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リアクション
第5章 この世の果てまで追い駆けっこ☆ですわ
「トレーネさんたちの撮影、がんばります」
六本木優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、デジタルカメラを片手に、連れ去られるトレーネを追うのに懸命だった。
六本木通信社所属の彼女にしてみれば、走りながらの撮影など、雑作もないことだった。
トレーネだけではなく、トレーネを追跡する生徒たちの姿まで、優希は撮影していた。
優希がダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)たちに送る映像のデータは、解析側としては貴重な資料であった。
「あら? あれは何でしょうか」
優希は、自分と並んでトレーネを追跡している、小動物のようなものの存在に気づいた。
アライグマ?
いや、タヌキのようだ。
優希は、その小動物の姿も撮影して、ダリルたちに送った。
「これは何だ? 該当がなかなか出てこないが」
サイバールームのダリル・ガイザックは、解析を始める。
「タヌキのようだが、本当のタヌキではない。古代の霊獣とみた」
同じく、サイバールームの佐野和輝(さの・かずき)が淡々とした口調で述べる。
「なるほど。天然の動物から検索したのは愚かだったか」
ダリルは、珍しく自分の落度を認めた。
と同時に、ダリルの中の和輝の評価がみるみる上がっていく。
「で、その古代の霊獣を放っているのは誰だ?」
ダリルの問いを通信で聞いた優希は、気づいた。
「あっ、いました。みて下さい。霊獣の後からついてくる人がいます!!」
優希は、あえて追跡のペースをゆるめて、後方からくるその人影にカメラを向けた。
「どうやら、二重尾行に気づいたようね」
霊獣を追っていた、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がいった。
「リカイン・フェルマータ? この名前で検索してみよう。うん、何だこれは?」
ダリルは、端末に現れたデータのひとつに目を止めた。
裸SKULL。
その謎めいた言葉に、ダリルは首をかしげざるをえなかった。
「まあ、あなたたちは、霊獣を追う私をさらに追っかけて、情報をもらってれば? 三重尾行になっちゃうけどね」
そういって、リカインは笑った。
「ウキャ、ウキャ、ウキャ」
リカインの笑いにあわせて、霊獣も笑った。
「ひとつ聞いていいか? 裸SKULLとは何だ?」
ダリルが通信で送ってきたその問いに、リカインは首を振った。
「あまり過ぎた質問はしないことね。それは、あなたたちが知るべきことではないわ。国家レベルのトップシークレットに手を出せば、待っているのは、死よ」
そういって、リカインは優希のカメラに向かって手を振ると、ダッシュで走り去っていった。
「もしかして、あれが誘拐の首謀者か?」
和輝が、何となく感じた疑問を口にした。
「いや、それは1000%ありえない」
ダリルは、即座に否定した。
だが、どうしてそこまではっきりいえるのかは、彼自身にもわからなかった。
1000%というのもよくわからない数字である。
ただ、裸SKULLとは、ストラトスシリーズが話題に出てくる前から存在していたものだ。
彼の、知的直感とでもいうべきものが、そう告げていたのである。
「大丈夫か? ちゃんと撮れているか?」
斎藤邦彦(さいとう・くにひこ)は、撮影を続ける優希の背後から、静かに囁いた。
「え? あなたは?」
「斉藤だ。今回を囮の見張りをさらに見張ろうと思った」
邦彦は、淡々と答えた。
「二重尾行ってやつね」
邦彦につき従うネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)がいった。
「むう。また二重尾行か。これで2ケース目だな。囮追跡のメソッドのパターンとしてはありふれたものになる、かもな」
優希から送られてくる映像をみながら、ダリルは邦彦のデータを入力して、類似性を持ったデータが集まってひとつの理論を導きだすことに、知的な満足感を覚えていた。
「二重尾行なら、さっきの霊獣を追っていたリカインさんもそうでしたよ。私はただの撮影係ですし、リカインさんを追ってみるのもいいのではないでしょうか?」
優希の提案に、邦彦は首を振った。
「いや、あれを追う必要はないな」
「そうね。さすがに三重尾行は無意味すぎるわ」
ネルも、邦彦の意見に同感といった様子だ。
「なるほど。二重尾行には意味があるが、三重尾行以上になると意味がなくなるか。論理的に考えれば必ずしもそうとはいえないように思えるが、追跡者の心理を解析するうえでは興味深いな」
サイバールームのダリルは、何だか楽しそうだ。
もはや、囮を追跡するという本題から離れた、純粋な知的探求の領域にはまってしまったといえる。
「俺たちをあまり撮るな。あくまで裏方だからな。肝心のトレーネを追ってくれ」
そういって、邦彦は、優希の構えるカメラの向きを自分たちからそらさせた。
「大丈夫ですよ。顔にはモザイクかけますから」
優希の言葉に、邦彦は首を振った。
「そういう問題じゃない。第一、この場合モザイクをかけることにどんな意味がある? どこかに発表するわけじゃないだろう?」
邦彦は、静かに、優希の背中を押した。
「お前は撮る。俺たちはお前を追う。それだけだ」
そのとき、ネルがいった。
「何だかストーカーみたいね、あたしたち」
邦彦は、うっと唸った。
「実は、俺も少しそう感じてしまったところだ。だが、まあ、それでもいいではないか。ストーカーでも何でも、追うときは追わねばならない」
「追うときは追わねばならないって、本物のストーカー犯罪者も、自分を正当化するためにいいそうなことね」
邦彦は、再びうっと唸った。
「実は、それも、同じことを感じてしまったところだ。だが、まあ、いいではないか。第一、俺たちではなく、さらった方が犯罪をしているのであって、いまの考えに従えば、犯人を追跡する警察も犯罪を犯しているということに……」
淡々と議論する二人を尻目に、優希はカメラを片手に駆けていった。
「むう。いったい、どこまで連れていくんだ? あの女戦士たちは何者だ? 相当な手だれとみたが」
黒い布を被せられ、夜の闇の中を運ばれていくトレーネの姿を、匿名某(とくな・なにがし)は慎重に身を隠しながら追跡していた。
「追跡ご苦労様でーす」
優希がカメラを向けてきたので、匿名は心底驚いて、飛び上がってしまった。
「わわっ! あまり驚かすな。追跡がバレてしまうではないか」
「そうよ。失敗したら、トレーネはさらわれっぱなしになっちゃうわよ」
フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)も膨れ面になったが、優希はもちろん、フェイも撮影した。
「この映像のデータで、情報の分析が効率的に進んでいるんです。申し訳ありませんが、ご協力お願いします」
優希はいった。
「そうか。まあ、俺は、テレパシーでトレーネの動きを察知しているから、見失う心配もなく、情報機器に頼る必要もないんだがな。おっと、こんなことをいったら、ダリルに『精神感応だけでは個人レベルの解析しかできない』と批判されそうだがな」
そういって、匿名はニヤッと笑った。
「わかっているなら、いうべきではないな」
優希の映像を見守っているダリルが呟いた。
「で、どうなんだ? サイバールームでは、座っているだけでかなりのことがつかめているのか?」
「かなり効率的に進んでいる。何しろ、他に追跡を行っている者たちの動きもまとめて把握しているからな」
どこか皮肉な口調の匿名の問いに、ダリルは淡々と答えた。
「それで、アジトを突き止めたらどうする?」
「突入等の具体的救出プランを指示する」
今度も、ダリルはそのまま答えた。
「やっぱりな。結局、そこに座りっぱなしかい」
「座りっぱなしではない。この作業も気力・体力を消耗するものだ。まあ、解析をあてにせず、個人の情報のみで動きたければ、それはそれで構わないが」
「別に批判してるわけじゃない」
匿名は、肩の力を抜いた。
ダリルは、あくまでも機械のように答えるつもりだ。
というより、そういう答え方しかできないのかもしれない。
「何だか、ダリルが隊長のようになってしまってるけど、気のせいか?」
「まあ、結果的にそうなってるかもしれませんが」
匿名の素朴な疑問に、優希は答えた。
「隊長? そんな役を引き受けた覚えはない」
ダリルの言葉に、やりとりを聞いていた誰もが驚愕した。
(なるほど。本人はそういうつもりじゃなかったか。それでこれなんだから、すごいな)
あくまでも冷静な佐野和輝も、彼にしては若干の驚きを感じていたほどである。
「あくまで組織的ではなく、各人がバラバラに動いている状態だが、共通の目的のもと、自然と協力関係ができあがっている。責任の所在は曖昧だが、各自でこの協力関係をうまく利用して、ひとつの目的を達成していく以外に効率的な方法はないと思うが」
ダリルの口調の裏には、このケースで組織だとか隊長だとか設定するのは時間の浪費だという批判が見え隠れしていた。
「それなら同感だが」
和輝は、ダリルの考えを認めた。
そのとき。
「おお、ちょうどいま、解析が終わった。トレーネが連行される場所がかなりの精度で特定できたぞ。ここは、各自追跡を終了していったん集合し、今後の動きを考える態勢に入っても構わないと思うが」
端末の表示に目を止めたダリルが、いった。
「いや、俺はそうしない。トレーネが何をされるかわからないからな。あくまでも見守っていくつもりだ」
匿名はそういって、カメラに手を振り、フェイとともに闇の中を駆けていった。
「追跡は最小限度でよくなった? そうはいってもね、やっぱりトレーネが心配だからな」
柊恭也(ひいらぎ・きょうや)は、空中移動をしながら呟いた。
眼下では、運ばれていくトレーネが、小さな点のようになって動いている。
闇の中に溶けいってしまいそうなその動きを、恭也は決して見逃さなかった。
囮調査といっても、さらわれた人が危険にさらされることには変わりない。
仲間を守る。
そのためにこそ、恭也たちは動いているのであった。
「ダリルは優秀だけど、何もかも彼のノリでは動かないさ」
恭也だけではない。
他の多くの生徒たちも、それぞれの仲間が心配で、見守りを継続していたのである。
そのとき。
ズシン、ズシン
とてつもなく重量感のある音が眼下の街からとどろき、恭也は驚いて視線をそちらに向けた。
メリ、メリ
すさまじい重量で道路を陥没させながら歩くコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)の巨大な姿に、恭也は驚愕した。
「な、何だ!? 何をやってるんだ、おい」
恭也の叫びに、コアは頭上を振りあおいだ。
「何って……実は私も、ラブをさらわれてしまったので、今回の囮調査を見守っているところだ」
コアは、どこか焦っている恭也を、不思議そうな目でみていった。
ラブ・リトル(らぶ・りとる)。
いなくなってしまった、かけがえのない仲間の愛らしい姿を想い浮かべると、コアは胸が締めつけられるようだった。
「いや、そうじゃなくて、その姿で追跡なんかしたら、目立ってしょうがないだろうが」
「それなら、大丈夫だ。こうして、電柱に身を隠しながら慎重に進んでいる」
コアは、彼自身と比較すれば細い棒のようにみえる電柱の影に顔を隠してみせた。
全然、隠せていなかったが。
「……」
恭也は、何といえばいいか、わからなくなってしまった。
だが。
仲間を守る。
そうだ、その志はみんな同じなのだ!!
コアの志も、認めてやらねばなるまい。
みな、異形同魂なのだ。
「うん、じゃあ、がんばれ!!」
恭也は、無理やり自分を納得させると、遠くに去りつつあったトレーネの影を求めて、空中を走りさっていった。
「何をイライラしていたんだろうか? 確かに、私のこのスピードでは、追いつくのは難しいかもしれないが。だが、それゆえにこそ、気づかれにくいとはいえないだろうか? 万一に備えて、オクトパスマンも放っている。私は私で計算しているのだから!!」
コアは、首をかしげながらも、マイペースな追跡を続けた。
正確には、忍者超人オクトパスマン(にんじゃちょうじん・おくとぱすまん)は、コアが「放った」というより、コアのやり方にはつきあってられないといって、勝手に「行ってしまった」のだが……。
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