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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

 そのやり取りから指して距離が離れていない場所。此処でもまた、何やらもめている人影があった。
「そのね……一応未成年は煙草も駄目だし、お酒も駄目、ですわよ?」
 穏やかな、しかし困った表情で彼女が煙草を手にしている。ラナロックだった。
彼女に向きながら懸命に手を伸ばしているのは坂上 来栖(さかがみ・くるす)
「何度も言いますけど、未成年じゃないですってば」
「いや……そう言われましても、ねぇ……」
「事実! 事実だから! だから大人しく返してください。酒も、煙草も。それとも此処、禁煙ですか?」
「そう言う訳じゃないですけれど……やはり未成年が法を犯すのを見逃すわけには、いきませんわ」
「……そうですか。じゃあ、武力行使ででも強引にでも、力付くでも返して貰うとしましょうか」
 仕方ないとでも言いたげにため息をついた来栖が一度身を引き、ラナロックと距離をとってから構える。
「何故そうなるのかしら……困りまわしたわ」
「返して欲しいと再三言っても聞いてもらえないんです。これしかないでしょう」
「………ふぅ」
 ラナロックが息を吐き出し、首を数回横に振ると、どうやら彼女自身、その結論には渋々納得したのか、脇に備えてあるホルスターに手を掛け、来栖を見据えた。
「ならば、力付くでお止しますわ」
「話が分かる人でよかった。シンプルにそれで決めるのが、まぁ言ったら俺たち、と言う事にしておきましょうか」
「ですわね」
 両者が両者共に臨戦態勢を取った矢先、寿司の乗った下駄を手に、託がやってきて二人に声を掛けた。
「何してるのかな?」
「お退きくださいな、託さん。正義と意地の衝突ですわ」
「貴方が其処にいるのは構わないが、巻き添え食らっても恨みっこなしですよ」
 二人が二人でそんな事を言い、それを聞いた託がふぅん、と詰まらなそうに相槌を打ってから、面倒そうに首を捻って声を上げた。
「ウォウルさぁーん。なんかラナロックさんと、来栖さんが面倒な事しようとしてるよー?」
「え……?」
 どうやらウォウルに告げ口をしたらしく、彼の言葉にラナロックが驚いた表情を向けた。
「た、託さん!? ウォウルさんは関係――」
「どうしたんです? そのウォウルって人が、何か?」
 対峙するラナロックの様子が明らかに変わったを見てか、来栖が正面にいる彼女へと疑問を投げかける。
「ウォウルさーん、ラナさんと来栖さ――」
「もう結構です。それ以上言ったら貴方が頭はこれから、この場の誰よりも――」
 目にも止まらぬ速さで以て託の背後を取ったラナロックが、託の蟀谷に銃口を突きつけ、彼の耳元で囁いた。が、それもまた、彼の登場によって語尾が薄れて消える。
「『この場の誰よりも――』どうなるんだろうねぇ、ラナ」
「………」
 託の蟀谷にあてられていた銃口が、ゆっくりと彼から離されていく。ラナロックの手首を握っているウォウルが、それを強引に押し退かしているのだ。
「何をやってるのかな? これは何かの余興のつもりかい?」
「その……」
「ウォウルさん、そこまで怒らなくても良いじゃない」
「貴方が呼んだのでしょう!?」
 託が笑いながらスープカップに口を着けている横、ラナロックが思わずツッコみをいれた。
「いや、俺は置いてけぼりですか? 状況が全く読めないんですが」
「ウォウルさん、私の言い分も聞いて下さいな……彼女が、煙草とお酒を」
「へぇ。それを止めた。って、そう言いたいのかな? 君は」
「………」
 目を逸らし、懸命に肯定はすれどもばつが悪そうにしているラナロックから、ウォウルが来栖に目を移す。
「貴女……まだ未成年ですよね?」
「だから! 違うって!」
「そうですか。ですが、見た目は……こういっちゃ失礼だけれどまだ子供だ」
「成りたくてなった訳じゃないし!」
「だから、まぁこの空間、この場に限ってはご遠慮ください」
 ウォウルがラナロックから煙草を奪い取ると、笑顔を来栖に向ける。
「……わかりましたよ。ならばこっちも大人ですからね。百歩譲って飲酒は避けましょう。ですがそれは別です、煙草は返してください。それは俺の物ですから」
「それは無理でしょうね」
「(まぁ、一本くらいならくれてやってもいいでしょうかね、こっちはまだ一箱……)」
 決してウォウルたちから目を逸らさぬまま、来栖が懐を探り、煙草の箱を服の上から確認する。が、本来あるはずのそれは其処にはなく、あたふたと自分の体の至る所をぽんぽんとはたき始めた。それを見ていたウォウルが、今度は目一杯の悪そうな顔で口を開いた。手には、煙草の箱。
「これをお探し、ですかね?」
「そ! それは俺の!」
「駄目だ、と言っているのに一本だけ取り上げて満足するのは、馬鹿かラナくらいですから」
「ぬ、抜け目ねぇ! ってかえげつねぇ!」
「ようウォウル。なんだよ、丁度煙草切らしてたんだ。買いに出ようかと思ってたんだが、丁度良いモン持ってんじゃねぇか」
 そうこうやり取りをしていた所に現れたドゥング。なお、彼はかなりの喫煙者である。
「ならばこれをどうぞ」
「待ちなさい! それは俺のですよ! ってか勝手にあげんな! 『ならばこれをどうぞ』じゃねぇよ!」
 慌ててウォウル達に掛け寄る来栖の前に、突然ドゥングが現れて彼女を抱きかかえた。
「まぁまぁ、此処はそう言うとこらしいからよ。なんだお前さん、あっちのやつか」
「………離せ」
「いいじゃねぇか、長い事放浪してて人肌恋しいんだよ」
「いやキモいよ!」
「未成年、ではないのはわかったよ」
 ふと、誰にも聞こえない様な小さな声で来栖に耳打ちしたドゥングは、再び彼女を高く抱え上げてからにんまりと笑った。
「あの煙草は俺が有難く吸っといてやるから。な?」
「な? とかじゃねぇから! バカかお前!」
「あっはっはっ。威勢のいい嬢ちゃんだな。後で二倍にして返してやるから」
「に二倍!?」
 思わず反応する。
「何だ、不服か? じゃあ四倍」
「四……倍……?」
 固唾を呑む。
「おいおいおい、随分ケチだな、しゃあねぇ、十倍だ」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
 声も出なくなったり。
「十箱買って返してやっから、な?」
「ホントか!? その発言はホントなのか!!」
「ほんとだよ、破格だろ?」
「……悪くはない、話ですね」
 二人が笑う。何故か来栖は抱え上げられた体勢で、何故か来栖を抱え上げている体勢で、ドゥングと彼女が見つめあう。
「………ロマンチック、ですわね」
「全くだね。いやぁ、お泊りとはいえ、パーティってのはやはり楽しいもんだ」
 ラナロックとウォウルが微笑ましく眼前の謎の光景を見てそう言う。
「まぁ、二人とも笑顔がだいぶ黒いけどね。なんか企んでる顔してるし」
 我関せずな表情のままスープを啜る託のツッコミを、少なくとも二人は聞いていない。


 そんな光景からやや離れたところ。キッチンでは、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)の二人が口論をしながらも調理に勤しんでいた。
「バカ餅ぃ! てめぇの目はもう本当に腐ってやがるでございますかぁ!」
「あははは、そんなに怒るなってバカラクリ。周りの皆さんがおどおどしちゃってるじゃない」
「黙りやがりませ! 兎に角! 今作ってる鍋に何でプリンを入れようとしやがるんですかっ! 邪魔をしに来たのならばお帰り遊ばせ! 大地に」
 まあこんな罵声と怒号が響き渡るキッチンで、血まみれのままのカガチが苦笑浮かべながらに食材を手際よく千切りにしていた。
「とりあえず落ち着こうよ二人とも」
「そうだぞ。此処は調理場と言う名の戦場……死語は慎め」
「あれ、葵ちゃん……なんかキャラが普段と違うねぇ? あんたぁそんな事言う人じゃあなかった様に記憶してるんだけど」
「何を言うか。僕は常々に置いてこの様な人格、それを今更になって――」
「うわぁ……なんだろうねぇ、そのかったるいノリは」
 カガチと葵が会話をしながらも調理を続けている、と、不意に葵は自分の服の裾を引っ張られ、ゆっくりと視線を落とした。
「あろ……うと……こえ、どこにはこべばいいれすか」
声の主は林田 コタロー(はやしだ・こたろう)だった。
「か……可愛い!!!! この生き物は何ぞや……!」
「……!!」
 コタローの姿を見た葵が突然に大声を上げ、膝から崩れ落ちてコタローを見てあわあわしている。この様子にはさすがにコタローも驚き、二人であわあわしている謎の光景。因みに葵も食材を切っていたので、その手には包丁が怪しく光っている。
「こた……ちょっろこわいろ……」
「だ、大丈夫だ……。僕は決して怪しい者では、ない!」
「おーい、葵ちゃーん。とりあえずさぁ、あんたそんなおっかない物もって、息荒げて迫ってたら怪しい者全開だと思うんだよねぇ、俺としてはさ」
「うぅ……」
「わ、わかった。ではまず、包丁を手放すとしよう……」
 そう言って、葵は手にする包丁を思いのほか勢いよく横へと放った。数秒後、何とも小気味の良い音が響き、カガチとコタローがそちらを見ると、章とジーナのちょうど真ん中、コンロの下にある戸棚にそれが突き刺さっている。
「え……なんか刺さったよ?」
「でございます……わね」
 恐る恐るそちらに目を向けたジーナと章。勿論、言い合いはそこで終了する。
「包丁刺さってる様に見えるんだ、僕」
「わたくしもそう見えますわ」
「さぁ……愛くるしい様相の君。僕にお名前を教えてくれぬか……」
「ねぇだから葵ちゃん、息荒い息荒い」
「うぅ……こわいろ……」
 涙を瞳一杯に溜め、コタローが踵を返してキッチンから走り去っていく。
「嗚呼! 待ちたまえ! もし、お名前をぉ!

「葵ちゃーん、帰っておいでよー」
 その場に項垂れる葵の頭を人差し指でつんつんしながら棒読みでそんな事を言うカガチと――。
「コタ君! そっちに行くなら鍋を持って行っておくれ!」
「バカ餅……そこじゃないですわよ……」
 引き留め方が少しおかしな章とそれにツッコミを入れるジーナがいた。
と、走り去って行ったはずのコタローが戻ってきて、相変わらず涙を瞳一杯に溜めて章から鍋を受け取る。
「こえ……ろこにもってけば、いいれすか」
「あぁ、それは樹ちゃんたちのところね」
「あい………」
「こたちゃん、そこらへんは律儀ですわね……」
 今度は鍋を持ち、再び去って行くコタローの姿を見送る三人。
項垂れる葵がもう暫くはこちらの世界に戻ってこない事を理解したカガチがゆっくり立ち上がり、再び食材を切ろうとした時、彼がふと何かを見つけた。見つけて、だから再び調理を続けている章、ジーナの方を向き尋ねる。
「そうそう、お二人とも。ちょっと聞きたい事があるんだけどねぇ」
「はい?」
「何でございますか?」
 二人も振り向く。
「これ。この料理、凄い美味しそうな匂いがしてるんだけど……これは出さなくていいのかな?」
「え? あぁ、それはさっき、セイルちゃんが一生懸命作ってたやつだね」
「そうですわ。何やら呪詛の様な物を呟きながら、懸命に作っていた料理ですの。出してもいいのかとは思いますが、わたくしたちが勝手に判断してはいけないと思うので、そのままにしておいてるんですわ」
「へぇ、そっか、じゃあちょいと味見でも……」
「やめなさい!」
 カガチが置いてある料理に手を伸ばそうとした時、その料理を作った本人、セイルがキッチンに現れ、慌てて彼を止める。
「それはまだ完成していません! 完成していない料理を食べさせるほど、私は野暮ではない」
「あ、ああ。そうなのか? まぁなら、やめておこうかねぇ」
 おずおずと手を引っ込め、苦笑しながら再び野菜を切り始める。
「大丈夫です、皆さんにも後で召し上がって貰いますから。だから今はお待ちを」
「うん、じゃあ楽しみにしておこうかな。ほら、見た目も凄く綺麗で、匂いも凄い美味しそうな匂いがしてるから……ついねぇ」
「ありがとうございます、そう言ってもらえて私は嬉しい」
 満足そうに笑みを溢したセイルは、カガチの隣に並び調理を再開させる。と、先程まではいなかったはずの彼を見て、思わず動きを止めた。
「あの……この方は……?」
「あぁ、葵ちゃんね。なんか打ち砕かれて、自分の世界に引き籠ったままなんだぁね。だから暫くはそっとしておいて」
「うぅっ……何故、何故僕を置いて行くのか……! 僕の心は此処までも君を愛おしく思っているのに……主に知的好奇心で」
「ほんとですね。そっとしておくのが良いのでしょうから、そうします」
 表情を変えないまま、セイルは葵から視線を外した。
「さて、トッピングは此処までですか。後は隠し味ですが……皆さんがいる前だとこの秘伝のドレッシングが秘伝ではなくなってしまう……仕方がないですか、下ごしらえだけして、別の部屋を借りましょう」
「おや? バカラクリ、随分と深い発言が入ったよ今」
「そうですわねバカ餅。どうにもその秘伝、が気になりますが、いただいたときにでもじっくり研究させて貰いますわ」
「そうしよう、と……バカラクリ。この鍋、絶対にトマトスライスを入れた方が良いと思うんだ、個人的に」
「大馬鹿野郎は黙ってると良いですわ」
「いやいや! 絶対おいしいから。騙されたと思って入れてみようよ」
「騙されたと思って入れたら、食べた後に騙されたと後悔しそうなのでやめやがれでございます」
「手厳しいなぁ、まぁ後で入れちゃうけど」
「だから大地に還れ、寧ろ空に昇れ」
 再び始まる口論。
背後では意味深な笑みを浮かべるセイルと、もう自らのパートナーが打ち砕かれているのを完全にスルーしているカガチ。キッチンはキッチンで、面白い空気に溢れている。