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リアクション
第9章 混戦の果ての邂逅
「開いたぞ!」
その瞬間に、建物内にいたよりずっと多い構成員たちが、扉の外に飛び出してきた。詰めかけていた警察の突入部隊に、真正面からぶつかっていく。
「飛空艇が発進するまで時間稼ぎをする気よ!!」
扉の外で、HCの通信で状況を聞きながら開扉の時を待っていたルカルカが、すぐに状況を察して声を上げた。
「急げ! あの子たちを飛空艇に乗せるな!!」
飛空艇は大型ではないが、個人で持つような数人乗りの小型のものよりは大きい。恐らくマイクロバス並みの人数は乗せられるだろう。
発着場の片隅に、小さなエンジニア小屋のようなものがある。そこから、まだ若い契約者たちが手を引いて連れ出され、飛空艇の元へと引っ張られていく。
どうやら、【丘】に連れていかれる者たちは、あそこに拘束されているらしい。
そうと察した突入部隊はそちらに向かおうとするが、構成員たちも武器を構えて徹底抗戦の構えだ。
「皆、下がってろ! ここは俺が守る!!」
大吾が、舞台の前に出る。
武器攻撃に加えて、意外にも火炎や氷――魔法攻撃を仕掛けてくる者もいた。
だが、大吾の【オートガード】【オートバリア】【フォーティテュード】といった防御スキルが、部隊のダメージを防ぎきる。
(俺は盾、皆を守る盾だ…絶対に護ってみせるぞ!)
(耐えきれば、反撃の隙もきっとできる)
「はい、どーんと火術だよ〜」
聞き覚えのある、呑気な声と共に、攻撃者の一人が吹っ飛ぶ。堅固な大吾の盾を攻撃することに集中していた構成員たちを、箒で背後に回り込んだ千結が魔法攻撃し始めたのである。
それによって注意が分散し、隙ができた。すかさず大吾が【インフィニットヴァリスタPDW】で狙撃を始めた。確実な狙いで撃たれた方はその重い銃撃に吹き飛び、これに倣うように反撃を始めた突入部隊によって、彼らと飛空艇、エンジニア小屋を隔てるように陣取っていた構成員たちは総崩れとなった。
大吾が盾になっている間に、一足早く、隠形の術と【ベルフラマント】で気配を隠したアリカが密やかに飛び出していた。
一直線に小屋に向かう。3人程の男が、乱戦模様を横目に見ながら、小屋の中の種々雑多なパラミタ人種の少年少女青年たちを、引き出し、押しやるように飛空艇に連れていく。
「退いてっ!!」
その所業に対する怒りの混ざった叫びとともに、アリカは【居合の刀】を抜刀して飛びかかる。飛空艇に乗るのを尻込みする少女を殴りつけようとしていた構成員は、アリカの攻撃を喰らって倒れた。
別の一人がアリカと対峙している間に、非戦闘員らしい飛空艇への「詰め込み役」の男は、何を思ったのか、エンジニア小屋に駆けこもうとした。年端もいかぬ子供を盾にして逃げようと考えたのかもしれない。
だが、その考えは不発に終わった。
「遅いぜっ」
弾丸のように飛び込んできた黒い影が、刀を振るって男を弾き飛ばしたからである。それは【軽身功】で壁を走って敵を突破し、先回りして小屋の影に潜んでいた昶だった。
小屋は開放された。
「ダリル、屋根を閉じさせることはできる?」
HC越しにルカルカが訊くと、一言『やる』とだけ返事が返ってきた。
飛空艇の中にも敵と、被害者が何人かいる。それを、制圧し、被害者たちを解放しようというのである。
屋根が開かなければ、飛空艇は飛ばない。現在、半分開いたところで止まっている。完全に閉ざせれば安心だが、どうやらダリルも想定外の何かがあって苦戦しているようなので、無理は出来ない。
契約者たちとの戦いで構成員たちが次々捕縛され、警官たちが次々に駆けつける。
自然と彼らを引き連れるような格好になったのには苦笑を覚えるが、抵抗を封じるには人数はたしかに威力になる。大きく息を吐き、ルカルカは、飛空艇内に乗り込んだ。
「もう逃げられないわよ! 観念して、そこにいる子たちを解放しなさい!」
「やっぱり、発着場の中に、捕まってる子たちがいたみたいだね」
中の様子を聞いて、ナオがホームレスたちを振り返って言った。夢の中の少女を救い出すのが目的のガモさんプラス仲間たちは、しかし契約者になったとはいえ戦闘の経験など皆無で訓練すら受けていない。敵を倒して道を開くまでは後方にいるように、ということで、3人のホームレスと魔道書達は、かつみ、ナオ、ノーンらに守られて最後方にいた。
だが。
「……いや……あの子は扉の向こうではなくて、あっちにいるような気がする……」
突然、そう言ってガモさんがふらりと、扉の手前にある階段を昇り始めた。
「ガモさん!?」
「おい、ガモさん! どこに行くんだい!!」
仲間たちの言葉も聞かず、ガモさんは必死の表情で階段を昇っていく。慌てて、一同はガモさんを追う。
「そういうのって、契約者になると分かるもんなのかい?」
「いや、個人の資質によりけりだろう。それとパートナーに対する想いの深さも関係してくるだろうな」
「うわ、帳面が喋った! 見ろよムギさん、この帳面喋ってるぞ!!」
「帳面……」
「(いや、あんたの契約相手も本なんだぜ、とはちょっと言いにくい……)」
ナオのフードの中から喋りかけてきたノーンに驚くロクさんに、言いにくそうに口ごもるオッサンであった。
と。
「おい! お前らは何者だ!?」
「タァ様の居室に何の用だ!!」
そう言って、廊下の曲がり角から、ボディーガードらしき男が2人、現れた。
「わっ!」
一瞬、怯んだが、ナオは一歩、ホームレスたちを守るように前に足を踏み出す。
「ナオ?」
「大丈夫。俺が、皆さんを守ります。……自分で、そう決めたんだから」
気遣わしげなかつみの言葉を振り払うように、言うなり、ナオは【カタクリズム】を発動した。
だが、荒れ狂うサイコキネシスの嵐は、いたずらに通路の壁を抉るばかりで、なかなか2人を捕えることができない。
(力み過ぎだ、ナオ、空回りしている)
「わぁっ!!」
隙を突いた一人の男が、飛びかかってきた。
(しまった!)
慌てて【歴戦の防御術】を使おうとするが、間に合わない。
「ナオ!」
気が付くとかつみに後ろから手を引かれ、よろめきながら後ろに下がったところで目の前を相手の第2撃が掠めていった。
「あ……」
「ナオ……下がってていいから」
失敗ばかりの自分に気づき、ナオの表情が曇る。だが、心配そうに見ているホームレスや魔道書達の顔が目に入ると、もう一度気持ちを奮い立たせなくては、という気になる。
(だって、自分が言い出したんだから。ガモさんたちを助けるって!)
「いえ、まだ頑張ります!!」
いつになく引かないナオに、かつみは目を丸くし、それからフードの中のノーンを見る。
(ノーンも止めろよ! 何で放置してるんだよ!!)
心の中で八つ当たりするが、分かっているのかいないのか、ノーンは知らん顔だ。
(やれやれ)
ナオはまだまだ未熟で危なっかしいが、それでも向上心を持ち、少しずつ成長していっている。
しかし彼を危険な目に遭わせたくないばかりに、かつみはすべてを自分で抱え込んで、ナオは後ろに追いやって守ろうとしている。
(少しずつではあっても、ナオも成長している。お前が全部背負う必要はないんだぞ)
そう言ったところで、ナオを怪我させたくない一念の方が上回っているかつみにはまだ、届かないだろう。
だからやれやれ、という心持ちで、ノーンは無言を決め込む。
「おい、大丈夫か!?」
後方から声がした。応援に駆け付けたのは、クリスティーと合流したクリストファー、鷹勢救出時に捕まえた男を警察に引き渡してきた恭也の3人だった。
「あ、あの、このガモさんがどうしてもこの先にって」
「説明は後で、取り敢えずこの場を何とかしないと。皆、下がって」
言うなり、クリストファーは【しびれ粉】を敵に向かって撒き散らした。
粉の影響で弱ったところを全員で取り押さえ、捕縛した。
白刃の閃きが薄暗い室内を走り、男たちは次々に倒れた。
コアトーの【サンダークラップ】と【パイロキネシス】の二つを合わせた『光速の斬撃』が、文字通り一瞬で3人の男を斬り倒した。
刃が風を切る音だけが室内に立ち、それも消えると、静寂の中にただ宵一と少女が立っているだけだった。
「……うーん。これは、とうぎをみせなきゃだめなてんかい?」
少女は腕を垂らし、徒手で戦うという意志を見せて、宵一の眼路の先に立つ。
「無理に戦えというつもりはないさ。その子を大人しく返してくれるなら」
「やっぱりばとるか。しすてむどうちょうほどとくいじゃないけど、じゃまをするならしかたないね」
「……あんた、一体どういう人なんだ……?」
宵一は微かに眉を顰めた。この少女から漂ってくる、異様な違和感が無視できない。
喋る口調と内容、そして見た目との間に、変に気持ちの悪いギャップを感じる。
だが、少女が口を開くより先に、再び腕輪が光った。
少女の表情が変わった。光を見下ろし、呆然と呟く。
「やねのかいへいそうさ……? ひくうていをせいあつしたのか? ということは……ここも、しおどき、か」
次の瞬間、少女は床に倒れた。
驚き、罠かと一瞬宵一は身構えた。その時。
「――君!!」
声がして、何者かが宵一を通り越して飛び出し、その少女の傍らに膝をついた。
ガモさんだった。
「君だろう!? 私をずっと呼んでいたのは!! だいじょうぶか、しっかりしなさい!!」
事態が飲み込めず、宵一が何と声を駆ければよいのかと迷っているうちに、少女の目が開いた。
「……? あなたは……」
それは、さっきまで宵一に向けられていた口調とはどこか、しかし決定的に違っていた。おずおずとして、柔らかい。
――まるで、姿は同じでも中身が変わったかのように。
「……あなた、あなたはもしかして」
何か悟ったかのように、少女は、自分を抱き起こすガモさんを見る。
「私のパートナーさん……なの……?」
「卯雪!!」
またしても背後から声がして、宵一が振り返ると、やけに沢山の人が扉に詰めかけていた。
その中からクリストファー、クリスティー、恭也が、ソファに横たわる卯雪の姿に気付いて駆け寄る。宵一も、彼らに倣って歩み寄った。
「……大丈夫、生きている。怪我もないみたい」
クリスティーが確認してそう告げると、全員ホッと胸を撫で下ろした。
飛空艇発着場にいた構成員たちは全員捕縛され、そこにいた強制契約の被害者たちは全員救出された。一時は飛空艇に乗せられた者たちも、ルカルカの突入で無事助け出され、乗組員も捕縛されている。
彼らが拘束されていた小屋の前には淵や梓乃も駆けつけ、彼らを警察の車両に移動させる手伝いをしている。
騒ぎが収束しつつある発着場で、
「そういや、ダリルはどうしたかな」
思い出したようにルカルカがHCの通信を入れる。
「終わったわ、全員救出成功♪ そっちはどう?」
それに対するダリルの返答より先に、ゴゴゴゴ……という低い音が辺りに響き渡り、その場にいた全員がハッとして天井を見上げた。
「屋根が開く!!」
薄暗かった発着場が、太陽光に照らされ、明るくなっていく。
そして、開いていく空に吸い込まれるように、飛空艇が浮かび上がった。
「!! まさかっ!!」
乗組員は全員捕縛したはずだった。
――戦場と化した発着場でどさくさの中、隠れ身で一人だけ小屋の影に逃れていた乗組員に、誰も気付かなかった。
ましてや、その一人が操縦して浮上を始めたこの飛空艇に、屋根を開けることのできた「見えない誰か」が、離陸寸前にこっそり乗り込んだということに気付く者など。
「ダリル!? 屋根が開いて飛空艇が!! どうなってるの!?」
ルカルカの焦ったような声に答えたのは。
『……油断した……』
「え?」
『最後の最後で管理権を取られていたらしい。データが消去されている……』
焦燥と怒りを微かに湛えたダリルの声だった。
飛空艇は急浮上していく。飛行手段を持って追おうとした者もいたが、飛空艇の周囲に何かバリア的な磁場が形成されており、近付けなかった。
警察が追跡の飛空艇を出すのも間に合わなかった。
あっという間に驚くべき高度まで上昇し、発着場からその姿は見えなくなった。
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