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鍵と少女とロックンロール

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鍵と少女とロックンロール

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【二 唸る砂塵】

 かつて、ツァンダ領内にて上流貴族として名を馳せていたフェンザード家
 今は昔の栄華など見る影もない程に没落しており、フレームリオーダーのリーダー格であるメギドヴァーンに屋敷を破壊されて以降は、レティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)の好意でクロカス家の別荘のひとつに仮住まいさせて貰っているという体たらくであった。
 そのフェンザード家の長女ラーミラの体内には、フレームリオーダー達が虎視眈々と付け狙う魔導暗号鍵なる未知の物体が隠されている。
 一度はフレームリオーダーから逃げおおせたラーミラではあったが、いつまた、あの恐るべき魔獣の群れに襲われるか、分かったものではない。
 そこで彼女は、デラスドーレの街の地下に広がる古代要塞ヴァダンチェラ内の人工解魔房にて、魔導暗号鍵の摘出に臨む運びとなったのであるが、そんなラーミラの前には、幾つもの困難が立ち塞がろうとしていた。
 それらの困難のひとつが、シャンバラ大荒野のある地域を根城とする野盗団アヤトラ・ロックンロールである。
 ラーミラを乗せた大型トレーラーが今まさに、そのアヤトラ・ロックンロールの縄張りに突入しようと、焼きつくような強い日差しの中、爆音を響かせて荒野を突き進んでいる。
 野盗団との戦闘に備え、特殊防護を施した大型トレーラーには大勢のコントラクター達が護衛として乗り込んでいる他、自前の移動手段を持ち出して並走する者達も少なくない。
 そして大型トレーラーの運転席では意外にも、ラーミラの双子の兄ラムラダがハンドルを握っている。
 やや中性的な美貌を持つ若き青年貴族は、ここ数ヶ月の間に様々な技術を身につけようと頑張っていたらしいのだが、大型トレーラーの運転免許まで取得していようなどとは、さすがにラーミラも予想だにしていなかったようである。
「実に見事な勤勉ぶり……同じく貴族の子女として、ラムラダ様のこの姿勢には大いに学ばせて頂く点が、幾つもございますわね」
 大型トレーラーの牽引車部分には、運転席の他に、前後合わせて二列のシートが備え付けられているのだが、その後部座席に陣取っていたコルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)が、心底感心した口ぶりで、運転席のラムラダに称賛の声を贈る。
 ハンドルを握るラムラダは、ルームミラー越しに幾分はにかんだ笑みを返すばかりであったが、華奢な外見と豪胆なハンドル捌きというギャップが、コルネリアの興味を更に強く刺激していた。
 牽引車部分のシートは横三列となっており、コルネリアとアイリーン・ガリソン(あいりーん・がりそん)が左右から挟む形で、ラーミラをその間に座らせるという布陣を取っていた。
 荷台部分は迎撃用タラップや武器弾薬など、物騒な品の数々で占められており、とてものこと、ラーミラのようなお嬢様が大人しく控えていられるような構造にはなっていない。
 そこでコルネリアやアイリーンなどが牽引車内でラーミラをお守りしよう、という運びになったのであるが、そんなふたりに追い払われるようにして、森田 美奈子(もりた・みなこ)だけは荷台外壁の迎撃用タラップに身を置いていた。
「全く……これで野盗団の美人さんがどうしようもなくレベルが低かったら、私ってば本当に救いようがないじゃないですか……」
 ラーミラが牽引車内の後部座席に居ると知って、ぶつぶつと文句を垂れまくっていた美奈子だが、そんな美奈子のぼやきなど意にも介さず、アイリーンは真摯な表情で、隣のラーミラの様子をじっと窺っている。
 少しでもラーミラの体調や気分に異変があれば、運転席のラムラダに進言しようという構えを取っていたアイリーンだが、幸いにも今のところ、ラーミラに苦しげな表情は一切見られない。
 コルネリアも、ラーミラが意外と乗り物に強いと知って、幾分胸を撫で下ろす思いであった。
「野盗団……っていうのは、どのような方達なのでしょう?」
「そう、ですね……まぁ、あまり見栄えの良さそうな連中でないのは確かです」
 正子から受け取っていたアヤトラ・ロックンロールの構成人員データをメモリープロジェクター内に映し出しながら、アイリーンは僅かながらも苦笑を禁じ得ない。
 リーダーのデーモンガスなる人物の風貌を、美奈子辺りが知ればどのような反応を示すか、容易に想像出来てしまい、つい口元が緩んでしまったのである。
 そんなアイリーンを不思議そうに眺めつつも、ラーミラはコルネリアから、今回の突破計画について諸々の説明を受けている。
 コルネリアの話によれば、もう間もなく、アヤトラ・ロックンロールの縄張りに接触しようかという頃合いになる筈であった。
 そして――。
「あっ! 前方に何か、見えます!」
 荷台の方から、美奈子のどこか間の抜けた叫び声が響いてきた。

 大型トレーラーは、黄土色の殺風景な景色がどこまでも続く荒野のど真ん中で停止した。
 およそ数百メートル前方に、武装した車両やバイクの群れが、横一列に並んで行く手を阻んでいたのだ。
 この者達が何者であるのかについては大体の予測は立っていたものの、連中がどのような出方を見せるのかについてまでは、皆目分からないのである。
 であれば、ここは一旦停止して動向を見極めるのが吉であろう。
 大型トレーラーのすぐ隣に、弁天屋 菊(べんてんや・きく)の駆る出虎斗羅移動劇場の派手な車体が並んだ。
「あいつらが、噂のロックンロール共かい」
 移動劇場運転席の窓から、菊が身を乗り出しながら前方を遠く眺める仕草を見せた。
「敵が……現れた、のですか?」
 すると移動劇場のコンテナ部分から、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)がひょっこり顔を覗かせて、どこか茫漠とした表情で宙に面を向ける。
 光を失った日奈々の双眸では、前方横一列に並ぶ凶悪な集団を捉えることは出来ない。菊はそんな日奈々の為に、現在の状況を軽く説明してやった。
「んまぁ、ピラーに比べりゃあ遥かにましかも知れねぇけどよ。あいつらぁ、柱の奏女のご利益なんて、これっぽっちも通用しねぇからなぁ」
 然程に困った様子も無く、菊は艶やかな紅色の髪の上から、頭をぼりぼりと掻いてみせた。
 そんな菊の幾分投げやりな声に、日奈々は可笑しそうにくすくすと小さな笑いを返してきた。
「野盗団っていうから、せいぜい二十人か三十人ぐらいだとばっかり思ってたけど、結構な数じゃないの」
 同じく移動劇場のコンテナから、小型飛空艇ヘリファルテに跨ったままの恰好で五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が驚きの声を上げた。
 彼女がいうように、アヤトラ・ロックンロールを構成する人員の数は、その辺の野盗団とは比べ物にならない程の規模を誇っているようである。
 どんなに少なく見積もっても、三百人程度は居るように思われた。
「まさかとは思いますが……あの全員がオブジェクティブと接触を取っている、という訳ではありませんよね……?」
 セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が、半ば自分自身にいい聞かせるような調子で、恐るべき推論を否定しようとしていた。が、その正確な答えは今のところ、誰にも分かっていない。
 こればかりは、直接相手と武器を交えてみないことには、判断のしようが無いのである。
 そんなセレスティアの不安を余所に、菊は運転席からコンテナ方向に身をよじるようにして振り向き、口元をにやりと笑みの形に歪めた。
「あんた達の居るコンテナに、軽食を用意しておいたからさ。今のうちに食っときな。突破戦が始まってから腹が減ったっていっても、食う暇なんて無い知れねぇぜ」
「あら、そうなんだ? んじゃあ、遠慮無く頂いちゃおうっかな〜」
 ほとんどいの一番に、理沙がコンテナ床の一角を占めているクーラーボックスのひとつに手を伸ばし、早速蓋を開けてサンドイッチを頂戴する。
 セレスティアはこの期に及んでもマイペースを崩さない理沙に、どこか呆れたような表情を向けた。
「もう、理沙ったら……」
「ほらほら、セレスもそんな顔してないで、何か食べなさいって。人事を尽くせば天命なんてついてくるものだけど、腹が減っては肝心の人事も尽くせなくなっちゃうわよ」
 理沙の頭の中では、二種類の諺を上手く使い分けている筈であったが、口から飛び出してきた台詞は、いまいちよく分からない。
 もうこうなってくると、セレスティアも苦笑を浮かべて理沙に付き合う以外に無い。
 日奈々も同じく、菊の好意に甘えて、理沙が開けたクーラーボックスから卵サンドを取り出していた。
「それじゃ、遠慮無く、頂きます……」
「満腹にはするんじゃねぇぞ。戦ってる最中にゲロっちまうからな」
 菊が笑顔で注意を促すのをぼんやり聞きながら、セレスティアは隣の大型トレーラーの運転席に視線を走らせた。
 視界の中で、ラムラダが幾分緊張した面持ちで、ハンドルを握ったままの姿勢を崩さない。
 もし必要があれば、セレスティアが運転手の交代要員となる旨を事前に伝えてはあったが、出来ればそのような事態には陥って欲しくない、とも考えていた。
 セレスティアの出番が巡ってくるということは即ち、ラムラダの身に何かが起きた時である公算が強い。
 そうならないよう、自分達が精一杯力を尽くさねばならないのである。
 セレスティアは大型トレーラーから視線を外し、理沙が差し出してきているおにぎりに目を転じた。
「これ、美味しいよ」
「んもう、理沙ってば……」
 呆れながらも、理沙が差し出すおにぎりを受け取るセレスティアの面に、どこか決意めいた色が見え隠れしていた。

『我が版図にようこそ。このデーモンガスより、諸君に挨拶がある』
 風に乗って、拡声器から発せられたと思しきハスキーな声が、大型トレーラー方向に流れてきた。
 大型トレーラーの荷台から降り立ち、硬い岩場の地面で仁王立ちになっているリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、どこか呆れた様子で小さく肩を竦めた。
「オブジェクティブが接触した野盗団、って聞いてたから、もっと無機質な感じを想像してたんだけど……何だか必要以上に、変に人間臭い連中ね」
 いつの間にかその傍らに、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が同じく荷台の迎撃用タラップから降りてきて、リカインと並んで立つような格好で遥か前方を注視している。
「わざわざ宣戦布告って訳か。奇襲が常套手段の筈の野盗にしちゃあ、随分と武士道的な精神を持ってるじゃないか」
「それだけ、自分達の戦力に自信があるって訳じゃない?」
 シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が珍しく緊張した面持ちで、拡声器に乗って流れてくるデーモンガスの口上に耳を傾けている。
 シルフィスティのこの分析に、リカインは一瞬、はっとした表情を浮かべた。
 コントラクターが大勢居合わせているこの集団に対し、堂々と戦いを挑んでくるだけの自信があるということは、矢張り連中が、オブジェクティブによる戦力増強によって格段に強くなっている可能性が高い、ともいえるのである。
『無駄な殺し合いは望まない。諸君が武装一式と荷台の物資を置いて去るなら、こちらも道中の安全を保障しよう』
「……いってることは無茶苦茶ですけど、一応降伏勧告してくる辺り、そこそこ理性的な連中なんですね」
 ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)が、変なところで感心していた。
 だがその分析はある意味、的を射ているともいえる。
 普通、無法な野盗団ともくれば、問答無用で襲いかかってくるのが常であろう。だがこのアヤトラ・ロックンロールは最初に、取引を持ちかけてきた。
「案外、頭脳戦を仕掛けてくるかも知れないわね」
 リカインは、早くも警戒心を露わにして表情を引き締めた。
 オブジェクティブと接触を取ったという情報は、矢張り本当なのかも知れない。
 謀略の塊のようなオブジェクティブの影響を少しでも受けているのであれば、如何なる戦術を駆使してきても不思議ではなかった。
「目には目を、策には策を、ね」
 いってからリカインは、再び荷台のタラップに身を乗り上げさせた。が、迎撃用タラップに移動するのではなく、荷台内へと通じるドアの中へと姿を消す。
 リカインは対アヤトラ・ロックンロール戦の策を練るに当たって、他の面々とは異なる役割分担を自らに課していたのである。
「さて、俺達も準備だな」
「……もうここから先は、地獄の一丁目ってところね」
 アストライトとシルフィスティは、それぞれ迎撃用タラップへと身を躍らせたが、ソルファインはリカインと同じく、荷台内部へと姿を消した。
 その直後、大型トレーラーのエンジン音が再び乾いた空気を振動させ始めた。
 ラムラダがいよいよ、突破戦に備えてアクセルを踏み始めたのである。
『……良かろう。そちらの意図は理解した。以後はこちらも、一切手加減しない』
 動き出した大型トレーラーにラムラダの決意を感じ取ったのか、デーモンガスという男も、どこか覚悟を決めたかのような響きを伴う声を、最後に飛ばしてきた。
 ここから戦闘開始、という訳である。
 それから数分後、周辺一帯はまるでそこだけが空間が一変したかの如く、濛々たる砂塵に覆われ始めた。
 数多のエンジン音が大地と天空を響かせるようにして唸り、ふたつの勢力が真正面からぶつかり合おうとしていた。
 両者がおよそ100メートル程度にまで接近した時、アヤトラ・ロックンロール側が左右に展開し、その後、180度逆に転進した。
 簡単にいえば、大型トレーラーと護送部隊と並走する形で、追撃戦を仕掛けてきたのである。
「……始まったわね」
 荷台の中で、リカインは小さく唸るように呟いた。
 緊張感よりも先に、何故か恐怖に近い慄きが、彼女の身を震わせていた。