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リアクション
第十章 決戦はマジカルに 1
夜の森の中に、不意にヴァイオリンの調べが響いた。
演奏していたのはアルテッツァ。
聴く人が聴けば、すぐにそれがストラトスの代表曲の一つであることに気がついただろう。
すでに、楽器が魔物を引き寄せていたわけではないことはわかっている。
それでも、ヴァイオリンを奏で続けるアルテッツァの前に、事件の黒幕・レガートは姿を現した。
ヴァイオリンの音色が引きよせたのではない。
彼に残された唯一の逃げ道に、アルテッツァが立ちふさがっていたのだ。
「……何のつもりだ?」
アルテッツァを睨みつけるレガートを、アルテッツァは冷ややかに見つめ返した。
「いえ……音楽を冒涜する輩は許せないと思いましてね」
その言葉に、レガートはいらだたしげに吐き捨てる。
「下らん」
そんなもののために。
そんな思いが、レガートの表情からにじみ出る。
そんなもののために、俺はこうまで追いつめられているのか、と。
「チェックメイト、だね」
レガートの後方から姿を現したのはヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)。
「おのれ……!」
追いかけて来た彼らには、残っていた手駒を一気にぶつけたはずだ。
それだけで彼らを倒せるとは思っていなかったが、まさか時間稼ぎにすらならないとは。
「楽器は、それを手にするに相応しい者のもとにあるべきだ。
お前がそれに値するかは……お前自身が一番よく知っているだろう?」
そう言い放つ早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の後ろから、マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)が顔を出す。
「どうして……あの子たちにあんなことさせてまで、チェロが欲しいんですか……?」
悲しげに訴えるマユに、リカードは笑いながら答えた。
「あの死蔵されたままのチェロを、『本当に欲しがっている者』に届けてやるだけだ」
予想外の答えに、素直なマユは驚いたような表情を浮かべる。
だが、マユ以外の面々は、当然レガートの言葉の真意に気づいていた。
「つまり、そのチェロが盗品とわかっていても大枚をはたいて買いたがるような、なりふり構わず、手段を選ばずそのチェロを欲しがるようなヤツに、か」
ヘルがそう指摘すると、レガートの笑みが邪悪に歪んだ。
「その通りだ! 本当に欲しいという気持ちがあるなら、手段や経緯など些細な問題のはずだろう!」
「そんな……それじゃ、動物さんたちも、楽器も、かわいそうです……!!」
ようやくレガートの意図に気づき、泣きそうな顔になるマユ。
呼雪はそんな彼の頭を優しげに撫でると、険しい表情でレガートの方へ向き直った。
「……同情の余地なし、だな」
「全くです」
追いついてきた博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)もその言葉に賛同する。
本来なら、彼の機動力をもってすればもっと早く追いついてこられたのだろうが、彼もまた操られているだけの動物を傷つけるに忍びなく、絶対に殺さぬこと・なるべく傷つけ過ぎぬことを念頭に置いて戦ったために、予想外に時間がかかってしまったのだった。
「そんなことのために……関係ない人や、動物たちまで巻き込んで!
そうまでして、自分の思い通りにしようだなんて……ふざけるのもいい加減にしろっ!!」
そんな博季の正論も、しかし、レガートの心には届かない。
「……で、言いたいことはそれだけか」
この期に及んでまだ逃げられると思っているのか、それとも完全にヤケを起こして開き直ったのか、いずれにしてもすっかり居直ったらしいレガートはふてぶてしい態度で一同を見回した。
「言いたいことは、ね」
そう言いながら一歩前に進み出たのは、未来的な……というか、やや浮いた感じのコスチュームの二人の女性。
見た目も戦い方も魔法少女というよりヒール寄りのプロレスラーっぽいことで一部で有名な、「魔法少女ろざりぃぬ」こと九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)と、そのパートナーの「ハートブレイクカンナ」こと斑目 カンナ(まだらめ・かんな)である。
さすがのレガートもこれは全く予想していなかったらしく、ややあっけにとられたような顔になる。
そんな彼をじっと睨みつけて、カンナがぽつりとこう言った。
「お金以外の価値を見いだせないようなやつに……楽器は絶対に渡せない」
その隣で、ろざりぃぬは腕時計を見るような仕草をして……やがて、一声こう叫んだ。
「キラッ☆ お仕置きの時間だよ!」