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春をはじめよう。

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春をはじめよう。

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●宴たけなわ

 空京大学の花見会場に戻ろう。
 午前中から始まったこの場も、昼過ぎともなると最盛期となり、地にも花が咲いたかのように賑やかなものとなっていた。あちこちで、どっと笑い声が起こる。歌う者もいる。あるいは歓声や喝采も。
 しかし楽しみ方は人それぞれだ。
 湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)も参加しているが、彼は決して大騒ぎはしない。といっても楽しんでいないというわけではないのだ。高嶋 梓(たかしま・あずさ)と並んで敷物に落ち着きつつ、各人が持ち寄った料理に舌鼓を討っているのである。
「やっぱ桜を見ると春が来たって気がするな」
 現在出張仲の天御柱学院だとこうもいかないだろう。かの地では桜は早々に咲いて、花見日和のころにはもう散ってしまっている。そのせいもあってか、そもそも桜自体の数があまり多くないのだ。
(「海京は熱帯気候だから季節感薄いんだよなー」)
 それを嘆いても仕方がないが、亮一はふと、そんなことを考えるのだった。
「たまにはこんなのんびりとした日もいいと思いません?」
 彼の皿に料理をよそいつつ梓が述べた。梓の栗色の髪は、陽の光の下ではいっそう輝いて見える。
 今日、彼を懇親会に誘ったのは彼女だ。「いい天気ですし、お花見に行きませんか?」と言って参加を提案し、春爛漫のこの会場へと導いたのだ。そのことに亮一は感謝している。
「はいどうぞ」
 梓が料理を彼に手渡した。ひじきの煮物に黒豆という、なんとも渋いチョイスだ。
「こういう場面でもやはり、健康には気を遣いたいもの……肉ばかり食べてはだめですよ」
「……そうだな。ありがたくいただこう」
 梓の言葉のおかげか、皿の料理はきらきらと輝き生命の息吹を感じさせてくれる。
 味わいながら、亮一はこれを平らげた。

 茅野 菫(ちの・すみれ)もまた会場の片隅で、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)とともにこの日この場を楽しんでいた。
「お食事会って、花より団子なの?」
 それ自体はいいものではあるけれど、せっかくだからもっと花も楽しめばいいのに、と菫は思わないでもない。花を桜に限るのももったいないではないか。現に、この場所でも様々な花を観賞することができた。
「梅とか桜もいいけど、春は花の季節よね。他の花にもいいのがいっぱいあるわ」
 もちろん、彼女の名前の由来である菫も春の花だ。
 なので菫はパビェーダを連れ、キャンパス内の草花を求めて歩いた。
 定番のチューリップが花壇に並んで美を競い、かと思いきや道ばたにタンポポ、しろつめぐさが優しい花を咲かせている。藤もそろそろ花を付ける頃だ。もちろん、紫色したスミレの花も見つけることができた。
「こうして花に囲まれていると、まさに春って感じね」
 ぐるり巡っていま、元の場所で桜の木にもたれかかり菫はつぶやいた。ちょっとふかふかした敷物の上にいると、まるで雲に座っているような心地がする。
 しかし菫が桜にもたれていたのは短い時間にすぎなかった。いつのまにか彼女はパビェーダに体を預けていたのだ。頭はパビェーダの膝の上、目を閉じて夢の世界に遊んでいる。
「眠ってしまいましたか……」
 その寝顔を眺め、髪を撫でるなどしていたパビェーダもまた、するするとまどろみの中に滑り込んでいたのである。
 かくて二人は、互いの体温を感じながら気持ちよさそうに眠った。見ているだけで、つられてウトウトしてしまいそう……そんな安らかな眠りである。
 どんな夢を見ているのか、二人とも口元に笑みを浮かべていた。