リアクション
…※…※…※… 「何をしようとしていたんだ?」 ベルクの質問がキリハへと飛ぶ。 「サンプルを集める為の準備です」 「サンプル?」 キリハは離れた場所で落ち着いてと慰められているシェリーにちらりと視線を流した。 「被験者です。私達が示すサンプルとは正確には系図を設置した、または、設置するに値する基準をクリアした人間の事です。今回のサンプルは後者の意味ですね。 妹は研究の続行を望んでいます。それには相当な数の被験者を必要とします。サンプル採取は本来なら施設内で行うのですが、その施設は今はありませんから、外で行うでしょう」 「あまり良い顔をしてないねえ、問題がありそうだ」 メシエの指摘にキリハは頷く。 「基準をクリアするかどうか走査する時にどうしても『共鳴現象』が発生するんです」 「共鳴って……あの?」 危険を呼び込み、 肉を腐らせ、 結晶に変じ、 沈黙する。 今までのトラブルを思い出して、メシエは、あれか、と指摘する。 「はい。 小鳥遊からの連絡で……妹はコーズを使うようですね。もしそうなら、大陸規模で一斉走査をするでしょう」 「……可能、なのかい?」 大陸規模と言ったが、それはあまりにも大きい。大袈裟にしか聞こえない。 「そうですね。出来るか出来ないかで答えるとしたら、出来ます」 「冗談みたいだね」 天音に、気持ちはわかるとキリハ。 「だからこそ私達は共鳴現象と呼びます。系図は独自に自分が宿るに相応しい相手を探しまわります。近くに生物がいればそちらに移ることも厭いません。走査を受けている生き物の近くに他の生き物がいれば、系図は宿主を探すべく動き出し、先の生き物と同じ変異を促すことでしょう。私達はその現象を遮断できてもコントロールまではできませんでした。なので、一度(ひとたび)始めれば波紋のように広がり、果てまで届くでしょう」 系図は楔から受ける起動命令ですら、その奔放さの片鱗を見せている。自分が宿るに相応しいかちょっと下調べをしようと勝手に変異を促し、気に入れば元の状態に戻し、気に入らなければ捨てる。当時は被験者を集めるだけで、相応の数が原型すらわからない骸で山を成していた。 今までの共鳴は種族が限定されていた。今回は対象は決められていないだろうことは明らか。全てに影響が広がる。 「それに補佐するタププがあれだけ巨大となれば、その速さも変わるはずですし、何より、補佐すべきタププが不安定過ぎます。暴走を促しかねない」 補佐(サポートプログラム)が破名であれば、キリハもここまで危険視はしない。機晶姫と系譜の文字は相性が悪いのだ。制御盤が不安定だと、肝心なときに暴走を止めることができない。事実、現代では事情がどうであれ破名一人では系図の暴走を止められなかったではないか! 「阻止する方法は?」 陽一が、聞いた。 「走査が始まる前に、全てを可能にさせる中枢を潰すしかありません」 それはつまり、ロン自身か、メインを担う破名を止めるということ。 「幸いコーズを発生器として使用するには時間がかかります。あの竜は元々五工程あった施術の一工程しか受けてませんでしたし、理性が無い抜け殻だとしても調整は必要でしょう」 「どこにいるのかわかるかしら?」 ロンの目論見を阻止するなら早く動くべきとシェリエの問いかけに、キリハは難しそうな顔をする。 「時間を頂けますか?」 その、とキリハは続ける。 「一度院に戻らせて下さい。私が今自由に使える文字は院に置いてあるコーズの鱗一枚のみなのです。あれが無いと私は何もできません。私は資格者ではないのでクロフォード程融通が効かないんです」 状況に左右されやすい。今までできたことが条件が悪いとできなくなったりするのは良くあるのだ。破名の様に無理を通すことができない。 しかも本体はロンが持っている。キリハができることは少なかった。 「所在が判明次第お知らせします」 皆に伝えると、キリハはシェリーの元に向かった。 「神様を作っていたのかな?」 ぽつり、と。天音は零した。 神の再現は、数多の記録とともに歴史に残されている。研究されることは、別段、不思議でもなんでもない。時代が古王国時代であるのなら、尚更だろう。 帰宅の準備をしていたキリハは顔を上げる。 「詳細を省き、パラミタだと誤解を招くので地球的な喩え話で申し訳ないのですが、私達の研究は『王を討って国を造り替える』から、クロフォード博士参加後『新しい王をたてて新しい国を造る』へと内容を変えています。 神様をつくっているのかと聞かれてしまうと少し困ってしまいます。私達は『至福が約束された楽園を創造する″手段″』を模索していたので」 それは、僅かでも歪んでしまうと「神に成れる」と思い違いをしてしまう、脆いもの。 答えるキリハに、天音は、にこり、と笑う。 説明をするこの魔導書は、話をしながらも牽制することを忘れない。 提供することで、踏み込まれるのを避けている。 必要なことだからと嘘は語らないが、全貌は隠したままで、表情一つ変えず何かをはぐらかす。 実際、キリハ自身、かなり言葉を選んでいた。答えるべきは答え、不要とされるものには口を噤む。自分は提示だけし、判断は皆に任せるかのように。 「私の母――ロン・リセン教授は研究所の設立メンバーの一人でした。妹を作ってまで、『今』でも、王を討ち自ら楽園を生み出すことに全てを賭けているのですね」 ただ、その寂しげな表情だけは隠せなかったらしい。 …※…※…※… 余談となるが、トマスは後日、シャンバラ教導団の法務局長であるマグナス・ヘルムズリー(まぐなす・へるむずりー)大佐に呼び出され、相当に厳しい叱責を浴びた。 曰く、貴様は少佐という階級に伴う責任を、勘違いしているのではないか、と。 佐官に昇進するということは、それだけ多くの部下の命を命令ひとつで左右する重責を担う、ということなのである。 その責任を背負うべき者が、非番の身でありながら軽々しく現場に介入するということは間違いなく越権行為に繋がるし、現場に余計な混乱をもたらすことになる。 今回のトマスの行動は、少佐という階級を任された者としては余りにも軽過ぎると、ヘルムズリー大佐は断罪した。 軍隊は、ガキの遊び場ではないのだ――ヘルムズリー大佐が最後に放ったひと言を、トマスはどのように受け止めるのか。 その心がけ次第では、或いは重大な選択を迫られることにもなるだろう。 |
||