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第二章 第0試合、ダークマッチ

 空京には所々にイベントが開催された際、その会場となる建物がいくつかある。
『プロレスリングHC』の今回の興行が行われるのは、その建物の一つ――の地下に設置された会場だ。
 建物に入り、エレベーターで地下に降りた先に会場入り口はあった。
 今回に限らず、この団体の興行は主に地下にある会場で行われることが多い。
 この団体は所謂『ストロングスタイル』と呼ばれる試合ではなく、イロモノとして扱われがちな特殊形式試合を主に扱っている。その為団体の社長が『イロモノっぽいなら、思い切りアングラな空気にしてみよう』と思ったのが、始まりだそうだ。

 現在、会場は熱気立ったファンで座席が埋め尽くされていた。


『ウェルカムトゥアンダーグラウンド!』

 会場内のスピーカーを通して卜部 泪(うらべ・るい)の声が響き渡ると、それに負けないくらいの歓声が上がる。

『今日も会場の皆様には過激な試合をお届けいたします! 実況は私卜部泪、そして天野翼選手に来て頂いております!』
『宜しくお願いします』
『さて翼選手、今回のラインナップ、ランブル戦……ケージ戦……そして翼選手も出場するラダー戦! 過激な試合が勢ぞろいですね!』
『はい、会場の皆様も満足して貰えると思います!』
『さあ間もなく試合が始まります! トップバッターはランブル戦! 試合の時間経過に伴い、選手が増えていくこの試合、果たして最後まで残るのは誰か!? 選手が入場してきます……おや?』
 会場内に鳴り響く入場曲。だが、入場ゲートに現れた人物――ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)を見て泪は首を傾げた。
「……最初は違う方でしたよね?」
「は、はい……どういうことでしょうか?」
 マイクを外し、泪がそっと耳打ちすると翼が頷く。
 ピッチリとスーツで身を固めたローザマリアは、リングに上がり中央に立ったところで手に持ったマイクで叫んだ。
『Cut the music! Cut the music!(音楽を止めろ! 止めろ!)』
 その指示通り、会場に鳴り響く音楽は止まった。
『……一体どういうことなのでしょうか?』
 観客がざわめく中、泪が言う。
『会場の皆さん、驚かせて申し訳ないわね。私は今回の興行のゼネラルマネージャー、ローザマリア・クライツァールよ』
「……ゼネラルマネージャー?」
 泪が翼に目をやるが、ただ首を横に振るだけ。彼女も知らないらしい。
『今回のこの興行、確かに過激な試合が揃っているわ。どれもメインイベント扱いでも問題ないくらいにね』
 戸惑う泪達を尻目に、ローザマリアの演説は続く。
『――だけど、ただ過激な試合ばかり並べた所で満足などさせられない! 最高のパフォーマンスを追及し、提供するのがプロレスなのだから――よって、この試合はゼネラルマネージャーのこの私の権限によりダークマッチ……第0試合としてタッグマッチを行う! 勿論ハードコアルールよ!』
『ちょ……そんな話聞いてな――』
 思わず翼が立ち上がる。が、ローザマリアは彼女を見据えると、指さしながら言い放つ。
『この決定に従えないなら――You’re Fired!(お前はクビだ) 』
 その言葉と同時に、歓声が上がる。そしてローザマリアはリングを降りてゲートへと帰ってしまった。
『……まさかの急展開! 急遽、タッグマッチが決定しました! 出場する選手は一体誰なのでしょうか!? ゴングまで少々お待ちください!』
 呆気にとられている翼に代わり、泪がアナウンスを行う。
「……どういうことでしょうか?」
「さ、さあ……私にもさっぱり……あれ?」
 マイクのスイッチを切り、首を傾げる二人にスタッフが近寄る。
「あの……事情を説明するので来てほしいと、えっと……ローザマリアさんが呼んでます」
「は、はい……わかりました」
 泪と翼は頷くと、席を立った。

「ほんっとーにごめんなさい!」
 会場裏、スタッフルーム。泪と翼が入るなり、ローザマリアはリング上の態度は何処へやら、手を合わせて二人に頭を下げた。

――興行直前、前座試合が必要と考えたローザマリアが試合を入れる為画策したことであった。
 先日のリザーブ選手というのは、この前座試合に関与する選手である。実況などに関しては予備の者が居たため何とかなったようだ。

「今から『やっぱ無し』とはいきませんからね……」
 スタッフルームまで聞こえる歓声に、翼が溜息を吐いた。これで今更予定されてなかったからやめる、とは言えない。
「次からは試合形式考えてもらうっていうのも入れた方がいいのかなぁ……いや次が有っちゃ不味いんだけど」
 翼が一人、呟いた。