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求ム、告ゲラレシ天命ノ被験者

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求ム、告ゲラレシ天命ノ被験者

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5月生まれ:メアリー・ノイジー(めありー・のいじー)のケース


『占い? 興味ねぇな』

 その張り紙は、パラ実の掲示板で見た。パートナーであるニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)のいる――つまり本来の自分の所属である葦原明倫館でではなく。
 そもそも、彼女のもとを逃れて放浪生活に入って以来、学生であるという意識はない。彼女――いや、彼には。メアリー・ノイジーの姿をした裏人格『グレゴリー』は、その恣意の赴くまま、たまたまふらりと今日、ここへ来た。シャンバラ大荒野のオアシス・キマク郊外にある、パラ実の廃墟へ。
 貼り紙は何の興味も引き起こさなかった。時折、物好きな物見遊山の客が、廃墟に好奇の目を向けているのを見かけるが、グレゴリーが期待しているものを提供してくれるような気配はない。
 彼が期待するのは、掻き回し甲斐のある諍い――

 荒野の方へと足を向ける。
 暑い日差しに陽炎が立ち、揺らいで見える乾いた大地の上――何かが転がっている
「あらら……行き倒れか?」
 さて生きているか死んでいるか。近寄ってみる。
 まだ幼い女の子だった。
 保護者とか関係者とからしき大人の姿はそこらにない。
「ふうん……」
 やつれた小さな体、ぼろぼろの身なりは、彼女のバックグラウンドをそれとなく語っている。
 グレゴリーの唇に、笑みが上る。


『10月生まれの貴方は、……とことん避けて逃げる方が良い日です』
 明るいテレビアナウンサーの女性の明確な言葉が、朦朧とした意識の中に切れ切れに聞こえてくる。
(にげたい……)

 物心がつく前からずっと、奴隷として物のように扱われ、支配されていた。
 金持ちの主には、少しでも気分を損ねると殴られた。
 何日も食事を与えられんかったこともあった。
 様々な虐待を受け、尊厳と愛情は一切与えられなかった。

 自分の生まれた日を、家族に祝ってもらえたことはもう、遠い昔のおぼろげな記憶だった。
 今、自分の生まれたことを思い出させてくれるのは……それに何かしら祝福をくれる可能性があるのは、自分とは何の縁もゆかりもない、テレビの向こうの明るい声が告げる言葉だけ。
(きらい…きらい。いたいのも、おなかがすくのも、ごしゅじんさまも、あのおうちも、ぜんぶ)
 にげなきゃ、きらいなものすべてから。
 勇気とわずかな体力を振り絞り、主の目を盗んで逃げだした。
 飛び出した先は……広大なシャンバラ大荒野。
 道楽でやってきたパラ実の廃墟見学のお供に来た先での逃亡だった。
 何の備えもなく、過酷な環境で発育を阻まれまくった身体では体力が続くはずもなく。
 飢えと疲労が極限に達して、意識を失った……


「気が付いたかい?」
 聞き覚えのない、親しみのこもった声に、マイシカ・ヤーデルード(まいしか・やーでるーど)はしかし覚醒した意識いっぱいにまず恐怖を感じて、飛び上がるように体を起こした。
 貧弱な体を焼くように暑かったはずの荒野の日差しが感じられない。そこはパラ実の廃墟の一つで、特にキマクから離れた人気のない建物の奥であることを、マイシカは知るはずもない。日差しを避けた物陰の薄い闇の中、見知らぬ少年――だろうと思うが――が微笑んでいる。
 だれ? ごしゅじんさまとおなじ、いやなことするひと?
 主の仲間から酷いことをされた記憶もある。座り込んだまま後ずさりして壁にぴったり背を付け、少年を見上げる。
「僕は、君に危害を加えませんよ。倒れている女の子を、見捨てるわけにいかないでしょう。安心して」
 そう言って少年――グレゴリーを宿したメアリー・ノイジーは、マイシカにパンと水を差しだした。
「お腹、空いていない?」
 信じられない、という目でグレゴリーを見上げる。だが、空腹には勝てず、おずおずと手を伸ばす。
 気が付くと手にしたパンを、ほとんど何も考えず、一心不乱に食べていた。
 グレゴリーはそれを、微笑みながら見つめていた。
 腹が満たされた時、その視線に、表情に気付いた。――涙がぽろぽろとこぼれ出した。


 ――面白いもん、手に入ったな。
 泣きながら自分の生い立ちを話し終えたマイシカをそっと抱きしめながら、グレゴリーは頭の端でほくそえんだ。
「大変だったね……もう大丈夫。僕がついてるよ」
 縋るものも何もない少女。
 からっぽのその心の中に入り込んでまるごと捕まえ、懐かせ、信頼させ、依存させ――ぽいっと捨てる。
「…マイシカ、だったね。僕と一緒に、来るかい?」
 その瞬間に彼女が見せる絶望の表情はどれだけ甘美だろう。
 その時のために、今はひたすら優しく微笑み、手を差し伸べる。

 溢れた涙に煌めく目で、マイシカはグレゴリーを見上げる。
(はじめてあった、やさしいひと)
(このひとならきっと…あたしをきずつけない。いやなものから、まもってくれる)
「いく…あたし、おにいちゃんといっしょが、いい」
 肉付きのない小さな手で、差し出された機晶姫の硬い掌を握った。

「…おにいちゃん、なまえは?」
「僕かい? 僕は……グレゴリー」


『はじめて、やさしいひとにあったの あたしをいじめないやさしいひと
 あたし、いまとてもしあわせ
 ……きっと、うらないのおかげね』

(占いとか信じてねェけど、玩具が手に入ったから今日はいい日だな)

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●委員Dによるチェック●
 ……これは……長期的にみないと、分からない、ケース……
 でも今は、額面通りの統計で……        ふふふふ。