リアクション
【十二 ア・デイ・アフター】
新型機晶爆弾ノーブルレディ。
軍産企業ウィンザー・アームズが、コントラクターとして覚醒した所属技術者達の総力を結集して開発した、対象指向性の局地戦用新型爆弾である。
対象指向性とは即ち、殺傷対象を指定した状態で破壊力を及ぼす、という意味である。
つまり、ノーブルレディには光条兵器と同じ特性が仕込まれていると理解して良い。いわば、パラミタ版中性子爆弾ともいうべき存在であった。
ノーブルレディを所有する教導団砲兵科傘下の弾頭開発局第三課は、ウィンザー・アームズとの間に提携関係を結び、様々な技術提供を受ける一方で、試作品の実地評価試験を請け負う契約を結んでいた。
この新型機晶爆弾は対象指向設定に難があり、機能評価に諸々の問題があることから、正式投入は見送られる筈であった。
しかし、弾頭開発局第三課が実地試験による性能評価を実施し、その威力と効果を数値で実証すれば、教導団としても導入の糸口が見えてくる。
そして今回、御鏡兵衛中佐は屍躁菌の感染拡大を防ぐという名目で、スーパーモールへのノーブルレディ投下を決定した。
この投下決定が単なるバイオテロ鎮圧のみならず、ノーブルレディの実地評価を兼ねているのは誰の目にも明らかであった。
単純にそれだけのことであれば、何も問題は無かった。だが、御鏡中佐は殺傷対象を赤涙鬼だけには留めていなかったのである。
そもそもノーブルレディを教導団に導入するよう強く主張した御鏡中佐は、対エリュシオン強硬派であり、シャンバラ政府がエリュシオンとの間に結んだ和平については、強い不満を抱いているとの噂が各所で上がっていた。
もしノーブルレディが実地試験による性能評価で十分な結果を示せば、対エリュシオン戦に於いても適用可能であると判断されるだろう。そうなれば、御鏡中佐の強硬論に同調する主戦派も、声を上げやすくなる。
であれば、今回のノーブルレディは単に赤涙鬼と屍躁菌のみを殲滅するだけでは、その評価結果は不十分な数値しか出さないことになる。
そこで御鏡中佐は、エリュシオンの強力な竜騎士に相当する仮想敵として、ノーブルレディの殺傷対象にコントラクターを設定したのである
後は、如何にして爆弾投下の大義名分と、コントラクターを投下ポイントに掻き集めるか、であるが、それはバイオテロによって、事無きを得た――。
報告書に自らの私見を加えたところで、水原ゆかり大尉はキーボードを打つ手を止め、ほっと息を吐いた。
屍躁菌事件解決から、既に一日が経過している。
事件は、ノーブルレディが全ての赤涙鬼を一瞬にして焼き殺したことで解決した。
ダリルが飛都に指示したのは、殺傷対象を赤涙鬼に限定する起爆コードへの書き換えであった。
あの時ダリルが躊躇した理由はひとつ――如何に赤涙鬼とはいえ、もとはシャンバラの国民だった存在を攻撃対象にすることへの、後ろめたさであった。
彼が必要悪だと語ったのは、国軍が国民の命を奪わねばならないという事態に対する、ある種の罪悪感だったのである。
だがゆかりは、ダリルとはまた異なる感情を抱いていた。
(矢張り、今回も裏でウィンザー・アームズが暗躍していた……どうして、見抜けなかったのだろう)
事件の首謀者と目されていた若崎源次郎は無関係で、先日ウィンザー・アームズを退社し、パニッシュ・コープスに入団したばかりだという磯部正種が真犯人であった、と発表された。
その磯部正種はというと、身柄を確保する前に、ヘッドマッシャーによって抹殺されていたらしい。
しかし、本当にそうなのか。
磯部正種は単純に利用されただけで、本当の黒幕は他に居る筈である。
但し、今のゆかりには、その黒幕を追求するだけの材料が見当たらない。
弾頭開発局第三課を束ねる御鏡中佐は、今回のノーブルレディ投下は課員の一部が勝手に実行したもので、課としては与り知らぬことだとし、全ての追究を突っ撥ねたのだという。
厚顔無恥な話だ、とは思ったが、トップがそのようにいい張る以上は、それ以上の追究は出来ないのが現状であった。
* * *
誠一、北都、アキラ、そして彩羽の四人は事件解決の二日後に、教導団の広報課に呼び出された。
何事かと訝しんだ四人だが、驚いたことに、教導団の小講堂に案内され、壇上の来賓席に招かれた。
彼らは今回の屍躁菌テロ事件では、解決に向けて主導的な役割を果たしたということで、国軍表彰を受けることになったのである。
感謝状の授与には、スタークス少佐の補佐を務めたルカルカがプレゼンターとして壇上に上がった。
「今回のあなた方の活躍は、国軍として大いに感謝すべきものであり、素晴らしい英知と勇気を示してくれました。大勢の命を救ってくれたあなた方に、謝意を申し上げます」
マイクを通して小講堂内に響き渡ったルカルカの声に続いて、居並ぶ教導団員から大音量の拍手が沸き起こった。
これには流石に、表彰を受けた四人も気恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを浮かべるばかりである。
続けてスタークス少佐自らがルカルカの隣に立ち、感謝状と共に授与される記念の盾を手渡してゆく。
壇上の末席ではレオンが、嬉しそうに拍手を送っていた。
* * *
その頃、ヒラニプラ中央病院の、とある病室では。
「やれやれ……こっちが完治したかと思ったら、今度はそっちが揃いも揃って、入院とはねぇ」
見舞いに訪れたローザマリアが、ベッドに縛り付けられているパートナー達に呆れた視線を送った。
ヘッドマッシャーや赤涙鬼との激闘で全身傷だらけとなったグロリアーナ、菊、そしてエシクの三人は、必死に拒否したのだが、国軍命令だとして無理矢理、入院させられていたのである。
「そうはいってもだな……こっちはこの程度の傷など、然程のものでもないのだが」
「そうです、御方様……何とかお医者様に掛け合って退院させて下さるよう、取り計らって頂けませんか?」
必死に訴えてくるグロリアーナや菊に、ローザマリアはやれやれと小さく肩を竦める。
「駄目駄目。ちゃんと先生のいうこと聞いて、しっかり養生なさい」
ベッドの三人は、がっくりと項垂れた。
とはいえ、いずれも強靭な肉体を誇るコントラクターである。
ものの一週間とせずに退院出来たのは、矢張り流石だ、というべきであろう。
* * *
教導団敷地内の、とある一角。
刹那は若崎源次郎と並んで、薄暗く殺風景な室の中で国軍の制帽を目深に被った人物と対面していた。
「いやぁ、申し訳無かったね……君には最初にひと言断ってから使おうと思ってたんだが、何分、君は忙しく走り回っているから、結局捉まえられなくてねぇ」
「まぁ、終わったことやから、もうエエわな」
若崎源次郎はあまり興味が無さそうな調子で、軽く受け流した。
国軍の制帽を被ったその人物は、申し訳無さそうに二度三度、拝むような仕草を見せる。
「S2に買い手がつかんようになったんかて、わしがDNA取られたせいやからな、そっちは全然、気にせんでエエで。どうせS3とS4で営業かけたらエエだけの話やし」
「そういってくれると、助かるよ……手数料と迷惑料は、いつもの口座に手配しておいたから」
「そらまた、申し訳あらへんね。こっちとしてもメルテッディンの基本設計からやり直しで、痛い出費やなぁって思うてたから、凄い助かるわ」
若崎源次郎のその台詞を最後にして、両者の会話は打ち切られた。
刹那は相手が室を去る際に、襟元の階級章をちらりと見た。
そこには、国軍中佐を示す星が並んでおり、決して低い身分ではないことが明示されていた。
* * *
ところ変わって、カフェ・ディオニウスでは。
「お姉ちゃん!」
スーパーモールでシェリエが助けた、あの幼い少女が明るい笑顔を浮かべて、店内に飛び込んできた。
そのすぐ後ろには事件解決後、無事に引き合わせることが出来た両親の姿もある。
シェリエは、この親子が再び幸せな日々を送ることが出来ているというその事実だけが嬉しくて、その美貌に満面の笑みを浮かべた。
『スーパーモール:ヘッドマッシャー2』 了
当シナリオ担当の革酎です。
このたびは、たくさんの素敵なアクションをお送り頂きまして、まことにありがとうございました。
今回、感謝状は称号として発行してありますので、授与された方々はご確認をお願いします。
尚、ディクテーターの時空圧縮と生胞司電には、ちゃんと攻略法があります。
もし今後、また若崎源次郎がシナリオに登場することがあれば、色々と知恵を絞ってみてください。
それでは皆様、ごきげんよう。