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現れた名も無き旅団

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現れた名も無き旅団

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■老人と長き生者との邂逅


 イルミンスールの街、通り。

「まさかあの双子が原因なんて悪戯の極みだねぇ」
「本人達は気付いていないでしょうが」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)は元凶である双子についてあれこれ話ながら歩いていた。
 その時
「これから……あの本すごく見覚えが、もしかして……」
 北都は見覚えのある青表紙の本を手に持つ老人を発見し、正体に心当たりが浮かんだのか声をかけに行った。
「北都?」
 クナイは急いでその後を追った。
 老人は北都の予想通り名も無き旅団の一員であった。北都達は初対面の挨拶を交わした後、ミモラと面識のあるクリスの記憶を持つ故に監視生活を送る彼女に会いたがる彼のために面会許可を取り彼女の元に案内した。

 ミモラに会う前。
「面会の許可を取って貰い感謝する。おかげで儂の寿命が尽きる前に会える。まぁ、儂達の記憶の引き継ぎ手を決めるまでは消えるわけにはいかぬが」
 ガスタフは改めて北都達に礼を言った。
「いえ、僕達もミモラさんの記憶にあるクリスさんの記憶を受け継いだ人と出会えて良かった」
「後ほど記憶を継ぐという事に関して話を聞かせて下さい」
 北都とクナイはそれぞれ答えた。
「あぁ、必ず」
 ガスタフは約束し、ミモラとの再会へ。

 ミモラと会った後。
「……またお前達か。そっちの老いぼれは何者だ?」
 薬のレシピを書き続けるミモラが真っ先に目を止めたのは以前面会に来た北都達の姿だった。
 しかし、真っ先に口を開いたのは
「やはり吸血鬼、彼女が会った時と寸分違わぬ姿じゃな」
 ガスタフであった。
「……」
 ガスタフは知っていてもミモラは全くの初対面。不審な目で老人をにらみ付けるばかり。
「この人は君が昔交流していた名も無き旅団のクリスさんの記憶を持つガスタフさんだよ」
 北都が二人の間に入り老人を紹介。
「……クリス……あぁ、あの女か。何をしに来た?」
 ミモラは作業の手は止めず、再会の感動なんぞ一切ない口調で訊ねた。
「あぁ、何も……ただあんたがどんな人か見たかっただけじゃ。前任者が意気投合していた者がどのような者かと……まぁ、前任とはいえかなり前だが」
 ガスタフは親しみを込めて話しかける彼の瞳は優しかった。
「あぁ」
 反対にミモラはきつい目つきに素っ気ないものであった。
「……(もしかして会いに来たのはクリスさんの記憶がある以外に受け継ぐ相手として同じ記憶に関する研究をし意気投合した彼女ならと考えて……)」
 クナイはガスタフの優しい眼差しの奥を読み取ろうとしていた。後ほど確認を入れる必要はあるが。
「……自分の旅は自分で終わらせろ……他人に押しつけるな、老いぼれ」
 ミモラは冷たく言い放ち全くガスタフの相手をしない。
「……そうか。老いぼれか、儂より長生きで多くのものを見ただろうあんたから言われるとおかしなものじゃな」
 ガスタフは自分より遙かに長寿のミモラの発言に気を害した様子は無く優しい笑みを浮かべるばかり。
 そして
「押しつけの旅でなければ付き合ってくれるという事じゃな?」
 ガスタフはミモラの発言を良いように解釈し悪戯な事を訊ねると
「……」
 ミモラは黙して何も言わず作業を続けるばかり。
 その様子を見たガスタフは
「さて、もう出て行こうかのう」
 満足そうな顔をしてミモラに背を向けた。
「もうよろしいのですか?」
「あぁ、十分じゃ」
 あまりにも素っ気ない再会にクナイが気遣うとガスタフは振り向き、一言だけ言い出て行った。北都達もミモラに一言挨拶をしてから後を追った。
 そして、近くの屋外のカフェに落ち着き、北都達の情報収集の時間となった。

 屋外のカフェ。

 面会を終え落ち着いた所で
「先程の面会は引き継ぎ手を捜しての事だったのでしょうか? やはりガスタフ様は高齢で旅をされるには……」
 クナイはミモラとの面会の事を口にした。
「あぁ、何もかもお見通しか。そうじゃ、この年では辛くてな。もしかしたらと思ったが、彼女は旅よりも調薬が好きなのじゃな。クリスと話していた時も調薬ばかりであったからのう」
 ガスタフは笑いながらあっさりと認めた。
「でも様子を見る限り、完全にという感じには見えなかったから切羽詰まれば引き受けてくれそうだけど」
 北都はガスタフの話に対して嫌悪を感じなかったミモラの様子にもしかしたらの事を言った。
「そうじゃな。旅団としての旅が終わった後の自由な旅の誘いものう。それで聞きたい事とは?」
 ガスタフは面白そうに言いながら改めて北都達の疑問を訊ねた。
「記憶を集める旅って具体的に何をしているの? 集めてどうするつもりなの?」
 北都が改めて気になる事を訊ねると
「自分達が望む場所を自由に巡り記憶を作り、目的地である近くて遠い場所に渡すのじゃ。全ては儂等に取り憑いた知的生命体の指示じゃ。取り憑かれたからにはしないわけにかいかずやっている。この年で必要とされるのが嬉しくてな」
 ガスタフはあっさりと答えた。
「その記憶を継ぐとはどのような感じなのでしょうか? 自分でありながら別の記憶を持つのでは、混乱しそうに思いますが……受け継ぐ者には条件があったりするのでしょうか」
 クナイは先程の再会の様子から気になった事を訊ねた。
「受け継ぐ役目を担えるかどうかが条件じゃ。記憶を受け継いだ時、大量の記憶に驚いて一瞬混乱した。数えきれぬほどの映画の登場人物全ての考えや思いなどあらゆるものが一度に入って来た感じだったが、あの人の仕業かどうかは知らぬがいつの間にか手にしていたこの手記に自分が体験した事を書き始めると混乱は収まり自分の記憶と認識出来るようになるのじゃ」
 ガスタフは隠さず手記にも記していない自分達の事情を明らかにした。
「つまり手記が持ち手の記憶混乱を抑える物という事ですか」
 クナイはガスタフの手にある手記に視線を向けながら長いガスタフの話を簡潔にまとめた。
「そうじゃな。引き継ぎは誰かに取り憑いたあの人を引き継ぐと同時に寿命は終わり、手記に呑まれて引き継ぐまでの間に記せなかった部分を記憶によって補い名も無き旅団の手記として他の者の目に触れるようになるのじゃ。この事のような基本的な事はあの人に教えられる」
 ガスタフは話す内容のためか顔色がますます悪く見えた。
「取り憑いた知的生命体を手放したら命を失うという事かな? 知的生命体が団員の命を握っているというか繋がっているという事?」
 北都はこれまで遭遇した様々な色の手記を思い出していた。あれは亡き旅団そのものだったと。
「そういう事じゃな。多くは寿命尽きる間近で引き継ぐのじゃが、この生活が嫌になって命を失うと知っていてもやめた者もいた。儂の前任者ではないが」
 ガスタフは重苦しい表情で話すには辛い事を明かした。
「……早く旅が終わるといいですね」
 クナイが言える事は励ましだけだった。
「そうじゃな。儂で終わりにしたいのう」
 クナイの励ましにガスタフは表情を少し明るくした。
 ここで
「知的生命体について何か知っている事は?」
 北都は肝心な事を訊ねた。製作元の一部は知っているが、それは知的生命体になる前の事で少々当てにならないからだ。
「何も知らぬ。ただ、このパラミタに立ち寄る災厄を防ぐために身体を貸して欲しいと旅が終われば元の自分に戻れると説明を受けたのじゃ」
 ガスタフは申し訳無さそうにしてから北都の質問の答えに近い事を口にした。
「……そうだね(聞いたゼリー状の生物って、ミモラさんの実験室にあったスライムだったりして……後で確認するように頼んでおこう。知的生命体は身体も無く実験過程は違えど、ホムンクルスと近い存在かもしれないな。僕には難しい事は分からないけれど)」
 北都はうなずき、胸中では聞いた事情の一部に疑問を抱いていた。
 そのためガスタフと別れた後、報告と共にエリザベート達に確認の依頼を入れた。