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【蒼空・三千合同】鍋会にいらっしゃい

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【蒼空・三千合同】鍋会にいらっしゃい

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6.闇鍋 ――材料投入1

「玲亜、玲亜ー、どこにいるのー」
 川村 詩亜(かわむら・しあ)は試作量産型わたげうさぎ型HCをもふもふさせながら、鍋会会場周辺をうろうろと彷徨っていた。
 彼女が探しているのは、川村 玲亜(かわむら・れあ)と、それに憑依した奈落人の川村 玲亜(かわむら・れあ)
「また、いつものように迷子になったのかしら?」
 日常茶飯事とはいえ、姿が見えなければ心配なことには変わらない。
「闇鍋も開催されるって言うし、危ない所に行っていないといいけど……」

   ※※※

 星空 涼は石狩鍋を作ろうと考えていた。
 石狩鍋……鮭の身や骨などのアラと豆腐、野菜の鍋。
「といってもサケがないんだよなぁ。それに代わる魚、あるかなぁ」
 まずは材料探しから始めた涼。
 そんな彼女の目の前に、立派な新巻鮭が現れた。
「ふふふ〜、闇鍋とはいえ鍋は鍋。鍋と言ったら鮭は外せないよね〜なのだ〜」
 闇鍋に参加する屋良 黎明華(やら・れめか)が、自らの持ち込み材料の新巻鮭を引きずって通りがかったのだ。
「おぉ……!」
 立派な鮭に目を輝かせる涼。
「ん〜? この鮭が気になるのだ?」
 黎明華の言葉にこくこくと頷く涼。
「ふっふっふ、お目が高いのだ〜! これはキマクのサルヴィン川でとれた? パラミタ鮭を丁寧に塩漬けされた逸品なのだ〜」
「……!(言ってることはよく分からないけど、なんかすごい!)」
「どうなのだ〜! 黎明華がいつかキマクで温泉宿をオープンさせるための鍋料理の下準備の一環でもあるのだ〜」
「……!(こくこく)」
「お頭はキモいけど、絶対美味いのだ〜」
「……!(こくこく)」
「……」
「……」
「……少し、あげようかなのだ?」
「本当っ!?」
 こうして、涼は無事鮭を手に入れることが出来、石狩鍋を完成させることができたのだった。

   ※※※

 どどどどどどどどど。
 滝のほど近くにある洞窟。
 この地に集まった30人強の男女たちは一様に押し黙り、一種異様な雰囲気を醸し出している。
 いよいよ、始まるのだ。
 ――闇鍋が。

「ネタに生き、ネタに死ーす!」
 どん!
 ほのかな明かりの下、アリス・セカンドカラーが差し出した大鍋の中身は蛍光ピンクに染まっていた。
「何だこれ!?」
 鍋会主催者の一人、クラウドが驚愕の声をあげる。
 今は、闇鍋の下味作り。
 無難な出汁を作っていたはずなのだが、アリスが持参した汁のせいで、鍋は出汁ごととんでもない事になっていた。
「せめて、出汁くらいは料理上手な人に……」
「ばっかもーん! 料理の上手い人にやらせてうっかりおいしい鍋になったらネタにならないでしょうが! それじゃ闇鍋をやる意味は皆無でしょうが!」
「いや最初っから絶望に叩き落とす必要はないだろ!?」
「無問題! ほら御覧なさい」
 アリスは側に置いてあった野菜を鍋に投げ込む。
 ずぶずぶと音を立て、ゆっくりと沈んでいく。
「ほら、一応野菜は沈んでいくでしょ? ちょっとゼリーっぽくなっちゃったけどコラーゲンってことで」
「そんな鍋があるか!」
「まあまあ、下味作りも闇鍋の醍醐味でしょう」
「そこ、何入れた!」
 アリスを擁護しながら鍋に近づいた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)にクラウドの視線が鋭く突き刺さる。
「ただの、カレールウですよ。……ナラ辛の」
 その辛さはナラカ直葬と言われる幻のルウ。
「ネタで買ったけど怖くて使えなかったから、良い機会だから、しょぶ……提供しよう!」
「処分て言おうとしたよな今!」
 闇鍋は下地の時点で既に大変なことになろうとしていた。

「――闇鍋……それは、選ばれし勇者達が集う食卓にのみ許されるもの……」
 どぼどぼどぼ。
「アンタも一体何を……」
 更にエンジュ・レーヴェンハイムが鍋に白い液体を入れた。
「安心してください。豆乳です」
「おお、初めてまともな食材名!」
 エンジュは涼やかな顔で微笑む。
「豆乳があれば大丈夫。豆乳はあらゆるものをまろやかに仕上げてくれる、夢の液体」
「重いと思ったらそんなモノ持ってきたのか」
 エンジュのため、彼の荷物を持ってきていた緋夜 朱零、いや緋來がぼそりと呟く。
「しかも、若干豆乳を美化しすぎてる気もしなくもないが……」
「とにかく、豆乳さえあれば危険な出汁も、なんとか食べられるようになるに違いありません」
 そうエンジュが力説する間にも、輜重兵が出汁にチゲスープを追加していた。
 しかし豆乳のおかげか、アリスの用意したピンク色はかなり薄れ、唯斗の入れたカレーもかなりまろやかになっている。
「それじゃあ……そろそろ、材料投入といくか?」
 緋來が用意してきた牛モツを入れる。
 それを契機に、参加者たちは次々と持参してきた具材を投入してゆく。

「郷に入れば郷に従えと言いますし、初夏に闇鍋がこちらのしきたりなら守らないといけませんね」
 納屋 タヱ子は恋人の信道 正義と共に鍋の前へ進み出た。
(でもちょっと怖いので、普通の食材を用意してきました)
 そうっと投入したのは、餅。
 万が一危険なものとなった出汁が染み込んでも大変なことにならないよう、慎重な判断だった。
「俺も、最初は奇想天外な食材を入れて皆と反応を楽しもうと考えたんだが……」
 闇鍋参加者の中には、タヱ子もいる。
 彼女に危険が及ぶような事態は避けたい。
 そう考えた正義が持参したのは、リコリッツ。
(夏らしい鍋と言えば野菜。野草が材料だからミントな味だしきっとイケる。 うん、きっと。多分。恐らく……)
 料理をしない正義には、いまいち鍋の勝手が分からない。
 固形だから鍋の出汁に混ざらないだろうという彼の選択は、果たして吉と出るか、凶と出るか……
 ちなみにタヱ子はセーラー服姿。
 その下には、学校指定の水着を装備している。
 参加者が皆水着でなかったら恥ずかしいと思っての措置だが、薄暗い闇鍋会場ではあまり気にすることはなかったようだ。
 隣で時折ちらちらと彼女の様子を伺っている正義を除いては……

「オレは、桃から生まれてないが、四十三代目桃太郎だ! なるほど! 全く分からないが鍋の中に何かいれればいいのか!」
 吉備津 桃太郎が持っているのは、当然のごとくきび団子。
 冷凍きび団子を鍋へと投げ込む。

「ついに……これを……使う時が……来た!」
 マジョラム・アルカードが投げ入れたのは、手の中にすっぽり隠れるほどの小さな物体。
 以前に田中 全能神が用意した、限りない愛が込められているという全能神のチョコレートだ。
(全能神さまは……これに……気が、つく……でしょう、か……?)
 マジョラムはちらりと全能神を見るが、全能神は何時もの通り悠然と立っているだけ。
 微塵も気づく様子はない。
 そもそもが、全能神のチョコレートは近所のコンビニで20円で買える代物。
 自分のチョコか単なるチョコかの区別すらついていないのではないだろうか。
 当の全能神は悠然と鍋に近づくと、ある物体を取り出した。
「ボクが下肢する食材は、これだ!」
 それは、何の変哲もない卵。
「卵……一体何が生まれるのか、あらゆる可能性を秘めたこの具材こそ至高の存在たるボクにふさわしいと思わないかい?」
「いえ……あら、ゆる、可能性と、いいますが……この、卵の未来は……食べられる、しか、ないのでは……?」
「細かいことは気にしなくてもいいんだよ」
「あと……殻ごと、投入?」
「細かいことは気にしなくてもいいんだよ」

「なんでだろうね……闇鍋って、妙に心惹かれるよねー」
 篠月 糺はどぼどぼどぼーんと小気味いい音を立てながら、レモンを投入する。
「ちょうど、ギルドで大量に余っ……げふんげふん、生産しているからね」
「あまりツッコみたくないが……今、余ってるって言わなかったか?」
「いやいやいや。ちょっと大きいし堅いけど煮るし大丈夫大丈夫」
「大丈夫とか問題ないって台詞は聞き飽きたんだけど」
 クラウドに言われても、糺は本心からそう思っていた。
 ギルドに丸ごと食べることができる人がいるらしく、糺の感覚はマヒしていた。

「闇鍋……! それは己の不屈の魂と胃袋などの強さを試される戦場!」
 気合満点の霧雨 透乃は墓標バーガーを投げ込んだ。
 パンと中身が鍋の中でぐだぐだに分離してゆく。
「まあいっか!」
 闇鍋にトラブルはつきものだ。
「不安と期待半々といったところですね……」
 そう言いながら緋柱 陽子は自身のテンタクルスレイブに包丁を入れる。
 それを見たクラウドが慌てて鍋との間に割って入る。
「ちょ……ちょっとアンタ何やってんだ!」
「大丈夫。しばらくすれば再生します」
「いやそれも大事だけど、鍋に何入れようとしてるんだ!」
「私の体の一部を素敵な女性に食べていただきたいですね!」
「さすがにガチだとドン引くわ!」
 ざっくり。
「あっ……」
 陽子とクラウドが押し問答している間に、テンタクルスレイブは鍋の中へ……
(……いやいや、危ない所でしたね)
 危機を察知した唯斗が縮界でキャッチ、こっそり鍋の外へと放り出したのだった。

「俺が持ち込んだのは、これだ。肉団子!」
 柊 恭也はどぼりと大振りの肉団子を投げ込んだ。
 一見、ごく普通の具材。
 しかしこれは実は恭也の手作りだったのだ。
 そして彼は、肉団子を作る際、その中につなぎとして大量の“自称小麦粉”を練り入れたのだ。
 きもちのよくなる、しろいこな。
 いや、勿論本当に小麦粉なのだが。
(まぁ、汁に成分が染み出すかもしれんが問題ないよなー)
 小麦粉ですから。

(……まさか、こんな所で奴に会うとはな……)
 そんな恭也に殺意の籠った視線を投げかけている人物がいた。
 エーファ・アルノルト。
 彼女は先日起こったとある事件を契機に、恭也に浅からぬ恨みがあったのだ。
(ここで会ったが100年目…… 地獄の底へブチ込んでやりたいところだが……!)
 怒りで震える拳を、しかしエーファはぐっと抑えた。
(……ここで事を起こしては関係者に多大な迷惑がかかる……ここは、この地の流儀に従って勝負だ)
 ぐっと殺気を押さえ、持ってきたソーセージを鍋に放り込んだ。
 ドイツ料理の美味しさを知ってもらいたい。
 ドイツといえば、ソーセージ。
 そのために用意してきた、特製のソーセージだった。
 じゅうううう……
 その隣ではエルダーマギウスがゴダム宇宙船残骸から持ってきた500年以上前の携帯食料を投げ込んでいる。
(これぞ、異文化交流ってヤツだよ!)
 そう考えながらケイシー・カートライトはインスマスの切り身を鍋に入れる。
 交流とか言いながら既に悪意しかない具材選択だ。

 ケイシーの悪意を契機に、次第に闇鍋は不穏な方向へと舵を切る。

(薄暗い洞窟、立ち込める鍋……なのか何なのかもうよく分からない怪しい匂い、何が起こるかわからないドキドキ感……)
 東城 カンナは闇鍋の空気を満喫していた。
(ふっふっふ! 闇鍋なんて楽しいものアタシが見逃すわけないでしょ!!)
 闇鍋と、その際に起こり得る楽しそうな場面を想像し、カンナの頬がつい緩む。
 いやいやと首を振ると、カンナが取り出したのは……
「アタシが持って来たのは『ショゴスの目』!」
 どぼーん!
 止める間もなく鍋へと放り込まれる。
(食べられるかどうかわからないけれど、魚の目が食べられるんだから食べられるでしょきっと)
 根拠のない自身が鍋へと溶け込んで行く。

「鍋会……それは食費が厳しい私にとっては、神の救い!」
 借金返済のため食費をギリギリまで削っていた高天原 さくらは、零れ落ちる涎を止めようともせず、誓う。
「この鍋会でお腹いっぱい食べて、食費を浮かせます!」
 ならば通常の鍋会に行けばいいものを、あえて闇鍋に来る謎の闇の深さ。
 そしてさくらが取り出したのは、名伏しがたい邪神群の肉。
「……何かヤバいモン入れようとしてるんじゃないのか?」
「ゴダムからSAN値直送で送ってもらったのです!」
「今何か発音が変だった!」
 怪しむクラウドをスルーし、さくらの邪神群の肉は鍋へと沈んで行った。

 次々と特異者たちによって鍋に投入される怪しい品々。
 果たして軌道修正は無理かと考えられた闇鍋に、それでも希望の光が射し込む。
 パラミタの面々は諦めることなく、次々と食材を投入してゆく。