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【4章】求めるなら与えよ


 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー・御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、いつものようにハーヴィの家を訪ねていた。「族長の足止め」という形で妖精たちのサプライズ企画に協力するためではあるが、舞花としても話したいことがあったので丁度良かった面もある。
「いつも『灰色の棘』襲撃に対して後手に回っているのは致し方ないものの、今後はせめて有事の際にすぐ対処できるような仕組みづくりを考えた方がよいと思うのです」
「うむ……確かにそうじゃな」
 舞花とハーヴィはテーブルを挟んで座りながら、フラワーリングの防衛体制について話し合っていた。
「だが、我はそういったことに詳しい方じゃない。だから、お前さんに何か案があれば教えて欲しいのじゃ」
 そう言うハーヴィの言葉を受け、舞花は防衛体制の整備や有事を想定したマニュアル作り、住人への周知等、様々な案を提示する。
「住民への周知というのは……その、事件の詳細も話さなくてはならんか? これは我に言う度胸がないだけなんじゃが、実を言うとリトの背景はおろかソーンが裏切り者だったことについても、あまりきちんと説明が出来ていないんじゃよ。だが……そうじゃな。情報の共有は必要じゃしな……」
 難しい顔をしているハーヴィに、舞花は「あまり肩肘張らずに」とボードゲームを取り出して見せた。それは「戦略シミュレーションゲーム」を改良した襲撃対応想定ゲームで、舞花はこれを使って今後必要になる体制のイメージを掴みましょう、と言う。
 舞花が襲撃側、ハーヴィが防衛側という形で何度かゲームをしている間に、他の何名かの契約者たちも族長宅を訪ねて来た。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はリトの設計などについて、パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が解析中である旨を告げる。ダリルとしてもリトの記憶の復旧について技術的な話をしにきたのだが、二人は何となくハーヴィが沈んでいる様子であることに気付いていた。
「なんだか元気がないみたいだけど、どうしたの?」
「え。そ、そうじゃろうか? 別に元気がないわけではないんじゃが……まあ、今日に限って言えば一つだけ……その……」
 ハーヴィは少し言い辛そうに、リトがカイにだけバレンタインの贈り物を用意しているらしいことを伝えた。
「なるほどね。お茶受けにも美味しいチョコ菓子でも作りましょうか。自分で作ると格別よ」
 ルカルカはそう言って、明るくハーヴィを菓子作りに巻き込む。彼女がチョコレートを扱うことを告げるとダリルは心配そうな顔をしたが、作るものが「柿の種チョコとチョコがけクラッカー」であることを知ると、安堵したように言った。
「それなら初心者でも何とかなるな。材料と器具を取って来る」
「そうそう。ハーヴィでも出来るチョコレシピよ」
「む。我は別に料理が苦手ではないんじゃが。焼き菓子はたまに作るし……」
「あ、そう言う意味じゃないの。チョコ菓子って本当に美味しい物を作るのは凄く難しいものだから」
「そ、そうなのか……」
 材料を取りに飛空挺へ戻ったダリルと入れ替わるように、鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)常闇 夜月(とこやみ・よづき)がハーヴィの家を訪れる。この二人も妖精たちのサプライズを成功させるため、そしてまた別のサプライズを仕掛けるためにやって来たのだった。
「バレンタインは女性から男性にチョコをあげる日……って認識ですが、友チョコとか逆チョコってのもありますよね……いっそのこと逆チョコを贈るってのはどうでしょうか?」
 貴仁は事のあらましを聞くとすぐにそう提案した。
「いや、我は一応女なんじゃが……その前提でいくと逆チョコというより友チョコでは……」
「まぁ、ハーヴィさんが贈らないと言っても俺がリトさんに送りますけどね。それもサプライズで贈りたいので、チョコ作るために台所貸してくださいね」
「ああっ、作らないとはいってないじゃろう! 我も作る!」
 貴仁がアルミカップに塗ったチョコレートを冷やし固めている間に、夜月は生チョコの作り方を説明する。ハーヴィと並んで教えながら、彼女は自分の鍋でもチョコと生クリームを混ぜ合せた。それにほんの少しアクセントをつけるためにブランデーを入れると、芳醇な香りのガナッシュとなる。
 夜月が作るのはこれをバットで均して切り分け、ココアをまぶした生チョコレート。整然と並んだ長方形には、欧州の石畳のような美しさがある。
 貴仁の方は下準備をしておいたアルミカップにガナッシュを絞りいれたガナッシュカップで、その上にアラザンやカラーシュガーを飾ることにより、かなり見栄えの良いチョコレート菓子となった。
 ダリルはチョコと器具を手渡して「テンパリングは温度に注意しろよ」とだけ言い残すと、ハーヴィの家から立ち去ってしまった。しかしチョコ好きなルカルカは極めて楽しそうにハーヴィを誘って、柿の種やクラッカーをバター入りのチョコの池に潜らせていく。
「チョコレートは正義♪」などと言いながら作業を進めれば、チョコレートフォンデュのようなワクワク感のあるお菓子だった。
 丁度全ての作業が完了した頃合いを見計らって、ルカルカはこっそりと携帯のボタンを押す。会場にいるはずのダリルに連絡を取ると、向こうにとっても良いタイミングだったらしい。
 契約者たちは各々が作成した菓子を持って、遂に準備が整った大教室へとハーヴィを連れ出すことにした。


 アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)は今日も一日無事にフェアリームーンの仕事をし終えたところだった。一応自分を知るための情報収集もしてはいるが、なかなか上手くはいっていない。それにもう何度かオープンしているものの、体が仕事に慣れ切っていないせいで結構な疲労感がある。
 そんなアルミナの様子を見て、イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)は綺麗な包みの箱を差し出す。
「マスターアルミナ、コレヲ」
「ありがとう! これは……チョコ? そっか、今日ってバレンタインなんだっけ」
 洋服店の仕事に集中していたためかすっかり忘れていたが、アルミナはふと学校で行われるパーティーのことを思い出した。
「そういえばお菓子パーティーがあるって……せっかくだからボクも参加しようかな。何か作って持っていこう」
「シタゴシラエ、出来テイマス」
 イブはアルミナの言葉を予想して、予めお菓子の準備をしていた。
あとはトッピングをするだけの状態になっていたチョコクッキーやチョコムースを見て、アルミナは驚いたように目をぱちぱちさせる。しかしすぐにお礼を言って、イブと最後の仕上げに取り掛るのだった。


 アルミナたちのパートナー・辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、いつものように妖精たちを集めて暗殺術のような護身術を教えていた。不得手な者でも覚えが良い者と協力して丁寧に教え、その日の指導もようやく終わろういう頃。
 最後に刹那は生徒たちを集めて、「一番初めにする護身術」について語った。
 ――それは、逃げること。
 いくら強くなったからといっても、自分達よりも強い者は沢山いる。強さの力量がわからなければ、倒され殺される場合もあるのだ。
 だから、まず逃げること。そして、そのとき大声で助けを呼ぶこと。そうすればこの村にいる仲間達が必ず助けてくれるだろう。そのため、どうしても逃げれないときにだけ教えている護身術を使えばいい、と刹那は言った。そして妖精たちに逃げやすくなるための道具を授けていく。
 一つは「煙幕玉」。これを相手に投げれば相手の視界がふさがる。そしてもう一つは「コショウ玉」で、これを相手に投げれば相手のくしゃみは止まらなくなるという代物。
 その二つをアルミナ特製の可愛いポシェットに入れて、刹那は妖精一人一人に手渡した。
 丁度その時、ハーヴィたちが学校に向かっている姿が見える。
「あ、族長だー」
「む? お前さんたち、この時間まで頑張っておるのか?」
 妖精が手を振ったのに気付いて、ハーヴィはそう言いながら近づいて来た。これを良い機会だと考えた刹那は、生徒たちに目配せをしてコショウ玉を構える。
「わらわの動きをよく見ておれ! こうじゃ!」
 言うが早いか、刹那はそれをハーヴィ目がけて投げつけた。
「な、何じゃ、くしゅ……何じゃこれくしゅ、くしゅん! はくしゅん!」
 いきなりコショウの粉塵を浴びたハーヴィは、絶え間なく襲ってくるくしゃみのせいでまともに喋ることもできない。その様子を指し示して、刹那はこれらの道具による足止めが有効であることを説明して聞かせたのだった。