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君と妖精とおやつ時

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君と妖精とおやつ時

リアクション

 極めて張りつめた空気が、宿直室に満ちている。それはどこからともなくドラムロールの音が聞こえてくるような、緊迫した状況であった。
 コタツの周りに集まった妖精たちは、固唾を飲みながら黒崎 天音(くろさき・あまね)の手元を見つめている。予想外に地下道の整備が早く終わったカイも、妖精たちに混じってその様子を眺めていた。
 コタツの上には九個まで縦に積み上げられたミカン。そして天音の手には、更にもう一つのミカンが握られている。
「……いくよ」
 呼吸することさえ憚られるような緊張感の中で、今、ゆっくりと十個目のミカンが乗せられようとしている。
「おおお!!!」
 ミカンタワーが完成すると同時に巻き起こる歓声と拍手。
 しかしその橙色の塔は次の瞬間、拍手の空気振動によってぐらり、と揺れた。そしてそれは成す術もなく崩れ落ちて行く。
 それを見た天音と観衆の落胆は如何程のものだったろう。
「そろそろ作業に戻らないと、間に合わないのではないか?」
 いつの間にか傍にいたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が転がったミカンを手に取りながら、妖精たちに声をかける。
「作業……?」
 怪訝な顔をしたカイには構うことなく、妖精たちはブルーズから個々にミカンを受け取ると、追い立てられるように部屋を後にする。それを確認してから、ブルーズは職員室のコンピューターを調査する作業に戻った。コタツのある宿直室は職員室の壁を抜いて増設されたものなので、この二つの部屋は間続きとなっている。
 妖精解散後、カイに視線を移していた天音は、
「リトとはどう?」
と笑いかけた。
「はぁ。まぁ何と言うか、まぁまぁ……」
「信頼してるとは云え、年頃の男女を同居させるなんて族長も思い切ったなと思ったんだけど」
 真面目なのか茶化しているのか分からない声色で、天音は言う。
 カイはといえば、唐突な彼の言葉に驚きながら、慌てたように首を横に振った。
「え!? いや、それは、同居って言っても単に安全性を確保するためであって! というより、族長もリトも俺のことなんか男として見てないんじゃないかと……」
「君はどうなの?」
「俺は……リトのことは妹? いや、娘? とか、何かそんな感じに見える……かな」
 他に上手い言葉が見つからず、カイは天音から視線を外した。
 その時、ふいに窓の向こうに人影が見えた。こちらを観察しているようなそのシルエットに、カイは目を凝らそうとする。
「あれ……――って、え!!?」
 意識を窓に向けたその隙に、カイは自分の胸がトンと突かれるのを感じた。そして気付いたときにはもう、天音に押し倒されていたのだった。
「え、ちょっ……え?」
 カイには自分の置かれた状況がとっさに理解出来なかった。
「草食系なの?」
「いやいやいや! そういう問題じゃなくて!」
 背中に畳の感触を感じながら、カイはとりあえずどうにかして起き上がらなくては、と思う。その様子を眺めながら、天音は少し楽しそうに微笑んでいた。
「ちょ、さっき窓の外に何か居た! 確認した方が……というか確認させてクダサイ!」
 相手の気を逸らす際のベタな台詞ではあるが、あながち間違いではない。
しきりに窓を連呼するカイに仕方なくノってくれたのか、それとも単に飽きただけなのかは分からないが、天音はその身を解放すると窓を覗き込む。次に宿直室の裏口を開けて外を確認したが、特に何も異常は見られなかった。
 カイはその隙に宿直室から脱すると、ブルーズが居る方の部屋へ移動する。
 そのブルーズは、机上のコンピューターと睨み合っている最中であった。
「何か分かった?」
「いや、あまり。スキルのおかげか、意外にも立ち上げはスムーズに行ったのだが……」
 デスクトップPCのモニターのような画面には、幾つかのファイルが整然と並んで映し出されている。しかしそのファイルに納められているデータは、ソーン・レナンディが教師として振舞っていた間に作成された、教材や諸々の管理書類ばかりだった。
「本当にこれだけなのだろうか?」
「何か特殊な……隠しファイルでもあるんじゃない? パスワードとか掛ってそうだけどねぇ……」
 天音がそう答えながら、ソーンの残していった写真立てを手に取る。写真裏に記名でもされていないかと考えたが、ただの白紙だった。暖炉を片付ける前に回収した灰や、その他の遺物を調べれば、何か分かることもあるだろうか。
 カイは、少し考え込むように腕を組んでから口を開いた。
「パスワードか……ソーンのやつ、自分の名前をもじって『灰色の棘』なんて名前を付ける位には自己顕示欲強いからな。案外、また名前関係か何かじゃないか? それか灰色……色名とか、ルーン文字とか?」
 その言葉を聞きながら、ブルーズは首を横に振って言う。
「確証がないな。誤ったパスワードを入力して、データが凍結されるか、壊されでもしたら……」
「ああ、銀行の暗証番号的な……それは嫌だな」
 ブルーズはしばし口を閉ざし、考えを巡らせた。抱いている危機感は、目の前の物ごとに対してだけではない。もっと大きな問題があるのだ。
 そしてブルーズは誰にともなく呟く。
「自我という名の魂を宿す『ひと』を創る技術か……」
 ポータラカから伝わった機晶技術。シャンバラが彼らを封じた事でその根幹は失われ、生体サーバー『ニビル』も今は無い。機晶姫を一から造り、機晶石という魂の座として機能させる術は未だ解明されずにいるわけだが――もしもソーンがその術を手に入れたのだとすれば、それはこの世界を揺るがす。
 なかなか解決の糸口は見えなかった。
 しかし彼らがこの場に居たことで、何らかの情報が悪の組織に流出することを食い止められたのだとしたら。潜入しようと窓の外から様子を伺う特殊作戦部隊員が、潜り込めなかったのだとしたら。それは大きな功績と言えるのではないだろうか。