かに閉まる扉の音を聞き、一同が大きく息を吐き出し、互いの生存を認識するまで、微かなタイムラグがあったのはこの際置いておくとしよう。
「……何怖い」
 一番最初に沈黙を破ったのは東雲。
「貴方を始め、まだラナロックと言う人物を知らないから良い方ですよ。全く、生きた心地とかもうそう言う次元じゃありませんでした」
 やれやれだ、とばかりに言葉を漏らした真人が席を立つ。
「あれ? 何処か行くのかい?」
 唯斗がそれに反応すると、真人は一言、「ラナさんの様子を見に」と言い、扉へと歩き始めた。
「ねぇねぇ、私たちも行った方が良いよね? ベアちゃん」
「そうですね。真人さんお一人では、流石にラナ先輩が着替えてる時などは様子、みれませんからね」
 美羽とベアトリーチェも席を立ち、真人の後を追った。
「さて。とりあえず、まず言いたい事がある」
 呆然としている面々へと声がした。声の主は、尚も一升瓶を片手にしている樹、その人だ。
「諸君らにとりあえず、一言言っておかなければならない事があるんだ……聞いてくれ。ってか聞け」
 先程よりも赤さを増した顔で、彼女は真剣に言葉を放つ。
「最前線では常々に置いて物資の運用と言うものが肝心だ。弾薬、治療セット、その他備品、ひいては兵器や人材など、平たく言えば全ての運用、管理が戦いの中に入っている」
 的を射ない、とで言いたげにしている数人と、彼女の言わんとする事を理解し、苦笑する数人。
「わかるか? 更に言うのであれば、生物とは本来的に本能その物に勝る事は難しい。生存欲求に至っては、これは書かす事の出来ない問題となる訳だ。良いかね?」
 酔っているのだ。彼女は。
「私が言わんとする事は即ちこうだ――食材を粗末にするな!! 食べ物を大事に扱え!! 前線での食糧不足は地味に来るんだぞ! 貴様等にはわかるまい! この辛さ、あの恐ろしさ……人間はな、人間はお腹がすくと凄いだぞ!」
 酔っていて、同時に彼女は怒っていた。
「彼女……何か辛い過去があったんですかね」
「知らねぇよ」
 壁際まで避難していたドゥングと来栖が思わずそんな事を言う程に、樹は熱弁している。
と、その彼女でさえも遮られたのが、その後思い出したかの様に泣き始めたコタローである。
「うにゃー! こた、こた……!」
「あ、コタ君怒るぞ」
 章が呟いた瞬間である。

「らいちょにんぐぶりゃすとぉ!!」

 どっかーん、となりましたとさ。



 閑話休題――。

 大騒ぎから大波乱に変化し、コタローの怒りの咆哮(?)で一段落した訳であり、戻ってきたラナロックたちが思わず苦笑するしかない惨憺たる光景が広がったりであった訳ではあるがしかし、再び元の活気が戻ってきている大食堂。
 何故か、と言われれば謎ではるが、一人優雅に紅茶を飲み、事態の一部始終を見ていた綾瀬の横に、彼女はいた。
廿日 千結(はつか・ちゆ)――。
 目の前にはやはり何故か、とんでもなくアルコール度数の高い酒瓶がずらと並んでいたりする訳であり。
「あの……何故私の隣でそのお店を広げていらっしゃるのでしょうか」
「堅い事言わないでよー。だってほらぁ、あっちいたらとばっちり食ってさぁ? せっかくのあたいの素敵なこれくしょんちゃんたちが全滅喰らっちゃうでしょお?」
 のんびりな口調でそう言いながら、一生懸命何を飲もうか考えている彼女。千結。
「それはそうでしょうけれど……あ、あと、多分千結様のその、素敵なコレクション様たちは近々、貴女様とはしばしのお別れになると思いますわ」
「へ?」
 綾瀬の忠告、と言うよりは予言に首を傾げる千結に魔の手が近付く。それは音もなく忍び寄り、そして簡単に彼女の背後を取るとその小さな両肩に手を乗せた。
「御嬢さん」
「ひぃ!? だ、誰だれ!?」
 慌てている事、更には手のある場所が場所だけに、千結は振り返る事が出来ないままに固まって、ただただ声を上げるしかない。
「何やらとっても素敵な物が、それこそ壮観な絵を作り出していますけどね。何度も言う様ですが、未成年の飲酒、喫煙は禁止なんですよ。ふふふふふふふ」
「笑い方、が………怖いんだよぉ!」
 半泣き、ではなく、半べそ。がしっくり状態である。
「だから言いましたのに。あぁ、因みに私がお知らせした訳ではありませんので、悪しからず」
 その横で、綾瀬は全く変わりなく、本当に一変たりともせず、優雅に紅茶を啜る。
「大人しくしていれば、なぁに。手荒な真似は致しませんのでご安心を」
「やだぁ! 何このぉ! うわぁぁぁ」
「ウォウル様。戯びが過ぎますわよ」
「そうですよね。あはは。まあまあ、そんなわけで御嬢さん、申し訳ないですがその素敵な、それこそ大の大人が飲んでも一発でノックダウン必死な物は、この時点で僕たちがしっかり保管しますので、ご了承を」
 漸く恐怖から解放された千結が慌てて振り返り、背後に立っていたウォウルを見やる。
「だ、駄目なんだよ! あたいが一生懸命頑張って集めたこれくしょんちゃん達を奪わないで欲しいんだよー!」
「いえいえ、だからお預かりするだけ、ですよ」
「嘘だ! 絶対内緒で飲んだり、割ったり捨てたりするんだぁ! 鬼、悪魔! 変態!」
「最後は否定出来ませんね」
「変態なの!?」
「あはははは。冗談ですよ」
 と、着替えを済ませたラナロックが、ウォウルの合図と共にやってきて手際よく机の上に並べられた酒瓶たちを荷台に乗せられた金庫にしまって行く。
「とは言え、これらは決して安い物ではない事くらいならば、僕にもわかりますからね。だからこちらとしてもかなり厳重に保管させて貰いますよ。ご安心ください」
「それじゃあ目を盗んで取り返しにも行けないよ! って言うかラナのお嬢ちゃん! そんな重たい物一人で運んできちゃった!」
 思わずツッコむ。が、何処かのんびり口調は残っている為、それが愛嬌のある物なのはこの際置いておこう。と、ウォウルが至極詰まらなそうな表情になり、呟く。
「なんだ。リアクションの割には大して驚いてないようですね、詰まらないなぁ」
「ふふん、まーねー。一応これでも長生きしてるし、なんて言うんだっけ、そう言うの。ってーかさ、何であたいが其処まで驚いてないってわかったのかなぁ?」
「そう、顔に書いてますから」
 ウォウルが千結に嘯いている間に、どうやらラナロックが机の上にある全ての酒瓶を荷台に載せている金庫へと収納したらしい。
「それでは、飲酒、喫煙以外ならばご自由にどうぞ。楽しんでいってくださいね」
 にっこりと笑みを溢し、二人は千結に背を向け、去って行った。
「あらぁ、行っちゃったんだよ……って、あたいのお酒を返して欲しいんだよー! それじゃあ全然楽しめないのだよー」
「ならば少し落ち着く事も兼ねてどうでしょう? お酒、ではなく紅茶ですけれど」
 涼やかな声がして、綾瀬がティーカップを千結に進める。
「むぅ……じゃあ紅茶で我慢するんだよ……にしても、本当にあとでちゃんと返してくれるのかなぁ……」
 むくれながらにそう言った彼女がふと、正面に向き直って腕を組んでいた時、隣にいた綾瀬の様子がおかしい事に気付く。
「あれぇ? 元から色が白いとは思ってたけども綾瀬ちゃん……? 顔面が物凄い真っ白に、てか青白くなってるんだよ……?」
 千結の為に用意をしていたカップを落とし、尋常ではない震え方で綾瀬が倒れ込む。
「綾瀬ちゃん!? どうしたのだよー! しかも倒れ方が心なし、だいぶ優雅だったし!」
 震えたところまで――は良かったが、その後は何とも不思議な、それこそ優雅に倒れ込む。さながら「あーれー」やら「およよよぉ」などと言いながら倒れ込めそうな動きのそれで、彼女は地面へと突っ伏した。口からは鮮血を流しながら。
「あれぇ……誰かぁ、綾瀬ちゃんが倒れちゃったんだよぉー」
 千結はなんとなく、彼女の動きに違和感を覚えていた。何故、彼女は(何とも優雅に)倒れる前にウォウルの方を向いたのか。という疑問。そして苦し(んでいたのかは不明だが)みながら倒れた彼女は最後の力を振り絞って、鮮血で床にこう書いてから、動かなくなってしまった。

 『ウォ………』

それを見た千結は、思わずツッコむのだ。
「犯人ばれちゃったよ!」