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夏休みの大事件

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夏休みの大事件

リアクション

   三

「よお、オウェン
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)武神 雅(たけがみ・みやび)は、明倫館内の宿泊室に宿を取ったオウェンを訪ねた。
「後遺症か?」
 首筋を擦っている牙竜に、オウェンは尋ねた。
「ああ、いや、これは違うんだ。あの時の怪我はとっくに治ってたんだが、昨夜、凶暴な酔っ払いにプロレス技のフルコース喰らって……」
「誰が凶暴な酔っ払いだ……綺麗なお姉さんに向かって!」
 がう、と雅は吠えた。なるほど、その酔っ払いはこの女かと納得する。
 当の雅は、鍛え方が足りないとぶつぶつ言いながら、椅子が足りないのでベッドに腰掛けている。
「ところで、伝承について纏めたいんだが、特徴は『黒い犬系』『喋ることが出来る』『関係が対等だったことから、獣人の可能性が高い』で間違いないか?」
「獣人については、俺がそうではないかと思っているだけだ。だが、喋る犬など他にいるか?」
「それはこれから調べる。だが獣人だとしたら、契約者の関係みたいだな、まるで。もしかして、開祖は地球人なのかもしれないな」
イカシが? その可能性は考えたことはないが、ないとは言い切れないな。そうだとしても、確かめる術はないだろうが」
 雅はテクノコンピューターに、今の話を入力している。牙竜はその手をそっと遮った。ここからはオフレコで、という意味だ。
「もしその黒い犬の正体が分かって、カタルの『眼』の力を抑えることが出来たとして……普通の生活が遅れるようになったら、オウェン、カタルを学校に通わせることは出来ないか?」
 オウェンは眉を寄せた。
「明倫館に、か?」
「そうだ。いや、明倫館でなくてもいいが」
「それは、無理だろう」
「何でだ?」
「カタルには役目がある。普通の生活というのは、仲間と普通に接することが出来ることを意味する。大人になり、伴侶を得、家族を作れることだ。だが、お前たちのように生きることは出来ない」
「なぜだ?」
と、これは雅だ。
「『ミシャグジ』が存在するからだ。そして『眼』を持つ者が、カタルだけだからだ。『眼』をなくすことは出来ない。俺たち一族は、『眼』を守らなければならない」
「それがカタルである必要はないだろう?」
「ならば、殺すか?」
 牙竜は絶句した。オウェンは小さく笑みを浮かべる。
「極論だがな、そういうことだ。『眼』がなければ、カタルには存在価値がない。一族は皆、そう思っている。家族の仇だ、それも仕方がない。だから俺は」
「なるほどな。まずは周囲の反応を和らげるため、力を抑え込み、一族に溶け込めるようにしたいと、そういうことだな?」
 雅の問いに、オウェンは頷いた。
「容易いことではないぞ?」
「分かっている。だがせめて、俺が生きている内に出来るだけのことはせねばならん……ヤハルのためにも」
 ――妻のためにも、とは言わなかった。
「分かった」
 牙竜は大きく頷き、立ち上がった。
「俺たちはこれから、書庫に行って他の連中ともう少し詳しい資料がないか調べてみるつもりだ」
「頼む」
「手掛かりが見つかるといいな。いや、見つけてみせる。――カタルの友として」
 牙竜が差し出した手を、オウェンは寸の間戸惑ったように見つめ、そして握り返した。強く、ゆっくりと。


 シャンバラ教導団の戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、ポケットに突っ込んだ指先で、布に包んだ<漁火の欠片>を弄っていた。
 どのような力があるのか興味があったものの、この欠片を持っていることを公言するのは憚られた。彼は明倫館の所属ではないため、後々、面倒なことになるかもしれないからだ。
 そこで小次郎は、独自に調査することにした。欠片そのものに漁火の能力が反映されていると仮定すると、考えられるのは四つ。
一.暗示をかけ、他人を操る
二.受けたダメージを減らせる
三.欠片同士の位置関係がわかる
四.何か特定のものに対して反応する
 まずは三と四を試すため、葦原の町をぶらぶら歩くことにした。
 人が多い方がよかろうと繁華街を選んだ。昼休みを終え、仕事に戻る人々と擦れ違う。多くは葦原の町民だ。欠片を持っているのが地球人とは限らないが、彼らが持っている可能性はそもそも低い。
 その時、居酒屋の一軒から男が二人、転がるように飛び出してきた。どうやら喧嘩らしい。やめておくれっ、と女が金切り声を上げていた。
 いいチャンスだ、と小次郎は思った。
「二人とも、喧嘩はやめなさい!」
 小次郎は二人の間に割って入った。
「ンだテメェ!?」
「関係ねえ奴がしゃしゃり出んな!」
 どうやら二人とも大工らしい。
「わけは知らないが、店の人が迷惑しているじゃありませんか。喧嘩はやめなさい」
 小次郎は、ゆっくり、丁寧に命じた。これで二人が言うことを聞けば、欠片には「暗示をかけ、他人を操る」能力があることになる。
 だが二人の若い大工は、相手をお互いから小次郎へと変更した。
「どこのどいつだか知らねえが、他人の喧嘩に首突っ込むたあ、いい度胸だ!」
「さては俺のことを知らねえな!? 髪斬り退治の伊佐治様をナメんじゃねえや!」
 二人は同時に小次郎へと殴り掛かった。思わず、隠してある銃を抜きかけ、小次郎は手を止めた。これも、絶好のチャンスだ。
 両頬に拳がめり込み、目の前が真っ暗になった。目が覚めたのは、五分ほどしてからだ。大工たちの姿はない。
「あんた、大丈夫かい?」
 店の女が介抱してくれたらしく、心配そうに声を掛けてきた。
 小次郎は体のあちこちを擦った。口の中を切ったらしく、血の味がする。どうやら「受けたダメージを減らせる」も間違いだったようだ。
「見かけによらず弱いねえ」
 女が、呆れたように言った。何とも答えられない。理由を説明するわけにもいかない。
「でもまあ、あれだけ殴られて、殺されなかっただけマシだよ」
 苦笑しながら立ち上がった小次郎は、ふと違和感に気付いた。
「ん……?」
 否。違和感ではない。あるべき違和感がないのだ。
 舌で口の中を探ったが、一通り舐め取ると、血の味はもうしなかった。それらしい傷もない。女から鏡を借りて覗いてみると、目の上が腫れ上がり、鼻も少し曲がっていた。相当、乱暴な連中だったらしい。
 それらの傷は既に治りかけていたが、不思議なことに痛みがなかった。
「なるほど……ダメージを減らせるのではなく、治りが早く、痛覚が麻痺するということですか」
 二つ、<漁火の欠片>の力が判明し、小次郎は満足げにうんうんと頷いた。その様子を見ていた女は、頭でも打ったかと心配になったのだった。