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DIE5章 どうあがいても死亡

「……よし、ここは安全みたいだ。入って大丈夫だよ」
 テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は自室の安全を確認すると、廊下にいる皆川 陽(みなかわ・よう)を呼び入れる。
 陽はというと、俯きながら部屋に入るなり、隅に座り込んでしまう。
「……あー、しかし何なんだろうね。変な事ばっかり起きるホテルだよね。さっきも廊下にやたらとバナナの皮が落ちてたしさ」
 俯く陽に、テディは明るく笑いかける。部屋に向かう途中、廊下でちらほらと落ちているバナナの皮を見かけたことを思い出し、話題にしようとする。
「おかしい話だよね、バナナの皮ばっかりあんなに捨ててあるんだもん。バナナ星人でもいるのかなぁ?」
 そう笑いかけるが、陽は俯いたままだ。よく見ると小さく小刻みに震えていた。
「殺人事件が起きた上……電話線も切られているし携帯も使えない……唯一の外に出る為の吊り橋は落とされてる……まるで……まるで陸の孤島じゃないか……」
 陽が震えながら呟いた。完全に怯えきっているようである。
 ちなみにいうと別に電話線は切られていないし、携帯も使える。そもそもホテルは単に街から離れているだけで吊り橋など存在していない。この辺りは完全に陽の妄想であった。
「……大丈夫。何があっても僕が守るよ。僕は君の騎士だ」
 テディはそう言って陽に微笑みかける。
「それに陽も色々とやり残したことがあるんだろ? 後、僕に話したい事っていうのも気になるからね」
 ホテルで騒ぎが起こる少し前、陽は何故か地球に残してきた家族が気になり写真を眺めたり、ホテルに来る前に大切な花に水をやり忘れた事を思い出したり、帰ったらテディに自分の気持ちを伝えてもいいんじゃないか、なんてことを思っていたりしたのだ。何でそんな事を唐突に思うようになったのかと言うとまぁ、虫の知らせ(ぶっちゃけフラグ)でもあったんじゃないかと思う。
 その事を思い出し、励ます様にテディが言う。そのまま元気づける様に、テディは自分の生まれ育ったこと、戦場で育ったこと、といった過去を思い返し話していた。
 陽はその話を身体を震わせ俯きながらもしっかりと聞いていた。
『こんな時、テディが居てくれて本当に良かったと思う。ここから生きて帰れたら、もっと優しくしよう』と、口にこそ出さないがテディの存在に感謝していたのだ。

――だが、その気持ちはテディには届いていなかった。

(……陽、僕は君を絶対に守る。いや、君を守るのは僕じゃないといけないんだ。ずっとずっと、一緒にいないと。そうだ一緒にいないと陽を守れないんだ。絶対に離れない。何があっても僕は陽と一緒にいないと。何があっても……ふ、ふふ……ふふふ……)
 テディは壊れかけて――否、壊れていた。この事態におびえ、自分が頼られない事で彼の精神は病んでいた。
 病んだ精神は『陽を守る』という事に固執し、やがて『何があっても一緒にいる』という思考へと変わっていく。
 そしてその思考は次第に『どんなことをしてでも自分の傍に縛り付ける』と変わっていった。
(そうだ、どんな手段を使っても陽は一緒にいないと駄目なんだ。大丈夫だよ、陽。僕は陽がどんなことになっても一緒にいるよ。どんなことになっても)
 壊れた笑みを浮かべるテディに一切気付かない陽は、ふと窓の外に目をやった。
「あっ……今、何か外を通った!」
 陽は立ち上がると、何のためらいも無く窓を開けた。今まで怯えていたのに不用心にも程がある。
 窓の外は相変わらずの猛吹雪である。何かが通った痕跡などは見当たらなかった。そもそも彼らが宿泊している部屋は上階である為、何者かが通るというのはあり得ない(パラミタなら飛行できる者もいるが……ほら、吹雪だし……)。恐らく見間違いだろう。
 テディがゆらりと立ち上がると、陽の背後に近づく。
「大丈夫だよ陽。僕は陽が例え――死体になっても一緒にいるよ……そして君を守るよ!」
 そして、その背に手を伸ばす。勢いをつけて、突き落そうとしていた。
「え、何か言った……あれ? 何だこれ?」
 振り返ろうとした陽は、足元に何か落ちているのを見つけ屈みこんだ。結果、
「え、ちょ、よ、よおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
勢いが止まらないテディはそのまま窓の外へと落下していった。
「何だ、ただのゴミか……あれ、テディ? テディ?」
 突如テディが消えてしまい、陽は部屋を見渡すが見つからない。テディは窓から落下し、今現在酷い有様になっている。
「テディ……一体何処に……待てよ?」
 部屋を見渡し、陽の脳裏に何かが浮かぶ。その何かは段々と、陽の中で一つの仮説を作り出す。
「まさか……そんな……そういう事だったのか……! このままじゃいけない! みんなに、みんなに知らせないと!」
 陽は部屋から勢いよく飛び出し、廊下に一歩足を踏み出した。
「早くみんなに知らせないと大変なことがぁぁぁぁぁぁぁぁあごぉッ!?」
 そして、廊下に落ちていたバナナを思いっきり踏みつけ、ズルリと滑った。身体は宙に浮き、そのまま首から着地した陽はそのまま意識を失ったのである。

     * * *

「うーん、あの探偵達はどこにいるんだろうなー?」
 ホテルの廊下を日向端 茶子(ひなばた・ちゃこ)は例の探偵達を探し、キョロキョロと首を回しながら彷徨っていた。
「見つからないなー……でも、見つけちゃえばチャコのもんだからね!」
 一人、茶子はほくそ笑む。
 何かの法則に従い、次々に人が死んでいくこの状況で茶子は考えた。例の探偵の視界にずっと入っていれば死から免れるのではないか、と。
 常に視界に入るよう行動していれば、直接手をかけられることはないだろう。また意地でも視界に入る事により推理させない状況を作る、という事も狙いの一つだ。
「推理させなければ探偵としてお話にならない……つまりお話自体始まらないって事だよ! ふっふっふ、このメタい作戦をすり抜ける犯人なんているわけないじゃーんっ☆」
 茶子がドヤ顔で頷く。おお、メタいメタい。
「よーし、余裕も出来たしちょっと一発芸でもしようかな? 緊張しすぎても良くないしね!」
 すると茶子は【処刑人の剣】を取り出した。護身用、という事で所持していたのだがもう一度護身の意味を調べる必要がありそうだ。使用したら過剰防衛まっしぐらになりそうだが、よくよく考えるとここはパラミタだ。このくらいなければ生き残れないのかもしれない。
「よっ、ほっ、はぁッ!」
 巨大な【処刑人の剣】を曲芸のようにぶんぶんと振り回し、放り投げる。天井すれすれまで上がり、落ちてきた剣をキャッチし、更にドヤ顔になる。
「ふっふっふ、チャコうまーい! よーしもういっちょほいっと……ん?」
 再度剣を放る茶子の視界に何かが入り込む。それは遠くの曲がり角から映る人だった。
「あ、あれは! まさか探偵!? おーい!」
 思わず茶子はその人物に呼びかける。何者かが振り返ったので、茶子は駆け寄ろうとした。
 前しか見えていない茶子は気づかなかった。
「へ?」
 足元に、何故かバナナの皮があったことに。
「ぎゃん!」
 ズルリとそれはもう見事に足を滑らせ、顔面から茶子は転ぶ。
「いったぁ……」
 しこたま顔面を打ち付ける茶子。痛みに顔を押さえるが、その後ろに潜む危険に気付いていなかった。
 先程、茶子は剣を放り投げたのだ。剣はグルグルと回転しながら、重力に従い落下する。その着地点は、
「んごッ!?」
丁度茶子の後頭部だった。まるで柄が突き刺さるような形で剣は落下してきたのであった。
 後頭部を強打された茶子はそれが致命傷となり、そのまま意識を失ったのである。なんというダイナミックな自殺である。死因は事故死に当たるのだろうが。

     * * *

「……ふむ」
 神崎 優(かんざき・ゆう)は一人、ホテルを歩いていた。単独で事件の調査を行っていたのである。
「……巫女曰く、『完全に殺しにかかっているこの事態の原因はよく解らないけど霊的な物ではないとは思う。恐らくは自然現象に近いと考える』……か」
 優は手帳に先ほど千明に聞いた話を書き込んでいた。手帳には他にも、従業員に聞きこんだ話を、自身の考察も交えたりしつつ纏めていた。
「自然現象、か……けど、殺しにかかる自然現象って何だ? それにさっきから至る所にバナナの皮が捨ててある……このホテル、何かあるんじゃないか?」
 気になる事、として優が手帳に書きこんだ。
「おーい!」
 誰かに呼びかけられ、優は振り返る。その視線の先には少女――茶子がいた。
「ん? 何だ……っておい、危ないぞ!?」
 優の視界に入った茶子はこっちに駆け寄ろうとして、顔面スライディング。痛そうに顔面を押さえていた。
「あーあ、言わんこっちゃない……って、ええええええ!?」
 直後、茶子の後頭部目がけて巨大な【処刑人の剣】が落下してきたのである。柄が後頭部を強打し、そのまま茶子が動かなくなる。
「殺しにかかると話には聞いていたが、いくらなんでも強引すぎるだろ……」
 まるで天井から突然剣が落下してきた光景に、優が愕然とする。本当は茶子が自分でやったことなのだが、見ていなければそれはわからない。
 一瞬呆気にとられた優だが、動かない茶子にハッと気づく。
「お、おい! 大丈夫か!?」
 優が茶子に駆け寄ろうとするが、気付いていなかった。
「うぉっ!?」
 足元に、バナナの皮が何故かあったことに。勢いがついていた状態で足を滑らせ、優の身体が宙に浮く。
「ちぃっ!」
 咄嗟に手をついて受け身を取ろうとする優。だがその手の先にも、バナナはあった。隙を生じさせぬ二段構えである。
「んな……!?」
 手を着いたが、バナナにより滑らせた為変な体制になってしまい、優は頭から着地する羽目になった。
「がっ!?」
 全体重を受けた優の首は、変な方向に曲がった。
 そのまま倒れ込んだ優は、薄れゆく意識の中思った。一体何故、自分がこうなったのかを。
 だがその答えは出ぬまま、その意識を手放した。
 ちなみに答えは出せないが、ヒントを出すとすると【こういう状況での単独行動は死の香り】である。

――その後、発見された優の手帳には最後に『怪しいバナナの皮』と書かれていた為、更に混乱を招いたのだが大して重要な事でもないので割愛する。