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白百合革命(第2回/全4回)

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白百合革命(第2回/全4回)

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第3章 ツァンダの病院にて

 ツァンダ東の森で発見された、風見瑠奈とゼスタ・レイランはツァンダの病院で治療を受けていた。
 治療といっても、2人とも外傷は全くないため、他の発見された人々と同じように、療養生活を送っているにすぎなかった。
 身元が判明した者達の多くは家族の元に戻っていったが、瑠奈とゼスタ、それから百合園生のマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)については、ツァンダの病院にまだ預けられていた。
 というのも、タシガン空峡の小島で少女を診た九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)と百合園生達が、地球の医療機器が存在するツァンダでの検査を求めたからだった。
 ローズは島の治療院の院長に紹介状を書いてもらい、ツァンダの病院で少女やダークレッドホール絡みと思われる患者の経過観察に関わらせてもらっていた。
「今日は甘いプリン持ってきたよー」
 瑠奈とゼスタの部屋に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が顔を出した。
 美羽は瑠奈とゼスタを案じて、毎日顔を出し、世話をしてあげていた。
 瑠奈とゼスタは離れることを嫌い、無理に離そうとすると抵抗をするため、同室に置かれていた。
「はい、あーん」
 スプーンで掬って、瑠奈の口に近づけると、瑠奈は素直に口を開いた。
「このプリン、甘くてまろやかでとっても美味しいでしょ? えっと……今感じている気持ちは『おいしい』って気持ちなんだよ」
 美羽は瑠奈にそう語りかけて、どこか虚ろな表情の彼女を「大丈夫、大丈夫」と優しく撫でた。
 同じようにゼスタにもプリンを食べさせるが、こちらも反応は瑠奈と全く同じ。
 2人とも感情を表すことも、まともな言葉を話すこともなかった。
(なんだろう、この違和感……。まるで人形に話しかけてるみたい)
 どうして、こんなことになってしまったんだろう。
 2人を発見してから随分経ったけれど、発見した当時と2人の様子は全く変わってないように見える。
 このまま、元には戻らないのだろうかと、美羽は不安になっていく。
「ただいま。報告してきたよ」
 白百合団への報告の為に、院外に出ていたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が戻ってきた。
 彼女も、ゼスタと瑠奈に付き添いこの病院を訪れ、以後、頻繁に顔を出していた。
「検査をしますよ」
 ローズが病院の医師と共に車いすを持って、訪れた。
「コワイ、コワイ……コワイ」
 途端、瑠奈もゼスタも怯えだす。
 このような調子で、検査をしようとすると暴れて拒否し、まともに行えずにいた。
(ダークレッドホールの中で、何か怖いことでもあったのかな)
 レキは瑠奈を見ながら考える。
(噂では『未知の生物にあれこれ調査されて捨てられる』というのがあったけど……)
 その噂通り、発見された時、2人は検査服のようなガウンを纏っていた。
 レキは思わず、UFOに攫われて人体実験される様子を思い浮かべ、身震いした。
(でも、そういう形跡もないよね)
 瑠奈の腕に目を向ける。
 医師と共に彼女の腕や肩を確認したが、怪我や注射の跡などは見当たらなかった。
(何かされて、未知の生物に持ち物や着ているもの、全部奪われた? でも、タシガン空峡の島で発見された女の子は、ガウン姿ではなく、普通の服だったって話だし)
「あの、九条先生はタシガン空峡で発見された女の子の治療もしたんですよね?」
 レキは瑠奈の症状を見ているローズに問いかけた。
「ええ、彼女とは違い、こちらの方々にはこれといって悪い所がないのよね……」
 ローズは瑠奈を見ながら眉を寄せる。
「噂ではホールに飛び込んで戻ってきたのは、ほとんど契約者だって話だよね。その子も契約者……なのかな?」
「身元が分からないのでなんとも……。手を尽くしてみましたが、不自然なほどに知り合いだと名乗り出てくれる方がいません」
「うーん、不思議だね。とりあえず、今日こそ2人には検査を受けてもらわないと!」
 怖い怖いと言っている2人に強制的に検査を受けさせるのは気が引けるけれど……原因を知るためには、精密検査は必要なのだから。
「二人が来ていた服からも、情報得られなかったしね」
 美羽は怖がっている瑠奈を心配そうに見つめる。
 美羽もレキもサイコメトリで2人が着ていた検査服のようなガウンを探りはしたのだけれど、特別な情報は何も得られなかった。
 タグを確認したところ、それは普通に通販で手に入るガウンだった。
「んーと、とりあえずは、ゼスタ先生の方からお願いします!」
 レキはそうローズと医師にお願いをした。
 パートナーの神楽崎優子は、パートナーロストのような症状に見舞われているという。
 となれば、ゼスタには何らかの重大な異常があるはずなのだ。
「そうですね。実は……」
 ローズは野菜ジュースを美羽に渡す。
(睡眠薬入りのジュース用意してきました)
 そして小声で、美羽に言った。
 少し迷った後、美羽はプリンを食べさせた時と同じように、笑顔でゼスタを労わりながら野菜ジュースを飲ませてあげたのだった。

 数時間後に、CTや採血を終えたゼスタは部屋に戻された。
「こんにちは」
 目覚めた彼に、優しく声をかけたのは早川 呼雪(はやかわ・こゆき)だった。
 見舞いに訪れた呼雪は、ローズやレキ、美羽達から話を聞きながら、彼の目覚めを待っていた。
「気分はどうだ?」
 声は聞こえているようだが、ゼスタは呼雪の言葉に答えることはなく。
 どこか遠くを、茫然と見つめている。
(記憶喪失……というか、脳障害の症状のようにも見えるな)
 呼雪は持ってきた高級なフルーツの盛り合わせから、梨を手に取ってナイフで皮をむく。
 そして貰ってきた湯冷ましと共に、サイドテーブルに置いた。
「悪いところはないんだろ? 寝てばかりでは体によくない」
 呼雪はゼスタを起こして座らせると、梨をホークで刺して、差し出した。
 ゼスタは口を開いて、梨を食べる。
 その顔には、何の感情も浮かんでおらず、食べ方にもどこか違和感がある。
(彼は甘いスイーツやフルーツを好んで、とても美味しそうに食べる人だったはず)
 呼雪の知っているゼスタと、目の前の人物は違いすぎた。
(肩に傷があったらしいが……)
 ダークレッドホールに突入する際、彼の肩には光る刃のようなものが刺さっていたと聞いた。
 今はその刃も、傷の痕跡もないという。
 呼雪自身も彼を起こす時に彼の肩に強めに触れてみたが、刃のようなものはなく、ゼスタが反応を示すこともなかった。
「帰ル……」
 茫然とした目のまま、ゼスタが呟いた。
「どこへだ?」
「……家」
「あなたの家はどこにある?」
「ワカラナイ、コワイ……」
 そして怖い怖いと、彼は震えだす。
「わからなくても大丈夫、大丈夫だからな」
 呼雪は優しく言葉をかけて、彼の背をさすってあげた。
 同時に。
(本当に本人なのだろうか?)
 そんな疑問も抱いていた。
 呼雪はソウルヴィジュアライズの能力で、ゼスタの表情を見て見る。
 ……彼の表情は、虚ろなままだった。
(少なくても、ゼスタ・レイランの心は、ここには宿っていないということか)
 記憶を喪失しているからか、それとも他に理由があるのか……。
 確実に判断できる材料はない。
 だが、以前の心の無い彼は、呼雪にとっても、友人達にとっても別人だ。

「こんにちは、お加減いかがですか?」
 白百合団員の藤崎 凛(ふじさき・りん)は、タシガン空峡の小島で発見された、少女のところにお見舞いに訪れいてた。
 少女もまた、ツァンダの病院で治療を受けている。
 凛はピンクのバラを中心とした明るい雰囲気の花束を持っていていた。
「テーブルの上に、飾りましょう」
 花を花瓶に挿してから彼女の側に腰かける。
 怪我は完治しており、体調にももう問題がないということで、少女はベッドではなくソファーに腰かけていた。
 少女は凛を見るが、その瞳には感情が込められていない。
「お名前、お聞きしてよろしいですか?」
 凛がそう尋ねると、少女は瞬きを数回繰り返す。
「きいろ」
「黄色? そういえば、発見された時、黄色のシャツを着てらっしゃいましたよね。ご両親に買っていただいたのですか?」
「分からない……帰る」
 そう言うと、少女は窓の外に目を向ける。
「どちらへですか?」
「……赤い、渦の中」
「お家は、その中にあるのですか?」
 リンが尋ねると、少女は首を縦に振った。
(この子は……本当に、ダークレッドホールの先の空間にお住まいだったのかしら?)
 瑠奈やゼスタと少女の症状は少し違った。
 感情に乏しいところや、言葉が片言な所は似ているけれど、彼女にはなんらかの記憶があるようだ。
(身元も判明しませんし、シャンバラに住んでいた方ではないようですし)
 凛は微笑みを浮かべ、少女に優しく問いかけていく。
「きいろさん、とお呼びしますね。赤い渦の先には、別の世界があるのですか?」
「分からない」
「きいろさんの、住んでいた場所があるのですよね?」
「分からない……帰る」
(分からない……。理解していない? 別の世界でも、住んでいたわけでもない、ということでしょうか)
 話してみて判ったのは、少女が自分達地球人とは違う生まれで、生き方をしてきたようだということ。
(不思議な子ですわ……)
 凛はしばらくの間、少女を見守り、優しく言葉をかけたあと。
「また来ますね」
 そう約束をして、部屋を後にした。

 百合園女学院の生徒であるヴァーナーとマリカの元へは、同田貫義弘(宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ))を手に、教師である祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)が見舞いに訪れていた。
 祥子はヴァーナーを良く知っていたため、特にヴァーナーの様子を注意深く見ていた。
「名前と所属、分かるかしら?」
 そう問いかけても、2人は「ワカラナイ、コワイ」という言葉しか口に出しはしない。
 知り合いのヴァーナーは勿論、マリカも写真と照らし合わせて確認するが、写真と相違ない容姿だった。
「怖いですか? 大丈夫ですよ。落ち着くですよ」
 ヴァーナーの喋り方を真似ながら、祥子はヴァーナーを優しく抱きしめて、撫でてみた。
 ヴァーナーは抱きしめたり、キスをしたりといった、スキンシップが好きな子だから。
「ワカラナイ、ワカラナイ……」
 しかし、ヴァーナーは祥子を抱きしめ返してくることはなく、ただ震えていた。
「……」
 祥子は嘘感知の能力でヴァーナーとマリカを見ていたが、嘘をついている違和感以前に、2人の様子には違和感がありすぎた。
 コワイと言い、震えているのに……なんだろう、本当に怖そうではないというか。
(なんだか、脳に障害があるような……そんな感じ)
「暫く行方不明になってたけど、どうしたの?」
 そう、祥子は問いかけてみたが、ヴァーナーもゼスタ、瑠奈と同じで何も覚えていないようだった。
 言語能力さえほぼ失っている、重度の記憶障害の状態であった。
「思いだせないだけかもしれないから」
 祥子はヴァーナーの髪を指で梳きながら……一本、抜き取った。
 そして、サイコメトリでその髪を視た。
(何も、ない。からっぽ。不自然なほどに)
 髪からは情報を得ることが出来なかった。
 こんな状態に陥ったのだから、何か大きな禍にヴァーナーが巻き込まれたことは間違いないのに。
(過去に体験した大きな事件もなにも、見えない。様々なイメージが錯綜しているのとはまた違う。何も経験していないかのように……見えない)
 ヴァーナーもマリカも、話しかけなければ虚空を見つめて、ぼーっとしている。
 声をかければ、コワイ、ワカラナイ、という言葉だけを呟き、震えていた。
「大丈夫、焦らずゆっくり思いだしていきましょう」
 もう一度祥子はヴァーナーの頭を撫でて、ハグをした後。
 彼女達をベッドに寝かせて、明かりを落とした。
 しばらく静かに見守ってから、他の百合園の関係者の様子を見に向かった。