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昔を振り返り今日を過ごし未来を見よう

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リアクション


■時は、現在


 現在、2024年。妖怪の山奥にある温泉宿『のっぺらりんの宿』、女湯。

「……これが妖力含有の湯」
 アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は湯を両手ですくい、興味深そうに見ていた。錬金術を嗜む者として特別な力を持つ湯が気になる様子。
 その横では
「……」
 本日アゾートを誘ったノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)がいた。
 しかしその青色の瞳が注がれているのはアゾートではなく
「……」
 アゾートの胸元であった。
 視線を自分のかなり控え目な胸に向け
「……(アゾートさんも割と……)」
 アゾートの控え目な胸に安堵していた。やはり胸は女の子として一番気になる所らしい。
 そうやってお胸の比べっこをしていたため
「……とう」
 アゾートが何を言ったのか聞き逃してしまい
「……アゾートさん、どうかしましたか?」
 ノエルは聞き返した。
「ありがとうって言ったんだよ。こんな興味をそそる宿に招待してくれて」
 アゾートは気を害した様子も無くもう一度言った。
「あぁ、いえ、喜んで頂けて嬉しいです。ここの名物は鍋だそうですからお風呂を出たら食べてみませんか。妖怪の山由来の素材を沢山使った物だそうですよ(やっぱりここを選んで正解でしたね)」
 ノエルは慌てて答え鍋の事も伝えた。内心では自分の選択に満足していた。
「……いいね。妖怪の山由来となると何か特別な効果があるのかな。素材について色々聞いてみてもいいかもしれないね」
 アゾートは風呂だけなくその後のお楽しみにも心を動かした。
「そうですね」
 ノエルはにこにこと笑ってから
「実は今日アゾートさんにお話があって招待したんです」
 本題を始める。
「話?」
 アゾートが聞き返すと
「はい。恋人になった弾さんとのあれこれを聞けたらと思いまして……弾さんからあまり聞かされていないので折角だから女の子同士でと」
 ノエルはにこぉと素敵過ぎる笑みを浮かべた。
「……それはつまり?」
 アゾートはうっすらとノエルが何を聞きたいのか分かりながらも念のためにと聞き返した。
「レッツ、ガールズトーク、恋バナですね♪」
 ノエルは声を弾ませた。その笑顔はちょっぴり黒く根掘り葉掘り聞くぞと言っていた。
 まず始めにと
「どこまで進みました? もうキスは済ませました? 弾さん、かな〜りうぶで恋愛に不慣れですからアゾートさんをやきもきさせているんじゃありませんか(告白するまでにも色々ありましたし)」
 定番の質問をかましつつ彼がアゾートと恋人になるまでの色々を思い出していた。保護者としてそっと見守ったりした事も。
「……そんな事は無いけど……」
 アゾートはノエルの勢いにのまれながらも淡々といつもの調子で答えつつも思い出すのはぎこちない関係。腕を組んだりおでこにキスする以上の進展はないという中学生カップルのような。
「そうですか。ところで低学力で脳筋な彼の、どこが気に入ったのです?」
 ノエルはさらにたたみかける。
「……どこって……それは……誠実な所かな」
 アゾートは素直な彼氏の笑顔を思い浮かべながら答えた。
「他には?」
 ノエルがズズイと身を乗り出す勢いでさらに言葉をかぶせる。
「……他には……」
 アゾートは彼氏の事を思い出す。あの自分に真っ直ぐに向ける優しい笑顔。
 思い出している内に
「……いつも一生懸命な所や……優しい所かな」
 アゾートはほのかに頬を染め始め言葉も少し途切れ気味に。
「……アゾートさん?(もしかして照れているのでしょうか)」
 ノエルは先程まで冷静であったアゾートが少しだけ様子がおかしい事に気付き言葉をかけると
「いや、こういう事を口にするのは……照れるものだね」
 アゾートはなおも照れたまま少し困ったように言った。
「ふふ、そうですか……アゾートさんも照れる事があるんですね」
 ノエルはクスクスと笑いをこぼした。いつも冷静なアゾートが僅かながら照れているのは貴重なので。
「……ひどいな」
 アゾートは照れた困り顔でさらに洩らした。
 ここで
「男は獣ですから、油断禁物です」
 ノエルはいやに真剣な顔と身を乗り出す勢いで釘を刺すも
「……禁物って……彼はそんな感じでは」
 ノエルの勢いに押され気味になりながらアゾートは言い返した。あの可愛くて優しい彼が獣になるとは全く想像が出来ないらしい。というよりは獣にならないと信じているようだ。
「いえいえ、弾さんみたいなのが一番危ないんですよ。ちょっとしたきっかけで獣になるものです!」
 ノエルは声高に言い詰め寄る。
「……そうかな」
 アゾートは少しばかりノエルの勢いで後退。
「そうですよ。というか弾さんの事信じて愛してくれてるんですね」
 ノエルは詰め寄るのをやめて口元に優しい笑みを浮かべ自分の相棒を信じて愛してくれる女性を見た。
「……いや、それは……」
 アゾートは自分に注がれる優しい眼差しに堪らなくなり
「そんな事よりキミの方はどうなの? ボクばかり話すのはフェアじゃないよ」
 逆襲を始めた。自分ばかり恥ずかしい話をするのは公平ではないと。
「私の恋愛模様ですか? 何もなしです」
 ノエルはあっけらかんと言った。
「……本当に?」
 アゾートが探る目で問いただすと
「……」
 ノエルは先程とは打って変わって真剣な顔で湯を見つめ
「……私、弾さんと出会う前に別の人に仕えて家事手伝い的な事もしていました……その時の事は今で思い出せます……とても平和で穏やかな時間で……あの人のために何かする事が私の幸せで……」
 ノエルはゆっくりと過ぎ去りし過去を紡ぎ始めた。
「……」
 アゾートは静かに耳を傾けている。
「……幸せな時間は長くは続かないという話、よくありますよね」
 ノエルは僅かに顔を上げ、アゾートを見た。その顔には切なげな色が差し込んでいた。
「……もしかして」
 アゾートはノエルの言葉と表情から先の言葉を察した。
「……その人は戦死して……私は……最期にあの人の幸せな顔を見れず悔やみました……幸せな日が続くと思っていたのが突然……終わりを迎えて……あまりにも苦しくて……」
 回顧するノエルの胸には過ぎた深い悲しみが押し寄せ発する言葉に哀惜が混じる。
「……あの人の笑顔を見る事も名前を呼んでくれる事も永遠に無くなったので……それで私は……失意のまま……眠りについて……」
 ノエルは続ける。大切な人を失った悲しみに支配された自分がとった行動を思い出しながら。
 ここで
「その人がキミの最初の恋の相手だね」
 察したアゾートが優しく言葉をかけた。
「……はい。最初で最後の恋の相手です」
 ノエルはこくりとうなずいてから
「……ずっとずっと眠ったままだと思っていました……それが」
 話を続けた。
「……彼に会ったんだね」
 言葉の先を知るアゾートは先回りして言った。
「……はい。弾さんと出会い……彼の身の上……家族を亡くした事を知って……私もあの人を失っていて……大切な人を亡くし孤独な境遇に共感して契約して……今は家族のようで」
 ノエルは弾と出会った事をしみじみと思い出していた。表情からは少し悲しみが抜けていた。
「……今は幸せ?」
 アゾートが口元に優しい笑みを浮かべながら訊ねた。
「えぇ、幸せです。弾さんがアゾートさんと過ごしている様子を見て、幸せそうで……今度はパートナーを幸せにすることができたのだなって……心の中で止まっていた時計が動き出した気がして……」
 ノエルはにこぉと明るい笑顔を浮かべながら言った。
「……そっか」
 アゾートは微笑を浮かべた。ノエルを気に掛けていたのか心底安堵したように。
「だからお願いします。弾さんといつまでも仲良くして下さいね」
「言われなくてもだよ」
 ぺこりと頭を下げてお願いするノエルにアゾートは微笑みのまま即答した。
「はい。そして時々、こうして進捗状況を教えて下さいね。うふ」
 顔を上げたノエルは茶目っ気のある顔といつもの調子で言った。
「……全く、キミは」
 アゾートは溜息を吐き呆れてから
「……さっきの話、彼には?」
 思い出したように訊ねた。
「していないですね。アゾートさんにお話するのが初めてです」
 ノエルはそう言えばと言った感じで思い出した。
最初から話そうと思って話した訳では無いが、はぐらかさずに話したのは本人が言った通り時計が動き出したからかもしれない。
「そっか。大切な話をボクにしてくれてありがとう」
 アゾートは礼を言った。大切な話をするという事は自身を相手に晒す事だから。
「いえ、お礼を言うのは私の方です。弾さんと出会って幸せにしてくれてありがとうございます」
 ノエルは真剣な表情で心底の感謝を言葉にしたかと思いきや
「ああ、そう言えば女湯は美肌効果があるそうですよ。たっぷり浸かって女を磨きましょう。きっと弾さんも喜びますよ」
 途端に破顔し湯を腕にかけながら言った。
「……キミは」
 アゾートは先程のシリアスを壊すノエルの明るさに溜息を洩らしつつもしっかりと湯に浸かっていた。