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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ

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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ
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リアクション



4


 リンスが電話をしていたので、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は声をかけずに椅子に座った。ぐるり、なんとはなしに工房を見回す。ここに来たのは、随分と久しぶりのような気がする。特に、何か変わった様子はない。
 ただ、リンスの姿かたちが少し違うけれど。
「あれ、女の子よねー」
「そうじゃの」
 緋雨の隣に座った天津 麻羅(あまつ・まら)も、呟きに頷く。
 どういう経緯でああなったのかは知らないが、まあ大変だったのだろう。顔には疲労の色が見てとれる。緋雨は携帯を取り出して、フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)の店の番号を呼び出した。
『お電話ありがとうございます。『Sweet Illusion』店長のフィルがお受けいたします♪」
 可愛らしい声が電話口から聞こえてくる。今日は女装なのだろうなと推測しながら、「もしもしフィルさん? 緋雨よ」名乗り、話を切り出す。
『ん? どしたのー?』
「あのね、今人形工房に居るんだけど。ちょっとリンスさんが大変みたいなの」
『大変って』
「どう大変か、ちょっと説明が難しいけど」
 何があってこうなったのかすら知らないし。
「とりあえず落ち着いて話をするために美味しいお茶でも飲みたいなーって♪」
 麻羅が、「何が話じゃ。おぬしはただ美味しいケーキが食べたいだけじゃろが」とツッコミを入れてきたが気にしない。というか、事実なので反論できない。
「余裕あったらでいいんだけど、季節のケーキとティーセットの配達とかできないかなーって。どうかしら?」
『ピークにはまだ時間あるし、バイトの子もいるから抜けられるよー』
「本当?」
『常連さんの緋雨ちゃんの頼みだしねー。特別だよ? それに、リンちゃんの女の子姿、ちょっと見たいし』
 笑みを含んだフィルの声。「何だ、知ってたの。でもそうよねー、折角だものね」発言に、緋雨も同意する。
 その時、工房のドアが開いた。惰性的にそちらを見る。多比良 幽那(たひら・ゆうな)が、アッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)キャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)ハンナ・ウルリーケ・ルーデル(はんなうるりーけ・るーでる)を連れてやって来たところだった。
「何の話?」
 と、幽那が麻羅に問いかける。
「緋雨が、てぃーぶれいく♪ したいのじゃて。フィルの店に出前を頼んでおるところじゃ」
 幽那は、ぐるり、工房を見回して。
 リンスが女性の姿になっていることも確認し、しかしさほど驚いた様子はなく、代わりに、
「……女子会ね!」
 と息巻く。
 この一連の流れを見ていた緋雨は、なんとなく幽那のしたいことを察した。近寄ってきた彼女に、はい、と携帯を手渡す。
「もしもし、フィル? 幽那よ。ケーキの配達をしてくれるって伺ったんだけど、数が少し増えても構わないかしら?」
「あやつは何をしようとしておるのじゃ」
 麻羅が、幽那を見て言った。
「女子会でしょ」
 緋雨は、疑問に答える。
 女子会。最近よく聞く、女子だけでの集まり。
「あれがしたいんじゃないかしら。ほら、リンスさんが今女の子じゃない?」
「なるほど」
 幽那は、フィルと話をまとめたらしい。よし、と右拳を握っているのが見えた。
「ありがとう、緋雨さん。おかげで話がまとまったわ」
「どういたしまして。女子会するのかしら?」
「ええ、そのつもり。どうかしら、みんなで」
 麻羅に、どうする? と目で問うた。
 好きにしろ、と返されたので、「じゃあ、よろしく」と頷いた。


「と、いうわけで。女子会をするわよ」
 ウルスとの電話を終えると同時、幽那が言ってのけた。
「……はあ、……え?」
 聞き取れなかったのと、話の流れが掴めなかったため、リンスは素っ頓狂な声を出す。
「女子会。まあ、女子会って言っても名ばかりで、ただのお茶会になると思うけどね」
 話を聞いてみたところ、フィルがここまでケーキとお茶の配達に来るらしい。
 普段そんなことをしていないのにわざわざするとは。女の子の姿になったリンスを見てからかうつもりなのだろう。まず間違いない。
「だからそこの大きなテーブルを貸してね。女子会に相応しいセッティングをするわ」
「じょしかい? なぁになぁに?」
「あら。クロエも、そうよね。立派なレディよね。参加する?」
「する!」
 からかわれるであろう数十分後を思い描いて辟易している間に、幽那はクロエを仲間に取り込んでセッティングを始めてしまった。参加しないと断るタイミングを逃してしまったので、ため息ひとつ吐いた後、大人しく椅子に腰掛ける。
 すると、緋雨がにこやかな笑顔を向けてきた。
「ねえ、リンスさん。可愛い服とか、着ないの?」
「持ってないよ」
「用意したら着てくれる?」
「用意される頃には男に戻ってるだろうね」
「残念。フィルさんに女性物の服を持ってきてもらえばよかったかしら」
「そうならなくて良かったと心底思うよ」
 緋雨は、フィルと仲が良い。きっと、たぶん、似たところがあるのだろう。というか、少し似ている。
「緋雨は、つまるところお茶会がしたいだけじゃからのぅ」
 麻羅が言った。だろうな、とリンスも思う。
「現状どうあっても良いと考えておるじゃろうし。リンスがこのままおにゃんこのままであってもなんら問題に思わんじゃろ」
 心配されすぎても申し訳なくなるけれど、それはそれでなんだか釈然としない気がする。リンスがそう考えていると、「まあねえ」と緋雨は頷いた。
「可愛い女の子のままなら、可愛い服を着せて遊べるし」
「そうじゃろ? これみよがしに可愛い服を持ってきて、着せ替え人形さながらにするのが目に浮かぶわ」
「……俺ね。今すごく、男の身体が恋しいよ」
 ディリアーは、今もどこかでこの状況を見ているのだろうか。きっと、すごく楽しそうに笑っているのだろうな。と思ってげんなり。
「そうだ。リンスを女体化させたっていう魔女さんも、この場に誘えないかしら?」
 話を聞いていたらしい幽那が提案する。それだけはやめてほしかったので、黙秘を貫いた。
「あら。面白そうね」
 緋雨が話に乗って、魔女を誘う方法について話し出す。リンスはそっと、席を離れることにした。
「『最近女体化流行ってるんですの?』『ま、ウチは興味ないねんけど』」
 二種類の声がした。振り返る。アリスが、言葉どおりさして興味なさそうにリンスを見つめていた。
「流行ってるかどうかは知らないけど」
「『ふうん、まあからかえるならなんでもいいけどな』『からかうのって、楽しいしねっ』」
 なんだか台本を読むような話し方をする子だなぁ、と思う。個性的で面白い。
「『何よ、黙っちゃって。からかえないじゃない』『面白みに欠ける兄さんどすなぁ』『おっと失礼。今はお嬢さん、でしたな』」
「ユーモアセンスはないからね。俺にそういうのを求めない方が良いよ」
「『つまーんなーい』」
 芝居がかった身振り手振りで天井を仰ぎ、アリスは幽那の元へと歩いていってしまった。見ていて面白い子だったなぁ、と後姿をぼんやり見ていると、
「お待たせしましたー♪ 『Sweet Illusion』特別宅配サービスでーす♪」
 明るいフィルの声が、工房に響き渡った。


 かくして、女子会という名のお茶会が始まる。
 ある席では、フィルを捕まえた緋雨が桜の木についての話をはじめ、麻羅は薀蓄を語り、フィルは噂話をいくつも挙げる。
 またある席では、リンスを全力でからかおうとする幽那。しかしいじりがいがないことに気付き、代わりにアッシュをからかいはじめたり。
 その隣で、どうでもよさそうな表情をしたシュトゥーカとアリスがお茶を飲んでいる。
 そんな二人に、クロエやリリシウム、ディルフィナ、ラディアータがメイドとしてお茶を注ぎにきたり。そのまま話し始めて、意外と会話に花が咲いたり。
 ヴィスカシアやナルキススは、見てるだけの姿勢を貫いて。
 ……これを女子会と呼んでもいいかは別として。
「これで、夕方までの時間が少しでも稼げたかしら」
 幽那はふっと呟いた。
 楽しく騒いでいれば、万が一にでも塞ぎ込んだりはしないで済むだろう。まあ、既に開き直っていたのかなんなのか、リンスは大して気にしていなかったようだけど。
 ゆるり、ゆるりと過ぎていく時間の中、幽那は静かに目を閉じた。