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●雅羅・サンダース三世、音楽ショップに行く(2)

 さて、夢悠たちと別れ、美春にも袋を渡して再会を約すと、再び雅羅は店に戻った。
(「悪いけどCDだけは、一人でじっくり探したいのよね。音楽の趣味ばっかりは、趣味が合わない人と話をあわせるの難しいし……夢悠にもらったのは気に入りそうだからいいけど」)
 雅羅の手には、もらったばかりのCDと、ずっと応援しているバンドの新譜がある。最近手持ちの音楽にも物足りなくなってきたし、あと一、二枚、気に入りそうなものを購入して帰るつもりだ。
 実は雅羅、音楽ショップで時間を潰すのは得意な人間なのだ。アルバムジャケットを眺めているだけでも楽しいし、書かれた説明文を読むのも楽しい。もちろん試聴だって、新しい音楽に出会うチャンスとして重宝している。
(「へぇ、あのバンド新作が出たんだ。聴いたことなかったからちょっと試してみようかな……?」)
 試聴機の前に行き、とあるヴィジュアル系ロックバンドのCDを選んだ。このバンド、女の子みたいな外見なのに物凄いギターテクをもつギタリストがいることで知られている。
 なかなか面白い。買うほど気に入ったかといわれると迷うところだが、今日買うものの候補に入れてもいいかもしれない。
「なるほど……」
 試聴を終えて振り向いた雅羅は、
「わっ!」
「きゃ!」
 出し抜けに声を出され、滑って転びそうなくらい驚いた。
「あはは、ゴメン雅羅。隙だらけだったからつい、ね」
 四谷 大助(しや・だいすけ)だった、いたずらっ子のような笑顔で快活に笑う。
「もう! 本当びっくりしたわ! でも偶然ね」
 心臓を押さえるポーズを取りつつ、本当に転ばなかったことには安堵して雅羅は言う。
「集中して聴いてたんだな。そのバンド、ファンなのか?」
「うーん、まあ、気にはなるけどどうしようかな、ってとこ」
 あんなこと――大助からの告白――があったにもかかわらず、雅羅はそのへん、特に意識する様子もなく言った。
「そうか。あっ!」と、雅羅が手にしているCDを見て大助は目を丸くした。「そのバンドの新譜、買うのか」
「そうよ。実はデビュー当時からファンなの」
「驚いた。オレもそのアルバム買いに来たんだ。インディーズ時代から聴いてて、去年の空京公演も行ったことあるんだ」
「えっ! そのライブ私も言ったわ!」
 すごい偶然、と雅羅はたちまち目を輝かせた。なおそのライブでは、雅羅はあいかわらずの不幸体質で、目の前の籍が巨大な相撲取りでバンドメンバーがよく見えなかったという(でも音は楽しんだ)。
 共通の趣味というのは、なんとなく人を結和させる。大助も雅羅も饒舌になった。
「ここのCDショップは品揃えが良くて、オレは時々訪れるんだ。実は、音楽は修行以外のオレの数少ない趣味だ。今日はこのCDがメインだけど、ちょうどその試聴も聴いておこうかと思ってたとこ」
「そうなんだ。私もここの店、気に入ったわ。ところで大助、もしかしてハードロック好き?」
「もちろん! むしろ雅羅がこういうの好きだと思わなかった」
「まあカントリーやポップも聴くけどね。ほら、地元(アメリカ)のハイスクールって、自分で運転する車通学が普通なのよね。で、国道をかっ飛ばす(hammer down)ときって、カーステレオでかけるのが速い曲じゃないとどうしてもノリが悪くって」
「かっ飛ばす、かぁ……なんか雅羅のイメージちょっと変わったなぁ」
「だって私、こう見えて保安官の子孫よ。先祖はきっと馬をかっ飛ばしてただろうけど」
 と、くすくす笑う雅羅は、好きなことについて話しているせいかとても魅力的だった。
 こんな感じで話し込む二人だが、
「マスター……」
 大助の袖を引く姿があった。
「マースーター」
 大助の反応がなくて気に入らないのか、四谷 七乃(しや・ななの)はなおも引っ張ってくる。
 雅羅もこれで七乃に気づいた。
「七乃、今日は大助とお買い物?」
「こんにちは雅羅さん! 七乃も、好きなアニメの音楽CDを買ってもらいに来たんです!」
 ところが大助は、
「ああ、七乃、どうした? 肩車か?」
 雅羅との会話に夢中なので、七乃の言葉をろくずっぽ聞かず、ひょいと自分の肩に担ぎ上げたのだった。
「それで、雅羅はカラオケとか行かないの? 雅羅の歌声、聴きた……いだだだっ!」
 頭の痛みにびっくりして大助は上を見た。
「頼むから髪の毛を引っ張るのはやめろ……いだだだっ!」
 あんまり無視されっぱなしなのに怒り、七乃が肩車された状態から彼の髪を引っ張ったのである。
「マスター、アニメの売り場まで連れてってください!」
「そうしてあげなさいよ。約束なんでしょ?」
 そのとき雅羅が携帯電話を取り出した。
「あ、メール」

「今日、舞と一緒に暇つぶしにポートシャングリラをブラブラとしてるんだけど雅羅も来ない?」

 雅羅はニコっと微笑んだ。仲の良い白波 理沙(しらなみ・りさ)からのメールだ。
「今日は楽しかったわ大助。じゃ、友達から、近くにいるってメールが来たから会うことにするね」
 じゃあね、と手を振られ、名残惜しいが大助も手を振った。
「雅羅さんさよなら〜。ところでマスター、アニソンアニソン!」
「わかったよ……えっと」
 仕方なくそのまま、大助はアニメ売り場に移動した。大規模店だけにアニメコーナーも広大だ。迷いそうになったがようやく七乃は、魔法少女アニメのサウンドトラックCDを手にした。
「これこれ、これです〜。主題歌も挿入歌もぜんぶ入ってるです〜」
「はぁ……買ってやるけど、一枚だけだからな」
 ちらりと大助は雅羅のほうを見た。雅羅はさっきいた場所の近くで、別の知り合いと話しているようだ。邪魔するのはやめておきたい。
 残念、カラオケの話までいけなかった。だがおおむね良かったとしよう。音楽の話で、彼女との距離は近づいたと思う。これはこれで、悪くない春の幕開けだ。
 でもカラオケのことも……聞きたかったなあ。
 頭上から七乃が聞いた。
「七乃もこんなふうに、強くてかわいい魔法少女になれるでしょうかー……」
「なれるとは思うが、そのためには努力しなきゃな」
 とりあえずマスターとして、大助は良いことを言ってみるのだ。

 このとき雅羅と会っていたのはもちろん理沙だ。
 ポートシャングリラに来ているとメールしてみたらなんと、雅羅も同施設のCD店にいると聞いて駆けつけたのだ。たまたまメールしたときいた場所が、CD店のすぐそばだったのも幸運な偶然である。
「もうすっかり春ねー」
 と、雅羅の前に現れた理沙は、黒いベルト付ワンピースに、赤の重ね着風パーツを組み合わせた春らしい服装だ。膝丈は思い切って短いものを選んだ。薄着でいられるのも嬉しい。
「大きい店ね……」
 白波 舞(しらなみ・まい)は上着と、ニーソックスを白でかためた春衣装、チェック柄のスカートは白と淡いオレンジで、なんとも上品に仕上がっている。舞はあまりCD店には興味がないようだが、それでも、さまざまな音や映像を見ては感嘆している様子だ。
「よく聴くアーティストとかジャンルってある?」
「割と色々聴くけど、やっぱりハードロックかな」
「ハードロック、ってあのハードロック?」
「やっぱりギターが鳴ってないとね。あと、いわゆるメタルも」
「格好いい。楽器もできるんだっけ?」
「いや、お恥ずかしながら聴く専門で……理沙は?」
「私? もちろんハードロックもギターポップも聴くよ♪ でも、クラシックだろうが演歌だろうが音楽は何でも好きかな」
 と話しながら、三人は揃って店外に出た。
 女子三人、こうして仲良くお買い物である。
 とくにどう、ということもない休日の光景なのだけれど、やはり友達同士というのはいいものだ。
「ねえ、ランチもしていかない?」
 理沙が言うと、雅羅は一も二もなく賛成した。
「……じゃあ、何が食べたい?」
 舞が問うと雅羅は、これまた躊躇せず言ったのである。
「蕎麦、かな」
 即答。このとき雅羅が神妙な顔をしていたのが、ちょっと可笑しかった。
「蕎麦? なんとも渋いわね……」
 春に蕎麦というのも妙な取り合わせかな、と舞が思うも、
「木の芽の天麩羅蕎麦セットというのがあってね、中央飲食店街のチラシのうどん屋で見て、気になってたの」
 うどん屋で蕎麦というのも、邪道かもしれないけれど、と雅羅は笑った。