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機晶姫と夜明けの双想曲 第2話~囚われの大音楽堂~

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機晶姫と夜明けの双想曲 第2話~囚われの大音楽堂~

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■大音楽堂地下のゾンビ掃討戦
 ――時は局地地震発生まで遡る。
「きゃああああああああ!!」
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
 パラミタ大音楽祭。出演アーティストへ向けられていた歓声は悲鳴へ、更に地下陥没と言う形で静寂へと移行した……。
 照明の落ちた薄暗い大音楽堂内。土煙が辺りを覆い、パラパラと瓦礫が零れる。それでも屋根は一部が崩れただけで原型を留めていた。建築技術の賜物だろうか。
 数分経過すると微かな空気の流れが視界を取り戻させ、周囲が見渡せるくらいになった。
「痛たたっ……アディ、大丈夫?」
 背に掛かった瓦礫を押しのけ立ち上がる人影。丁度ステージパフォーマンス中だった綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は隣に居るはずの【シニフィアン・メイデン】の相棒アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)に声を掛ける。返答はすぐ横から聞こえた。
「ええ……」
 大丈夫ですわ、と言うもののアデリーヌの纏う衣装は数か所裂けてしまっている。対してさゆみの服は汚れてはいるが目立った傷はない。
「もしかして……」
 この至近距離で怪我をしている彼女と無傷な自分。守ってくれた、その事実に気付いたさゆみはぎゅっと引き寄せる。ありがとう。
「わたくしの怪我は大したことありませんわ。それよりも、もう失いたくないの……大切なあなたを……」
 首を横に振り、手を背中に回す。抱きしめ無事を確認し合う二人。
「二人の世界に入るにはちょっと早いかな」
 遠野 歌菜(とおの・かな)。次の出番の彼女と月崎 羽純(つきざき・はすみ)は袖幕で待機していた。あのままステージを引き継げば更なる盛況を見せていただろうが、不運にも上がったのは災害後。今、声援はないが、彼女たちは新たな決意を燃やしている。
「傷ついて倒れているのはさゆみさんたちだけじゃない。私たちを見に来てくれた観客の人達も同じよ」
「ステージで疲れているだろうが貴方達が呼びかけることでファンは勇気が得られる。頼む、力を貸してくれ」
 言う通り、起き上がる人間はちらほら居たが、その人数は埋めていた観客数には程遠い。
諸手を挙げて騒いでいた観客の多くはまだ倒れ伏している。それを見て感化されないのはアイドルとして、人としてできない。皆を助けないと、さゆみの言葉に静かに頷くアデリーヌ。
「まずは皆が無事か確かめないとね。みんな――」
 転がっていたマイクで呼びかける歌菜。だが、声は通常と変わらない。どうやら落ちた天井の一部が拡声器を壊してしまったようだ。
「俺のギターも駄目だな」
 ネック部分から折れてしまったギター。響く音色は出せる筈も無い。それでも羽純は歌菜に語り掛ける。
「だが俺たちの意志はこんな事じゃ揺るがない。何より今まで培ってきたものがある、力がある。そうだろ?」
「……そうだよね、誰一人、犠牲なんて、出させないんだから!」
「私たちも協力させて。できることを全力でするわ」
 意志を共有する四人。しかし、その間に事件は起こる。
「い、嫌だっ!」
 起き上がった客の男が一人、外に向かって走り出す。向かう先は正面出入り口。ステージから一番遠い一番大きな出入口だが、その分一番空間面積も大きい訳で崩れやすい。
 防音扉を無理矢理押し開けようとすると、支えを失った部分が崩れ始めた。四人に物理的距離を超えるのは不可能。誰か助けを、アデリーヌの悲痛な叫び。
「ひ、ひぃっ!?」
 頭部を両腕で覆う男。降り注ぐ瓦礫。舞い上がる土煙……そこから間一髪飛び出した人影が。佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)に抱えられた男だった。
「やれやれ、地球人ってのは気忙しいうえに騒々しくて困るね」
 そうぼやいたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)には目もくれず、助けられた男は弥十郎に食って掛かる。
「あ、あんた契約者かっ!? この状況をなんとかできるんだろっ!? 早く俺を助けろよっ!」
 感謝の言葉より先に出てきたのは助かりたい一心の言葉だが、内容は自分本位。非常事態に陥ればわからなくもないが、興奮し錯乱気味になっているのは間違いない。それに対しエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が諭すように語り掛ける。
「お嬢さん方が気丈に振る舞っているのに、俺たち男が混乱してどうする」
 示すのはステージ上のアイドル達。胸を撫で下ろしたのも束の間、次の被害者が出ないよう対策を取っている。
「落ち着いて、でないと死ななくてもいいのに死んじゃうよ?」
「皆さん、どうか冷静に、私達の指示に従って逃げてください! 私達が、絶対に貴方達を守ります!」
 さゆみとアデリーヌ、【シニフィアン・メイデン】の奏でる『幸せの歌』、高ぶった精神を鎮静化し『激励』『震える魂』で勇気をもたらす。『シュトゥルム・ウント・ドラング』で声に力を乗せ届ける歌菜。
 男の肩に佐々木 八雲(ささき・やくも)はポンッと手を置いた。
「応援して見守るだけじゃなく、彼女たちの言葉を信じるのもファンの務めだろ?」
 それを聞いた男はハッとした顔で「すいません、取り乱しました……」と改心。弥十郎たちは彼を含め、壁に近い人達を中央へと導く。崩落の二次災害を防ぐためだ。
 この後やるべきこと、それはまず逃げ道――動線の確保と外部連絡。
「連絡は俺がするよ。《籠手型HC弐弐・N》を持ってきてるしね」
 エースの役割が決まった。残りの三人は動線の確保だ。
「これが役に立つねぇ」
「まさかこんな使い方をするとはな」
 弥十郎と八雲の取り出したサイリウム80本。暗がりの道標としては申し分ない。最後のピースはメシエの口から。
「問題は『どこが出口か?』だね。地震で陥没しているみたいだから。通常の出入口だとそのまま地中か地下行きさ」
「どこへ向かえばいいのやら……」
「陥没……なら上か。それならあの場所はどうだ?」
 正面出入り口が崩れたおかげか、降り積もった瓦礫の上部には崖の端が見て取れる。あちらへ向かえば外へ出られるはず。瓦礫を登るのは危険だが、助かる道はそれしか残っていなさそうである。
「……ま、それしかないね」
「みなさん、慌てないでください。このサイリウムが光る方向にゆっくり進んでください」
 足元に気を付けて、と誘導を始める弥十郎たちだったが不幸が更に重なる。
「歌菜、不味いことになったぞ」
 羽純が見ている先。
――ヴオォォォウゥゥゥ
 生者とは到底思えない呻きを発する黒い影……ゾンビが客席の両側に設けられた出入り口から侵入してきたのだ。機能を失わずにいた扉。その生きていた扉から死者が現れるとはなんたる皮肉。
「きゃああああぁぁぁ!!」
「こ、こないでっ!」
「逃げろっ!」
 落ち着き始めていたニコーレ大音楽堂は阿鼻叫喚の絵図へと変貌を遂げようとしている。進もうとしている先は足場の悪い残骸の山という不安。中央に集めていたことが幸いし、ゾンビからの被害はまだないが、このままで良い訳がない。
 もう助からない、一度上げた士気が低下、それをもう一度上げるためにすべきことは、守ってくれるという事実を見せることが一番手っ取り早い。
【シニフィアン・メイデン】の対応は早かった。アデリーヌの『震える魂』で強化された魔法攻撃力、それを生かし《【シュバルツ】【ヴァイス】》で『轟雷閃』を放ったさゆみ。一部のゾンビが雷撃で消失する。
 これでファンは感じたはずだ。まだ大丈夫、終わっていないと。彼女たちが、自分たちのアイドルが守ってくれるのだと。
 通信から戻ったエースは打診する。
「ファンの方たちはお嬢さんが先導してください。後ろは俺たちが食い止めます」
「でも、私は“絶望的方向音痴”で……」
「それなら私が先導するわ。早くしないと唯一の出口がゾンビで塞がれるよ」
 正面口は瓦礫で完全には埋まっていない。隙間から少数ではあるがゾンビが侵入してきている。奴らは任せろ、羽純が道を切り開く。『ホークアイ』『殺気看破』『行動予測』で先手を取ると『【剣の舞】剣の花嫁用』の乱舞。
「子供と女性を最優先に! 男性は体の不自由な方や子供達に手を貸してください! 焦らず、皆で足並みを揃えて移動しましょうっ!」
 合わせて歌菜も『ハーモニックレイン』で力を削ぎ、『エクスプレス・ザ・ワールド』で歌を無数の槍に変え貫く。そして、二人同時の『薔薇一閃』。フォローミー、剣線がそう語っていた。こうして先導と殿が入れ替わる。
「お嬢さん方にばかり任せてはいけないね。救助は呼んだし、俺たちもゾンビ退治だ」
「そういえば、さっき建物を『サイコメトリ』をしてみたけど、どうやらここは“夜明けを目指す者”達の処刑場跡らしいよ」
「……その名前、聞いたことあるねぇ」
「クルス関連か……となるとこれにもクルスシェイドが関わっているのか?」
「みたいだね。地震を起こしたのもそうだし、あのゾンビたちはその装置の副産物と言っていたよ。今、特殊9課の人達が向かってる。それまで持ちこたえるか、全員の救出が終わるか、俺たちの目標はそのどちらかってこと」
 通信で伝え聞いた情報を開示。援助が来ることにより新たな終着点ができたが、かといって現状が楽になったわけでもない。故に、「空京警察特務9課……なるほど、彼が居るのはそういうことね。にしても狂った装置は面倒だね」と言ったメシエの言葉は意気込み新たにする三人の耳には届かなかった……。
 それでも、と佐々木兄弟は言う。どんな状況だろうと市民を守るのがヒーローの役目だと。
「あのぉ、ここは盆踊り会場じゃないんで……退場してもらいたいねぇ」
 弥十郎は『メンタルアサルト』で避難者から離れたステージ前までゾンビを引き付けると、地味でも丁寧確実に、一体一体を葬り去っていく。
「さぁ、今は存分に踊ることも可能だねぇ。これがほんとのダンスマカブル(死の舞踏)かなぁ」
 対照的に八雲は荒々しく己の拳を左腕、右腕、頭、腹と、死者を弔うよう十字に撃ち込む。最後は身体を浮かせて渾身のアッパー。
「あそこで『Hey〜』って飛ぶはずだったのに……君たちの恨みがどんなものか分からない。でも、今は市民を守る気持ちが強いんだ。決して『イラついてるから』じゃないからな」
 倒しながら、少しだけライブ中断の鬱憤が漏れていた。
「荒々しいのは性に合わないね。エース、私たちはスマートにいこう」
 まずは『護国の聖域』で万が一の事態でも被害を少なくしておく。そして、エースの『裁きの光』で駆逐、『紅蓮の走り手』で焼却。群衆相手には『群青の覆い手』『ホワイトアウト』を組み合わせゾンビを氷漬けに。
 温厚そうなエースもテロリスト相手となると怒りを隠せない。
「無理やり死者を甦らせるなんて冒涜、許せないよ」
 それに同調した弥十郎と八雲。ゾンビを倒すとこう言った。
『ゆっくりお休み。よい夢を』