リアクション
テーブルに戻り、日本酒をあけてぐい呑みへとそそぐレイスに美鈴はそっと声をかける。
「レイス、マスターを先に酔い潰すとは、わざとね? 何か聞かれたくない話でもあるのかしら?」
落ち込んでいたことは翡翠にも分かったかもしれないが、長い付き合いの美鈴にはその内容すらも言わなくても何となく分かってしまうのだろう。
話していなかったことに少し罪悪感を感じて話せば、美鈴は少し嬉しそうに笑ってグラスに口を付ける。
「やっぱりマスター以外にできたのね。恋人」
「美鈴には分かっちゃうか?」
「えぇ、付き合い長いから」
嬉しそうに、でもどこか寂しそうにグラスを見つめて、美鈴は呟く。
「今日落ち込んでたのもその人のせいかしら?」
申し訳なさそうに頷いて、レイスは日本酒をあおった。
「すっごく単純なことだけど、あいつと会えないからイラついてるだけさ。向こうも忙しいみたいで、お互いすれ違いって感じ。今まではそんなこと思いもしなかったのに、あいつが相手だと何か違うっていうか。約束してたのをドタキャンされてそれでショックって、俺かなり女々しいなって」
前日から楽しみにしている様子を見ているからこそ、どれだけ会えなくて寂しかったか理解できる。
「女々しいだなんて。恋愛にそういうものは付き物ですわ。それにレイスが本当にその人のことが好きなんだって伝わってきましたわ」
少し恥ずかしそうに日本酒を飲みながらレイスは続ける。
「でも、俺はいっつも待たされてばっかりで……もうそういう運命なのかもなあ」
「そうね。確かに私たち、長い間待たされてばっかりよね」
「…………悪い」
ふと影を落とす美鈴に気付いてレイスは即座に謝る。
転生してくるはずの恋人。その恋人との約束を、美鈴はずっと待ち続けているのだ。
「あーあ、早く生まれ変わってこないかしら!」
ね、と笑顔で言われれば、ばつが悪そうにしていたレイスの顔も和らいだ。
「ところで、レイスの恋人ってどんな人なの?」
「うーん、そうだなぁ。面白い人だよ。ちょっぴり意地悪だけどね。なんていうか変わらないんだけど、変わっているっていうか。追いかけていたはずなのに、気付いたらこっちが追われてる感じっていったらいいのかな」
つかまえようとすればするりと手を抜け、気付くとこちらが煙にまかれてその方向を見失ってしまう。
つかめない存在、というのが正しいのだろうか。
なかなか一言で表すのが難しいとレイスは笑う。
けれども、その人のことを話すレイスの顔はとてもいきいきとしていて、嬉しそうに、恥ずかしそうに、いろいろな表情を浮かべている。
この間はどこにいっただの、手伝いにいってる場所にサプライズで来てくれただのと、話はどんどんと沸いてくるようで、レイスがいかにその人を好きでいるのか、美鈴には伝わってきた。
「あなた、本当にその人のこと大好きなのね」
ふふっと笑って告げれば、恥ずかしそうに小さな声でうんと呟く。
さすがに恋人の転生した姿である翡翠には、新しい恋人の話など気まずくてできないという気持ちも痛いほどわかる。だからこそ、こんな回りくどいやり方をとってまで話を聞いて欲しかったのかと思うと美鈴も嬉しくなった。
友人としては、やはりいろいろと相談されたいものだ。
もし女同士だったらもっとぶっちゃけた話も常日頃から平気でしてきて楽しいんじゃないかも思ったが、それはそれで大変そうなのでレイスが男でよかったなどとは口に出さなかった。
「たまにはこっちから驚かせに行きたいけど、向こうの都合もあるだろうし……いろいろ考えてると結構胃にくるな」
「胃にくるってことはそうとう精神的ダメージ食らってるみたいだけど大丈夫なの? 悩むのもいいけど、私や翡翠もいるんだから溜め込んでばっかりじゃなくてちゃんと話しなさいよ。話してくれなきゃ力になれないこともあるんだから」
レイスは誰かに愚痴としてぶちまけてストレス発散するタイプだが、今回のようにもんもんと悩んでこれほどのダメージを負っている。何でもかんでも自分の中に溜め込んでしまう翡翠は、言わずに倒れてしまうことが多くある。翡翠がもし今回のレイスのようにずっと悩みを溜め込み続けたらと思うと、美鈴の心配の種は尽きない。
二人にできるだけストレスを感じさせないようにするにはどうしたらいいのか、もっと考える必要があると話を聞いて美鈴は思った。
「大丈夫。美鈴のおかげで元気出てきた」
「あら」
友人の美鈴や、パートナーの翡翠と同じかそれ以上に大切だと思える存在ができるなんて、レイスは考えていなかった。新しい存在が大きくなることで、大事だったものがなくなってしまうのではないかというもやもやとした気持ちが、少しずつ大きくなっていたからだ。
けれども新たな存在が加わっても変わらずにそこにい続けると言ってくれる人がいるのだ。レイスにとってこれほど嬉しいことはなかった。
あらかた部屋を片付けた後、美鈴とレイスが翡翠の部屋をのぞくと、ベッドから今にも布団とともに零れ落ちそうになっている翡翠の姿が目に入った。ベッドの中心に戻し、布団をかけなおしてやると、安らいだ顔で笑う。
気持ちというものはいくら自分だからと言ってそうそう制御することはできない。
好きだと気付いてしまえばその気持ちはとめどなく溢れてきてしまうし、一度思ってしまったものをリセットするということがどれだけ難しいかということも分かる。
また他人からの気持ちというのも、自分が気付こうとしなければ気付くことはできない。
向こうが歩み寄ってくれても自分の中にきちんと落とし込まなければ、本当の意味で気付いたとは言えないのかもしれない。
自室に戻り、周りに溢れている確かな優しさを改めて感じて、レイスも目蓋を閉じるのだった。
「あれ……?」
次の日の朝、布団とともに床にずり落ちた衝撃で起きた翡翠は、どうやら途中からの記憶もお酒と一緒に零してきたようだった。
この度は蒼空のフロンティアのオフィシャルイベントへのご参加、
ならびに「冬のSSシナリオ」へのご参加、誠にありがとうございました!
下記は各マスターからのマスターコメントとなります。
■逆凪まこと
オフイベ挙動不審マスター、逆凪です
今回は普段とはまたかなり毛色の違うシナリオを書かせていただくことができ、楽しませていただきました
またこういう機会がありましたら、や(らかし)てみたいです←
楽しんでいただけましたら幸いです
■九道雷
お祭ということで、普段やらないことをやってみました。
至らない点は多いですが楽しかったです。
皆様にも楽しんでいただけたら嬉しいです。
■神明寺一総
皆さん、こん○○は。神明寺です。今回は、他のガイドと執筆時期がかぶってしまった関係で、参加人数を5人に限らせて頂きましたが、そのために抽選に漏れた方が多数出てしまったようで、申し訳なく思っています。
一方抽選に受かった方々のアクションですが、それぞれに独創的なモノばかりで、マスターとしても楽しくリアを書かせて頂きました。
抽選に受かった方も、惜しくも漏れてしまった方も、次のSSシナリオはかぶらないように調整しますので、是非また奮ってご参加下さい。
今回は、有難うございました。
■識上蒼
お久しぶりです、識上です。
……何だか毎回久しぶりって言ってる気がします。
いつもはNPCとPCを交えて自重せず好き勝手に書いていましたが、
今回はNPCの呼び出し制限もあったので、
PCさん一人一人にじっくり焦点を当てることが……出来ていればいいな(弱気
あと毎度お馴染みのちょっとした遊び要素は今回も入っています。
機会がありましたら、また宜しくお願いします。
■灰島懐音
今回、自由形式のシナリオで10名の執筆を担当させていただきました、灰島懐音です。
すごく久しぶりに筆を執らせていただきまして、楽しかったです。
参加してくださった皆様、ありがとうございました!
■高久高久
今回は御参加頂きありがとうございました。高久高久でございます。
今回も参加者の皆様はノリノリで、一体何度絶望したやらSSの意味を確認したやらわかりません。
向こうがその気ならこっちも! ともう脊髄反射でやりました。反省はしている。
少しでも楽しんで頂けたのならば幸いです。また機会がありましたらよろしくお願いいたします。
■森水鷲葉
ご参加いただきありがとうございます。
SSシナリオということで、
皆様の普段は描けない様子を描かせていただきました。
とても楽しかったです。
今回、リアクションは独立した短編集の体裁を取っていますが、
【登場アイテム(?)】につながりを持たせています。
【登場アイテム(?)】が次のリアクションにも、という形式です。
これは、竹本泉さんの読み切り漫画シリーズにあった演出のオマージュです。
こちらも探して楽しんでいただけますとうれしいです。
それでは、今後も何卒よろしくお願いいたします。
■宇角尚顕
参加してくださった皆様方、本当にありがとうございました。
初のSSシナリオ参加ということですが割と好き放題書かせていただきました。
こんな感じで大丈夫なのか? と不安なところも多々ありましたが、楽しんで頂ければ幸いです。
それではまたどこかでお会いできる日を楽しみにしております。