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枕投げ大会【5】


 某のまさかの裏切りにより、決着が着いた枕投げ大会。

「……負けちゃったか」

 某に向かって他の男子が怒号と非難を浴びせる中、マークは一人静かな声で悔しそうに呟いた。
 そんなマークを見て、ジェニファは勝利に浮かれる女子たちの輪からはずれ、声をかけた。

「マーク。そんなに豪華なお部屋で眠りたいなら、方法が無いわけじゃないのよ?」
「え……?」

 ジェニファはバッグから予備のネグリジェを取り出し、マークに差し出した。

「これを着て、今晩一晩女の子になればいいのよ?」

 確かにジェニファの言うとおり、中性的な容姿のマークなら、ネグリジェを着込めば他の女子を騙すことも出来るだろう。
 しかし、彼は小さく首を横に振り、それを断った。

「……いいよ。気持ちだけ、受け取っておく」
「なんで? マークはどうしてもこっちの豪華な部屋に泊まりたいんじゃなかったの?」

 ジェニファは不思議そうに首を傾げる。
 それを見たマークは微かに微笑みながら、口を開いた。

「違うんだよ、姉さん。確かにスートルームには泊まりたいけど、勝ちたかった本当の理由は――」

 マークはそこまで言うと、首を左右に振り、言葉を遮った。

「ううん。この続きは、また伝えるよ」
「……なによ。変なマーク」
「ははっ。ごめんね、姉さん。……あ、他の皆さんも部屋に向かうみたいだよ。姉さんも着いていかないと、置いていかれるよ?」
「あ、本当だ。それじゃあ、また明日ね。マーク」
「うん。おやすみ、姉さん」

 マークは走り去っていくジェニファを見送ってから、窓の外から見える夜空に目をやった。

「……もっと強くならないと。
 姉さんを守るだけの強さがあるって、胸張って言えるようになるまで」

 ――――――――――

「テラー! テラー! テラー! テラー!」
「エージェント・T! エージェント・T! エージェント・T!」

 とりあえず男子たちが某を布団で簀巻きにし、大部屋へと連行している最中。
 パーシヴァルとグランギニョルは女子たちに襟を引っ張られながら、テラーとの別れを惜しんで名前を連呼していた。

「はいはーい。いいからぁ、さっさと行くわよぉ」

 アスカに力づくで引きずられながら、パーシヴァルとグランギニョルはテラーから離れていく。

「テラー! テラー! テラー! テラー!」
「エージェント・T! エージェント・T! エージェント・T!」

 二人の名前の連呼は姿が見えなくなっても、廊下に何度も響きわたった。

「ぐぅがぁぁが?」

 そんなパートナー二人の姿を見て、テラーは不思議そうに首を傾げたのだった。

 ――――――――――

 女子たちが豪華な部屋につき、勝利の美酒(ジュース)を交わしていた頃。
 男子たちが集まる大部屋では裁判が行われていた。それはもちろん、戦犯である某の処遇を決めるためだ。

「……で、被告。なにか言うことあるか?」

 裁判長の裕輝が簀巻きにされた某を見て、問いかける。
 某は敷かれた畳に顔をつけたまま、静かな声で語り出した。

「最初は俺も勝ってスイートルームゲットしようと思った。
 ……だがな、康之の言葉にも一理あると思ったんだ」
「「ふむふむ」」
「皆で一つの場所で一体となって夜を語り明かす。
 そういうのも悪くない。だから、あんな事をしちまった……」
「「へぇ〜」」

 男子たちは棒読みで相槌を打つ。と、裕輝は早速判決を下した。

「判決。有罪。罰は、女装させて女子部屋に放り投げる」

 裕輝は淡々とそう言い渡す。
 と、某が必死な形相で口を開いた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!
 他の罰ゲームは受ける! 進んで受ける! だが、女装だけはやめてくれ!」

 よほど女装に対して苦い思い出があるのだろうか。
 某の必死のお願いを、周りの男子たちはニヤリと口元を吊り上げて、口をそろえて言い放った。

「「い・や・だ」」

 ――――――――――

 枕投げ大会に参加しなかったラトスと灯は、後処理をしていた。

「はぁー、やっぱりこうなりますね……」
『だな。まぁ、貧乏くじを引いたと思って、諦めよう』

 二人はスタッフの方々に謝罪を入れるため、海の家を歩いていく。
 その時。また、遠くのほうから楽しそうな男子の声と某の悲鳴が聞こえてきた。

「……また、なにかやらかそうとしているんですかね」
『みたいだな』
「はぁー、勘弁してくださいよ。お願いだから」

 灯はまたもや長いため息を吐いた。
 ラトスはそれが可笑しかったのか、思わず笑ってしまい、そして言葉を紡いだ。

『どうやら、まだまだ騒ぎは終わらないみたいだぞ?』
「……本当に勘弁してください」

 トコナッツ島の夜が更けていく。
 しかし、海の家での喧騒はまだまだ収まりそうにはなかった。