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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 前編

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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 前編
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■ 別棟【2】 ■



「舞花、それは何?」
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナーで、シェリーの依頼に応える形で手伝いに来た御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は覗きこんできたシャンバラ人の少女に、手にしていた銃型HCを彼女にも見えやすいように持ち替えた。
「これでマッピングデータを作成して、見逃したポイントがないかを確認したりできます」
「マッピングっていうと地図?」
「はい」
「ほー」と声を漏らすシェリーに舞花は他に見たいのはありますかと質問を投げかける。
「ううん。舞花の邪魔はしたくないし、こうやってるだけでも楽しいわ……って、駄目ね、クロフォードを探してるのに楽しいって……」
 無意識での気持ちのすり替えだ。溜息に肩を落とすシェリーに舞花は足を止める。
「少し休みますか?」
「あ、ううん。ごめんなさい、気を使わせてしまって。疲れたんじゃないのよ?」
 ただ、とシェリーはまっすぐに舞花を見た。
「舞花はこんなに暗いのに怖くないのねって思ってしまって……あ、いや、違うの。そういう意味じゃなくて、その、スキル? かしら、使ってるの?」
 捜索の心得のある舞花は、見鬼、ホークアイ、ダークビジョンと視覚系スキルを移動する度に順繰りと使用していた。それがどうも気になっていたようようである。
「どんなのか聞いてもいい?」
 頷くとシェリーは嬉しそうに顔を綻ばす。
 本当にこういう所は好奇心が旺盛というか、知らないことを知るのが心底楽しそうに見える。そして、場所が場所でなければと舞花は残念に思った。
 崩壊が危ぶまれる施設内の様子に、舞花は自分の中にある未来予知の予感に咄嗟に気づけるように注意を向けつつ、事が起こった時に非契約者のシェリーの安全にどう対処するべきかと思考を巡らせた。
 と、舞花は声が聞こえた気がして顔を上げた。
 咄嗟に周囲に結界を張るが、その隔たりを無視して言葉は舞花に降り下りてくる。
「幸せを、ですか?」
 しかし、その『幸せ』の定義は何だろうか。抽象的過ぎて、逆に問いを返したくなる。
 また、改まって考えたことのない内容だ。
「幸せ……ですか……」
 思考に声が落ちる。
 定義もあやふやで明確な答えを舞花は出せなかった。



…※…※…※…




 壁を抜けて戻ってきたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は緩く首を左右に振った。
「この先にも居ませぬ」
「そうか」
 受けてベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は腹の前で両腕を組む。
「マスター」
 ベルクの隣りに移動してフレンディスは声を潜めた。視線は、前を歩くジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)と、合流した舞花、シェリーに、ひたと向けられている。
「この度の任務はジブリールさんのご要望で請け負いましたが」
 任務と言いながら、フレンディスの眼差しには常とは違う、何かを耐えるものを秘めていた。何をそんなに我慢しているのか、それは彼女が続ける台詞で明らかになった。
「僭越ながら私はあの子の保護者として見守りたく思うのです」
 勿論、決して危険な真似も、殺しもさせないように目を光らせておくつもりだが、思う通りにさせてやりたい。
「私の我儘にお付き合い頂け申し訳御座いませぬ」
 危ないと思えばその手を握り引き止めることはあっても、その意思を真っ先に尊重する。
 一歩、距離を置いて、離れるのではなく、差し伸べたい手をぐっと堪え、ただ、心は側に寄り添い、見守る。
 フレンディスの考えに、ベルクは組んだ腕を解いた。
「色々気になるが、今回はジブリールが積極的だし、任せてみるのも悪くねぇか……」
 誰かを傷つけるのではなく、誰かを守ろうと動くジブリールの後ろ姿を眺め、ベルクは思う。
「だがフレイ?
 俺もアイツの保護者だからな。謝る必要はないっつの」
 フレンディスがジブリールの保護者ならば、ベルクも同じく保護者だ。意見の違いで言い争いフレンディスが間違いを犯したわけではないのだから、許可を取り次いでは、いちいち謝らないでくれと、彼女の性格を知っているベルクはわかっていても苦笑いしてしまう。
 きっと今後ジブリールのことで何かある度にこういうことを繰り返すのだろう。
 見守り援護に徹すると決めた二人の考えを知らないジブリールは、ほっとくと早足になるシェリーに「ねぇ」と声を掛けた。
「なあに?」
「研究所なんだけどさ、此処って不思議な感覚がする場所だね」
 感想を述べられ、シェリーは目を瞬く。
「そういえばそうね。壁も床も天井も、どこにも継ぎ目が無いわ。表面も石みたいだけど、石じゃなさそうだし」
 きょときょととするシェリー。そんな彼女や系譜の人達の助けになりたくて我が儘を言ってフレンディスに着いてきたジブリール。
 その気持ちが全部勝手な自己満足だと自覚しているからこそ、争いとは無縁だと一目でわかるシェリーを此処に来た以上身を挺して護ると覚悟を改めた。
「ところでさっきから聞こえる声」
「声?」
 ジブリールの言葉に、シェリーが俄(にわか)に緊張しだす。側に居るからと目だけで伝え、ジブリールは宙を見遣った。
「『だれ』が誰に伝えたいのか解らないし、答えるべきか悩むけど……」
 どこからともなく届き、耳に染みわたる問いかけに、どう答えるべきだろうかとジブリールは自問し、口を開いた。
「オレはオレ。
 如何なる姿形になろうとも、其れは未来永劫変わらない事実であり理。
 『君』が問う幸せの基準は解らない。だけど今オレは幸せで在り、今後も望む幸せを貪欲に求め続けよう」
 不思議そうな顔をするシェリーに気づいて軽く目を瞑(つぶ)った。
「でないと人生面白くないしね」
 問われて、明確になる、形。
 言葉にして、声にして、答えても、問いかけは止まらない。



…※…※…※…




 次の通路の安全を確保した酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、聞こえるシェリーのお喋りに後方を振り返った。
 他愛無い会話を続けるシェリー。契約者でもない、シャンバラ人の少女。
 学校に通えることになったと嬉しそうに報告してくれた。あの時の笑顔と比べると、シェリーが今明るく振る舞う分「嗚呼」と陽一思う。
 自分を律しているものの、極度の緊張に少女は明らかに精神的に疲労している。
「早く見つけてあげないと」
 暗視(ダークビジョン)により視界を確保し、部屋内の状況を確認し、崩れる心配は無さそうだとわかると陽一は後方の皆を呼んだ。
 自分が安全を確保すれば、他の人間が捜索に専念できるだろうと、陽一は皆より先に行く。
 超感覚に警戒の神経を張り巡らせ、少しの気配にも敏感に察せれるように、息さえ潜めて、ナノ強化装置で無酸素状態や有毒物質の有無に備える。
 崩れそうな場所をなるべく避けて、狭い場所に行き当たった陽一は区切りの息を吐いた。
 ちぎのたくらみで進入するか、長く伸ばした深紅のマフラーを差し入れて探るか、どちらが効率がいいか悩む陽一は、つと、顔を上げる。
「なんか哲学的な質問をしてくるな……」
 問いかけの声は、『だれ』を選びはしない。
 関連の無い侵入者に対して『だれをも』選びはしない。
 声の正体はわからないし、頭を悩ませても気の利いたまた無難と思える返答は欠片も思い浮かばず、陽一は、ここは何も考えず思ったことをそのまま、正直に素直に口にしてしまおうと一息ついた。
「幸せかって? 俺は今幸せだ。
 望んでいた幸せを得られて、充実した人生をおくっているよ」
 思ったことを思ったままに。
 想ったことを、言葉という、形に。
 告げて、陽一は首を傾げた。
 シンプル過ぎる気もするけど、どうかな? と。



…※…※…※…




 上屋が無く地上からはどのくらいの規模なのか判別出来なかったが、別棟内はとてもシンプルな造りをしている。崩れて行けないところも多かったが、大体はまっすぐに伸びた通路とその左右に部屋へと続くドアが並んでいた。
 通路の奥行きも馬鹿みたいに長いというわけでもないので、地下故に深度こそ不明だったが、何時間も掛けて探索に当たるということにはならなさそうだ。
 陽一と二手に分かれる形で通路の安全確保に、そよ風を起こし崩壊具合を確かめていた匿名 某(とくな・なにがし)は捜索に専念している人にこっちに来ても大丈夫だと知らせる。
 探索するも尽くがもぬけの殻で手応えはないからと手抜きはできない。
 また物騒なことに巻き込まれたのではとシェリエの傍について離れないフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)が言い出して恒例になりつつある付き添いに自分が最初に盾になるんだろうなと朧気に思う。
「って……さっきから何か聞こえるんだよな」
 集中すればするほど、逆に気になるような、声――言葉。
 何かの洗脳かとマインドシールドで防御を張ってみるが、消えるどころか薄れることもない。
「ちょっと待て。まさか俺だけが聞こえるわけじゃないよな? 大丈夫、だよな?」
 目の前に文字が浮き出るほどにもはっきりと聞こえる言葉に、某は別の意味で不安を抱く。
 きっと、おそらく、多分、と自分を落ち着かせるように繰り返して、ふと、パートナーを振り返った。
 足を止めたシェリエにフェイは同じく立ち止まり、気づいた。
 染み入るように、また、波紋を広げるように落ちてくる問いかけの言葉。いつでも応戦できるように銃に触っていた手に、無意識と力が入る。
 聞こえると感じて、フェイは微かに目を細め、先日のぬいぐるみ騒動で自分が洗脳を受けたことを思い出す。嫌な思い出に一層と警戒を強くして、これもあの時と同じでパートナーだけに作用しているのか気になった。
「ねぇ、シェリエ」
「なに?」
「その……声が、聞こえない?」
「ええ、聞こえるわ」
 シェリエの返答と、顔だけ振り向いている某に気づき、全員が聞こえていることをフェイは知った。
「あのさ、お節介かなとか思うんだけど、シェリエ、答えたら駄目だよ」
「ありがとう。わかっているわ」
 釘刺しに、大丈夫と返されて、フェイは胸を撫で下ろす。
 うっかり答えて洗脳でもされたら堪らない。そんな姿は晒したくないし、見たくない。
 安心し、フェイの思考は巡る。
(……幸せ、か)
 そう言われたら、確かになりたい。
 特に、シェリエと一緒に幸せになれたらどれだけ嬉しいか。
 フェイの吐息は、溜息と変わる。
(でも、そんなの無理に決まっているのは、私がよく知っている。
 ……だって、シェリエと私は女の子なんだ……)
 だから、
(『私』は『幸せになれない』)
 シェリエの隣りに並ぶ度に、その横顔を眺める度に、できれば正面から見つめ合いたいと願う自分にいつから気づいただろうか。

 幸福を想像するには、現実はあまりにも――。