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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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【三 守る為の決意】

 少しだけ、時間を遡る。
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)の三人は、スーパーモール正面ゲート前駐車場に展開する武力封鎖部隊の指令本部を訪れていた。
 目的は、レブロン・スタークス少佐と面会し、突入部隊への随行許可を貰う為である。
 最初に三人が教導団兵の案内を受けて指令本部の簡易テント内に姿を現した時、スタークス少佐は胡散臭いものを見るような胡乱な目つきで、じっと睨みつけてきた。
 スタークス少佐の性格については事前にそれなりの情報収集をしていたアキラ達ではあったが、こうして実際に顔を突き合わせてこのような反応を見せられてしまうと、あまり気分の良いものではなかった。
 それでも、相手は今回の派遣部隊の現場責任者でもある。
 下手な対応だけはすまいと、自身の感情を胸の奥底に仕舞い込んで愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「用件は取次から聞いた。突入部隊と共に、現場に向かいたいそうだな」
 いってから、スタークス少佐は口元に皮肉っぽい笑みを浮かべた。
 物好きな奴らだ――その笑みが意味するところは、恐らくそういった感情であろう。
 その態度にアキラ達は益々、スタークス少佐の意地の悪い性格に辟易する思いではあったのだが、ここはぐっと我慢して、早々に許可を取り付けなければならない。
「はい、そうでございます〜……それでですね、ひとつお願いが」
「ずばり、単刀直入にいおう。空調設備の破壊を許可して貰いたい」
 アキラが最後までいい切る前に、ルシェイメアがまどろっこしいといわんばかりの勢いで、ずばりと斬り込んできた。
 本題を横から掻っ攫われた格好のアキラは、その場で自らが石化したかのように硬直してしまい、セレスティアが面白そうに頬をつんつんつついても、何ひとつ反応を見せられなかった。
 一方、スタークス少佐はルシェイメアの申し出に、一瞬妙な表情を浮かべたものの、すぐに真剣な色を浮かべて小さく、うむ、と頷く。
「……屍躁菌の特性を考えれば、確かに空調の破壊は有効手段ではある。が、我が隊としては若崎容疑者の捕縛を最優先に考えたい」
「だったら尚更、私達が動く出番ではないでしょうか?」
 セレスティアがつと踏み出して、いつになく力を込めていう。
 スタークス少佐は、ブリーフィングテーブルから一本のUSBメモリを抜き取り、いささか乱暴な調子でルシェイメアに投げ渡した。
「スーパーモールの見取り図だ。参考になるだろう」
「そ、それじゃあ」
 アキラがようやく我に返ったという様子で、両目を輝かせた。思った程、このスタークス少佐という人物は堅物ではないのかも知れない。
 スタークス少佐は、アキラ達の顔を順に眺めながら、相変わらずの皮肉っぽい笑みを絶やさずに続けた。
「我が隊の最優先はあくまでも、若崎容疑者の捕縛である。が、部外者の行動に関してまで、とやかくいうつもりはない。ましてや、シャンバラ国民を守る為の確固たる意志に対しては、協力もやぶさかではない」
 この時アキラは内心で、成る程、と頷いた。
 言動や性格はあまり人好きしないスタークス少佐であるが、国軍としての誇りと義務に対する責任感だけを見れば、少佐という階級に相応しい人物であることが、アキラのみならず、ルシェイメアやセレスティアにも十分に理解出来た。
「諸君の他に協力者は?」
「えぇ、多分、居ると思います」
 幾分自信無さげに答えたアキラだが、スタークス少佐はあまり気にした素振りも無く、更に同じタイプのUSBメモリを数本、追加でアキラとセレスティアに投げ渡してきた。
「詳細な配電図とダクト経路も、データとして入っている。活用し給え」
「ご配慮、感謝します。で、もし差し支えなかったら、追加で教えて欲しいことがあるんですが……若崎容疑者の詳細な外見情報も、ついでに頂けないでしょうか?」
 やや遠慮がちに切り出したアキラだが、スタークス少佐はそんなことか、と小さく応じながら、手近のモニターを三人に指し示した。
 そこには、身長2メートルを超えようかという、ひとりの精悍な男性の姿が映し出されている。
 やや長めの黒髪と、鍛え上げられた無駄の無い筋肉、そして端正な顔立ちがバランスの良い男っぽさを匂わせるような、そんな人物であった。
 意外な好青年然とした姿に、アキラ達は思わず、息を呑んだ。

 容姿的特徴がスマートな筋肉質の美男子である、という事実に多少の戸惑いを覚えない訳でもなかったが、とにかく若崎源次郎の外観情報は、突入部隊や外部協力組の全員に行き渡った。
 かつては南宮生工の社員であり、屍躁菌を開発したエリート技術者であることは間違いないのだが、その一方では様々な格闘技に精通し、米軍特殊部隊に在籍していたこともあるという意外な経歴が、多くのコントラクター達を驚かせたのも事実であった。
 そんな中にあって、指令本部に指揮官補佐として詰めているルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、渋い表情を隠せなかった。
 彼女はスーパーモールの各所に設置されている監視カメラの映像を何度もチェックしていたのだが、若崎源次郎らしき姿は、どこにも見当たらなかったのである。
 あれだけ大勢の買い物客でひしめき合っていたのだから、当然、同じような体格の買い物客は何人も居たのだが、若崎源次郎当人と断定出来る外観の者はというと、未だに発見出来ていない。
 2メートルを超える巨躯で、しかもあれだけ見事に鍛え上げられた体躯と整った顔立ちの持ち主ということであれば、即座に見つかっても良さそうなものであったが。
 そもそも、今回の事件について情報がどこからもたらされたものか、その経路はどこなのか――そういった辺りを突き詰めて考えないと、またとんでもない陰謀の片棒を担がされてしまうだけではないのか。
 パニッシュ・コープスの組織としての性格を鑑みると、ルカルカはあらゆる面に対する疑いを抱かずにはいられなかった。
「しかし……こんな目立つ男が、よくもまぁ、テロリストの一員なんかになれたものだな」
 簡易テントの一角で、デスクトップのスクリーンと睨めっこをしていたルカルカの傍らに、白衣姿のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が立った。
 今回ダリルは、指令本部と同じくスーパーモールの正面ゲート前駐車場に設置された医療対応部に自ら志願して参加し、若崎源次郎のDNA採取が叶えば、即座に対菌抗錠の製造に着手する任に就いていた。
 逆をいえば、DNAが届くまでは医療担当として様々な仕事をこなす立場でもあった。
 ともあれ、ダリルは仕事の速さでは他の医療部員の追随を許さず、ひと通りの段取りを終えると時間が余ってしまった為に、こうしてルカルカの様子を見に来た、という次第である。
「退屈そうだな、ルカ。しかし教導団大尉であるということは、時には我慢を強いられる立場でもあるということを、よく理解しておく必要がある」
「それは、分かってるよ」
 ルカルカとて、部隊の指揮を任される将校という立場である以上、軽々しく現場で暴れ廻るだけの存在であってはならないことは、十二分に理解している。
 だが、生来のアグレッシブな性格はどうにも変えようがなく、こうして後方での指揮や部隊監視補佐などといった地味な作業は、退屈で仕方が無かったようである。
「今回ばかりは、大勢の命がかかっている。自分の欲求だけを優先させるようでは困るぞ」
「……だから、分かってるってば」
 ダリルの説教に幾分辟易した様子のルカルカは、苛立ちを掻き消すように、好物のチョコバーをがぶりとひと口。
 と、そこへ今度はカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、ひと仕事終えたという充実感のような色を面に浮かべて、簡易テント内に足を踏み入れてきた。
「南宮生工の連中、案外と協力的だったな。対菌抗錠の製造に必要な機材一式を、無償て貸与してくれるなんてな、正直いって予想外だったよ」
「恐らくは、若崎容疑者の件で睨まれるのを避けたい、という思惑からだろうな」
 ダリルの分析は、恐らく正しい。
 自社の出身者が何らかの犯罪行為に関与した場合、企業が真っ先に手を打たなければならないのは、社のイメージである。
 特に今回は、若崎源次郎が南宮生工の社員時代に開発したという強力な細菌兵器をテロに用いている。
 南宮生工としても、イメージの回復には躍起にならざるを得ないだろう。
 その時、ルカルカはふと、何かに思い至ったように小首を傾げた。
「でもちょっと待って……若崎源次郎が細菌テロを仕掛けたことで得をするのは、誰かな?」
「それは、若崎容疑者以外で、ってことか?」
 カルキノスは、思わず唸ったしまった。
 この時ダリルが、渋い表情を浮かべて腕を組む。
「まさか、な」
 実はルカルカも、ダリルと同じ発想を頭の中に思い描いていた。
 今回のテロで最も美味しい思いをするのは、南宮生工と競合する別の企業か、或いはそれに関係する部局ではないのか。
 三人の居る簡易テント内で、何ともいえぬ嫌な沈黙がしばらく続いた。

 スーパーモール内では、源次郎捕縛部隊が突入した後も尚、一般市民達を襲う恐怖は続いている。
「皆、こっちに退がって!」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は無力な一般市民をひとりでも多く救おうと、声を嗄らして必死に誘導している。
 しかし彼ら力を持たぬ者達は、恐慌に駆られてまともな判断も下せないのか、その多くは好き勝手な方向に散っていこうとしている。
(くっ……やっぱり、そう上手くはいかないか……!)
 これまでコントラクターとして愛用の得物を振るい、多くの敵味方と接してきたセルファであったが、無力なひとびとの間に走るパニックというものが、これ程までに厄介な代物であるということを久しく忘れていた。
 そして皮肉にも、今のセルファは丸腰である。
 たまたま、御凪 真人(みなぎ・まこと)と一緒にスーパーモールの開店記念セールに足を運んだのが運の尽きだったのかも知れない。
 その真人はというと、セルファとは違って得物を必要としない戦闘能力を有している為、自ら進んで赤涙鬼に対する防御線を単独で張ろうとしていた。
 当初は何が起きたのか全く理解出来なかった真人だったが、赤涙鬼に魔術による牽制を浴びせながら冷静に考えるうちに、これがバイオテロの一種なのではないかという結論に至りつつあった。
(あの化け物に変貌してしまったひとびとは、その発症には随分と個人差があるように見受けられる……ということは即ち、一律の威力を持つ魔力の類ではなく、生命力や個人の体調に左右されるバイオテロと考えるのが自然、ですよね……)
 そして現在、スーパーモール周辺を教導団の武力封鎖部隊が完全包囲している現実を鑑みるに、彼らはウィルスか細菌の外部流出を防ぐ為に、あのような布陣を取っていると考えるのが妥当であろう。
 そうなるともう、この惨劇がバイオテロによるものだと結論付けるしかない。
 だが何よりも決定的だったのは、女医九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)のひと言だった。
「この症状の進行速度は……強力な猛毒素の細胞浸食に酷似している……!」
 真人とセルファ、そしてジェライザ・ローズ達の目の前で、数名の一般市民が悶え苦しみ、意識が白濁としたまま昏倒してしまった。
 その後、皮膚と筋肉組成が急速に変貌していき、両目から深紅の鮮血が溢れ出すという症状を目の当たりにした時、ジェライザ・ローズはエボラ出血熱に似通った発症段階を思い出していた。
 少なくとも、ジェライザ・ローズの見立ててはこの狂犬病にも似た発症の様相は、細菌性或いはウィルス性の罹患症状と判断するのが妥当であった。
 恐らく、何らかの伝染経路がこのスーパーモール内に存在している――ジェライザ・ローズは決定的な証拠を得た訳ではないが、半ば確信をもって、そう考えるようになっていた。
「あの発症者達はいずれも、コントラクターではない……逆をいえばコントラクターは、発症しない、ということか……?」
 ジェライザ・ローズはこの短時間の中で、状況証拠のみという少ない判断材料の中ではあったが、極めて精確に判断を下していた。
 真人がひとりで牽制に立ち上がった際にも、ジェライザ・ローズは決して止めようとはしなかった。妥当な判断だと考えたからである。
「私は君のパートナーと一緒に、ひとびとを避難させる。悪いが、発症者を何とか食い止めて貰いたい」
「最初から、そのつもりですよ」
 真人はジェライザ・ローズに、静かな笑みで答えた。
 コントラクターが発症しないという確証は、必ずしも100%ではない。
 もしかしたら単純に進行が遅いだけで、コントラクターもあの化け物のようになってしまうかも知れない可能性は捨てきれない。
 だがそれでも、真人は一切躊躇せず、ジェライザ・ローズとセルファに一般市民の誘導を任せて、自らを凶悪な怪物と化したひとびとへの牽制に充てた。
 これは、余程の優希が無ければ出来ることではない。
 ジェライザ・ローズが事の真相を知ったのは、これからもう少し後の話である。
 若崎源次郎と名乗る人物の、屍躁菌散布テロがこのような悲惨な事態を招いたと知った時、そしてヘッドマッシャーが再び現れた事実を認識した時、ジェライザ・ローズは全身が烈火の如く燃え上るような、強烈な感情に衝き動かされる衝撃を感じたという。
 だが今は、まだそこまでの認識は無い。
(とにかく……今はとにかく、ここに居る未発症のひとびとを隔離しなければ!)
 セルファと共に声を嗄らしながら、ジェライザ・ローズは自らの思いに従って、必死に駆け続けていた。