リアクション
○ ○ ○ 夕焼けのような赤い光に包まれた空間で――まだ生きている者がいた。 「行かなきゃ……見つけなきゃ……」 ひどく喉が渇き、視界ももうはっきりとは見えない。 持ってきていた道具で多少回復はしたが、すぐにそれ以上のダメージを受けてしまう。 前へ進もうとしているけれど、自らの足で歩いているのかさえ、良く分からない。 だけれど、リン・リーファ(りん・りーふぁ)は、彼の元へ、この熱い大地のどこかにいるかもしれないゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)の元へ行こうとしていた。 「リンさん、しっかり……」 共に赤く染まった荒野を歩きながら、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)はリンにヒールをかけて、傷をほんの少し癒す。 この強い魔力と電磁波が渦巻いている空間では、魔法や機械類を正常に操ることが出来なかった。 どこに居ても酷く熱く、夏の暑い陽射しで体が焼けていく感覚と同じような感覚を受けていた。 「あそこの大きな岩までいきますよ」 小夜子は周囲に敵――人型のロボットや、光条兵器を使う、意思能力がなさそうな光条兵器使いの姿がないことを確認してから、リンを支えて岩陰まで歩いた。 「街まであと少しです。人はいないかもしれませんが、隠れる場所は沢山あると思いますから」 自分自身も長くは持たないだろうと、小夜子は気付いていた。 ゼスタや白百合団の団長の風見 瑠奈(かざみ・るな)が、ひと月以上前からここにいるのなら……生存はかなり厳しいだろうということにも、気付いていた。 (だけれど、お2人のパートナーはパートナーロストほどの影響は受けていなかったはずですわ) 2人のことを知るためにも、自分達が助かるためにも、この世界のことをもっと知る必要がある。 そう思いながら、小夜子はワンピースの布地を少し裂いた。 そして、小さな石や、朽ちた木に結び付けながら、街に向かっていた。 自分達だけでは、対処しきれないから……生きている誰かが、この空間に訪れて、自分達のことに気付いてくれるかもしれないから。 (集中が困難ですし、サイコメトリもどれだけ使えるか分かりませんけれど。私より力を持った人ならば、きっと) その時、自分は生きているだろうか。魔鎧のエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)を纏ってはいるが、熱を防ぎきることはできず、小夜子も随分消耗していた。 すぐに、小夜子は首を左右に振る。 「私は死ねない。美緒……帰りを待ってくれている人がいるから!」 敵を避け、それでも遭遇してしまった時には、リンを隠して物理攻撃で弾き飛ばして、小夜子は街へと入っていった。 「はっ!『アルちゃん、アルちゃーん……大好き、ハグして』というミルミちゃん電波が届いた。帰らなきゃ!」 廃墟の中で、イコプラと戯れていた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、突如窓から顔を出して、虚空を見上げた。 しかし、空には何もなく。ただ、赤い空気だけが漂っている。 「セイゾンジャ、ハッケン。ピーピピ」 エアバイクのような乗り物に乗り徘徊していたロボットが、アルコリアに気付いて銃になっている腕を向けてきた。 「ホカク」 「生存者ホカク」 次々に、ロボット、光条兵器使いと思われる若者が集まってきた。 「やれやれ、魔法メインじゃキツそうですし、体術メインに切り替えかな……」 アルコリアは、真空波を放とうとしたが、こちらも本来の威力とはならなかった。 「暑苦しい子達です……」 杖を振り回し、殴打してロボットと若者を振り払い、駆けていく。 魔法能力だけではなく、身体能力も高いアルコリアだが、脱水症状はおき始めていて、体も思うように動かなくなってきていた。 ただ、その苦しいという状態は、アルコリアにとって苦痛ではなかった。 少し気になるのは、ミルミに呼ばれているような気がすること、それだけだ。 「出口……過労盗賊団? とかいう団体の一部が、大荒野で全滅でぽいすーされてたって噂があったけど……」 一部がダークレッドホールに飛び込み、それとは別のメンバーが大荒野で発見されたという噂だ。 その遺体で発見されたメンバーもダークレッドホールに飛び込んで、何ものかに大荒野に捨てられたとは考えられないだろうか? 「それはないかな。けど、生存者を捕獲して回ってる均一っぽい集団に捕まったらその後はどーなるんだろー」 ダークレッドホールに飛び込んだ者と思われる遺体が、また一つアルコリアの目に留まる。 だけれど、ロボット達は息のないものを捕獲しようとはしなかった。 「機械の方はともかく、生身の人間っぽい方は長時間この熱い空間にいられないですよね? どこかに休憩所でもあるんでしょうか」 アルコリアはロボット達に興味を持ち、追ってみようとするが気付かれずに追う事は困難なため、とりあえず1体ロボットを不意打ちし、エアバイクのような乗り物を奪っておいた。 と、その時。 「アルコリアさん?」 人の声がした。 振り向くと、小夜子と小夜子に支えられたリンの姿があった。 隠れていた2人だが、アルコリアが発した打撃音に気付いて顔を出したのだ。 「小夜子ちゃん? へろー、苦戦モード?」 ボロボロな2人を見て、アルコリアがエアバイクをいじりながら尋ねる。 「アルコリアさんもダークレッドホールに入られたのですね。一緒に行動しましょう」 ほっとした表情で小夜子が言う。 「……もませてくれたら一緒してもいいよ!」 「えっ! こんな時に」 驚いている小夜子に近づいて、アルコリアは小夜子の身体をむにむにとみもみする。 「やぁん。て、敵にみつかったら……ああん、もうっ」 小夜子は恥ずかしげに声をあげるが、抵抗はしなかった。 「……27ミルミかな。本物なら一撫で千ミルミは軽いね」 うんうんと頷いた後、アルコリアは今にも倒れそうなリンを引き寄せた。 「りんちゃんにも応急処置、舐めときゃ治るを……りんちゃんぺろぺろ」 リンの身体をぺろぺろと舐めるアルコリア。 「は、ははは……」 リンも抵抗しないというより、出来ない状態だった。 「64ミルミ! 小夜ちゃんと比べて腹筋分が少ないのでミルミ分が高い新発見!」 ミルミ分補給により、アルコリアのやる気が少し上昇した。 「あのロボット達に、誰が命令出してるのかな」 合流後、身をひそめて情報交換をしてからリンが提案をする。 リンの呼吸は荒く、とても苦しそうだった。 「ぜすたんが、あんなの相手に……やられ、ちゃうわけないけど、「ホカク」されたら、どこに連れて行かれて、何されるのかな。やみくもに探すより、何か手がかり、あるとおもう」 捕獲、されてみると。リンは2人に言う。 「ホールに突入して、行方不明になった人が、記憶を失って見つかった話がありましたね」 小夜子は突入する前に聞いていた情報を思い起こす。 そして、当てもなくこの地を彷徨うより、ロボットに連れ去られたリンを尾行して行き先を突き止めた方が、進展はあるだろうと考える。 「そうですね、手がかり得られるかもしれません」 サイコメトリで時間をかけて街の中を調べることも考えたが、小夜子はこちらをまず優先することにした。 「リンちゃん人柱なう?」 アルコリアがリンの負傷の状態を見て、首をかしげる。 (……かなり悪い状態だけど、できることをやりたいとかかかな) 止められるほうがキツイんだろうな、と考えて。 アルコリアはにぱっと笑顔を浮かべる。 「小夜ちゃん鬼畜ー、りんちゃんを餌にするなんて! じゃあ、私はこのイコプラカメラでりんちゃんが乱暴されるシーンを撮ります」 イコプラから外してきたカメラをリンに向けた。 「乱暴なんてされない、かと。奴らは生存者を集めているみたいだし……殺されることはないはず。上手くいけば、リンさんはシャンバラに戻れるし、もしかしたらゼスタさんや風見団長の手がかりもあるかもしれない」 「……ありがとう」 と、リンは2人に弱い笑みを向けた。 よろよろと立ちあがりながら、パートナーの関谷 未憂(せきや・みゆう)のことを思い浮かべる。 (みゆう、何か感じてるかな。もっと状態が悪くなったら、みゆうも苦しい思いするのかな。心配してるだろうか……泣いてないといいな) それでもここに来たことをリンは後悔しない。 ゼスタに何かが起こってることを、知らないでいるよりずっといい。 (小夜子ちゃんにも、あるこりあさんにも、待ってる人がいるよね。白百合団団長さんにも、ぜすたんにも……総長さんとか、水仙のあの子は大丈夫かな……) 「セイゾンシャ、ハッケン」 「ホカク!」 皆の事を考えながら外に出たリンは、ロボット達の前でバタリと倒れてみせた。 その彼女に銃が向けられる。 バシッと、彼女に光の弾が撃ち込まれ、動かなくなった彼女を、光条兵器使いがロボットが乗るエアバイクに括り付けた。 アルコリアと小夜子は飛び出したくなる気持ちを抑えながら、ロボット達が出発して見えなくなる前に、奪っておいたエアバイクに乗って、後を追った。 アルコリアが運転するエアバイクは、ロボット達にすぐに気付かれ襲撃を受けた。 退ける為に、リンとは逸れてしまったが彼女を連れたロボットが向った方向は把握できていた。 ○ ○ ○ 撃ち込まれた光の弾には、睡眠の効果があったらしく、リンは痛みより激しい眠気に襲われていた。 (小夜子ちゃんはみゆうと友達だっけ。あたしが連れてきちゃった部分もあるから、無事に帰してあげたい) リンは血が出るほどに唇を噛み、眠気と戦いながら皆のことを想う。 (あるこりあさんはかわいいひと。すごく強いのに繊細だなーってイメージ……) 体はもう、自分の意思で動かすことは出来なかった。 瞼さえも重くて重くて、動かすことが困難だった。 (眠らない。ちゃんと見ないと……この先に、ぜすたんがいるのか、いないのか) 彼を探して、見つけて、護る。 リンがここにいる理由だ。それが全てだ。 エアバイクの速度が落ちた。 消えそうな意識の中、どこかに到着したのだろうかとリンは思った。 その時――。 「リン!?」 声が響いてきた。返事をしなければいけない、声だ。 口を開けない、喋る事が出来ない。 リンは必死に唸り声を上げる。 途端、強い力で掴まれて、自分を繋いでいたロープが切断されて。 ロボットは蹴り飛ばされて遠くに飛んだ。 次の瞬間に、リンは自分を掴んだ相手、ゼスタ・レイランと共に光の中へ消えた。 |
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