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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

 大勢が賑わう部屋の、その扉。姿を晦ましていた真人、東雲、リキュカリアの姿があって、三人はただただぼんやり、騒がしくも賑やかな部屋へと戻ってきたのだ。
「まぁ、見分できるところは全て回った訳ですけど、不可解な物、おかしなものが数点、程度でしたね」
 真人がどこから取り出したのか手帳に何やら書きなぐりながら部屋へと入って行った。
「いや、不自然な物があれだけ、とは限らないんじゃないかな。色々見れないところもあったし」
「だよね、特に奥……奥の部屋が怪しかった! 物凄い厳重にしかも何重にも鍵がかかってんだもん! 怪しいよねぇ……」
 二人も次いで、真人同様部屋へと戻ってくる。
「それはそうと、東雲君。君は何故メイドの格好をしてるんですか?」
「いや………実は俺もそれが気になっ――」
「変態ですか?」
「なっ! ちょっとそれは酷くないかな!? いきなりでその質問はかなり不躾だよ!?」
「違うよ! ボクが持ってきて、ボクが発案したのだっ! 本当は余興として東雲にはものすごーく恥ずかしい思いをして貰おうと思ったんだけどね、来たらこの騒ぎじゃん! で、じゃあ此処はこのメイド服を着て推理とかしちゃおうかな! ってね」
「何故メイド、なんです?」
「え? ほら、なんかそんなお話があった気がするし……。うん、無敵のメイドさんが大活躍しちゃったり、『あらやだ……』って物凄い声の高さで行ってみたり、仕えてる筈の家長やら家族にずかずかと遠慮容赦なく踏み入って、更に立て込んでる事情とかお構いなしに聞き出しちゃったりとか! ね?」
「いや、ね? じゃないよ。ってかそれメイドじゃないし、家政婦だし。第一俺あんな声でないしね!」
「そうですか。じゃあ俺はあれですか、東雲君を『凄い声が高い、人の事情を全く意に介さない変態』として認知しておけばいいんですね?」
「んー……概ね正解」
「正解ではないよ!? 寧ろあっているところを探す方が難しいものそれ!」
 あれよあれよと順当な会話(かはさて置き)を繰り広げていた彼等は、そこで丁度何かを見つけた。
「うわぁ……この部屋血まみれ……!」
「またぁ、ウォウルさん……自分の家じゃないからってこんなに……ったく」
 驚く東雲、頭を抱える真人はふと急に、足を止める。
「今気付いたんだけど――」
「どうしたんです? 東雲君」
「いや……それがね――」
 二人が話し始めた為か、将又先にそちらを見つけたからか、リキュカリアが事件とは反対側、全く彼等を気にせず楽しいパーティをやっている一同の元へと駆け寄って行く。
「ねぇねぇ! それって美味しいの!? って言うかボクも食べたいんだけど!」
 レン、陽が作った新しい料理の数々が机に並び、それを見つけた彼女は元気よく料理に飛びついたのだ。
「勿論だ。食べていけないものはないぞ」
「ひゃったー!」
 テーブルに着き、取り皿をレンから受け取ったリキュカリアは、瞳をきらめかせながらそれを懸命によそいだす。
 と、その横――で。
シオン・グラード(しおん・ぐらーど)が盛り上がるその場の面々をのんびりと見回していて、そんな彼に話しかける鍵谷 七海(かぎや・ななみ)の姿があった。
「あ、あのさ……キミ、シオン・グラード?」
 突然に話しかけられたから、だろう。シオンは小首を傾げ、はてと言わんばかりの表情で七海の顔を見る。が、心当たりがなかったのか、もしくは対応に困ったのか、短い返事だけを述べた。
「やっぱりそっか! 私、ほら! 覚えてる? 七海だよ! 鍵谷 七海!」
「……ああっと……悪い、覚えてない、な」
 困惑、と言うよりは当惑、だった。
「えー、忘れちゃったの!? なんだ、酷いなぁ……ま、それだけ色々あったのかもしれないけどねっ! でも少しくらいは、覚えててくれてもよかったんじゃないのかな!」
「……いや、その」
「まぁ良いよ、忘れちゃったものは仕方がないから。でもほんと久しぶりだよー! あのね、今日これからギターの演奏するんだけど、良かったら聞いてねっ! もう何も特技ない、とか言わせないんだから」
 きっかけ、トリガー。それは何処にでもありふれているものであり、それは誰にもわからないものである。記憶、と呼べるものも、即ち何をきっかけとし、何をトリガーとするのかがわからない物だ。
この時――シオンと言う名の彼のトリガーは、そこにあったらしい。そこにあり、そこにしかなく、彼には見えて、彼にはわかって、しかし以外の誰もがわからない。それがきっかけ、それがトリガー。故に彼は、そこで眼を大きく見開いた。
「あ! 思い出した、思い出した! あれだろ、普通の子だ。なんだ、久しぶりだな」
「んー……なんか思い出され方? 記憶の仕方? どっちでもいいけど、えらく失礼じゃないかな、それ」
「そうか? 事実なんだからしょうがないよ」
「うわっ……駄目押しの一言だよ今の」
「……わかんないけど」
 彼等は彼等、彼女等は、どうやら何処かに縁を持ち、その縁が此処で浮彫になったらしかった。運命の再開――かはさておいて。
「にしても、何だ。お前もこっちに来てたの? へぇ」
「な、何かな……?」
「ふーん、まぁいいや。それで? あっちのゴツいのがパートナー? へぇ……そう」
「虎―! ちょっとこっち来てよー」
 シオンの視線の先。七海も数拍置いてから彼の方へと向き、大声で呼ぶ。山下 孝虎(やました・たかとら)、七海のパートナーある。彼は手元にあった料理をひょいとつまんで口に放り、気怠そうに返事を返すと七海とシオンの元へとやってきた。
「で? 何よ――っと、おお、そっか。特徴と合致するね、成程どうしておもしろいもんだ。初めまして、こんにちは。んでまぁ、よろしくどうぞ。俺は孝虎。姫さんからはちょくちょく話聞いてるよ、あぁ、勿論おまえの事、だがね?
「俺の事? 姫さん?」
「ああああ! なんでもないよ、何でもない!」
「いっ! てぇなっ! 何で急に足踏むんだよ!」
「もう! 良いよそう言うの!」
 彼の足の上、七海の踵が乗っていた。
「何で俺が……ってへぇ――そうかそうか」
「なんだよ……」
 値踏み、とはまた少し、ニュアンスが違うのだろう。が、そうとも取れる体で目の前に立つシオンを見つめ、しかしどうやら何かを掴んだのか瞳を閉じた。
「ま、こっちの話さ。っと、そうだ。シオン――シオン・グラード君。姫さんの話は聞いたかい?」
「話?」
「おいおい、言ってないのかい姫さん。今日は練習してたギターのお披露目だぜ? 一人でも多くに宣伝しといた方がいいんじゃないかな? 俺はそう思うが」
「ああ、ギターの、な。聞いたよ、この後やるんだろ?」
「そっか、おまえも聞くと良いよ。このじゃじゃ馬姫が懸命に練習してたんだ。っと、二度目は貰わないよ、姫さん」
「……もう! 仕度するから行くね! 虎! 変な事ばっか言わないでよ!?」
 頬を膨らませ、顔を赤らめ、腰に手を当てながら七海は二人の下を離れて行く。
「久しぶりの友人さん。この縁、大事にしておくれよ」
「……普通に接する。それだけでいいだろ」
 特に決まりがあるわけではない。特に合図がある訳でもない。それでも二人は、まるで彼等が旧友であるかの様に、彼等が旧知の仲であり、彼等が運命の再開の様に、近くにあったグラスを広い、それを薄ら笑みを浮かべたまま、互いに打ち付け、音色を奏でる。
 七海が彼等の下を離れて五分程度がたった頃、其処は一種、独特な雰囲気に包まれていた。打ち合わせや前もっての何かがあったわけではない。ただ少し、此処に来てから『これをやろうと思う』と言う、本当に少しばかりの提案だけだ。それでも、彼等は随分と集まっていたように思うし、現に言いだした七海その人が、その場の一同が自分の周りに集まっているなどとは思ってもみなかった。
「あ、あの………」
 ソファの真ん中に座り、簡単に作った譜面台を前に持ってきた七海が、ギターを片手に口を開いた。途端――拍手。
「え、えっとその……練習したので、聞いて下さい。曲はその、簡単なものなんですけど、メロディが好きで、何処かこう、明るくなれる曲で、だから弾きたくて……えっと、兎に角頑張りました! じゃなくて、頑張ります!」
 懸命だった。緊張してしまったが為に少しばかり声が震え、現に今も手が、足が震えていた。大舞台でなのだ。そこまで緊張する局面では、ないのだ。それでも、此処まで聞こうとしてくれる人間が、此処まで聞こうとおもっている人がいる事に、彼女は驚きと不安と、そしてそれを足してもまだ足りない程の喜びを覚え、弦を弾く。拍手で送りだされる演者が如く、彼女の演奏は開始した。
「へぇ……喋ってた時と初めはどうなるかと思ったけど、なかなかどうして、上手いじゃんか」
 シオンが人だかりの後ろの方、そう呟きながらに七海を見ている。
本来の演奏と言えば、聞いている人間はそっと演者の奏でる音色に耳を傾けるのが常なのだが、しかしそれは時と場合によって変化する。彼女の演奏する曲は何とも心躍るそれだった。穏やかよりも晴れやか、優しさよりも喜び、流れるのではなく飛び跳ねる。そんな言葉が似合う曲。音楽とは聞く者と奏でる物が作る、とはよく言ったもので、彼等、彼女等は自然、手拍子と言う名の楽器で彼女の背を押した。引っ張り、押し上げ共に走った。
不安そうで、真剣で、ふとすれば泣き出してしまいそうだった彼女の表情が、徐々に、少しずつ、楽しげに、嬉しげに変化する。
体を揺らし、心躍らせる瞬間だった。
 一曲目が終わった頃――ふと顔を上げた彼女が思わず言葉を呑んだのは……。
「ひぃっ!?」
 言葉を呑んだ、と言うよりは、悲鳴に近い何かを挙げたのは、つまりはこう言う事だ。
「いい曲だったね」
「ですわね。何かこう……楽しい気分になれると言うか」
「ほんと、聞いてるこっちが手拍子しちゃったくらいだ」
「あの曲、なんて言うタイトルだろうね。知ってる? イブ君」
「いえー、全く知らないですよぉ」
 血まみれだったり、なんだか凄い様相の彼等。遥か、と言う程ではないが向こうの方で繰り広げられていた『死んじゃったはずの人たち』の姿があるから、だろう。
「いやぁ、ホームパーティではこういった演奏を挟むと聞きますが、なかなか良い者ですねぇ」
「ウォウルさん、彼女が良かったらこれから定期的に我が家に来てもらう、と言うのは如何でしょうかしら」
「おいラナよぉ……そいつぁ向こうさんに失礼だろうよ」
 主催者である彼等を始め、真剣に推理していた面々の姿もある。
簡単な話、このパーティに参加している全員がそこにはいた。
「続きをどうぞ」
 ウォウルの一言に恐る恐る一礼した彼女。様子を見ていた全員が思わず笑い、かくして二曲目が始まるのだ。

 楽しい楽しい演奏が、楽しい楽しい音色でもって、楽しく楽しく続けられた。



 演奏会から一段落あってから、それは誰もいない部屋で、静かに、しめやかに、静粛に、執り行われていた。
「カリバーンよ。本当に………本当に此処で儀式を行えば、あの機晶姫、破壊暴君ラナロックは我々の手中に手に入るのか……?」
いつになく神妙な面持ちのドクター・ハデス(どくたー・はです)は、壁に立てかけている聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん)へとそう尋ねた。
「そうです、ドクター・ハデス様。とある筋から入手した、確実で正確な情報ですハデス様」
 何処か台詞がかった口調でそう言い切ったカリバーンは、再び沈黙し、静寂を作り出す。
「な、ならば今からその儀式を執り行おうではないか。え……と、あれ、どこまで読んだっけ。ああ、そっか此処からだ……。えー、何々……、俺の希望を叶えよ!」
「…………」
 部屋の中央、何やら呪術めいたものを彷彿とさせる物、即ち魔法陣の更にその中心で、ハデスは何やら一枚の紙を見てそう言い放つ。
「っと、ちょっと待て。ちょっと待ってくれ。一つ聞きたい事があるんだが」
「…………」
 しかしカリバーンは返事を返さない。
「いや、返事無くても一応聞くけど。そもそも、何故悪の大幹部である俺が、詰まる所でこんなわけのわからない紙を渡され、こんな薄気味悪い部屋に通され、挙句このような謎のセリフを述べねばならんのだ。明らかに不当な扱いだと思うんだが。いや、良い。あったかいご飯は貰った。うん、美味しかった。あれは実に美味しかった。後でちゃんとお礼は言おう。それに楽しい演奏も聞けた。うん、あれはあれで本当に楽しかったし、結構昔を思い出したりもした。それもいい。ただし、何故此処まで話が急展開をする! 何故俺が死体役をせねばならない! それこそ、不当と言わずに不遇と言わず、悪意と言わずになんと言おうか!」
「………」
 やはり、カリバーンは返事を返さない。
「ああ、そうだ。確かにそうさ。この紙を手渡された時、『ちょっと美味しい役回りじゃないか?』とか『ウォウルとかいうやつ、なかなか話しのわかるやつだ』とか思ったりはしたがしかし、今にして思えばこれはある意味あやつの策略だったんじゃないか!?」
「…………」
 勿論、カリバーンは返事を返さない。
「まあなんだ、それをちゃんと果たそうとしている俺も俺ではあるが……寧ろ悪の大幹部の俺が何故こうも慈善事業みたいな事をしているのか、と……何故律儀に役目を果てしているのか、と……そう思うさ! でもな、でも――」
「…………」
 尚且つ、カリバーンは返事を返さない。
が、変化があるとするなれば、それはもう、耳を劈くと言える程の断末魔が、突然その部屋を中心点に広がった事、くらいなのだろう。