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殺人鬼『切り裂きジャック』

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殺人鬼『切り裂きジャック』

リアクション

 2章


『切り裂きジャックか。英国刑事な俺としては、放っておけないな! でもまずは誘き出さないと。霧島君。あまり気が進まないが……囮をしてくれるかい?』
『任せなさい! 若くて魅力的で才色兼備な春美が……って無視するなちゃんとこっち見てよ! レストレイド君!』
『あーうん。任せたよ。襲われやすい人気のないルートを見繕っておくから。うん』
『ちょっと! まともに相手しなさいよ! こらーっ!』

 というわけで囮捜査である。
 霧島 春美(きりしま・はるみ)が囮となり、マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)がその後をつけている。
(探偵服じゃまずいし、こんな派手な格好してるわけだけど。ひらひらしてるし格闘は無理ね。いざという時は頼りにしてるわよ、相棒)
 そう思い、霧島は暗がりの道を歩く。
 しばらく歩いていると前方から、頭から足までをから足までをマントでずっぽりと被った、身長130センチ程度の子供が突然現れた。出没した。
 突然現れたのもあって、霧島は警戒する。リネン達の情報で、ジャックは子供だ、と聞いていたからだ。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ」
 マントから、幼い、子供の、女の子の、可愛らしく、純粋な声が発せられた。
 瞬間、フッ、とマントの子供が霧島の目の前から消えた。消失した。
「!?」
 そう思ったのも束の間。次は霧島のすぐ後ろから、声がした。
「もう、殺しますから」
 声がした瞬間、霧島は何の躊躇も無く、【マジックブラスト】を発動する。子供は思わず、距離をとる。
 霧島は距離を詰め、【光術】を放つ。光術は目くらましになる形で、子供を襲う。
「レストレイド君!」
 霧島が叫ぶと、何処からかレストレイドが姿を現し、子供に向けて小銭を投げつける。
「【ゴルダ投げ】! からの手錠投げ!」
 レストレイドの小銭と手錠は、子供に命中した……かのように見えたが。
「! マントを変わり身に!」
 小銭と手錠が命中したのは、マントだった。
「上よ!」
 霧島の声でレストレイドは、はっとして上を向く。上――建物の上には、リネン達の情報にあった白い少女……、とは少し違う風貌の少女が見下ろしていた。
 髪、肌は白。目は赤。そこまでは合っている。だが、肩までのボブカット、眼鏡、服装は白を基調としたゴスロリ服。そしてどこに隠し持っていたのか、身長程ある死神鎌を抱えている。
「リネン君の情報と違うぞ。変装したのか?」
 レストレイドの呟きには応えず、白い少女はただ、
「貴方を殺すのは難しいようです。諦めます。では」
 と、淡々と呟いて、屋根の上を走り去っていった。
「あ、逃げた……。 それにしてもレストレイド君、あの子……」
「そうだな。よく似ているが、リネン君のまわしている情報とは違う。どういうことだ……?」

   ■   ■   ■

「こんな国宝級の美人を囮に使うなんて、シリアスキラー相手には贅沢すぎるわよ」
 ぶつぶつ言いながら夜道を歩く遊び人が一人。
 いや、遊び人の格好をしているだけで、殺人鬼をおびき寄せる為の囮をしている立派な契約者だ。名をセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)という。
 少し露出の高い服を身にまとう女子大生。殺人鬼に対し、自分だけは大丈夫と思いながら少し恐怖を感じている。そんな女性を演じている。
 と、そこで彼女は、何か違和感を感じた。【イナンナの加護】を発動しているからか、いつもより感覚が敏感になっている。
 違和感、いや、視線。でもなく、殺意だと気づく。とても曖昧であるが、それでいて至極はっきりとしたものだった。
「セレアナ? 『釣れた』」
 セレンは携帯に向かってそれだけ呟く。
 呟いた瞬間、殺意が一層強くなるのを感じ――同時に背後で何かが振り下ろされる音がする。
「そこっ!」
 セレンは背後から振り下ろされる得物――死神鎌を最小限の動きで避け、CQCによるカウンターをしようとする。が、鎌の主はそれを察知したようで咄嗟に距離をとった。
「あなたが……切り裂きジャックね?」
 セレンは目の前にいる白いゴスロリ服少女に問いかける。
「そう……ですね。本名は『すず』と言いますが」
 白い少女、すずは丁寧な言葉遣いで答え、鎌を構える。そして、弾ッ!! と強く地を蹴り、セレンに特攻してきた。
 しかしすぐに足を止める。セレンの連絡を受けて駆けつけたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が間に入って来たからだ。
「貴方達は……何ですか? やけに力を持ってますね?」
 すずの問いにセレアナが、
「まぁ、あなたを捕まえようとしている者だからね」
 と答え、不意に【光術】による目くらましをしようとする。が、すずはそれよりも早く、二人から距離をとり、
「捕まえに……。そうですか。まぁ頑張って下さい。そう簡単には捕まりませんし、私は予告通りちゃんと3人、殺します。でも貴方達を殺るのには少し骨が折れますね……」
 そう言って、ちらり、と後ろに目をやった。すずの目線を辿ると、そこには2人の女性が歩いていた。
「……? あ、まさか!」
 セレアナが叫んだ時にはもう遅い。すずは二人の女性に向かって特攻する。勿論、殺す為に、である。
 すずがターゲットにした2人の女性は、女性同士のカップル――つまりはレズビアンであるようで、甘いムードを漂わせている。やがて二人は、ものすごい速さで突っ込んでくる、死神鎌を構える白い少女に気づき、驚愕する。
「失礼。少し殺させて頂きますね?」
 すずはそう呟き、二人の女性目がけて思い切り鎌を振りかぶり、思い切り振り下ろした。
「……あれ?」
 だが、鎌は当たらなかった。二人の女性は咄嗟に後ろに飛び退いたのだ。さらに、そのうちの一人が、すずの急所目がけて足を蹴り上げた。
「――くッ!?」
 すずはギリギリのところで避ける。だが、少しひっかけていたようで、額から血が垂れて来た。
「もしかして貴方達も……」
 すずの問いに答えるように、蹴りをした方の女性、ランダム・ビアンコ(らんだむ・びあんこ)が強い口調で言う。
「そうよ。貴方を捕まえに来たのよ。切り裂きジャック」
「むぅ。面倒なことになって――っと!」
 すずは言いかけて、後ろに飛び退く。もう一人の女性が飛び蹴りをかましてきたからだ。
 しかし女性は途中で、おっ!? と呻き、その場に勢い良く転んだ。転んだ拍子に、髪、いや、カツラがとれた。
「うお……。すごい痛い。というか、こんな女性物の服で飛び蹴りなんてするもんじゃないな。服に足引っ掛けちまった……」
 カツラがとれて、顔が露になった女性――ではなく、女物のカツラと服を身につけていた男性、堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)はそんなことを言いながら起き上がる。それを見てすずは思わず、
「……なんですか。男だったのですか。そういうご趣味で?」
 と、少しひく。
「いやいや、君を誘き寄せ、捕まえる為に変装しただけだよ。ま、そういうわけだからさ、大人しく捕まってくれないかな?」
「嫌だ、と言ったら?」
「否応無く捕まえるだけだよ。ヴォルフラム! ダニー!」
 堀河が叫ぶと、何処からかヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)ダニー・ベイリー(だにー・べいりー)がすずの目の前に立ち塞がった。
「まったく、女性の服は、往々にして動きにくいですから、自分達だけでなんとかできると攻め急ぎはしないでくださいね、と何度も言ったではないですか」
 ヴォルフラムは堀河に向かって言う。堀河は、悪い悪い、と適当に返した。
「おい、よそ見すんな! さっさとやるぞ!」
 ダニーはためらい無く、ショットガンをすずに向け、発砲する。すずが横に避け、避けた場所にヴォルフラムが【バスタードソード】を叩き込む。
 すずはそれを鎌で軽く受け流した。
「はぁ。本ッ当に面倒ですね……。男性は殺さないようにしているのに男ばっかり増えるし。数少ない女性は……」
 すずは背後を見る。そこにはそれぞれの銃を構えている、セレンとセレアナがいた。
「自身を囮にして私を捕まえようとするし。仕方ない。逃げますか」
 状況は6対1。まともに戦ってはマズいと判断したのか、すずは逃走を試みた。
「「逃がすか!」」
 その場の全員が白い少女めがけて襲いかかろうとする。が、6人の契約者全員の動きが突然ぴたりと止まった。
「なっ……」
 堀河は突然動かなくなった四肢を見る。何も拘束するようなものはない。だが、手の指は動くようで、乱暴に指を動かしてみる。すると何かが絡まった。
「これは……糸か!」
「えぇ、糸による拘束術です。私は『あの子』とは違って、このような細かい事は苦手ですので――指の先、筋肉一筋まで拘束することはできませんけど。逃げるだけの時間を稼げたので良しとしましょう。それでは」
 すずは丁寧な言葉遣いで淡々と喋り、そしてどこかへ駆けて行ってしまった。
「くそ、逃したか……」
 堀河は歯がみする。しかし、そこである事に気づいた。
(さっき『あの子』とか言ってなかったか? 誰の事だ? 調べる必要があるかもしれない。情報をまわしておくか)
「……つっても、まずはコレほどかないとな。幸い、指は動くからなんとかなるだろ」
 それからしばらく、6人は糸をほどくために四苦八苦していた。

   ■   ■   ■
 
 他の契約者にならい、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)も自身を囮にして、街をうろついていた。
(結構歩いているのにね。なかなか出てこないわ)
 などと思っていた彼女の背後、それも上空。そこには、既に死神鎌を振りかぶった白い少女が襲いかかっていた。白い少女――すずは、完全に気配を断っていたので、リカインがそれに気づいている様子はない。
(やっと一人殺せそうです)
 すずはそう思い、鎌を振り下ろす。
 リカインは気づいていない。しかし、リカインの頭部に――リカイン自身も気づかないうちに、その黄金の髪のような身体をリカインの髪と同化させ、カツラのように覆い被さっていたギフト、シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)は、すずの存在にしっかりと気づいていた。
「【ミニツインドリル】!」
 髪のような触手を突き出し、すずを迎撃する。すずは間一髪で躱す。
「……え? あ、ムーン! また勝手に頭に……。って、あれ? あなたもしかして……例の?」
 リカインはそこでやっとすずに気づく。先程まわって来た情報と姿が一致しているのを見て、すぐに敵と判断した。
「【レゾナント・テンション】!」
 リカインは特攻しながらスキルを唱え、潜在能力を引き出す。拳をかたく握り、突き出す。
 額、目、各所内蔵、手首、肘後部、アキレス腱。狙うは全て急所。ためらい無く、拳を繰り出し続ける。
 すずはそれを、鎌の柄で防御し続ける。すずは隙を見て、思い切り突き飛ばし、距離をとる。
「ふぅ、貴方も……私を捕まえようってんですか。はぁ、今夜は失敗ばっかりですね。『あの子』は上手くやってるでしょうか」
 少し疲れ気味のすずを見て、リカインはさらに追い打ちをかけようとするが、そこで空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が彼女をとめた。
「リカイン、少し待って下さい。彼女に少し聞きたいことがあります」
 そう言って狐樹廊は前にでる。
「何ですか? 聞きたいことって」
「今の言葉です。『あの子』とは?」
 狐樹廊はすずが答えるのを渋るかと思ったが、そんなことはなく、むしろ積極的に喋り出した。
「妹です。私の大切な妹です。双子なのです。似てるところはあまりありませんけどね」
 狐樹廊はそれを聞いて、何か納得するような仕草をみせ、
「ふむ。じゃ、取りも敢へず、あなたを捕まえることにしましょうか。リカイン。もういいですよ。捕まえて下さい」
 狐樹廊の言葉に、リカインよりもはやく、すずが反応する。
「捕まるのは嫌ですよ。人を殺せなくなるじゃないですか」
 それだけ言うと、すずは暗闇へ向かって駆け出した。姿はすぐに暗闇に溶けていった。
「あれま。速いわね。……で、狐樹廊? 今ので何かわかったの?」
「そうですね。彼女に妹がいるということが分かりました」
「そのままじゃないの……」
「えぇ。ですが、その妹も殺人鬼だとは考えられませんか? ジャックは先程の髪が短い子と、髪が身長程に長い子と。2つの情報があったじゃないですか」
「そういえば……。ってことはまさか……」
「そうですね。ジャックは双子の姉妹であり、『二人』いる、と考えた方がいいかもしれません。そうすれば色々と納得がいきますし。まぁ、まだ確定ではありません。少し調べる必要がありそうですね」