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壊れた心の行方

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壊れた心の行方

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アプローチ1

ゴダート・グリーンベルトとその元護衛の「少女」たちの話を聞いた契約者たちは即座にスポーンの街へと向かった。光条世界との戦いの幕は切って落とされたものの、遺跡への襲撃の心配がなくなり、街は以前よりも平穏な雰囲気に落ち着いていた。スポーンたちも人々との交流が増えたこと、さらにレナトゥスの変化の影響を受け、以前のようにおずおずとしたところが大分なくなり、幾分華やいだ雰囲気さえもある。
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は彼らの住む湖のほとりでアラム・シューニャと待ち合わせていた。アラムはすでに湖に注ぎ込む小川のほとりに佇んでいた。
「お待たせ! ここは野の花が盛りできれいだね」
北都はアラムに向かってまっすぐに歩いてゆき、あたりの景色を満足げに眺めた。
「僕と話したいだなんて、物好きだねキミも」
アラムが言った。北都は肩をすくめる。
「僕は美形揃いの薔薇学の中では平凡で目立たない。だから少し似たところのあるキミが気になった、っていうのが本音かな」
アラムは静かに湖水を透かしてスポーンの街を見やった。
「キミはこれからどうしたい?
 使命はもう無いんだし、自分の生きたい様に生きられる。自由の身なんだよ」
そう言って北都は小川の水に手を浸す。
「冷たっ!」
アラムも小川の水に手を触れた。湧水からなるその水は清冽だった。
「僕自身も自己存在に疑問を抱いてる、それもあるんだろうね」
「まださ、この世界で触れていないもの、感じていないものがいっぱいあるはず、それをキミは知りたくはない?
 存在エネルギーがあれば、キミの体はもっと濃くなるんじゃないかなって思うんだ。
 あのイコンを止めた時、確かキミは皆が自分を思ってくれた人々がいたから消えるはずだった自分が残ったのかもって言ってたよね?」
アラムは考え深げにうなずく。
「存在は他人の認識も影響する。だから例えばアイドルになってステージに上がるとかもいいかもしれないよ。その気があるなら僕も協力する……人前で歌うのは得意じゃないけどさ」
「そこまで目立とうとは思わないけど……変えなくてはいけないのは……僕自身の意識のほうなのかもしれないね。
 君の話を聞いていてそんなことを思ったよ」
「そうか、何か感じ取るものがあったなら良かったよ」

 遠野 歌菜(とおの・かな)はパートナーの月崎 羽純(つきざき・はすみ)とともに、フランセスの住まいを訪ねて行った。ちょうどそこへ綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)もやってきたところだった。歌菜は挨拶して微笑んだ。
「こんにちは、フランセスさんをショッピングにお誘いしようと思って」
歌菜の言葉にさゆみはうなずいた。
「私たちもそのつもり。3人とも老化を抑制させられて数年から十年、自分の人生に空白期間ができた……。
 しかもその間、薬品で『護衛』としてのみ生きてきたわけで、実質的に拉致監禁されたようなもの……。
 生半可なことでは心の傷などいやせないのは明白だわ。
 幸いおしゃれが好きということだし、まずは少しでも楽しい気分を感じてくれたらいいなと思ってね」
「失くしてしまった時間は戻らないけど、これから思い出は作れますものね」
歌菜が言った。アデリーヌが沈痛な眼差しでつぶやいた。
「わたくしも千年以上生きていて、そのうちの何年かを失うことになった経験がございますから、彼女の心痛は理解できますわ……。
 しかもわたくしとは違い、数十年しか生きられない人間のフランセスにとっては、決して短くはない年数を失ったわけですしね……」
羽純が咳払いをした。
「ゴホン、まぁなんだ、フランセスを元気付けるってことで、こっちが辛気臭くなっちゃまずい。
 明るく、明るくな、うん」
4人を迎え入れたのは、フランセスの住まいに住み込んでいるスポーンだった。フランセスは立ち上がって4人を迎えた。白髪の無表情な少女の面影はそこにはなく、やや神経質になり不安げではあるが、波打つボブカットの金髪に囲まれた顔には、ごく普通の若い女性らしい好奇心も認められた。
「ね、私たちと一緒に街歩きでもしない? スポーンの街で何が流行ってるか興味ない?」
「流行?」
「そうですよ、街でショッピングをしましょう。女の子にとって、着飾るのはとっても大事な事です。
 まずは、洋服を見にいきましょう。そちらのスポーンさんもご一緒に」
歌菜が言うと、フランセスの瞳に微かに輝きが宿った。
「……一人では行く勇気がまだなくって。でも行ってみたいな」
「では参りましょう!」
アデリーヌが嫣然と微笑んだ。彼女はほかにも一緒に行動する契約者がいて、心底ほっとしていた。『絶望的方向音痴』とまで言われる程のさゆみには自分がつききりでナビゲートし、絶対はぐれないようにしなくてはならない。そこにフランセスのことも気にかけなくてはと懸念していたのだが、これならさゆみから目を離さないようにだけ気をつければ大丈夫だろう。女性ばかりの中で、少々居心地悪げな羽純が、共にウィンドウショッピングをするみなの後ろをガードするようにして歩く。途中アイスクリームなどを買い、食べながらあれこれと見て歩いていたが、そのうちの一軒のブティックに入ることにする。誘われたスポーンも嬉しそうに周囲を見回している。
「私とさゆみさん、アデリーヌさんと羽純くんで、見立ててあげます♪」
「あ。え? お、俺もか?」
羽純が戸惑ったように言う。さゆみが人差し指を立てて振る。
「男性の見立てももちろん必要よ」
それから1時間あまり。
「その色、ちょっと派手過ぎないか? 俺は少し落ち着いた感じのデザインと色が方が、フランセスに似合うと思うが……」
「じゃ、これはどうかしら?」
「あ、ねね、これもいいかも!」
「こちらの優雅な感じのものはいかがでしょう?」
わいわいとあれもこれもとおのおのが選んだ服を試着して、フランセスはのびのびと楽しんでいる様子だった。
 あれこれ試着した結果、ワンピース2着とチュニックとスカート、カジュアルなパンツを選び、購入した。明るいミモザ色のワンピースは着てゆくことにする。ぼんやりフランセスを見ていた羽純は歌菜にわき腹を小突かれた。
「……いや。あまりの変わりようにびっくりしてな……似合ってるよ。あ。無理矢理言わされてる訳ではないぞ?
 そこは誤解するなよ?」
「素敵よ。コスプレディーヴァを目指している私の目に狂いはないわ! 明るい色が華やかな感じで。いいと思う!」
さゆみが言い、フランセスはちょっと照れたような、だが嬉しそうな微笑を見せた。
「髪型も変えてみましょう、もっと気分が変わる筈です。
 折角だから、ネイルも……あ、このオレンジのネイル、可愛い♪
 そのあとはみんなで一緒に公園でお弁当を食べましょう。今日は、私と羽純くんでお弁当を作って来たんです」
歌菜が言った。
「おい、あまり急ぐなよ、石畳だし危ないぞ」
いっぱいの荷物を抱えた羽純がフランセスの腕を取って先を行く歌菜に声をかける。アデリーヌははやるさゆみの腕に片手を絡め、はぐれないように歌菜とフランセスに続いて、公園目指しておしゃべりしながら歩いてゆく。ちょうどそこに通りかかった夏來 香菜(なつき・かな)にもアデリーヌが声をかけた。
「香菜さんも、よろしかったらわたくしたちと公園でお昼をご一緒しませんか?」
「わあ、いいわね。ちょうど今からランチにと思って出てきたところなの……フランセスさん、そのワンピース良いわね、似合ってる」
「ありがとう〜」
みなは連れ立って公園のガーデンテーブルのあるほうへと向かった。誰にとっても、今日はのんびりした休日となったようだ。