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Cf205―アリストレイン―

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Cf205―アリストレイン―

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4.列車を間違えたAlice(アリサ)
――、一般車両3号車


 列車は異次元運行に入り、窓の景色は暗く湾曲した虚ろに変わった。進行方向から後方へ流れるかすかな色彩の波はドップラー効果によるものだろうか。しかし、亜光速で列車が走っているとは思えない。
 車体は本当に走っているのかと思えるほどに揺れはなく、外にはそれを確認できる対象物はない。ただ、体に僅かに感じる加速度だけが、目的地へと近づいていると思わせる。
「はぁ……」
 アリサはため息を漏らして、虚ろにさせる空虚な世界に目を落とした。
 思い馳せるは恋人ラッド・ビット。
 彼と合わずに4年の時が過ぎた。しかし、彼女にとっては1年ほどのことでしかない。眠っている間に3年が過ぎた。再び動けるようになるまで1年を費やした。登録上実年齢は19となっているが、コールドスリープ時間を差し引かれての記載であり、本来22歳だ。しかし、精神上も身体上も19歳には違いない。そして記録上、それが証明されているのはひとえに、彼女が地球生まれのロシア人女性ではなく、天御柱学園が所有する強化人間としての証明があるからだ。
 アリサは今、彼と会えていない一年分の時間差に期待と不安を持っていた。もちろんそれ以上の月日の差があるのはわかっているが、感覚はまだ一年しか経ってはいない。未だ持ち続けているプラトニックさが、彼女の支えでもある。
 不安な思考を抱え始めたアリサの背中に声が掛かる。
「久しぶりだね、アリサ」
 振り返る後ろにいたのは駅弁を両手に重ねている小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
「お元気でしたか?」
 と、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は座席を対面式に変えて、アリサの隣に座る。
 正面には美羽が座り、収納式のテーブルを壁から引き出し弁当をその上に並べた。
 他にもいた。エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)山葉 加夜(やまは・かや)だった。皆、蒼空学園の生徒だ。行き先が同じなため行動をともにしていた。
「元気そうでよかったです」
 と加夜がいい、
「大分筋肉がついたんじゃないか?」
 とエヴァルトが冗談めいた。
 アリサが彼らと会うのは実に一年ぶりになるだろうか。天御柱直属の病院で長いことリハビリと検査で缶詰になっていたからだ。
「お久しぶりです。皆さんどちらに?」
 アリサが問う。この列車の行き先は決まっているというのに。
 まずは、エヴァルトが答えた。
「秋葉原にプラモを買いにな。加夜はなんだっけ?」
「新刊発売のサイン会に六本木へですよ」
「わざわざ地球(あっち)まで行かなくてもいいんじゃないかな?」
 と、疑問を浮かべる美羽に対し、二人は同時に答えた。
「パラミタじゃ買えないからな」
「パラミタでは買えないんです」
 一体何を買いに行くというのだ。
「そういう美羽さんは?」
 一箱目の弁当を頬張る小動物にアリサが尋ねる。
「どこって言うよりも、この列車の調査だね。鉄道会社の友達の協力でね」
 友だちとは環菜のことであり、陽太のことだ。美和もこの列車への招待状をもらっていたので、ついでにと、調査を頼まれていた。
「本当はロイヤルガードの仕事関連で招待されてたんですけどね……」
 と、ベアトリーチェが付け加えた。つまりは、サボタージュなう。
「いいじゃん。あっちは軍服さんがついているから問題なでしょ? それに私の調査担当はこっちだもん」
 ノーンたちがセレモニーと豪華寝台車を調査することになっているので、美羽は一般車両の調査と車内食堂で販売されている弁当の調査という名目のサボりをしていた。
「てなわけで、調査協力よろしく!」
 美羽がアリサの前に弁当を差し出す。
「いいんですか?」
「私たちだけじゃ食べきれませんから」
 七箱の弁当を困ったように見るベアトリーチェの真意を察して、アリサは一番上の箱を手元に寄せた。文字が達筆すぎて彼女には読めなかったが「幕ノ内」と書かれていた。
「それじゃ、頂きます」
「皆も食べて、感想頂戴」
 加夜とエヴァルトにも弁当が無理やり配られた。エヴァルトには「バロット弁当」。加夜には「ハギス弁当」――高級なハズレ弁当が渡った。
「そ、そいえば、アリサはどうしてこの列車に?」
 加夜は話題を振って、内蔵の腸詰弁当から逃れようとする。
「実は、彼の消息がわかったんです。だから、この列車で向かっている途中なんです」
 恋話に加夜の瞳が輝く。女性らしい反応だがそれだけじゃない。彼女は唯一アリサの綴った思いを知っている。アリサの日記、いやアリスの日記から。アリサの同一意識の分裂であるアリスの思いもまた、アリサの思いと同じ。その思いを《サイコメトリー》で共鳴したことがあるからこそ、人一倍にアリサの苦心をわかっていた。
 長く離れていた想い人に会える胸の高鳴りは以下ばかりだろう。
「よかったですね!」
 加夜はアリサを喜びたたえた。
「よかったじゃないか! じゃあそいつは地球にいるのかロシアか?」
 エヴァルトもアリサとその想い人が先の紛争とアリサの受けた実験で離れ離れになった事を知っていた。
「しかし、それだとて手続きが面倒そうだな……」
「いいえ……あの、彼がいるのはカナンの街なんですけど」

 ……え? 地球じゃない!?

 四人は思い出した。そういえば、こいつ(このこ)極度の方向音痴だったと。