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リアクション
【七 最強のオブジェクティブ】
最も激しい戦闘が繰り広げられていたのは、デラスドーレの街の中ではなく、そのすぐ外側、東の街道へと繋がる街門外の広場である。
ここで、スカルバンカーの巨躯が大勢のコントラクターを相手に廻して、縦横無尽に破壊の嵐を吹き荒らしていた。
「矢張り……親玉ってだけのことはありますね」
御凪 真人(みなぎ・まこと)はセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)とのコンビネーションで、スカルバンカーの両肩の角に一定の攻撃を加えつつも、なかなか思い通りのダメージを与えることが出来ていない現状に、僅かな焦りを感じるようになっていた。
セルファが突撃して接近戦を仕掛け、その後方で真人が魔術を駆使して追撃のダメージを加える、というのが基本戦術であり、ふたりの攻撃は確実にヒットしてはいるのだが、いかんせん、スカルバンカーのほとんど無限に近しい耐久力は、中々底が見えてこない。
あまりのタフぶりに、少々心が折れそうにもなるのだが、ここで諦めてしまっては、これまでの努力が全て水泡と帰す。ここは、どこまで我慢が出来るのかという勝負であった。
真人とセルファは、以前フィクショナル・リバース内で倒したオブジェクティブゴーストウィンガーのクロックを自らの脳波内に吸収しており、スカルバンカーの速度にも十分対応出来ている。
同様のことが、東 朱鷺(あずま・とき)にもいえた。
朱鷺の場合はスカイブラッドのクロックであったが、彼女の陰陽道を効果的に発動させるには十分な効果を持っていた。
尤も、朱鷺の陰陽道も真人とセルファ達の攻撃と同じく、効いているのは間違いないのだが、見た目にはどの程度までダメージが入っているのか、よく分からない。
手応えがあるということは、それなりに効いてはいる筈なのだが、矢張り彼女も真人達と同様、我慢しながらの戦闘を強いられる格好となっていた。
「この敵は、ゲームでいえばやたらと硬いボスキャラ、とでもいうべきでしょうか。本当に、どこまで耐久力があるのやら……」
などとぼやきながらも、それでも朱鷺は己が陰陽術を仕掛け続けている。
とにかく効いているということが分かっている以上、手を休める訳にはいかなかった。
と、その時。
「あ! 居た! あそこだよ!」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、東の街門を飛び出してきた。
そのすぐ後に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)、夏侯 淵(かこう・えん)、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)といった顔ぶれが続く。
この時、カルキノスは戦場が街の外側であるという点に素早く目をつけ、ドラゴネットカルキノスへと変貌を遂げた。
ここなら、多少の大きさでも街に被害を出すことはなさそうである。加えて、スカルバンカー自体がドラゴネットに匹敵する巨躯を誇っており、サイズで互角に張り合える戦力が居るのと居ないのとでは、戦局は大きく変わってくるであろう。
「おいおい! 踏み潰してくれるなよ!」
淵が、冗談交じりに吼える。宙空へと舞い上がったカルキノスは淵の怒鳴り声に、笑いの響きを含んだ咆哮を返してきた。
「さぁ、行こう! ここが、勝負どころだからね!」
ルカルカがダリルと肩を並べて、対スカルバンカー戦へと加わった。
が、それよりも早く、唯斗が抜群の突進速度を発揮してスカルバンカーの間合いへと飛び込んでいった。
「スカルバンカー……お前の相手は俺だ!」
唯斗は自らの体術だけを駆使して、スカルバンカーに挑みかかる。
コントラクターとしての技や魔術を存分に発揮している真人や朱鷺といった面々とは、明らかに正反対の戦術であった。
オブジェクティブは、もともとは学習型のウィルスであり、且つコントラクター達の脳波を吸収することで、コントラクターの戦闘能力の大半を理解し、そして同時に駆使することも出来る。
真人とセルファが、独自のアイデアで技や魔法を組み合わせて攻撃を仕掛けていたが、しかしそれはあくまでも人間としての予想外、というだけの話であり、コンピューターの世界ではあらゆる組み合わせが事前に想定される。
これを、マトリックスという。
マトリックスの概念は、実現性の可否を排して、理論上可能な全ての組み合わせを網羅することにある。
であれば、オブジェクティブにとって本当に予想が不可能なのは、コントラクターとしての技量を一切使わぬ人間本来の戦闘技術だけに限られるといっても過言ではない。
そういう意味では、コントラクターとしての技術に頼らず、人間が過去の歴史で練り上げてきた純粋な体術での勝負を挑んだ唯斗の選択は、この場では最も正しいといえるだろう。
トライアル・ヴェロシティ反応が発動し、かつコントラクターの技に頼らない唯斗の参戦は、対スカルバンカー戦線に於いて劇的な変化をもたらしつつあった。
仕掛けるなら、今である。
「ルカ、いくぞ」
兵器としての性能発揮欲を理性の力で抑え込みながら、ダリルが低く呟いた。
バティスティーナ・エフェクトの威力を乗せた光条兵器を、唯斗の接近戦に合わせて打ち込もう、というのである。
主力としての能力を発揮するダリルの左右で、淵とルカルカがサポートする位置に入った。
カルキノスは上空から、一撃離脱戦法を駆使してスカルバンカーの攻撃対象を一点に絞らせない陽動を仕掛けている。
後は、火力の問題であった。
これは、ラーミラ達が到着する前にスカルバンカーを仕留め切ることが出来るかどうかという最も重要な点に絡んでくる。
唯斗は個人の力だけでスカルバンカーを仕留められるとは、最初から考えてはいなかった。
「このままでは、時間が敵に味方するかも知れない……戦力を増強出来ないか?」
この唯斗の問いかけに、ルカルカはすぐさま反応して一旦戦線を離脱し、仲間に対して増援要請の通信を送った。
すると程無くして、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と強盗 ヘル(ごうとう・へる)が、東街門をくぐって駆けつけてきた。ふたりはこのすぐ近くでマーシィリップスを相手に廻していたのだが、ルカルカからの要請を受け、優先度を変更してきたのである。
「ごめん! そっちも取り込み中だったんだね!」
「いえ、どうぞお構いなく。スカルバンカーを仕留めるのが先ということであれば、お手伝いしますよ」
ザカコは涼しげな顔で笑い返したが、ルカルカは対マーシィリップス戦を誰が引き継いだのか、少し気になった。
「それなら、あゆみちゃんと他の何人かに任せてきた。ちょっとの間なら大丈夫っていってたから、こっちを早めに片付けて戻らねぇとな」
ヘルの応えに、ルカルカは多少、意外な感想を抱いたのだが、とにかく今はスカルバンカーをどうにかするのが先である。
後のことは、それから考えても遅くはないだろう。
「それで、何をすれば良いのでしょう?」
「単純な話だ。スカルバンカーを叩きのめすだけの、簡単なお仕事です、ってなところか」
淵の冗談交じりのひとことに、ザカコとヘルは一瞬、妙な笑みを浮かべてしまった。
確かにやるべき内容は簡単かも知れないが、それを実現出来るかどうかについてを考えると、恐ろしく困難なように思われたのである。
既にダリル、真人、セルファ、朱鷺、唯斗といった面々が、スカルバンカーの巨躯を包囲する形で次々に攻撃を叩き込んでいる。
これだけの陣容が揃っていながら、尚も火力不足だというのだから、敵の耐久力の恐ろしさが容易に想像出来るというものであった。
しかも、相手は無限のスタミナを持つ電子結合映像体なのである。こちらは火力だけではなく、交代要員も揃えておかなければならなかった。
「自分達が入ります。少し、後ろに退がっていて下さい」
「……すみません、お言葉に甘えます」
相当に疲労が溜まっていた真人はセルファと共に、ザカコとヘルのコンビと入れ替わって、後方に退いた。
この場に回復役がひとりも居ない、というのも戦術的には少々、痛かった。
攻撃一辺倒の組み合わせは、短期決戦にこそ向いている。
スカルバンカーの様に、耐久力と防御力に秀でた相手を叩くには、いささか無理のある構成であった。
この後、朱鷺も精神力の疲弊が激しく、ルカルカと入れ替わるようにして、一旦後方へ退いた。
「申し訳……ありません……ちょっと息が、続きません、ね……」
「大丈夫、大丈夫! 後はルカ達に任せておいて!」
明るい笑顔で朱鷺を出迎えたルカルカだが、しかし正直なところ、全く動きに衰えが見えないスカルバンカーの底なしの耐久力に、内心で多少の不安を抱えてもいた。
だが、戦局に変化が生じた。
ザカコとヘルのコンビと交代する直前まで、真人とセルファが徹底的に拘っていたスカルバンカー内部への打撃が、目に見える形となって効果を出し始めてきたのである。
「こいつ……足に来てるぞ!」
ヘルの叫びに、全員が一様に頷いた。
スカルバンカーはそれまでの軽快な動きが徐々に衰えてきており、ちょっとした攻撃もかわせなくなってきていたのである。
「これなら、何とかなるかも知れませんね……」
ひと息入れ終えた朱鷺が、腰を上げて戦線に復帰した。勿論、真人もセルファもすぐさま朱鷺と肩を並べて、スカルバンカーとの接近戦に再度、自らを投じる。
相手が単なる巨大な的と化したならば、これ程に斬り易い状況は無い。
ダリルは次第に、己の中で快楽にも似た加虐性が高揚してきているのを感じてはいたが、この時ばかりは理性が優った。
「ここが、勝負どころだぞ!」
淵が声を励まして、ダリルの隣に並んだ。
ダリルが単なる無差別殺人兵器に堕ちるのではなく、理性と冷静さを兼ね備えたひとつの人格として踏みとどまろうとしているのを、敏感に察知していた。
だからこそ淵は、いつも以上に注意を払ってダリルの隣に位置を取る。いうなれば、ダリルの精神にとってもここは勝負どころだったのである。
ダリルが光条兵器を最大出力で射出するまでの時間、唯斗とザカコ、ルカルカといった面々が接近戦を仕掛けて、スカルバンカーの注意を引き続ける。
カルキノスもドラゴネットを解除して、接近戦に参加していた。
「よし、良いぞ……ルカ、俺に精神波動を同調させろ」
「ほいきた!」
ダリルの指示を受けて、ルカルカは素早くバックステップを効かせた。
直後、ダリルの放った光弾の群れが連続して飛来し、スカルバンカーを容赦なく打ちのめす。バティスティーナ・エフェクトの効果が乗っている為、相当な打撃となっている筈であった。
が、しかし。
「……どこまでも、タフな奴だな」
呼吸を見出しながら、ダリルが呆れたような声を漏らした。
スカルバンカーは全身のそこかしこで電離崩壊を始め、明らかにダメージらしいダメージを受けているのであるが、ダリルの光条兵器を食らった後でも、唯斗やザカコに対する攻撃の手は一向に衰える様子が無かった。
「あやつらには、苦痛の概念が無いのかも知れぬな」
淵がむっつりとした面持ちで、低い声音で呟く。
いわれてみれば確かに、その通りであろう。オブジェクティブはそもそもが、電気信号の集合体に過ぎないのである。
ダメージを受けて動きが鈍ることはあっても、苦痛による行動の制限は全く無い、と考えるべきであった。
「でも、確実に打撃は受けています。ここからはもう、我慢比べですよ」
朱鷺が苦笑をにじませて、小さく頷きかけてきた。
彼女の言葉にも、一理ある。ここからは本当にただの、どちらが先に精根尽き果てるかといった我慢比べとなるだろう。
「よぉっし……精神論なら、負けないからね!」
教導団で数々の訓練をこなしてきたルカルカは、忍耐力を養ってくれた多くのカリキュラムに、初めて感謝の念を抱いた。
一方で、真人とセルファもここが踏ん張りどころだと、自らを鼓舞している。
「折角ここまでやり通してきたんです……最後まで、いきますよ」
「勿論!」
スカルバンカーは尚も、攻撃の手を緩めない。
文字通り、この場は総力戦の様相を呈しつつあった。
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