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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

 一同が辺りと睨めっこを続けているのが、丁度鳳明がラムズから逃げ出した頃の話。
「うーん」
 唸っているのは、沙夢だった。
「どーしたのさ? そんな難しい顔をしてさ」
 隣に立っている弥弧がカメラを構え、倒れている面々を順に撮りながらふとファインダーから目を外し、沙夢へと向く。
「いや……なんだろうな。何かひっかかりそうで引っ掛からない。もうひと押してところがわからないんだよね」
「あと一押し?」
「そう、あと一押し。でもその一押しがなんだかわからないし、これだと色々つじつまが合わないのよ。事件だなんだ、なんて起こったもんだから喜び勇んで見分なんてしてるはいいけど、詰まる所で私、得意な分野は猫さがし、だもんね」
「あははー、そうだねー。君、猫さがしならば物凄い洞察力と推理力を発揮するもんねぇ!」
「そ。ただし人間の、しかも殺人事件(?)にはからっきし。怒った事件は毒によって殺害された該者が二名、何者かによって後頭部を殴打された感じの該者が一名……皮切りとなった事件、ゴンザレスって言うのはもう此処には(い)ないから何と言えない訳で……」
「ホントに探偵みたいだね!」
「ま、こうやって説明口調で場面整理をしてれば誰だってそうなるわ」
 うんうん、と元気よく頷いた弥弧が、再び現場を写真に収める。軽快と言うか辺り処も構ったものではないシャッター音が響く中、ふと急にアキュートが口を開いた。
「どうでもいいんだがよ、あいつ遅くねぇか?」
「あいつ?」
 彼の声に反応したのはフレンディス。それらしく、と言えばそうだが、倒れている綾瀬、正悟の近くで屈み、彼女も周囲を見分していた。
「ああ。ウチのマンボウが、だよ」
「そう言われてみれば、先程お手洗いにといってましたよね……確かに遅いです」
「アキュート、ペトが様子を見てくるのです」
「ん? んじゃあ俺も一緒に行くよ」
 様子を見ていた二人が一同に説明を加え、その場を後にするのだ。トイレに行くと言ったきり、なかなか戻ってこないウーマを探す為に。
「いってらっしゃい。あぁ、なるべく周りの物には触らない様にね。一応現場は最低限の形で保存しておかなきゃいけないから。とか言ってみる」
 それらしい表情で、それらしい発言をした鳳明。彼女の言いに適当な返事を返したアキュートが、ペトを連れてその場を後にした。
「さて、と――。まずはこれを誰がやったか、って言うのも大事だけど、めぼしい犯人くらいは見つけておかないとね。それこそ、さっきのヒラニィちゃんじゃないけど、新たな犯行が起こっちゃうからー」
 顎に指を掛け、さも思考する様まで再現している彼女を見て、衿栖がふいにくすりと笑った。
「どうしたの? 何かおかしかった?」
「空大の学園祭の時より、その……ノリノリだなって」
「ち、違うよ! なんかこう、ね。この場の空気みたいな感じがさ」
「そうですね。さあ、未散さん! 希鈴君にハルさん! 私達も頑張りますよ!」
「お、おう! って、私は何すりゃ良いんだ?」
「それはもう――この迷宮入りしそうな事件を華麗な推理で解決すればいいのですぞ! 未散君!」
 衿栖の言葉に反応を見せる二人は、しかしそこで希鈴の姿がない事に気付いた。
「あれ……衿栖。お前んところの執事が消えてんぞ? 何処行った?」
「え? ああ、希鈴君ですか。んー、どこいっちゃったんだろう、こんな時に……」
「彼もお手洗ではな――」

 悲鳴。

言葉を言いかけたハルを遮る様にして、あたりをきりさく悲鳴が聞こえた。とはいえ、何処かぎこちない、抑揚が極端に抑えられたものではあるが、確かに悲鳴は悲鳴なのだ。
「あの声!」
「ウォウルさん! 行ってみようよ!」
 陽が慌てて声の方へと目を向け、次いで託がウォウルへとそう切り出した。一同は急いで今居る大食堂、兼リビングを飛び出し、声の響いた方へと足を早めた。
「そ……そんな」
「また新しい――被害者!?」
 誰ともなく、そんな声が聞こえる。
ざわつく彼等、彼女等の前には(色々な意味で)驚き、ただただ立ち尽くすアキュートと、彼の袖にしっかりとくっついているペトの姿がある。
「マンボウ……お前……」
「ウーマさん! 誰がこんな事を……!」
 縁側。夜空が綺麗な縁側で、まるでお星さまになりたかった無邪気な子供の様に、ウーマはしめ縄で雁字搦めにされ、軒先に吊るされていたのだ。
 唖然とするアキュートの元へ、神妙な面持ちのウォウルが近付き、声を掛ける。
「お気の毒ですが……アムートさん」
「アムートって誰だよ! 俺ぁアキュートだ!」
「失礼、噛みました」
「いいや、わざとだ」
「噛みまみた」
「わざとじゃねぇ!? って、男が言っても気色悪いだけだ!」

 閑話休題――。

 地面に下ろされたウーマの横、袖から離れていたペトがウーマに掛け寄り、おろおろとしながらに声を上げていた。
「そんな! ウーマ、目を開けてなのです……ウぅぅマぁぁぁぁ!」
「誰が……一体誰がこんな事を………くっ!」
 泣き崩れるペトと、その隣、主に笑いを堪えるのに必死で肩を震わせるアキュート。
「でも彼……死因はなんでしょうか」
 フレンディスが真剣な面持ちで彼を見る。と言うのも、雁字搦めにされて軒先に吊るされていたのだ。人の形や、兎に角考えられる形ならば普通、これは絞殺、と言う線が強いがしかし、彼女は疑問を持っていた。無論、彼女だけではなくその場の全員が思っているのだが、ウーマの見た目はマンボウである。その為、首がない。首がないと言う事は、殺害をする時、どこに縄を絞めて良いのかが全く分からないのだ。首が絞まらないと言う事は、彼を絞殺するのは極めて困難である。更に言うのであれば、本来魚は陸上に上がった段階で窒息する。しかし、彼は平然と空を舞っているのだ。普段から。だからこそ、一体何をすれば呼吸が出来ず死に至るのか、わかるはずがない。
「まぁ見るからに……窒息死ではねぇ、だろうな」
 ベルクが面倒そうにそう言うと、隣に控えていたレティシアがくすと笑う。
「何だ。何を迷っている。犯人がいる、と言う事は、犯人が名乗りを挙げれば全ては解決すると言うのに。それを此処まで七面倒に考え、悩む必要などはなかろうさ」
「え! レティシアさん、犯人さんがわかったんですかぁ!?」
「ほう、お前の推理、聞いてやろう」
「推理だと? だから言っただろう。そこまで話を飛躍させ、話を迷宮に放り込み、わざわざ自ずから窮地にたつ必要などないのだ。再三言うように、この場合は犯人が名乗りを挙げればいい」
「だから……それがあり得ねぇから困るんだろ?」
 ベルクの反論に対して、いつもならば食って掛かるレティシアだったが、この時の彼女は違った。余裕の表情で一度空を見上げると、次の瞬間、背にしていた一同へと振り返る。
「安心しろ、これから犯人が名乗りを挙げるぞ」
「レティシアさん? まさか、まさか決定的な確証を掴んだのですね! 流石です! して、名乗りを挙げさせるその方法とは」
「今此処にいる全員の足首から下を切り落とせばいいだけの話だ」
「え」
「は?」
 さわやかに、威風堂々、胸を張って彼女はそう言った。硬直するのは何も、彼等だけではない。彼女のパートナーたるフレンディス、ベルクも、この発言には一言しか出ないでいる様子である。
「何だ、それではまだ甘いか。じゃあわかった、一人ずつ殺して行けばいい。次の犯行もへったくれもなかろう。何せ犯人は此処で死ぬのだからな! はっはっは!」
「いや『はっはっは』じゃねぇよ! ってかそんな事したら事件解決の前にそれが事件になるわ!」
「そう言うなベルク。今まで辛く当たってしまって申し訳なかった。何も心配せずに逝っていいぞ」
「まてまて! 俺が犯人かよ!」
「そうは言っていない」
「半笑いで言うなよ!」
「ただ、突然に聞きかかったとあればそれはただの猟奇殺人犯になってしまうからな。まずは面識があり繋がりがある貴様を殺せば済む話であろう?」
「まぁ!」
「おい! おかしいって! フレイもテメェで『まぁ!』とか言って納得してるんじゃねぇよ!」
「この動揺の仕方、やはり貴様が犯人だったのだな」
「何でそうなる!」
「では――お覚悟を!」
「待てーい! お前ら二人で何を!」
 フレンディス、レティシアがベルクに斬りかかり、彼はその足で縁側から庭へと駆けだして行った。
「……なぁ、あいつらは何か解決させるつもりなのか?」
「ペトに聞かれてもさっぱりなのです。ペトはわからないのです」
「だよな……」
 呆然と彼女たち三人の追いかけっこを見ている彼等の中、美羽が徐々にアキュートへと近づき、彼の袖を引っ張る。
「ねぇねぇ、アキュキュン」
「…………」
「ねぇアキュキュン!」
「…………」
「アキュキュンってばぁ!」
「なんだよ! 人の事変な名前で呼ぶんじゃねぇ!」
「!!!!!!!!!」
 ビックリしたらしい。アキュートが怒鳴ったから、ではなく、『変な名前』と言われたからだろう。
「って危ねぇな!」
 美羽が涙を溜めながら蹴りを放ったのは、この直後の出来事。
「まぁ良いや。アキュキュン、それにしてもウーマぼんになんか変な紙が貼ってあるのは、気付いてた?」
「……はぁ。なんだよ・ 変な紙って」
「これ」
 その呼ばれ方に観念したのか、アキュートがため息をつきながらに美羽が指さした箇所を見ると、確かにそこには見慣れぬ紙が貼ってあった。
「……なんだこれ?」
 しゃがみ、紙を捲る。と、其処には文字が書いてあった。

『二時間干し。味の保証なし』

「……!」
 思わず彼は噴き出しちゃった感じである。
「どうしたの?」
「な、何でもねぇ!」
「これ、どういう意味なのかな。知ってる? アキュキュン」
「知らん!」
 アキュートがすっくと立ち上がると、近くにいたペトが彼の服を伝ってよじ登り、彼の肩までやってくるときりっとした表情で一同へと声を上げる。
「ウーマの仇はペトが取るのです! 犯人が誰なのか、ペトが見つけるのです! これは弔い合戦なのです!」
 その後、小さな声で「一度言ってみたかったのです」と、アキュートだけに聞こえる様に言ったのは内緒である。
「此処で二度目の場面整理なのです。まず、ウーマは多分、トイレに行った時に被害にあったのです」
「それは知ってるよ」
 即座にアキュートのツッコミが入る。
「此処で重要なのは、皆さんのアリバイなのです!」
「まぁそうだな」
「犯行をするには皆さんのアリバイを聞いていく必要があ――」
 言いかけた彼女の言葉が止まる。何故ならば彼女の顔の近く、ウォウルとカノコが近付いて顔を近づけていたからだ。
「なぁなぁウォウル君! この子めっちゃ可愛いで! ほら、見てみ!」
「本当ですねぇ! いやぁ、何とも愛くるしい……!」
 あまりにどアップだったから、だろう。彼女は思わずたじろいだ。
「なあなあオッチャン、ちょっとカノコ、この子に触ってもいいやろか」
「誰がオッサンだ。それに他人のパートナーを見慣れぬペット感覚で触ろうとすんじゃねぇ」
「いいやろ!? ウォウル君も触りたいやろ!? なぁなぁ!」
「そうですね、一度は触っておきたいところです。何かご利益がありそうなので」
「仏像とかご神体とかじゃねぇよ!」
「じゃあじゃあせめて! せめてほっぺたぷにぃとさせてくれたええねん! な!? オッチャン! いや、オッチャン様ぁ!」
「こらまてぇ! だから俺はオッチャンじゃねぇし! 様付けても駄目だ!」
「ぶぅ……けちぃやっちゃなぁ……」
「そうですね、彼はケチですね」
「お前まで一緒になってんじゃねぇよ眼鏡コラ」
 と、おずおずと後ずさっていたペトが、無表情になって頭から伸びる粘液のついた葉を数度、カウボーイならぬカウガールよろしく振ってウォウルの顔面に投げつけた。それは見事に彼のかけているモノクルに当たり、ペトが「えい」と言う棒読みの掛け声ともどもに引っ張ると、それが外れた。
「なんとっ!? 眼鏡眼鏡……」
「テメェ片側しか掛けてねぇんだからそんな小ネタ挟んでも面白くねぇよ」
「あぁそうですか、それは残念。ともあれまぁ皆様、此処でこうしているのもあれなので、まずは中に戻るとしましょう」
 本当にどうでもよかったのか、アキュートの的確なツッコミを完全にスルーし、ウォウルが元いた場所へと戻る事を一同に提案した。
「眼鏡テメェ! 人のパートナーが軒先に吊るされるとかいう怪事件が発生しているのにその扱――」
「そうですね、ペトもちょっと寒くなってきだです」
「え何!? 弔い合戦じゃないのか!?」
 言いかけている耳元、ペトもウォウルの意見に賛成したのが相当意外だったのか、アキュートさんはいつも以上にノリノリにツッコんでいた。


 突然ではあるが、この話の舞台が再び大食堂兼リビングに戻ると、そこは宛ら地獄絵図だった。
「やっと帰ってきたか、おかえり」
 グラスに注がれていた紅茶を啜りながら一同を出迎えたのは、日比谷 皐月(ひびや・さつき)だった。とりあえず眠そうにしながらも一同へと手を振り、ソファーに腰掛けている。
「こ、これは!?」
 ミスティが唖然としながらにその惨劇へと目を落とし、思わず口を開く。

 そこは――辺り一面真紅に彩られている。

天井、壁、机や椅子に至るまで飛び散った真紅はまるで、はじめからその部屋がそうであったかの様にも見える。それほどに大々的に、それほどに圧倒的に、それほどに当たり前に、彼等、彼女等の前に広がった。
 その爆心地(グランド・ゼロ)で、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)はただただ呆然とし、生気の抜けた表情で椅子に腰かけ、紅茶を啜っている。
「あら、皆サマお帰りなさいな」
 さながら、彼女が犯人であるかの様に。その口ぶりには一切の感情を垣間見る事は出来ず、その何とも言えない不気味で歪な空気は大きな部屋一帯に充満していた。そして彼女自身、多量の真っ赤な液体を被り、顔を、髪を、服を、その全てを紅へと染めている。
「え……これって、もう間違えなく現行犯? ですよねぇ?」
「怖っ! あの姉ちゃんめっちゃ怖いやん!」
 ミスティの隣に立っていたレティシアが呟くと、カノコが叫んだ。
「何の事かしら? ワタシには何の事だかさっぱり」
 やれやれ、なんて言いながら首を振る彼女の足元には、血まみれになった月詠 司(つくよみ・つかさ)イブ・アムネシア(いぶ・あむねしあ)が無残な姿で横たわっている。
「っていうか、これ……もしかしてガチもんかい? まさかな」
 今の今まで笑いを堪えていたアキュートも、これには驚いたのか息を呑む。
一同が呆然としている最中、こっそりと偵察、兼実況中継を行う為に動向していたアスカ、ハーモニクスがホープのもとにやってきて尋ねる。
「ねぇ……ホープはずっと此処にいたんでしょ? あれってどういう事……なのかなぁ」
 先程のゆとりある顔つきでは――もうない。真に迫る様子はもう、本当の殺人事件を見た者の体であった。
「いや、見はしたよ。見た見た、あれはね――うん、やっぱりやめておこう」
「え? 今はそんな事言ってる場合じゃないかもしれないんだよぉ?」
「それじゃあ駄目だ。事件はしっかりと、彼等に解決して貰う。そうじゃなきゃ、これは推理物として機能しない。主に俺のブログの記事が」
「……だからそんな事言ってる場合じゃないのになぁ……」
 沈黙が沈黙を呼んだ。
この真相を知る者は、彼、ホープ・アトマイス、部屋で彼等に一番初めに声を変えを掛けた日比谷 皐月、そして爆心地にて呆然としているシオン・エヴァンジェリウスの身である。