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リアクション
【四 捜索と戦闘と】
若崎容疑者を捕縛する為の突入部隊は、エレベーターホールでの赤涙鬼撃退後、予定通りに三方へと散って行った。
C班を率いるのは、教導団水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)大尉である。
パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)がゆかりのサポートとしてC班のメンバーとして登録されているが、C班の副官に任命されているのはルース・マキャフリー大尉であった。
ゆかりの中では、ルースこそがC班の指揮官に相応しいのではないか、という思いが無くは無い。
というのも、元々彼女は憲兵科所属であり、どちらかといえば教導団内部での任務を主としている。こうして現場での任務に就く機会は、極端に少ないといって良い。
だが、スタークス少佐はゆかりをC班の指揮官に任命した。そこには、確固たる理由があった。
「ねぇカーリー……若崎容疑者が、買い物客の中に紛れている可能性って、そんなに高いの?」
「さぁ、正確なパーセンテイジまでは出せませんが……若崎容疑者が何食わぬ顔でひとびとの中に紛れていることは大いに在り得ると考えています」
先を行く斥候メンバーの後ろ姿を静かに眺めながら、ゆかりはマリエッタに低く応じた。
A班とB班は、若崎容疑者が単独で行動していると想定し、買い物客が普段足を向けないような箇所の捜索に部隊を向けているが、ゆかり率いるC班は買い物客の避難先を次々に巡って、若崎容疑者を探し出そうとしている。
若崎容疑者が民間人の中に紛れ込んでいるという発想は、他の教導団員の間にも、あることは、ある。
だが実際にこうして、捜索の手を伸ばそうとしているのは、ゆかり率いるC班のみであった。
そこは矢張り、彼女が憲兵科所属であり、実際に部隊を指揮する際には憲兵の作法を踏襲するのが常道であろうというゆかり独特の感性によるところが大きい。
スタークス少佐がゆかりをC班の指揮官に任命したのは、まさに彼女のそういった捜索感覚を買ったからに他ならなかった。
ゆかりの捜索方針に同意して、わざわざC班への帯同を希望した者まで居た。
それが、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)と久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)の両名である。
アリーセ自身は若崎容疑者が一般市民の中に紛れている可能性について、単純にひとつの選択肢程度にしか考えていなかったが、警備員室の監視カメラに目を付けた辺り、発想としてはゆかりに近しい。
ただ、グスタフとふたりだけで向かうにはリスクが大きい為、ほぼ同じ捜索方針のC班に同行して、途中で警備員室に向かうという段取りを付けていた。
アリーセとグスタフの行動については、ゆかりも事前に承認してある。
寧ろゆかりとしては、監視カメラに若崎容疑者と思しき姿が映っていれば、即座に連絡して欲しいと願い出ていたぐらいであった。
「まず私達は、低温保存施設周辺から映像を洗ってゆきます。ですので、買い物客に対する洗い出しは、少々後回しになってしまいますが……」
「えぇ、それでも構いません」
アリーセの説明に、ゆかりはいささかも不快感を示さず、にこやかに応諾してくれた。
最初は拒否されるかと心配だったアリーセも、ゆかりの理解の良さには随分と救われる思いだった。
「やれやれ……娘と一緒にショッピングモールだなんて、最高のシチュエーションなんだけどねぇ……」
同行しているグスタフが、どこか恨めしげな表情でぶつぶつと文句を垂れている。これにはアリーセも、不謹慎だと仏頂面をぶら下げた。
「多くの命が、既に犠牲となっているんです。そういう発言は、教導団員としては不適切ですよ」
「あぁ〜、いや、そりゃまぁ、そうなんだけどねぇ」
思わぬ場面でアリーセに説教されてしまい、グスタフは慌てて頭を掻いた。
が、既にアリーセの意識はグスタフには無く、前方にちらりと見えた、警備員室のプレートに神経が集中してしまっている。
それが何となく、グスタフには悲しかった。
「さぁ、いきますよ。ここからが私達の仕事です」
「お、おぅ。任せとけっ。アリーセの背中は、俺が守るっ」
妙に気負った表情で、グスタフは胸を張った。
そんなふたりのやり取りを、ゆかりとマリエッタは不思議そうに眺めている。
若崎容疑者捕縛部隊とは別に、未発症の一般市民を守る為の有志の部隊が独自に編成され、異なるルートからスーパーモール内に突入している。
いや、厳密にいえば一般市民を守る為の人員と、赤涙鬼に対処する為の人員が混在しているといって良い。
スタークス少佐から諸々の情報をUSBメモリという形で受け取っていたこの有志部隊は、下水道から地下駐車場を経由して、モール内に入った。
下水道は出入り口が厳重に封鎖されている為、道中は何ということはなかったのだが、地下駐車場内に広がる光景は酸鼻を極めた。
薄暗い中にむせ返るような血臭が充満し、嘔吐感を否応なく催す。
脱出を試みようとした買い物客やスタッフが大勢居たのか、そこかしこに自動車が不規則に停車しており、その中では例外なく、血まみれになって絶命しているひとびとの姿があった。
ほとんど原型をとどめておらず、ただの肉塊と化してしまっているものもある。
恐らく彼ら、或いは彼女達は例外無く、絶望の中で命を落としてしまったに違いない。愛する家族にもう二度と会えない悲しみ、逆に愛する家族を目の前で殺されてしまった辛さを背負いながら、死んでいった者達。
そういったひとびとの無念さを、八神 誠一(やがみ・せいいち)は感じずにはいられない。
「酷いものだね。一体どんな理由があって、こんな地獄を望んだんだろうね、その若崎っていう男は」
「さぁな……情報によれば、単なる精神異常者、って訳でもなさそうだが……」
誠一の静かな怒りを含んだ声に、オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)が吐き捨てるように応じた。
オフィーリアとて、このような凄惨な光景を前にして、笑っていられるような性格ではない。
ふと通りがかったセダンの後部座席では、母親らしき女性が生後間もない赤ん坊を抱きかかえたまま、虚ろな視線を宙に漂わせたまま絶命している。
赤ん坊は死因が何なのかはよく分からないが、これといって目立った外傷がないまま絶命していた。
一瞬オフィーリアは、背筋に嫌な震えを感じた。
「もしかして、この母親は……絶望の中で我が子を……」
「……それ以上は、この親子の為にも考えない方が、良いかもね」
誠一が努めて感情を押し殺した声で、オフィーリアの呟きを途中で制した。
その時、パワードマスクと対蜂用防護服装備で屍躁菌への感染対策を完璧に施している氷室 カイ(ひむろ・かい)が、教導団から支給された通信機兼用のタブレット端末を覗き込みながら、意外そうな声を漏らした。
「……シェリエ・ディオニウスを始め、相当大勢のコントラクターがモール内に居るようだな」
「そうなのですか。何とか、その方々と協力出来れば良いのですが……」
レオナ・フォークナー(れおな・ふぉーくなー)が驚いた様子で隣から覗き込んできたが、そのレオナ以上に、誠一が興味深そうな表情で別の側から顔を寄せてきた。
この情報は、監視カメラを解析したルカルカ・ルー大尉が、見知っているコントラクターを片っ端からリストアップし、各隊に廻してきていたのである。
「この中に、石化を使えそうな面子は居ないかなぁ?」
「いや、流石にそこまでは……しかし、魔術を得意とする面々なら、少なからず居るようだ」
答えてから、カイは何故、誠一が石化などといい出してきたのかが気になった。
「……何か、考えがあるのか?」
「ん? いや、まぁ、ちょっとね」
正確にいえば、ちょっとどころの話ではない。
誠一が画策しているのは、上手くいけば未発症の一般市民を全員救えるかも知れない、大逆転の奇策だったのである。
が、ひとによっては反対するかも知れない為、まだこの段階では大っぴらに口にすることは出来ない。
カイの問いかけに言葉を濁したのも、そういう理由からだった。
しかし、カイの洞察力は誠一の予測を幾分、上回っていた。
「成る程な。石化でレイビーズS2型による症状進行を止めよう、という訳か」
あっさり見破られた為、誠一はオフィーリアと顔を見合わせ、ばつが悪そうに頭を掻いた。
ところが、一方のカイは別段怒った様子も無く、寧ろ感心した声をあげた。
「そのアイデアは無かったが、良い作戦ではないかな。尤も、石にされるひと達は嫌がるかも知れんが」
「助かる為なのですから、麻酔と思って受けて頂くしかありませんね」
機晶姫であり、感染の危険性が無いレオナだが、そういうところには変な想像が働くらしい。
麻酔と思えば――というひと言には、流石の誠一も苦笑をもって応じるしかなかった。
だが、そんな安穏な空気も、地下駐車場からモール内へと踏み入れた直後には、綺麗に消し飛んだ。
一階に達し、専門店街フロアーに足を踏み入れたところで、赤涙鬼の群れが、問答無用に襲いかかってきたのである。
有志部隊にとっては、これが赤涙鬼との最初の遭遇である。
情報として聞いてはいたが、実際にその驚く程の俊敏な動きに接してみると、予想以上に手強い相手であることがすぐに実感として湧いてきた。
「残念だけど……あなた方には安らかなる死を与える以外、救う手立ては無いのよ」
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は冷徹な声で宣言するや、自らの歌の威力で距離を詰めようとしていた赤涙鬼の群れに、カウンターの一撃を浴びせかけた。
空気感染はやむを得ないとしても、空間的に攻撃を加えることが出来る歌の力は、赤涙鬼を相手に廻すに際しては最大の威力を発揮するといって良い。
一方、レーザーブレードで斬るのではなく、焼き払うといった感覚での攻撃を加えるシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)も、同様に有効手段を最大限活用している部類に入る。
ふたりにとって共通しているのは、赤涙鬼化した以上、救う手立ては無いと割り切り、攻撃の手には一切の容赦が感じられないといったところであろうか。
実際、手加減したからといって、全く意味など為さない。それはスタークス少佐から渡された情報からも、はっきりしている。
逆に少しでも手を抜こうものなら、自分達が手酷い攻撃を食らってしまい、まだ未発症の、救える筈の命も救えなくなるという馬鹿げた状況を自ら生み出しかねない。
であれば、下手な手加減は一切無用であると発想を切り替え、とにかく片っ端から始末していくしか道は無かった。
実はこの少し前に、またたび 明日風(またたび・あすか)が有志部隊と合流を果たしていた。
リカインと明日風はパートナー同士である為、お互いの存在を早い段階から認識していたのだが、赤涙鬼に対する考え方は、180度正反対であるといって良い。
赤涙鬼化したひとびとは、もう決して救うことが出来ない。
だからこそ、リカインは彼らに安らかなる死こそが最大の供養だと考えて戦いを挑んでいるが、明日風は全く違う。
たとえどんな化け物に変貌しようとも、元々は罪も無い人間だったという思いが彼の中で強い為、どうしても殺傷力の強い技を仕掛ける気にはならなかったのである。
この辺は、ふたりの性格の違いが如実に出ている。
「それにしても……ただのゾンビもどきだと思ってたら、随分と勝手が違うよね……」
幾分、息が切れた様子でシルフィスティが苦しげに呻いた。
リカインも、連続の咆哮はさすがに堪えたらしい。見るからにスタミナを消耗した疲れた顔つきで、まだまだ次々に襲い来る赤涙鬼の群れに、うんざりしたような視線を投げかけた。
「このままだと、逆にこっちが成仏させられる勢いだわね」
「それじゃあ、風の向くまま気の向くまま、一度戦術的撤退ってのはどうでやんしょうねぇ」
のんびりした口調で軽く提案してみせた明日風だが、実は彼も相当に疲れている。出来ればどこかでひと休みしてから、次なる作戦を練りたいと思っているところであった。
「フィス姉、どうする?」
「どうするもこうするも……このまんまじゃジリ貧だから、少し休もうじゃない」
シルフィスティの素直な感想を受けて、リカインも腹を決めた。
ミイラ取りがミイラになっては、笑い話にもならない。
有志部隊の他の面々は既に、まだ無事であろう一般市民の姿を追い求めて、他のフロアーへ移動してしまっている。
ここに残っているのはリカイン達三人だけであり、更なる戦闘を続けるには、矢張り戦略的視点が必要であった。
「とにかく、一旦隠れ場所を探すしかないか……」
「あ、ついでに何か飲み物も見つけよう」
ここへきて、シルフィスティの呑気な提案である。
リカインは妙に、全身の力が抜けるのを感じた。
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