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機晶姫と夜明けの双想曲 第2話~囚われの大音楽堂~

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機晶姫と夜明けの双想曲 第2話~囚われの大音楽堂~

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■クルスの想い
 ――蒼空学園・学生寮。
 たくさんある寮室の中の一室にあるベッドに腰掛けて、複雑そうな顔を浮かべて悩んでいる一人の機晶姫がいた。その名はクルス。今回の事件の実行犯であるクルスシェイドと同型機であるが、性格はほぼ真逆の心優しい青年だ。
(また、こんなことになってしまいました……皆さんに迷惑をかけてばかりで、本当に申し訳ない気分です……)
 現在、この学生寮内での待機指示を出され、保護観察を受けている状態のクルス。軟禁に近い状況ではあるが、テレビなどは普通に見れるため、今現在起こっているクルスシェイドの事件もすでに承知済みであった。
 しかしクルスシェイドの要求を飲んで、易々とクルスを引き渡すわけにはいかないのが契約者たちの心情。クルスの護衛に回っている契約者たちは実際どうするか、部屋の外でクルスに聞こえないよう相談を続けている。
 そしてクルス本人もどうするべきか悩んでいた。……おそらく、自分がクルスシェイドに引き渡されれば、以前のデイブレイカー事件のように何かしらに利用されることは明白。再び、自分の持つ高出力コアとしての力を仲間たちに向けることとなる……。
(せっかく助けてもらったのに、裏切るような真似はしたくない……でもそうなると、大音楽堂に閉じ込められた人たちの命が……)
 だが自分がいかなかった場合は、人質として囚われている音楽祭の参加者たちの命が危険に晒されることになる。――クルスにとって、とても難しい選択。その選択をすんなりと決めるほど、クルスはまだ覚悟が足りていないようであった……。

「……じゃあ、あえてクルスを現場に連れていくのか?」
 クルスの部屋の前に護衛として大谷地 康之(おおやち・やすゆき)にいてもらいながら、匿名 某(とくな・なにがし)エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の二人はクルスを大音楽堂の方へ連れて行くかどうかの相談をしていた。なお、外からの急襲者にも対応できるよう、寮から距離を置いた場所には敵味方双方から隠れるようにして葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)の二人の護衛が待機している。
「ああ。康之に説得してもらって、クルスを大音楽堂まで連れて行きたい。……どうにも、康之がクルスをあの偽クルスに会わせたいらしくてな。それに……エヴァルトだってクルスを現場まで連れて行きたいんだろう?」
 某にそう言われたエヴァルトは、一つ頷いていく。
「どうせ相手はこっちが素直に引き渡すなんてこと思っていないだろう。だったらこっちから打って出て、とにかく時間を稼ぐ。その間に大音楽堂に閉じ込められた人質たちを救出してもらい、その後に一気に捕獲に出る。その際、奴の抵抗は必至だろうし、続けての作戦を取ろうと思っている」
 どうやらエヴァルトにはさらなる作戦があるようだ。某はふむと頷くと、ひとまずはクルスを現場へ連れて行く――という方向性で固まったようだ。
「さて、次は康之にクルスの説得をしてもらいに――」
 その時である。寮の入り口の方から盛大な勢いの爆発音が鳴り響きだす。どうやら、何者かが寮へ攻撃を仕掛けてきているようだった。
『ハデス先生からの命により、クルスさんを引き取りに来ましたっ! これ以上の攻撃をされたくなければ、大人しくクルスさんを引き渡してくださいっ!』
 爆発音に続いて響いたのは、拡声器越しに拡張された、可愛らしい女の子の声。声から察するに、ドクター・ハデス(どくたー・はです)の部下の一人であるペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)のようだ。
「くそ、こんな時に何考えてるんだあのバ科学者! 康之ならもう説得し始めてるだろうし、ハデスの部下のほうは俺たちで何とかするぞ!」
 寮内にはまだ人がたくさん多くいる。少しでも被害を減らさなくてはならないため、クルスのことは康之に任せて、某とエヴァルトは寮入口へと向かっていったのであった。

 ――寮入口が襲撃される数分前。クルスの部屋の前で護衛をしていた康之は中にいたほうがいいだろという思いから、クルスに許可をもらってから部屋の中へと入っていた。
 色々な重責を感じ取っているためか、クルスの表情は実に重苦しそうである。その様子を見た康之は、おもむろにクルスに話しかけていく。
「クルス……」
 康之から話しかけられたことに気づいたクルスは、微かに笑いかける。辛そうな中でも心配はかけさせたくない、といった感じである。
「なぁ、クルスはどうしたいんだ? 今は言われるとおりのままにここで待機しているけど、クルス自身はこれからどうしたいかって思いはあるのか?」
 康之にそう言われ、再び考える状態になったクルス。……ややあってから、その口を開いていく。
「――正直なところ、わからないんです。自分がどうしたいのか、どう動くべきなのか。……このままではいけない、というのも理解はしているんですが……」
 自分が再びのキーパーソンになっていることに戸惑いを隠せずにいるクルス。その様子を見ていた康之であったが、意を決したように話を切り出していった。
「……なぁクルス。もしクルスが今の状況を何とかしたい、って思うんだったら……あの偽者野郎に会いに行かないか? 正面からぶつかり合うようにして話し合えば、きっとクルスも何をするべきなのかがわかると思うんだ」
 ここでモヤモヤしているよりかは十二分に建設的だしな、とニカッと笑う康之。しかしクルスはまだ煮えきらずに悩んでいるのか、あまりいい返事が浮かんできそうにない。
 ……と、その時である。
「――フハハハ! そうだぞクルス! その少年の言うとおり、同型機に会いに行くべきだ!」
「!? その声はっ!?」
 声がしたのはベランダのほう。ボディーガードとしてその場にいる康之はすぐさまクルスをかばうようにしながら、ベランダへ通じる窓を開けると、そこには玄関の騒動に紛れてわざわざベランダを登ってきたのか、白衣が多少汚れたハデスの仁王立ち姿があった。
「やっぱりお前か! クルスは絶対に渡さないっ!」
「まぁ待て、すぐに身構えるな。世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者であるこの俺が直接対決を持ち込んできたわけではない……どちらかといえば、目的はそっちと同等なのだがな」
 ハデスの言葉に、どういうことだと反論する康之。……その反論に回答するかのように、眼鏡越しの眼差しをクルスへ向けながら、はっきりとした物言いを繰り出していく!
「――クルスよ、お前は他人に護られているばかりで満足なのか? 今、お前のせいで大勢の人間が危険に晒されている。その中にはお前の大事な人がいるかもしれんな」
 大事な人、という単語にピクリと反応するクルス。その様子には気づかずに、ハデスは言葉を続ける。
「その大事な人を救えるのはお前だけだ。……さぁ、勇気を出して自らの影と対峙するのだ!」
 力説を終えるハデス。最初は疑いの眼差しを向けていた康之であったが、自分の後押しをするかのような説得内容に、いつしか同調していた。
「ハデスの言うとおりだ、このままだと下手したらミリアリアたちにも危険が及ぶかもしれない。だったらその前に話をつけにいこうぜ。幸い、向こうも会いたがってるんだから都合がいいくらいだしな。大丈夫、俺も一緒についていくからさ!」
 康之の言葉にも力が入る。本気でクルスを心配し、クルスのことを考えての声。――二人の言葉を受け、クルスはゆっくりと立ち上がる。
「――わかりました。どうなるかはわかりませんが……彼に会いに行こうと思います」
「よく言ったクルスよ! ……これを受けとれっ!」
 そう言ってハデスはクルスへある物を手渡す。……それは、何かの包みであった。
「あの、これは?」
「気にするな、自身の影へと挑まんとするお前へのせめてもの手向けだ。同型機と話し合う時にでも開けるがよかろう。……もう時間がないはずだ、急ぐがいい!」
 ハデスに渡された謎の包みに首を傾げるクルスと康之。だが時間がないことをハデスが諭すと、二人はすぐに現場へと向かうため部屋を急いで出ていく。ハデスもまた、玄関前で契約者たちと戦闘中であろう部下の元へ、共に向かうのだった。

 ……玄関前ではすでに小競り合いとも言える戦闘は終了していた。康之からの連絡を受けた某、エヴァルト、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)合身戦車 ローランダー(がっしんせんしゃ・ろーらんだー)、さらにハデスからの連絡を受けたペルセポネ、ハデスのもう一人の部下である機晶戦闘機 アイトーン(きしょうせんとうき・あいとーん)はそれぞれで武器を収めている。……結構な撃ち合いがあったようだが、寮には奇跡的に被害はない様子である。
「意外でした、そちら側でもクルスさんを現場に連れて行く考えだったなんて……これじゃあこっちの騒ぎに乗じて、ハデス先生がクルスさんを連れ出す計画が無意味だったじゃないですか!」
「あー……そういう計画だったのか。まぁそういうわけだ、こっちもこっちで色々と考えてるんでな――っと、きたきた」
 とはいえ、何をしでかすかわからない。エヴァルトと某はオリュンポスメンバーに警戒をしていると、康之とクルス、そしてハデスの3人が姿を現す。
「康之、説得はうまくいったみたいだな」
「ハデスとの合わせ技だったけどな。まぁ、なんにせよクルスの力にはなれそうだ」
 クルスの力になれる。それだけで康之はとても嬉しそうであった。
「……ところでクルス、その包みは何なんだ?」
「ええと、ハデスさんからもらった物です。なんでも、彼と対峙した時に開くようにと」
 それを聞いたエヴァルト、ハデスをひと睨みしてからその包みへ手をかける。
「あ、おい! それをその場で開けるな!」
「――特殊9課候補生としての、強制捜査だ……って、これは!?」
 包みが開かれると、そこにあったのは機晶合体用のパーツであった。……某とエヴァルトたちの鋭い視線がハデスたちへとちくちく刺さる。
 その次の瞬間……。
「ハデス他二名のオリュンポス視認。ここまで来るともはやお約束よね……吹雪、やっちゃってください」
「了解、義務は果たさせてもらうであります!」
 双方が気づかぬほどの遠距離から《試製二十三式対物ライフル》のスコープ越しにハデスたちの姿を捉えた吹雪が、観測手であるコルセアの指示を受けながら遠慮も戸惑いもなしにその引き金を引く。その表情からはハデスたちを確実に吹っ飛ばす、という絶対たる思いが如実に出ていた。
 放たれた銃弾は寸分の狂いなく、ハデスたちの足元に着弾。どういう理屈なのかは一切不明ではあるが、オリュンポスのメンバーだけを思い切り空の彼方へ吹き飛ばしていく!
「く、くそぉぉぉぉぉぉっ!! だがパーツを渡せたのは成功だ、後は合体の様子を……!」
「ハデスせんせぇぇぇぇぇ!?」
「俺の出番がぁぁぁぁぁ!!?」
 吹雪の無慈悲な狙撃により、ハデスとペルセポネ、そして本来ならばクルスを現場まで高速で運ぶ役割を持っていたはずのアイトーンまでもが空に吹っ飛ばされる。その様、もはや様式美の域であった。
 ……キラーン、とオリュンポスメンバーたちが空の星になったのを確認すると、エヴァルトはクルスへと向き直す。
「――ハデスが最終的に何企んでたのかは知らんが、この機晶合体用パーツはありがたくもらっておこう。クルス、時がきたらそれを使うから大事に持っておいてくれ」
「あ、はい。わかりました」
 クルスにとっては未知のパーツではあるが、友人たちからの言葉ならば信じようと、クルスは機晶合体用パーツを懐へと入れる。
「……渡す手間がはぶけちゃったね」
「でありますな。後は手はずどおりでいいとは思うでありますが……」
 エヴァルトの後ろのほうで、ロートラウトとローランダーがひそひそ話している。どうやら二人は二人できちんと役割があるようだ。
「時間がない、ひとまずは現場まで急いでいこう。康之、クルスの護衛しっかり頼むな」
「おう! 任せとけ!」
 あまり時間をかけてられないため、某たち契約者一行はクルスを護衛しながら、一路ニコーレ大音楽堂まで急ぎ移動を開始するのであった。