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リアクション
思い(出)がいっぱい
月は少しだけプラチナ色を交えた金色、真ん丸に天頂で光っている。
「あんなお菓子ってありそうじゃない?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は窓からその月を見て、かなり真面目に感嘆するようにそんな発言をした。
「腹減ってるのか。早く料理が出てくればいいがな」
それを受けてのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の言葉は、『目に映るものがすぐに食べ物に見える奴は空腹』と決めつけているらしいことを暗に示していて、ルカルカはぷっと膨れる。
「もー人を食いしん坊みたいに」
「事実だろう」
そんな会話をよそに、ダリルが心配するまでもなく、料理は速やかにテーブルに現れた。
「あー、この料理なんだ。懐かしい」
ダリルの前には、中華料理――餃子や焼売、包子等の点心が載った皿。中国茶も添えられていた。
ルカルカの前にはラーメン――袋麺から作ったインスタントのラーメンだ。
以前、2人がバレンタインで金 鋭峰(じん・るいふぉん)と羅 英照(ろー・いんざお)に振る舞った料理だ。凝った中華料理はダリルの力作で、ルカルカが作ったのはインスタントラーメンの方だった……
(あの時、団長には高カカオチョコ、羅参謀長に老酒チョコボンボンをあげたっけ)
ひと時の穏やかな時間のことを、ルカルカは思い出した。
「この料理、ダリルの味がする」
ルカルカはダリルの皿から「ひょいぱく」して呟いた。
「この施設に関する説明にあったろ、俺の作った料理で合ってるよ」
「あっ、そっか。ダリルの料理は絶品だよー」
もぐもぐ食べるルカルカを、ダリルは何か言いたげな目で見た。見ただけで、言ってもどうしようもないので実際には言わない。
話題は、つい最近終結したコクビャク事件のことになっていた。2人もその解決に何かといろいろ携わった一件だ。
今回の晩餐は、そのお疲れ会も兼ねていた。
「最近になってようやく、警察は例の装置の運び出しを完了したらしいな」
「時間かかったねー。結局、あの大転移装置はどうなるんだろ」
「分からんが、まずは警察の検分があるんだろう」
「……タァの言葉もあるから。あの場にいた一人として、いい加減な処分はさせたくないわ」
「そうだな」
「……タァは今、どうしているのかな」
この世界とは別の異世界へ旅立った奈落人の幼女のことを思い出し、ルカルカは呟いた。
「元気でいればいいけど」
「そういや最近、偶然キオネに会った」
思い出したようにダリルが言った。
「え? どこで」
「教導団内だ。卯雪の地球での学校友達が教導団員にいるとかで、一緒に会いに来ていたようだ」
何でも卯雪は、パラミタのほとんどの学校に昔の友達がいるらしい。
「見た感じはベテラン営業員が新人連れて営業先を挨拶回りしている、という感じだったが。
だいぶヘコヘコしてたぞキオネ」
「そのパワーバランスは何となく察しが付く……」
そのキオネが、ルカルカがあの時必死に守ったエズネルの命が、ヒエロの手を経て再度魔鎧として甦ったことを話してくれた…とダリルは語った。
「ルカにあの時の礼を言ってくれと頼まれていた」
「伝言頼まれてたならもっと早く思い出してよー!」
「さっさと食わないとラーメン伸びるぞ」
「誤魔化してもー……(ずるずる)
……にしても、食べたいのがインスタントラーメンなんて、金団長って意外と庶民派?」
これを鋭鋒が食べた日のことを思い出しながら、ルカルカが呟く。
「いや、あれは珍しいから食べてみたかった的な選定理由なんじゃないか」
「えっ、そうなの?」
「恐らくな」
「……それにしても、今思うと」
ラーメンを食べきったルカルカが、今までと違う少し神妙な表情で口を開いた。
「コクビャクは、『灰』っていう強大な武器を手にしていたわけだけど……
決してそれを自分たちが使いこなせていなかったよね。
相手を脅かすためのものだけど、同時に自分たちも脅かされていた」
ダリルは黙って、その言葉を聞いていた。
「改めて思うの。
諸刃の剣、っていうのは、多かれ少なかれほとんどの武器、武力に対して言えることだ、って」
それは、国防の要たる教導団員であるからこそ、重く受け止めるべき真理であるように思われる。
他者を脅かす力を秘めたものは、自分を脅かすものともなりうるのだ。
そのようなものを、教導団は多く所持している。
軍というものの宿命なのだろうが、時折彼らは、自身が保有する強大な兵力に対する恐れと非難の目を、その軍の力が守るべき者たちから向けられることがある。
教導団とて、その問題にぶつかることは皆無ではない。兵の訓練や開発した兵器の試運転などのために教導団が所有する土地は決して少なくはないが、それでも充分ではなく、時には部外者に権利のある土地や施設を借りざるを得なくなることもある。
そういう場合に、かち合うことがあるのだ。大きな力を持つ者に対する本能的な恐れと、それゆえにその力を持つ者が過ちを犯すことに対する、非難の目に。
慎重で綿密な契約が必要だったり、軍事利用に反対する勢力が大きかったりする場合には、金 鋭鋒団長自ら出ていかなくてはならない場合も稀にある。
(「人民に軍に対する不信を与えるという過失を放置することは、国防への大きな損失となって後々振りかかる」)
鋭鋒がそう言うのを、ルカルカは何度か、傍で聞いたことがあった。
軍事力に対して懐疑的、またはやや否定にも寄っている人達の前でも、鋭鋒の軍人らしい鋭さと、滲み出る威厳は常と全く変わらない。どんな者の目にも、己にも他にも等しく冷厳な態度を取ることのできる、いかにも軍人然とした軍人に映る。
そういう時、ルカルカは、孤峰の頂に独り立っているかのような、鋭鋒の立場の厳しさを思う。そこに在りながら、少しも謹厳な佇まいの揺らぐことのない鋭鋒に圧倒される。鋭鋒の力になるためには骨身を惜しまないルカルカだが、教導団団長である彼には、最後には、他者がどんなに協力したくても肩代わりできない重みが常にのしかかっているのだ。
それは彼以外には触れることを許されない、他者にとっての限界。
(私は団長を裏切らない。私は団長を孤独にしない)
自分には越えられない、越えてはいけないその限界を感じるたび、孤峰の頂に立つ彼の背中を思いながらその言葉を心で繰り返すルカルカだった。
「この間の交渉で何かあったのか?」
ダリルが尋ねる。つい最近、教導団で開発した特殊状況下で使用する戦車の試運転のための場所を借用するのに、やはり面倒な交渉があったのだ。
交渉が長引いた上に、戦車には開発の過程に機密があることもあり、交渉には鋭鋒が英照を伴って自ら出ていった。ルカルカも同行したが、最後まではいられなかった。交渉の地からほど近い場所にある野戦訓練用キャンプ地で、新人兵の訓練を教官として指導する予定が入っていた。
(「この交渉のことは心配いらん。お前にはするべき仕事がある」)
その言葉に送られ、当初の予定通りルカルカはキャンプ地へ向かった――
「それは別に問題なかったんだけど……あ、そう言えばあの時ね、あの後……」
急にルカルカは、何か面白いことを思い出したように話し出した。
交渉は何とか成功したらしく、「ついでに視察に来た」と、突然予定もなく鋭鋒と英照がキャンプ地を訪れたのだ。
まだ教導団に入って間もないぽやぽやの新人の訓練兵たちは、突然のトップのお出ましに仰天、緊張を通り越して金縛りになる者が続出した。純粋に喜んで歓待したのはルカルカぐらいだ。
教官用キャンプに招き入れたはいいが、何しろ野戦訓練の地、長旅をしてきた2人にお茶は沸かして出せても適当な茶請けがない。
もちろんそういう地だと2人は承知しているので、大したものが用意できなくても腹を立てはしないだろうが、ルカルカの方が、こんな場所ではあっても何とか精一杯のおもてなしをしたい。
幸い、2人が到着する少し前に、「野外ですぐ摂れる食事を」ということで作った、炊き出しのような糧食があった。そこで。
「よければこちらをどうぞ。爆弾にぎりです」
真ん丸な握り飯を皿に山と盛って出され、さすがに鋭鋒も英照も目を丸くしたようである(英照は分かりにくいが)。
「これは……」
「先程、訓練兵たちと一緒に米を炊いて作りました。中身はお楽しみです♪」
戸惑う2人を置いて、ルカルカはお茶を用意しに一旦出ていった。
戻ってくると、
「これは、“爆弾”なのか?」
鋭鋒が一つつまみあげて呟いていた。
「そうですよ♪ あ、火薬は抜いてありますからご心配なく」
「そうか。なら安全だな」
だが続いて「ジン!」と慌てたような英照の声が響き、何事かと見れば、鋭鋒が持って口元に持っていこうとしているのは本当に拳大の砲弾ではないか。
ルカルカは一瞬フリーズした。まさか、握り飯を作った場所で本当に砲弾が混ざったのか!?
茶を入れたブリキのコップを落として固まるルカルカに、鋭鋒は口元に持っていきかけた弾を止めたまま、意味ありげな視線を送った。先に英照が笑い出した。それで冗談だと分かって、ルカルカははーっと大きく息を吐きながら座り込んでしまった。
慣れないことをするからネタばらしの間が悪い、と英照にからかうように言われながら鋭鋒が明かした話では、砲弾は今回の特殊戦車に使用するものの試作品の一つで、交渉の場でサンプルとして示すために持参したものだということだった。火薬は入っていなかった。
「あの時は本当に焦ったよー」
思い出してルカルカは苦笑いするのだった。
「珍しい悪ふざけだな」
「そうなんだよね」
全く驚かれた、としみじみ言いながらルカルカは、そのしみじみ感に似合わぬ素早い手つきでダリルの皿に残った桃饅頭を攫った。
「うーん、デザートにちょうどいい甘さ。ダリルはいいお婿さんになるね」
「……全く(溜息)」
とはいえ、砲弾を口元で止めてルカルカを見た時の、あのような目を鋭鋒から向けられる人間は、そうざらにはいないだろう。
きっと、この先も金鋭鋒に絡まる思い出は増え続けていくのだろう。
常に、彼から信頼される、彼の腹心たりえる人間でありたいと望んでいる。
男女を越えた、強い信頼で――恋人への愛とは別の形の絆で――結ばれた関係でありたい。
そのために己を磨き、彼とともに歩いていく、同じ未来を目指す。
この意志は潰えることを知らないのだから、
思いも、思い出も、果て無く増えていくのだろう。
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