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煌めきの災禍(前編)

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煌めきの災禍(前編)

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【序章】あの日の君を思う


「――この森は、あなたがきっと守ってね……ハーヴィ」

 あれからもう、どれだけの時が経ったのだろう。
 人助けのためだと信じて遠い国へ行った二人。
 それなのに帰って来たのは一人だけだったこと。喜んで出迎えようとしたのに、いつも快活に笑っていた彼女の瞳がひどく虚ろだったこと。
 冷たい手の感触。その両手で抱きかかえていた小さな緑の宝玉を、決して誰にも触らせようとしなかったこと。
 別人のように憎悪を満たした表情で、人間の仕打ちを語ったこと。
 その中に滲む、どうしようもない後悔の念。もう決して帰って来ない弟に対する懺悔。それをひとしきり語ってから、彼女が岩戸の奥に自らを封じたこと。
 その全てを、ハーヴィ・マーニが忘れたことはなかった。
 それでも忘れたフリをしていたのは、あの日の約束を守りたかったから。優しく笑っていた、あの日の双子の願いを叶えたいと思ったからだった。
「もう二度と外の人間を信用しないと言っておったが……あの日お前さんが望んでいたのは、逆のことじゃったろう? リト……」
 誰もいない部屋で一人、ハーヴィは胸元に輝く琥珀のペンダントを見つめていた。


【1章】日常を刻む


 集落の入口に「フラワーリング」と書かれた看板を取り付け終えると、カイ・バーテルセン(かい・ばーてるせん)は額の汗を拭いつつ口を開いた。
「それにしても、良い名前を貰えて良かったですね。当初族長が言っていた『ハーヴィちゃんと愉快な仲間たちが暮らシティ』とかいうのにならなくて、本当に安心しました」
 それを聞くと、ハーヴィは少し憤慨したように鼻を鳴らす。
「お前さんに我の案をとやかくいう資格はないぞ。なんじゃったっけ? 『YO! SAY NO!MURA』じゃったっけか?」
「……それには触れないで下さい。センス無いのは自覚してるんですから。集落名を提案して下さる方が皆無だったら俺と族長、どちらかの案になっていたんだと思うと、今でも寒気がします」
 そうは言っても内心、そもそもシティの使い方を間違えているハーヴィの案よりは自分の方が上だと思いながら、カイは手早く脚立と大工道具を片づけていく。
 封印の洞窟を探索するには万全の態勢で臨んだ方が良い、というのが大方の意見の一致するところだったので、出発は探索班全員の準備が整うまで待つことになっていた。ソーン・レナンディはすぐにでも出かけたかったようだが、ハーヴィは頑としてその意見を突っぱね、せめてルカルカ・ルー(るかるか・るー)のパートナーで機晶工学の第一人者だというダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の到着があるまでは待つように、とソーンを説き伏せたのだった。
 そのため各々の準備が終わるまでの間を利用して、カイとハーヴィは村での用事を済ませてしまうことにしていた。
「よし。じゃあ、ここはこんなもんで良いですね。学校の方を見てきます」
 カイはそう言うと脚立を小脇に抱え、集落中央に位置する校舎へと向かって行った。
 学校の入口にはちょっとした黒山の人だかりが出来ている。
 わいわいと物珍しげに眺める妖精たちの中心には、伐り出して来たばかりのモミの木に飾り付けを施す黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の姿があった。
「ブルーズはマメだよねぇ」
 パートナーが森で探して来たパラミタモミの木を眺めながら、天音が言う。
 このツリーにしてもそうだが、天音は学校が建設されてからというもの、ブルーズがちょくちょくこの集落を訪れては備品作りなどの手伝いをしていたことを知っている。手に馴染んだ大工道具を携えて学校用の机や椅子を作り、頼まれれば集落の家に新しい棚を作ったりもしていたようだ。つくづく面倒見が良いと言うか、おかん属性なドラゴニュートである。
 その時、興味津津な様子でツリーを眺めていた妖精たちが、丁度校舎から出て行こうとするソーンに気付いて声を上げた。
「あ、ソーン先生だ。 先生見て見て! 『くりすますつりー』だよ!」
 ああ、とにこやかに相槌を打ったソーンは、天音とブルーズに軽く会釈をしてからその場を後にする。手にした通信機を見るに、誰かと連絡でも取りに行ったのだろうか。
「あれが新しい先生?」
「うん! ソーン先生はね、何でも知ってるんだよ。いつもは皆で読み書きとか、計算の仕方とかを教えて貰ってるんだ」
「へぇ……」
 遠ざかって行くソーンの後ろ姿を見つめながら微笑を少し深めた天音は、妖精たちには聞こえないような声でぽつりと呟いた。
「嘘と、秘密の匂いがする」
 その顔に笑みを浮かべたまま若き研究者を見送ると、天音は手にしていたオーナメントをブルーズに渡して「後は任せた」と校舎の中に消えてしまう。その何か楽しんでいる風な様子に、ブルーズは思わずため息を吐いた。
「あれ……俺、何かしちゃった?」
 ブルーズが声の主を振り向くと、中途半端な角度で手を上げたまま固まっているカイの姿があった。丁度声をかけようとした時に天音が行ってしまったので、肩すかしを食らったらしい。
「いや。別におまえのせいではない」
「なら良いけど……ああ、ソーンに会ったのか。口調は丁寧なんだけど、少し嫌みっぽいというかキザな所があって、取っつき難い感じだろ? まあ、妖精の皆には好かれてるし、真面目に先生やってくれてるから良いんだけどさ」
 そう言うカイだって、別段取っつき易い人間というわけでもない。髪はいつもと同じようにボサボサだったし、顔にしても元々吊り気味の瞳のせいで甘いマスクとは程遠い青年であった。極めて平凡な見た目のせいであからさまに拒絶されることも無さそうだが、少なくともルックスで異性を虜に出来るタイプではない。ただ、ハーフらしく西洋と東洋の合わせ技がその顔形にも現れているので、もう少し身なりに気を使えばそこそこ見れる外見にはなるだろう、とブルーズの中のおかんは告げている。しかし当の本人曰く、「どうせモテないし面倒くさい」らしい。
「せめて髪くらいきちんと梳かしたらどうだ」
「……髪の毛については言いっこ無しじゃないか」
 カイはブルーズのボサボサな頭を見てそう言う。
「おまえのはただ放ったらかしているだけだろう。だらしなく見えるぞ」
「うーん……でも面倒くさいっていうか、キメてる時間が勿体ないというか……俺、ブルーズみたいにしっかりしてないし、働き者でもないからなぁ」
 備品作りのためにブルーズが集落に通っている間、カイとは何度か雑談を交わす機会があった。その時の様子から鑑みるに、カイは確かに自ら仕事を買って出るという感じではなく、頼まれた事を淡々とこなしていくタイプのようであった。積極的に他者と関わっていくと言うよりも、適度な距離感を保つことで摩擦を減らそうとしているように感じられる。もし大工仕事の合間に「我に敬語は不要だぞ?」と言って甘い菓子を差し出していなかったら、恐らくカイは今でもブルーズに対して敬語を使っていただろう。
「しかし、洞窟には行くのだろう?」
「まあ……この一件に関しては乗りかかった船だしな。一番危ないのは入口に取り残される族長と、研究熱が昂ぶってるソーンだろうし。俺はそんなに面倒なポジションじゃないよ」
「うむ。我もあの族長の護衛には付き合うつもりだ」
 そう言いながら、ブルーズはモミの木の天辺にぴかぴか光る星型のオーナメントを取り付けた。