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ホスピタル・ナイトメア2

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ホスピタル・ナイトメア2

リアクション


■ その……。 ■



 酸素ボンベとカテーテルチューブを手に入れたエースとメシエは循環器内科からゆかり達の騒動に紛れて一般外科へと順路を戻る。
 何か無いかと妙に生々しい術式を説明するポスター等を眺め、机の上に置かれている非常用の懐中電灯を手にした。そして、担当医の趣味だろうか、並んでいるホルマリン瓶に気づく。しかも最近誰かが持ち去ったのか綺麗に並んでいる中に一本無くなって、棚には埃の跡を残していた。
「これを見ると彼女を思い出すね」
 ゆるい喋り方をするネクロマンサーの魔女がなんとなく懐かしくなり、エースは比較的小さくて内容物の色が綺麗な瓶を手に取った。
 と、争う音が外から聞こえてきてメシエと二人息を潜めた。足音を忍ばせてドアの前にへばりついた二人は冷たいそこに耳を寄せる。
 侘助さん! と火藍の声。
 硬い物が程よく柔らかい物を容赦なく叩く音が時間にして約二分続いた。
 そして、ドサ、ドサ、と投げ捨てられたのか積まれたのかよくわからない音がして、靴音が何事もなかったかのように見回りを再開した。
 隣りの休憩室に足音が入っていくのを聞き取って、エースとメシエは静かにドアを開けると、暗がりに無造作に転がされた″そちら″を見ずに早足で移動する。
「あらぁ? 知ってる顔ぉ、これで四人目ねぇ」
 階段を降りようとして上から落ちてきた聞き覚えのある緩い口調にエースは足を止めた。
 薄闇に浮かぶ白い装束には見覚えがある。
「ルシェード」
「はぁいぃ、元気ぃ、してたぁ? なんてねぇ。今ちょっとぉ、探しものであたし忙しいのよぉ。相手はまたあとでしてあげるぅ」
「君こそ元気そうだね。探しものってコレ?」
 エースは先に手に入れていたホルマリン瓶を差し出した。ネクロマンサーの魔女ルシェード・サファイスは、きょとんとして、そして、笑顔になる。
「そうそれぇ。なぁにぃ、さっきの子といい今日はあたしついてるんじゃないぃ? ありがとぅ、お礼にこれあげるわぁ」
 と、ホルマリン瓶を受け取って、エースに代わりにどうぞと足止め用ネットを渡した。かつみ達が持っていたものと同じものである。
「この病院ってぇ、いーいぃ感じに実験出来そうなのよぉ、でぇ、これで何人か捕まえてるのよねぇ。でもぉ、あの変なお面にはとかにはぁ、無理よぉ?」
 投網の要領で投げれば引っかかる人もいるんじゃないかと簡単に少女は説明する。こんな場所でも独自の価値観で動いているらしいルシェードにエースもメシエも苦笑気味である。
「でも君は女の子でしょ。一人じゃ危ないだろうし、一緒に来ないかい?」
「なぁにぃ、お誘いぃ? でもだめぇ。はちみつちゃんを捜さなきゃぁ」
 良く見なかったホルマリン瓶の中身。少女が喜び、瓶詰めの恋人の名前を呼ぶということは、瓶の中身は生きている臓器なのだろう。色が綺麗だなと思って引き抜いたわけだったがジロジロ見なくてよかった。
「ねぇ、ルシェード。今、どうしてるの? しあわせかい?」
 別れを予感してエースは聞いてみた。彼女との最後は慌ただしく、悪魔が話してくれたその後の内容も断片的なものしか聞いてなかった。少女はにこりと笑う。
「あの人がはぐらかしたならぁ、はぐらかされてあげればいいじゃないぃ? 他の人の秘密もぉ、口を閉ざす人だからぁ。
 ああ、でもぉ、そおねぇ……今はぁ、凄くぅ幸せぇ」
 バイバイと手を振って、少女は別れを告げた。
 秘密ねと笑ったまま去っていく姿を見送り、エースはメシエに真顔で頷いた。そのまま階段を駆け下りて夜間入り口を目指す。
 と、人影が在った。
 白くて四角いデスマスクを被った人影。その手には二つのずた袋。たっぷりと中身が入っている袋。
 メシエは咄嗟に酸素ボンベのバルブを回しデスマスクの足元に転がす。指印を切ってヘルスパークの点火源を与えられた燃焼物(カテーテルチューブ)が高濃度酸素に煽られて炎へと化した。
 怯んだデスマスクの横を走り抜け、夜間入り口の横に立つ警備員に二人は襲いかかった。
 二人で抑えこみ、腰から鍵を、鍵を……鍵は?
「メシエ!」
 先に警備員から剥がされたのはメシエだった。
 デスマスクがまさか、赤々と燃える炎から怯み怯え逃げた先がこちらとは、しかも、炎は沈静化しつつあった。動きは鈍くなっても、メシエを袋に入れることは可能だったらしい。先に先客がいただろう袋にぎゅうぎゅうと押し込んで、さて次は、と標的をエースに移す。
 エースは慌てた。
 此処では死ねない。吸血ついでにメシエと一緒に寝ていたのだ。そのまま死んでしまった所を他のパートナーに発見されるわけにはいかない。何としても生きて帰って、笑い話にしなければ。
 しなければ……。
 ハッと思い出して投網にしか見えない足止め用ネット取り出し、デスマスク目掛けて投げ放つも、即座に振り払われた。
 足掻きに何か無いかとリノリウムの床を爪を立てて引っ掻くも、継ぎ目に爪が挟まり、剥がれる痛みに手を引っ込めてしまう。
 デスマスクの手が伸びて、頭を鷲掴みにされたエースが最後に見たのは、病院の味気ない天井だった。



…※…※…※…




 荒い呼吸を繰り返し、胸元を襟ごと握りしめるかつみの手をエドゥアルトは自分の被せるように添えた手でしっかりと握りしめる。
「ゆっくり呼吸して」
 シーツを手に入れリネン室を出る時に注射器を持った看護婦と遭遇した。ルシェードから物々交換で貰った足止め用ネットを使ってなんとか、ここエレベーター横の観葉植物の裏まで逃げ切れたが、注射針を見たかつみが先端恐怖症の発作を引き起こしてしまった。
「なんだよ、先が尖っているのが怖いとか……足手まといじゃないか……」
「かつみ?」
「いざって時は、おまえだけでも逃げ――痛ッ」
 頭に彼にしては珍しいげんこつを受けて、かつみはエドゥアルトを見た。エドゥアルトの優しく赤い瞳は優しいままで、けれど、湛える光は静かでとても静かで、静か過ぎて、嗚呼これは怒っているのだと、かつみは知る。
「かつみを犠牲にして自分が助かって喜ぶと、私が思う?」
「エドゥ……」
「そう思われるのは心外だし、それに、私たちのどちらかでもいなくなったら、他の皆はどんな……思いをすると? ちゃんと考えて」
 一度はきちんと考えたことがあるのか、指摘するエドゥアルトはかつみの両肩に手を置いて息を吐き出した。
 言いたいことはある。かつみが自覚しているのかしていないのか自己犠牲を厭わないのも知っているつもりだが、でも、その背に庇われ続けるより、隣りで立ちその肩をエドゥアルトは支えたいのだ。
「とにかく、ゆっくり深呼吸して。ふたりで生きて帰ろう」
 帰ろう。目的ははっきりさせたほうが良い。かつみの肩を叩き、人工観葉植物の影に身を縮めて隠れた。見回りの靴音がもうすぐ廊下を曲がってこちらにやってくる。
 大丈夫との目配せに、かつみはエドゥアルトに一度の瞬きで答えた。
 全ての部屋を回り切った警備員が次の階に進むのをテレビの映像で知っている二人は警備員が階段に向かっていくのを待ってから、床を蹴った。
 背後からの奇襲。シーツの両端を持った二人は左右に展開し、気配に気づき振り返った警備員はそのまま足元をシーツに掬われて転倒した。警棒を持つ腕ごと男の上半身をエドゥアルトは全体重を使って押さえ、その間かつみは鍵束を引っ掴むと、手製の簡易ブラックジャックで思いっきり警備員の頭を殴った。
「エドゥ!」
 もんどりうって倒れる警備員の頭に時間稼ぎにシーツを被せて、パートナーの名前を叫んだかつみは階段に向かって全速力でダッシュする。
 鍵は手に入れた。あとは病院を脱するだけ!
「――ッ!」
 階段に差し掛かったところでかつみは隣りを走るエドゥアルトの姿が視界から消えたことに驚き、態勢を崩した彼がそのまま階段を転げ落ちていくのを見送って声を失った。
 思わず足を止めたかつみの視界が白く……否、黒く覆われた。強引な力で後ろに引き倒される。
 肩に強烈な衝撃。次に左腰、次に右脇腹、次に、次に、次に、次に……。
 混濁する思考で、かつみはそうだ、と思う。動けないように縛り上げるのを忘れていた。気を失ったかの確認も。鍵を手に入れたことで……駄目だ、これ以上考えれない。
「かつみ……」
 シーツで包(くる)まれた人の形が警棒が振り下ろされる度に変わっていくのを、突き飛ばされ階段を転がり落ちて身動きできないエドゥアルトは薄く開けた目で眺め、次は自分が同じ目に遭うのだろうかと朦朧とした意識の中、パートナーの安否にただ名前を繰り返した。