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リアクション
【恋人と過ごす最期】
ナースステーションを出たところで、セレンフィリティはふと、階段方向に視線を巡らせた。
ジェイコブのものと思しき野太い叫びが、廊下全体を押し包む冷たい空気の中に響いてきたのである。
「あのふたり、無事……なのかしら」
喉の奥で小さく呻いたセレンフィリティだが、しかし他人の安否を気遣ってやれる程の余裕が今の自分には無いことも、彼女は理解していた。
「アキラ達も、来ていないようだし……このままバラバラに動いてたら、ひとりずつ、敵の餌食になってしまうわね」
セレンフィリティと比べて随分と落ち着いた様子を見せているセレアナも、既に複数名のコントラクターが行方不明になっている現状を鑑みて、流石に緊張の色を隠せない様子だった。
しかし、今は自分自身の命を最優先に考え、とにかく脱出の為の方策を考えなければならない。
その為には、敵が徘徊する院内を無事に突破し、エントランスから中庭へと抜ける為の準備を整える必要がある。
「とにかく、武器や脱出に使えそうなものは、片っ端から拾っていくしかないわね……」
「でも、あまり愚図愚図してもいられないわよ。どこであのデスマスクが襲ってくるか、分からないし」
ナースステーションで既に一度、デスマスクが出現したのだが、ジェライザ・ローズが懐中電灯の光を浴びせたことで一時的に撃退している。
だがルカルカの話によれば、懐中電灯程度の光ではそう何度も撃退出来ないのだという。
恐らくあともう一度、運が良ければ二度ぐらいは追い払えるかも知れないが、そこから先はどうなるか分からないらしい。
「私達は面会室に向かうわ。あなた達は、どうする?」
ルカルカに問われて、セレンフィリティは一瞬考え込んだが、火炎攻撃の燃料となり得るエタノールを獲得する為に、汚物処理室を目指す旨を回答した。
「二手に分かれるのは危険かも知れないけど、時間的な制約も考えると、そうもいってられないわね」
いいながら、セレンフィリティは傍らのセレアナにちらっと視線を送った。
セレアナはこの極限の状態下にあっても、セレンフィリティに向けて微かな笑みを送る。
大丈夫、私が一緒に居るから――そんな無言のエールを受けて、セレンフィリティは改めて勇気を奮い起こした。
ルカルカ、ザカコ、ジェライザ・ローズの三人が面会室へと向かい、その途中でセレンフィリティとセレアナが進路を変えて非常口方向へと廊下を走る。
不思議なことに、あれだけそこかしこにたむろしていた患者共の姿は、今は全く視界に入ってこない。
どこかに移動したのか――そんなことを考えながら、セレンフィリティとセレアナは汚物処理室内へと飛び込んでいった。
「さぁ、探しましょ。エタノール……エタノール、っと……」
セレンフィリティとセレアナは手分けして、左右の戸棚の列を物色し始めた。
目的の品は、数分とかからず発見することが出来た。
「あった……三本もあれば、十分かしら」
セレアナが、250mL入りの瓶を戸棚から三本取り出して、セレンフィリティに振り向く。
そのセレンフィリティは、恐怖に彩られた視線をセレアナに向けていた。
「セレアナ……に、逃げて……ッ!」
セレンフィリティがセレアナ本人ではなく、その後ろを見ていることは一目瞭然だった。セレアナは反対側の戸棚に並ぶガラス戸に目を転じた。
そこに自分自身の姿と、その真後ろで攻撃態勢を取ろうとしているデスマスクの姿が映っていた。
「そうは……いかないッ!」
セレアナは横っ飛びに跳ねながら、洗礼の光を駆使した。
発せられた光は極めて弱く、目潰しにもならない程度の貧弱な効果しか現れなかったが、しかしそれだけで十分だった。
実際、デスマスクは一瞬ながら動きを止め、セレアナへの必殺の一撃を加えるタイミングを逸してしまっていた。
「さぁセレン、他の皆と合流するわよッ!」
セレンフィリティの手を引いて汚物処理室を飛び出したセレアナは、しかしそこで、いきなり昏倒した。
廊下に出たところで、医師風の白衣の男が医療用ハンマーを横薙ぎに振り抜いて、セレアナの側頭部に強烈な一撃を加えてきたのである。
完璧なタイミングでのカウンターとなり、セレアナは一瞬で意識を失ってしまった。
「セレアナッ!」
慌てて恋人を抱き起そうとしたセレンフィリティであったが、周囲に迫る腐乱死体の如き患者の群れの姿を目にした途端、思考が完全に停止してしまった。
「ねぇ、ちょっと、大丈夫ッ!?」
廊下の向こうから、ルカルカが呼びかけてくる声が響いてきた。
だが、セレンフィリティは茫漠とした表情で、気絶したセレアナを抱きかかえたまま、立ち上がることも出来ない。
辛うじて、床に落ちたエタノールの瓶をルカルカ達の居る方向に向けて、転がしてやるのが精一杯だった。
「セレアナ……最期まで、一緒にいようね」
汚物処理室からのっそりと這い出してくるデスマスクの気配を背後に感じつつ、セレンフィリティは意識を失ったままのセレアナの額に、そっと口づけした。
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