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リアクション
商業都市の地下を離れて、スティレットを運ぶ刹那たちは国境の街の外れの公園に来ていた。
そこに待つ“顧客”に“パッケージ”を届けるために。
「せっちゃん。こっちだ」
声の聞こえる方へと刹那は向かう。唯斗が呼ぶ方へ。
唯斗の他にシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)も居た。後方には彼らを運んだ【装輪装甲車】が控えている。
「よくやったせっちゃん。そいつが例の……」
「戦略兵器じゃ」
刹那の背中からスティレットが降ろされる。
先ほどまでヒプノシスの眠りに落ちていたスティレットの目が薄っすらと開き始めた。降ろされた時に目覚めたのだろう。
それが少々タイミングが悪かった。
目覚めてすぐ彼女は《ディテクトエビル》で悟った。自分が今悪人に背負われている事に。
「――わるもの!?」
刹那から離れる。暗殺者という“悪”役の臭いを嗅ぎ分け、怯れるように距離をとった。
見知らぬ場所見知らぬ者達に囲まれて、子どもが怖がらないはずもない。混乱する子どもの思考は彼らにより良くない事態を引き起こす。
「いた――ッ! そこのお前! 僕のプリンを返せ――!!」
今しがた刹那が現れたアングラからの入口より、ベリアルが猛ダッシュで現れた。プリンを亡きモノにされ怒り心頭の“悪”魔の到来もまたスティレットに彼らが敵だと誤認させる要因となる。ベリアルの恫喝の声もまたスティレットの精神を追い詰める。
そして一番気の利かない場面で“彼女”が空間を裂いて現れた。
“金髪”に“赤い服”そして、その名前は
「“ア”リサ――」
誰かが彼女の名前を読んでしまった。
それらの記号は先ほどスティレットに刷り込まれた“敵の親玉”の特徴に合致していた。眠る前の記憶、聞かされた名前もそうだった。
「おまえがおやだまか!」
スティレットはアリサを“悪”とみなして、攻撃を仕掛ける。不可視の腕が伸び、公園に植えられた人工樹の枝を折り、アリサ目掛けて鋭い折れ目が投げつけられる。枝のフレシェット弾が襲う。
「面倒くさいことに!」
毒づくシリウスが《トリップ・ザ・ワールド》を展開し、アリサを守った。
「落ち着くんだ! オレたちは敵じゃない!」
防御壁として展開した壁が突き刺さる枝によって大きく歪む。サビクが《護国の聖域》を重ねてようやく攻撃が押しとどめられた。
「おまえもわるいやつのなかまか! みんなわるものなんだな!? あやしいかっこうしているのはわるものだってかーたんいってた!」
「確かこの世界の人からみたらボクらっておかしな格好してるよね……」
「何納得、してるんだサビク! いいからお前も説得しろ!」
シリウスはスティレットに向き直ると瞠目した。枝が終わったら次は幹だった。それも何故か根っこが削ぎ落とされ、鉛筆のように先の尖った幹が何本もこっちを向いている。
ものをぶつけるだけではダメだと感じたスティレットは単純に“尖った大きなものなら”と考えた。結果、芯のない巨大な丸鉛筆が十本出来上がっていた。それらが人に突き刺さればどうなるのかまでは想像できない。
「まじかよ……」
巨大な杭(ステイク)が何度も襲い掛かる事にシリウスは恐怖した。防ぎきれるだろうか。10×n回数の攻撃を。防げなければ自分が死ぬどころか、ヘタすればアリサも死んで、今この世界にいる契約者は元の世界に帰れなくなるかもしれない。アリサだけでも今はゲート能力で逃げてもらうべきか――
一瞬の思考の最中にあるシリウス。彼女の横からアリサは防御領域から前に出た。
誰が止めるまもなく、アリサがスティレットへと近づいていく。
スティレットは彼女の行動に恐怖し、一歩退いた。そして、反射的に幹を一本彼女目掛けて投げた。
幹は大きくハズレ、アリサの肩と顔を枝葉がかすめていく。肩口が擦れ、頬のかすり傷からじわりと血が滲む。それでも臆することなくアリサは進む。
逆に、スティレットは近づいてくるものに臆していた。“大きな怖い大人が近づいてくる”という大視症/アリス症候群のような錯覚にすら陥っていた。錯覚が幼女の精神のゆらぎになり、攻撃することが出来ない。
しかし、その錯覚もすぐに治まった。アリサが目線の高さを合わせたからだ。
アリサは地面に膝をつくと、スティレットに向かって“言った”。
「「大丈夫、怖がらないで」」
精神に訴えかける声が子どもの恐怖心を宥めた。
スティレットが問う。
「わるいもの……じゃ……ない?」
《ディテクトエビル》が伝える。彼女は悪ではないと。
アリサはその問いに頷いて手を差し伸べる。
横から唯斗が答えた。
「俺達は味方だ。レイラとカーリーからお前を任された」
「かーたんから?」
それを聞いてスティレットの周りに浮かぶ樹木が落ちる。地面に突き刺さり元通りの公園の様相に戻った。
「スティレット、お前を今から“パラミタ”に連れて行く。お前と同じようなのがたくさんいるところだ」
「あたしとおなじ? ちょーのーりょくとかつかえる?」
「そうだ。この世界はお前に似つかわしくない。だから、レイラはお前をあそこから連れだした」
「ちょっと混て、その前にプリ――」
話に割り込もうとしたベリアルの口を後ろから誰か塞ぐ。
「はーい。話がややこしくなるから黙ってなさい」
綾瀬がベリアルの口にレストランから買ってきたプリンをぶち込んだ。桜フレーバーの口どけにベリアルの目が輝く。そして一言「ファンタスティック……」
「貴方は今、【グリーク】からも【ノース】からも狙われていますわ。貴方は幼く、それでいて力がある。それは皮肉にも『道具としての利用価値がある』ということと。もうこの世界に貴方の居場所はありませんの」
綾瀬が事実を告げる。それをこの子が理解できるかを問わず、有り体に真実を告げた。
「しかし、貴方の手を取る彼女なら。貴方のいてもいい場所に連れて行ってくださりますわ? 貴方の友達の出来る場所に行きたいとは思いませんか?」
「ムグムグ……向こうにいったら、モグ、プリンの素晴らしさを……モグモグ、みっちり教えこんでゴックン――やるからな!」
スティレットが手を握る彼女を見つめる。
アリサは見つめる彼女に頷く。
彼女は笑顔で言った。
「わかった!」