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断崖に潜む異端者達

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断崖に潜む異端者達

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▼四章 隻眼のルージュ


◆NOTICE◆

 羅 英照(ろー・いんざお)は、ずっと封鎖のみに留めていた森側と空峡側、
 その両方面から一斉突撃・および完全制圧の指示を出していた。
 即座に自爆するような機能が、断崖の拠点には配備されていないことが判明したからである。
 合わせて、敵が拠点内に隠しているという重要な機密を特定し、可能ならば情報を持ちかえれ、という指示も出ている。
 いよいよ本作戦も大詰めということで、教導団の軍勢は一斉になだれ込んでいた。





◆断崖の拠点内部・大広間周辺◆

 最初から親玉をぶっとばすつもりで作戦に臨んでいたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、
 この時を待ちわびていたとばかりに突き進んでいた。

「しっかし、もっと早く突撃できる状況になってたよな? ずっと待機だった理由は何なんだろうな」

 シリウスと共に行くリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)は、互いに顔を見合わせる。

「わかりませんわね……どうしてなのでしょう?」
「まぁ、組織と組織の戦いだし、水面下で色々あったんじゃないかな」

 そんなもんか、とシリウスは無理やり納得する。

 と……拠点内の中枢に向かって進行していたところ、シリウス達は大きな広間に出た。
 広間は中央にドーム状の部屋があることで2層構造になっているらしく、
 そのドーム状の部屋には、なにやらSFチックな扉が備えられていた。

「ここが中枢部……なんとなくそんな気がしますわ」
「やっぱそう思うか。唐突に広い場所に出たもんな……サビク?」

 と、そこでサビクの様子がおかしい事にシリウスは気がついた。
 【殺気看破】で何かを感じ取っているようだが―――

「どうした? サビク」
「サビクさん……? どうかなさいましたか?」
「あ、あの扉の奥―――」

 リーブラの戸惑う声を受け、ようやく応じたサビクが指差したのは、広間中央のドーム部屋についている扉だった。

「シリウスもリーブラも、気をつけた方がいい。
 あの扉の奥に……ただならぬ殺気を感じるよ」





◆断崖の拠点中枢部・ゲートルーム◆

 広間中央のドーム状の部屋は、エレクトラの中ではゲートルームと呼ばれている。

 その室内には、既に空峡側からやって来た教導団員の遺体が、無数に散乱していた。
 いずれも急所を一閃、もしくは一突という、実に鮮やかな殺し方で造られている。
 ただし、致命傷は例外なく塞がっていた。まるで溶接されているみたいな塞がり方である。
 そのせいか、室内の床や壁には流血がほとんど無く、綺麗なままだ―――

 そして、たった今この部屋に来た清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)は、
 この致命傷の正体を知っていた。

「この傷……この殺り方……」

 そう、教導団管轄のヒラニプラ研究所で起きた、大量殺人事件。
 あの時の外部犯が行ったものに、間違いなかった。殺害現場との光景が一致している。
 一つだけ違うのは……今回はそこに犯人が立っている事だった
 短い紅の着物を纏い、四肢の至る所に包帯を巻きつけ、左眼に眼帯という出で立ちの、隻眼の少女。

「君は……君が、研究所の大量殺人事件の時の、外部犯―――!?」
「……よく知ってるわね。私はルージュ……エレクトラの幹部よ」

 ここに来る途中、クナイが施していた【禁猟区】に、大きな危険存在が感知されていた。
 この少女がその正体なのだと、ルージュの声を聞いた途端、北都は直感した。
 ―――戦ってはならない。
 少なくとも、クナイと2人だけで戦える相手じゃない。
 勝てる相手ではなく、戦える相手ではないのだ。勝負にならない。

(北都、逃げましょう。彼女がここにいる理由は、きっと“あれ”を守るためです)
(“あれ”……?)

 凄惨な状況のほうに目がいってしまうが、
 室内中央の床をよく見ると、なにやら幾何学的な円陣を形成している装置が埋め込まれていた。

(まさかあれが、羅参謀長が探せって言ってた重要な機密かなぁ?)
(ええ、そうに違いありません)

 思いがけぬ発見があった。
 だとすると、エレクトラの幹部である彼女がここにいる理由も想像がつく。
 機密に触れられないよう、迎撃を行っているといったところだろう。

「大人しく去るなら危害は加えない。……この者達のようになりたくなければ、そうするといい」
「……!」

 チャンスかもしれない。
 逃がしてくれるのなら、ここの情報を伝えて応援を呼ぶことができる。
 ここはいったん大人しく引き下がろう、と北都らが考えた時だった。

「なんだよ、これ」

 ドーム状の室内にシリウス達がやってきて、惨状を目の当たりにしたのは。
 北と南、このドーム状の部屋には2つの扉があり、
 シリウス達は北都達とは反対の南扉から入ってきたようだった。

「シリウス様……?」

 クナイは反対側からシリウス達がやってきた事に気づいたようで、その声を聞いて、北都も認識することとなる。
 さて、これでこちらは5人だが……
 ルージュがシリウス達の方に向き直る。

「なにやってんだよ、お前ぇ!!」

 考えている余裕は無かった。
 直情的なところがあるシリウスは、この惨状を見て黙っていることはできなかったのだ。
 【変身!】で魔法少女の姿をとって、一気に臨戦状態へと突入する。

「サビク、少し時間を稼いでくれ。リーブラ、最初から本気でいくぞ!」
「わかりましたわ……!」

 リーブラもこのような外道を許すことはできないようで、すぐにシリウスに合わせるよう動く。

 サビクだけは、先ほど感じた尋常ではない殺気と、
 厳しい訓練を経ているはずの教導団員が一蹴されている点を警戒していたが、

「やれやれ、行くしかないか……!」

 サビクは【女王の剣】を放とうと、足を踏み出す。

「馬鹿ね……」

 そして、次の瞬間、【紅き閃光】が迸った。
 野暮だが物理的な説明を記しておくと、
 ルージュの身につけている全ての包帯に凄まじい熱量がまとわりつき、紅く発光した状態になったのだ。
 そして、それらの帯がまるで独立して意志を持つかのごとく首をもたげ、サビクに襲い掛かる!

「くっ……!?」

 正面と側面より襲い掛かる攻撃。【女王の盾】だけでは防ぎきれない。
 『女王騎士の銃』で撃ち落とすのは……銃弾が溶けるだけだ。
 とはいえ退けばシリウス達がまとめて狙われるだろう。
 そこで咄嗟に出たのは【身に秘めた畏れられし力】だった。
 飛躍的に向上した身体能力で【紅き閃光】の隙間を潜り抜けたが、すぐに軌道を修正されてしまう。
 ―――回避する手段がない。

「はぁっ!」

 ここで、北都が背後から【ホワイトアウト】を放ち、援護に出る。
 続けて巻き起こった吹雪にクナイが【風術】を重ね、より強烈な目眩ましとする。

「今のうちに離脱を!」

 完全にルージュの視界を遮ったことで、サビクは射程範囲外へ離脱できた。
 しかしそれも一時的で、引っ込んだ【紅き閃光】が螺旋を描くように周囲を薙ぐと、それだけで氷粒は全て掻き消えた。

「すまない、助かったよ。やはり只者じゃなさそうだ……」

 サビクが礼を言ったその時、後方からシリウスの衣装・髪型をもつリーブラが登場した。
 2人は『融合の指輪:金』と『融合の指輪:銀』を重ねて融合したのだ。
 その手には『星剣ビックディッパー』に瓜二つの大型剣、【覚醒光条兵器】が握られている。

「待たせましたね。もう『シリウス』でも『リーブラ』でもない……貴方を、倒すものです」

 更に【熾天使化】まで発動して、1対の光の翼を背中から形成し、
「シリウス様、サビク様、後ろです!!」
「「!!?」」

 いつからだろう。
 音も気配もなく、シリウス=リーブラとサビクのすぐ背後に、シャウトが出現していた。
 シリウス=リーブラは、反射的に【覚醒光条兵器】で後ろを斬り払う!
 その刃はシャウトに直撃し、彼女の身体を霧のごとく霧散させた……が、

(……なんだ、今の手応えの無さは!?)
「そろそろ危険よ、ルージュ。脱出しましょう」

 気づけば、シャウトの姿はいつの間にかルージュの傍らに再形成されていた。

「そう。わかったわ」

 今までの戦いが何でもなかったかのような素振りで、ルージュは応じている。
 っていうか、脱出……?
 疑問を口にする前に変化が起きた。
 室内中央の床に埋め込まれていた装置が強い光を放ち、ルージュとシャウトの姿を包んだのだ。
 それを見たシリウス=リーブラは、なんとなく彼女達は逃げるのだと理解した。
 融合が完了してこれからだというのに。慌てて光る装置に駆け寄る。

「ま、待ちなさい!」

 しかし、時既に遅し―――
 強い光が辺りを包み、それが途絶えた時には、ルージュとシャウトの姿は消滅していた。

「逃げた……どうしてだろうね」

 北都が呟く。
 状況から見て、向こうが不利というわけではなかったはずだ。
 そもそもこの部屋にある装置に触れられないために、ルージュはここを守っていたのでは?
 やがて融合を解いて、シリウスとリーブラの姿が再形成される。

「くそ、肩透かしだぜ……こんだけ派手に暴れられて、おまけに逃げられるなんて……!」
「ですが、本当にどうして逃げたのでしょうか?
 わたくし達の後ろから現れたもう1人のお方は、そろそろ危険だと仰っていましたが……」

 と、リーブラがそこまで発言した直後、彼らの持つ端末に着信が入った。
 一同の内の誰かに、ではない―――全員に同時に入ったのだ。
 それは、災害時などに沸き起こる警報アラームによく似ていた。
 緊急性を感じ、液晶画面を慌てて確認すると、その着信は司令室からのものだった。

 ―――あれ、そういえばここは断崖の拠点のど真ん中だ。
 どうやってジャミングをクリアして、ここに通信を飛ばしたんだろう。





◆断崖の拠点内部・サーバールーム◆

 少し前の話になる。

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)達が去り、全軍突撃が始まった後の事。
 天井のケーブル類を辿って誰も居ないサーバールームに侵入した天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、行動に移っていた。

「基地制圧のための情報は、もう時間の問題だろうし要らなさそうだわ。
 だったら、IRIS計画関連と……ここの人員の情報が欲しいわね」

 彼女が行っているのはハッキングによる情報収集である。
 ただし、拠点の構造と機能を重点的に調べたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とは、異なる角度からのアプローチだった。

「教導団が制圧を完了してしまえば、真実がわからないまま全てが終わってしまう……
 その前に、エレクトラという組織がいったい何者なのか突き止めなきゃ」

 噂として、既にIRIS計画の内容と、計画が元は教導団のものだったという事は広まっていた。
 どこから出た情報なのかは、ある程度察しがつく……
 おそらくエレクトラ側が、教導団に圧をかけるために流布したのだろう。
 なのでデタラメという可能性もあるが、火のない所に煙は立たないというし、無視するわけにはいかなかった。

「見つけた。この基地でやっていたことの記録だわ」

 こんな奥地まで潜り込んだ甲斐があったというもの。
 彩羽は『籠手型HC弐式・P』を取り出すと、重要そうなデータを絞ってコピーしていく。
 そして―――その作業が終わりかけた頃、一際目を惹くタイトルのファイルを見つけた。

(……緊急時対策用マニュアル?)

 1ページ目を少し覗いてみると、
 どうやら機密保持が危うくなった場合の対処について記述されているようだった。

「おかしいわね。
 これだけ押されていたら、とっくにこのマニュアルは適用されていると思うのだけど……
 今のところ、エレクトラ側に特別な動きは見られない。
 むしろ、ここに来るまでの敵兵は散漫で、まるで抵抗する意志が折れたみたいだったわ」

 エレクトラ側としては、やっとのことで堪えていた防衛ラインは壊滅し、
 戦力に劣る状態で全軍突入を受けたのだから、そうなるのも無理もないが―――
 もし、証拠を隠滅する手段があるのなら、最後にそれくらいはやっておくと思う。
 本当にこのマニュアルは適用されているのだろうか。

「内容を詳しく確認したほうがよさそうね。
 表だって動いていないだけで、一部が隠れて証拠隠滅を進めてる可能性もあるし」

 彩羽はそう決めると、しばらく情報収集の手を止めて、マニュアルの内容を読み始めた。

 そして彼女は、
 断崖の拠点は現在、崩落寸前の状態であることを知ったのだった。





◆ツァンダ都心部・ホテルスカイサイド客室◆

 ホテルと銘打つ割には、最低限の設備だけが整った簡素な客室である。

「クソッ、監視要員なら安全だと思ったのに……! 痛ェ……」

 断崖の拠点周辺での交戦開始直後、
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の狙撃で樹上より撃ち落とされたエレクトラ兵は、
 なんとかその場を離脱して街中に逃げ込んでいた。

「止血はしたが……病院に行けないんじゃ傷口の治療はできねぇ。
 かといって元いた拠点は今ごろ制圧されてるだろうし、他の拠点までは距離がありすぎる」

 どうしたらいいんだ……と嘆くエレクトラ兵。
 その時、窓の外から音が聞こえた。
 聞き違うはずもない、それは彼が地球にいた頃もよく耳にした音……雷鳴だった。

(妙だな? 昼頃からホテルに入るまで、空はずっと晴れてたと思ったが)

 少し気になって、エレクトラ兵は窓際に寄ってカーテンを開けてみた。
 見上げると、蓄積された静電気を今にも吐き出そうと一帯に黒雲が渦巻いていて、

「は


 ズッヵガァァァァォン!!


 エレクトラ兵だったモノは、何もわからないままその命を失った。





◆断崖の拠点内部・森側出入り口◆

 また“何か”あったら連絡を。
 そう伝えて羅 英照(ろー・いんざお)との通信を終え、
 森側出入り口付近で待機していた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、再びの連絡を受けていた。
 そうして、“何か”で済ませるにはあまりに信じたくない情報を受け取ったのだった。

「全員、急いで退避してください! 断崖の拠点付近から退避を!
 怪我などで移動困難な方は申し出てください!
 動ける団員が治療と誘導に当たります。彼らについていって!」

 拠点内では今も、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)などが負傷兵を治療している。
 ただ、数がそれなりにいるので、完全撤収は間に合うかどうかかなり怪しい。

 ……そもそもなぜ撤収しようとしているのか。
 きっかけは、天貴 彩羽(あまむち・あやは)が司令室に入れたひとつの情報だった。

 ―――断崖の拠点は間もなく崩落する

 眉唾物の情報なうえ、彩羽は教導団の体制を敵対視してきた過去をもつ人物だ。
 ただの連絡だったなら、羅は彼女の言葉を信じなかったかもしれない。
 決定打となったのは、そこに添付されていたファイル……緊急時対策用マニュアルだった。
 彩羽がハッキングで得たものである。
 そこにはある手順で、自爆機能無しに断崖の拠点を証拠ごと隠滅する方法が載っていた。
 通常では考えられない、“異端”な方法が。

 羅はそれを踏まえて、唐突に様変わりした空模様を見上げ、確信したのである。
 この情報は真実であると。





◆タシガン空峡・断崖の拠点空域◆

 既に空域からは、相沢 洋(あいざわ・ひろし)らの空挺飛行団や、
 【『シャーウッドの森』空賊団】の旗艦アイランド・イーリは撤収済みだった。
 なぜか拠点内のジャミングが全て消失していたため、
 発着場より奥にいた彼らの元にも、しっかり撤収命令が行き届いたのである。

「……なんだありゃあ」

 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)のところにも撤収命令は入ってきていたが、
 彼は空戦が終わった後はずっと上空で待機していたので、そもそも拠点付近にいなかった。
 包囲を抜け出し、拠点から逃げようとする敵がいないか見張っているための待機だったが、
 彼が最初に発見したものはそんな小さな敵影ではなく、もっと巨大な何かだった。
 その巨大な何かは3頭いて……空の彼方より、徐々に断崖の拠点へと迫ってきている。
 やがて、肉眼でもその形状を確認できるところまで、3頭はやって来た。

「ド、ドラゴン!?」

 巨大な何かの正体は―――ドラゴン達だった。
 想像を絶する速度で接近しているらしく、
 ドラゴン達のシルエットはあっという間に視界を埋め尽くしていく。
 断崖の拠点に一直線に突き進んでくる3頭のドラゴン達は、次に何をするのか?
 今までの情報を顧みれば、それは瞭然であった。

「やべぇ、もっと離れねーと巻き込まれるか……!」

 恭也は『22式マルチスラスター』を全力駆動させ、断崖の拠点空域から迅速に離脱する。
 あっという間に断崖の拠点空域に入ったドラゴン達の巨躯は、
 1頭1頭が断崖の拠点そのものに匹敵するほどの全長だった。
 ドラゴン達はその大きすぎる首をもたげると―――

 炎弾を放ち、断崖の拠点を跡形も無く消し去ってしまった。

 そして役目を終えたと言わんばかりに、ゆっくりと天空の彼方へと帰っていったのだった。