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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

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家に帰るとゴンザレスが死んだふりをしています。

リアクション

     ◆

 結論から述べてしまえば、それはそれは何とも巧妙な、しかし何とも笑い話にもならない話だった。
 真剣であり、シリアスであり、緊迫であり緊張であった空間に、突然やってきたのは笑い声だった。それには流石にその場全ての面々が、文字通り面喰ったわけであるがしかし、恐らくそのタイミングだからこそ、彼女は笑ってしまったのだ。
笑い声の主は、爆心地にいた彼女、シオンである。
突然に笑い声に思わず辺りに緊張が走るが、しかしネタ晴らしは本当に呆気ない形で以て行われた。

「冗談よ。ビックリした? それよりワタシの演技、なかなかの物だったでしょっ☆」

 と、まぁなんの悪びれもなしに行われた。
勿論、その言葉を聞いた彼等、彼女等ははじめ、「はいそうですか」と納得できる訳もなく、頭に数々の疑問符を点滅させていた訳であるがしかし、鳳明、美羽、ベアトリーチェと託が恐る恐る横たわる司、イブに近付けば、確かに二人は息をしている。と言うか寝言さえ述べる始末だった。かくして、この何とも真実味のかかった演技、演目は終了し、一同は再び温和な空気に包まれていた。
無論、その中の半数以上は再び推理を巡らせている訳だが――。

「とまぁ、新しく事件も起こった訳だけど」
 尤もらしく口を開いた託は、なんとも嬉しそうに彼等を見回した。
「そうです! では、きりも良い所でペトの推理を聞くのです! そしてペトの雄姿を括目するのです!」
「お前男じゃないけどな」
 ペトの発言にすかさずアキュートがツッコむ。
「それは言葉のアヤなのです」
 肩を竦め、以降アキュートは口をつむいだ。
「皆さんには確固たるアリバイがないのです。ウーマが殺害された時、皆さんはそれぞれの行動をとっていました。あれだけの騒ぎがあったのです、必ずしもそこにいなかった人もいるのです! 故に、皆さんが犯人である、という線は実に濃厚なのです!」
「確かにそうなるわね。それに、何も単独犯と決めつける必要もないって訳か」
 沙夢がペトの推理に頷いた。
「誰かが殺害し、他の犯行メンバーがウーマさんを縛りあげた。そうする事によって班員はこの場にいなかった者と言う偽装が出来る訳だね。成る程なかなかどうして考えたモンだよ」
 託はうんうん、と頷いてから陽を見る。
「あれ、そう言えばさ陽君。あの時確か、フィリスさんが席を外していたように思うけど」
「待て。確かにオレはその時いなかったが……犯人じゃあねぇぞ」
「それに! 僕がウーマさんを殺害する動機がないじゃないですか!」
「人はみんな、心に何かしらを思っているからね。『美味しそうだった』『良い食材になりそうだ』と考えていても不思議じゃないよね」
「よ、陽……! まさかお前」
「フィリスまで! っていうかまた僕!?」
「正直に言え。言ったら今ならまだ、首を絞めるだけで勘弁してやろう」
「フィリスってば! それじゃ僕死んじゃうよ!」
「何を言うか! お前は此処までの犯行に及んでおいて、まだ自分が大事だっていいやがんのか!? なんてヤローだ!」
「そうだそうだー」
「……僕じゃないってば……って言うかフィリスの陰に隠れて合いの手入れないでよ託君……」
「冗談だよ。にしても確かに今、いない人がいるのは事実だよね」
 託が辺りを見回してみれば、なるほどどうして、先程までいた数人の姿がない。
「今此処にいない人が、まずは怪しいって感じかな」
「そうなのです。ペトとしては今居ない人にお話を聞きたいのですが、それはできないのでまずは此処にいる人たちにじじょーちょーしゅをするのです」
 人差し指を突き立てて、彼女は自信ありげにそう言った。
「とりあえずまずはウォウルとかいう人。貴方のアリバイを聞かせて貰うのです」
「え、僕ですか。困ったぁ」
「おてんとー様の目を誤魔化せたとしても、ペトの目は誤魔化せないのです。さぁ!」
「……あはは、そう、ですねぇ」
 苦笑を浮かべ、彼は仕方なしに口を開く。


 大食堂の方で行っている殺人劇とは対照的に、リビングにいた彼等、彼女等はまた違った趣でそれぞれの時間を楽しんでいる。
ぼんやりと大食堂の方を見ているレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、自分の前に注がれていたジュースを口に含みながら、遠くで行って居るあれやこれやを真剣に見入っていた。
まるでサスペンスドラマでも見ているかの様にしている彼女は彼女で、多分楽しんでいるのだろう。
と、その隣、何処かへ行っていたのか彼女のパートナーであるミア・マハ(みあ・まは)がレキの隣へと腰を降ろす。
「おや? しばし席を離していれば、いつからあそこは愉快な模様が入ったのやら」
「あ、お帰りミア。どこ行ってたのさ」
「ふん、ちと酒の肴を――と思ってな。調達やら何やらをしておった故」
 へぇ、と続け、尚もしっかりと見続けているレキ。
「主は何をそのように真剣に見入っておるやら」
「今事情聴取なんだよ。これから犯人を探す為の推理に入るんだよ! きっと」
 テレビドラマ間隔で、彼女は目の前の料理に手を伸ばし、再びジュースでのどを潤して見続ける。此処までの動作、ほぼ目を大食堂の面々に向け続け、一切そこから離そうとしなかったのは言うまでもない。
「ねぇねぇミア、ミアはこの一連の事件をどう思う?」
「出だしを知らん。更には展開も見てなぞおらぬ。わらわにはわからぬよ」
「なーんだ、詰まんないの」
 相も変わらず、その眼は一点を見据えたままに、しかしレキが口を尖らせて呟いた。
「……レキよ」
「うん? 何?」
「精々あらましくらい説明してくれともよかろうに」
「あぁ、あのね。まあ此処に来たときには既になかったんだけど、玄関にゴンザレスちゃん、っていう、ラナさんのお人形が何者かの手によって殺害されたんだよね。それをみんなで解こう、ってなってたら、今度はカガチさんが、次いで綾瀬さんと正悟君が殺害された、と。そこまではオッケー?」
「うむ」
「で、推理をしてたらウーマさんがトイレに行って、だけどなかなか帰ってこないから様子を見に行ったアキュートさんとペトちゃんが、縁側で宙吊りにされて死んでいてたウーマさんを発見した。騒ぎを聞きつけて皆が向かっている時、ある人によって司さん、イブちゃんが殺されて――って感じかな」
「ほう……そうか。ん? ある人に殺されて、と言う事は、最後の二人の犯人はもうわかっておるのか」
「うん、それはまぁ……犯行現場、あそこだったしね。ほら、此処からだとしっかりばっちり見えちゃうんだよね」
 指を指す。
「なるほどのぅ……故にあそこまで派手に鮮血飛び散っている状態、なのじゃな」
 納得し、大きくため息をついて何も注がれていないグラスを手にするミア。
「どうでも良いが、わらわは頑張って肴の準備をしたのじゃ。と言う事は、メインとなるべく酒がなくては話にならぬ。どれ、今度は酒でも注いでくるかの」
「いってらっしゃーい」
 手だけを振ってミアにそう言ったレキは、再び口を閉ざし、真剣に目の前の状況を見つめている。
「ああ! んじゃあさ、俺にも酒、作ってきてよ」
 立ち上がったミアの正面。突然現れたのは皐月だった。片腕しかない彼の片手にはグラスが握られ、今までお茶を注いでいたグラスをミアの前に差し出す。
「……自分で参れ」
「えー、俺もあれ見ようと思ってんだ。丁度ほら、興味なさそうだし? いいじゃんよ、俺にも注いでくれたって」
 半ば強引にミアへとグラスを渡した皐月がレキの隣に座り、彼女に倣ってそこに広げられていた料理を食べ、目前の光景を真剣に見始めた。
「はぁ……何故わらわが他人の飲み物の面倒見なくてはならんのじゃあ……はぁ」
 大きくため息をついた彼女はしかし、既に人の話を聞きそうにない皐月の様子を見て観念したのだろう。肩を竦めて歩き出す。と、更に新たな人影が彼女の前に姿を現した。
「おう、どこに行こうってんだい?」
 彼女の前に立ち塞がったのは、ドゥング。
「んあー! もう! そこを退けい! わらわはもう他人様の酒を作る余裕なぞないのじゃ! 見ろ! この手に握られる二つのグラスを! そもそも何故わらわが……」
「ほぉう? 酒、ねぇ?」
「そうじゃ!」
「申し訳ねぇがよぉ? お嬢ちゃん、お前さん俺からすると未成年に見えるんだが……」
「戯け者が! わらわが未成年とな! 何処をどう見れば未成年に見えるか! 全く!」
 ぷんすか。と言った擬音でも似合いそうな顔で頬を膨らませるミア。
「いやぁ、全体的に見えるんだが……どうしたもんかな」
「どうしたもこうしたもあるかぁ! 兎に角わらわはもう立派な大人じゃ! 酒を飲んで良いに決まって――」
「ごめんなぁ、それは出来ねぇんだ」
 即答だった。
「何故じゃ!」
「何故……たって、未成年に見えたら全員アウト、ってお達しがあってよ」
「誰から」
「主催主から」
「くぅっ……おのれっ……!」
 ドゥングにグラスを奪い取られ、口惜しそうな顔をするミアを余所に、今度は真剣にドラマ――否、目前の出来事を見つめている二人の元に歩いて行ったドゥングが、二人の正面に回り込んでしゃがむ。にんまりと笑顔を浮かべる彼は、ミアから強引にひったくったグラス二つを、そのにんまり顔の前に出すと一度、かつんとそれをぶつけて音を奏でた。
「ようお二方。ちょっと今いいか」
「言い訳がねぇだろ!? なーにしてくれてんのさぁ! 録画してるドラマでも、将又借りてきた映画でもないの! 停止ボタンもなけりゃあ再生ボタンも――って、あれ?」
「ドゥング! さん!」
 瞬間、視界を遮られた事に対し不満そうな顔をしていた二人が一変し、動かないままに身構えた。身を構える意識になった。
「よう。あんときは世話になったねぇ、二人とも。んでまぁ、それやら挨拶やら、将又感謝や侘びの言葉はこの際後に回させてくれや。で、聞きたい事はただの一つ。酒を飲もうとか思ってたのはどちらさんだい?」
 二人が無言で顔を合わせ、立ち尽くしているミアを指差した。
「なっ! 主等二人して、わらわを貶めようてか!」
「そいつぁ知ってるよ。あのお嬢ちゃんが酒を飲もうとしてたのはもう、わかりきってることなんだ。でもよ? なんとビックリな事に、此処にはグラスが二つある。不思議だよなぁ? 一人で飲むならグラスは二つぁいらねぇだろ?」
「………ほら、同時に二種類飲みたかった、とか」
「そうも考えられるが、まずはお前さん等二人を疑うのが筋、ってもんだろ? 怒ったりなざぁしねぇよ。何も俺は、酒を飲んじゃいけねぇとは思わないんだ。ただよ、『飲ませないで欲しい』と頼まれちゃあ、その言葉を無下にするわけにはいかねぇだろうよ。飲むんなら、自分の家にしといてくれってだけの話さ」
 暫くは沈黙があった。が、しかし、それもすぐさま皐月の自供によりあっさり終了する。
「わかったよ、酒でも飲んでなきゃやってらんねぇとか、そんな事は微塵も思ってねぇから。酒ももう飲もうとはしないから、オッサンそこ、どいてくれよな……」
「オーライ。確かに約束したぜ? んじゃあまぁ、続きをお楽しみに。話が合ったら声、かけてくれよ」
「話なんてなーんもねーさ。お疲れさん」
「あ、ドゥングさん」
 ひらひらと掌を宙に遊ばせ、早くも視点を元のドラマ、もとい事件へと向ける皐月の横、レキがドゥングを呼び止めた。
「あのさ……あれ以来、どうなの?」
「ん? あぁ、全くもって問題ねぇよ。あの時はほら、こっちも馬鹿見たからな。以後はお前さん等に迷惑かけない様に精進するさ」
「そっか。まぁでも――」
 言いかけて、彼女は一度意味ありげにほくそ笑むと、再び事件へと視点を戻すのだ。戻して一言。
「頼っても良いと、思うけどね」
 そう呟きながら。