空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

白百合革命(第3回/全4回)

リアクション公開中!

白百合革命(第3回/全4回)

リアクション


『4.馬鹿な子』

 ふわっと風が吹いた。
 マリザは何となく気付いていた。
 彼が――ファビオが少し前からいたことに。
「迎えに来たよ、マリザ。もうあまり時間がない」
 姿を現した彼、ファビオ・ヴィベルディをマリザはじっと見つめた。
 見舞いに訪れた友たちには、知っていることを全て伝えてある。
 ハーフフェアリーの子供の保護者になってくれた、早川呼雪にも話して後押しをしてもらった。
 ファビオと共に行くしかないのだ。
 パートナーのコウが相手に押さえられ、瀕死に陥っている限り、マリザの回復はありえない。
 こちらの殺生与奪は依然として相手が握っているのだ。
(それなら、あえて手中に飛び込むべき。それに……あなたは、完全に恭順したわけではない、そうでしょう?)
 目で問いかけるが、ファビオは何も言わずに、マリザに手を伸ばしてきた。
 マリザはサイドテーブルの上の手紙を手に取った。
「聞いていた……でしょ? お友達からの、手紙……」
「いらない」
 そう言ったファビオのポケットに、マリザは震える手で手紙を入れる。
 その後は一切抵抗することもなく……することも出来ないけれど。
 彼に抱き上げられ、窓から空へと出た。
 遠くに、ルーシェリアの姿が見えた。
 百合園の方へ、急いで向かっている。
 白百合団員として、友達を助ける為にすべきことがあるのだろう。
「ファビオ……橘美咲、と、どういう関係?」
「……騎士の橋にある俺の像のファンらしくて、付きまとわれて困ってるんだ。それだけの関係。そんなことよりマリザ」
 ファビオがマリザに心配そうな目を向ける。
「体調かなり悪いんだろ? 無理させてすまないが少しの辛抱だから。彼らと会って、マリザも恭順を示せば、パートナーは癒してもらえるそうだ。情勢が落ち着くまでは、拘束は解いてもらえないだろうけれど」
 ファビオは高速で北へと飛んでいく。
「あなた……は、コウに危害を加えた、人達の思想を、どう、思ってる?」
「心から賛同している! マリザも会えば思いだすはずだ。彼女達の築いていた体制がいかに素晴らしかったのかを。この時代でまた会えるなんて、俺は本当に感動してるんだ!」
 ファビオはマリザを労わるような目で見て、淡く笑みを浮かべた。
「過去の体制を再び、一緒に築こうマリザ!」
 彼の顔をじっと見た後。
 マリザは目を閉じて「わかったわ」と言った。
「少し、眠らせて……」
 感情を表に出さないために、マリザはしばらく目を閉じて何も見ずにいた。
(あなたは、自らの気持ちをこんなふうにぺらぺらと喋る人じゃないわね。そして――)
「あともう少しの辛抱だ、マリザ」
(そして、あなたは普段私のことを、マリザと呼び捨てにはしないわ)
 “マリザ姉さん”
 彼は優しい声で、マリザのことをそう呼ぶのだ。
(相変わらず本当に、馬鹿な子なんだから)
 相手の真意、手の内を知るために、完璧な恭順の姿勢を見せて深く内部に入り込み。
 守りたいものを守るために、刺し違えてでも止めるつもりなのだろう。
(一緒に行くわ。私はあなたほど信用は得られないでしょうけれど)
 彼らの側に入り込むことは出来ずとも、ファビオの側にいることは出来るかもしれない。
 見届けるのか、共に抗うのか――それとも流されるのか。
 向かってみなければわからない。


『5.瀕死の風見瑠奈』

 ゼスタを案内し、門の側まで来ていたマリカ・ヘーシンクは、人造人間達が門から離れた隙に近づいて、数時間前において置いたメモの地図に印を入れた。そしてゼスタと瑠奈と合流してからのことを書いたメモを重ねて、再び石を乗せておいた。
 誰かが見た形跡はまだなかった。
「団長のところに行こう。ゼスタ先生もそれを期待しているはず」
 マリカはそう思い、瑠奈の元に戻ることにした。
「人が住めるような場所じゃないから、水や食料はないんだろうな……」
 人造人間の補給地点を探したいところだが、余裕はなさそうだ。
 マリカがこの世界に送られてから数時間が経過している。
 瑠奈たちがどのタイミングでこの世界に訪れたのかはわからないが、半日くらいの時間をここで過ごしていると思われる。
 瑠奈とゼスタだけではなく、他の誰かも助けに来てくれている。
 そう信じて向かうより他なかった。
「ここから集落まで……走って向ったら体力が持たないと思うし、何時間もかかっちゃうよね」
 マリカは急ぎ足で向かいながら、途中で出会ったロボットと交戦し、負傷しながらもエアバイクを奪って、敵の攻撃を振り切りながら集落に向かったのだった。

○     ○     ○

「風見団長!」
 瑠奈の元に戻ったマリカは、人造人間との交戦で酷い傷を負っていた。
「白百合団か!?」
 瑠奈の側には、人が――樹月刀真がいた。
「ああ……っ、救助に来てくれたのね」
 ほっとして、マリカは瑠奈の側にしゃがみこむ。
「あ、やっぱり腕輪、風見団長の手に! この腕輪をしてると、人造人間たちが近づいてこないの」
 マリカは刀真に、事情を話していく。
 自分は何者かに捕えられて、この世界に送り込まれた。
 自分を送り込んだ、青みがかった黒髪、青い瞳の、30代くらいのヴァルキリーの女性は、瑠奈を連れてくるようにと、自分に命じた。
 瑠奈に聞きたいことがある、と。
「風見団長を連れて来たら、あたしと他の掴まっている百合園の子も帰してくれるって言ってた」
 数時間前に一度、マリカは瑠奈と、一緒にいたゼスタと合流をしており、そのことについて2人にも話した。
 ゼスタが言うには、そのヴァルキリーの女性はゼスタを負傷させた人物と同一人物らしい。
 ゼスタは瑠奈をその人物に渡すわけにはいかない、と、瑠奈を瀕死に陥らせた。
「あの女性に持たされた水筒と非常食が少しだけあるから、どうぞ」
 水筒の中身は半分、残っていた。
 非常食は乾燥したお菓子だった。
 味見をして毒が入っていないことを確認してから刀真に渡す。
「すまない」
 精神力を回復させないと、瑠奈の治療を続けられないため、刀真はありがたく食料と水を分けてもらい、代わりに天使の救急箱でマリカのことを出来る限り治療した。
「こちらの世界と、パラミタとは時間の流れが違うそうで、あたしがこっちに来てからもう6時間くらいは経ってると思う。パラミタでは2カ月くらい、かな」
「パラミタには瑠奈や君達の偽物が現れて……」
 刀真は瑠奈の首筋に触れて、脈を確かめつづけながらシャンバラの状況についてマリカに話した。
「救助隊の派遣までもう少しかかると思うけれど、白百合団は必ず瑠奈や君達を助けに来てくれる。……必ず」
「うん。だけど、この空間の広さは100平方キロメートルくらいあるみたいだから、合流難しそうよね」
 少なくても、ゼスタの行動からして、門を目指してはいけないのだろうと、マリカは悟っていた。
「腕輪の効果で、攻撃を受けないのなら目立つ場所に瑠奈を連れていきたいけれど……」
 この熱い空間を風を切って移動したり、誤って熱い地面に放り出されたのなら、瑠奈の命は消えてしまいそうだった。
「あなたが団長を見ていてくれるのなら、あたし、助けてくれる人を探しにいくわ!」
「……危険だと思うけれど、お願いしてもいいかな」
 多少でも回復の手段を持つ自分は、瑠奈の側から離れられない。
「あまり遠くには行かず、怪我をしたら戻ってきてください」
 刀真がそう言うとマリカは強く頷いて、助けてくれる人を探しに、建物の外へと出た。


『6.捕獲終了』

 すうっと体が楽になる。
 飛び込んだ先にある空間……いや、テレポートで飛ばされた場所は、暑くはなかった。
(さよちゃん、リンちゃんは?)
 アルコリアは瞬時に物陰へと隠れ、辺りを確認する。
 そこは……ロボット達のメンテナンスルームのようだった。
「かなり状態がいいわね」
 その部屋には、青みがかった黒髪、青い瞳の、30代くらいのヴァルキリーの女が1人いた。
 光条兵器の使い手が小夜子をその女に向けている。
「もう連れてこなくていいわ。この娘もこのままで大丈夫でしょう」
 その女はそう言うと、光条兵器使いと小夜子に回復魔法をかけた。
「お戻りなさい、エネルギー世界へ。まずは百合園を滅ぼす力になるのよ」
 女が光条兵器使いの頭に触れた。
 途端、光条兵器使いは小夜子を抱えたまま、光に包まれて消えた。


『7.異変』

「すっごく元気になりました! もう大丈夫です!」
 脱出ポッドの中で治療を受け、美咲は完全復活した。
「ありがとう、本当にありがとう」
 レオーナの怪我も、鈴子の光の神聖魔法と、ローズの治療によりほとんど治り、動けるようになっていた。
「これからが本領発揮よ! 生存者探し、あたしも頑張るわ」
 レオーナはゴボウを手に意気込んだ。
「あ、生存者といえば……」
 美咲は記憶していたことを思いだしながら話していく。
「到着したばかりの頃、あちら側の空が光ったんです。多分、雷だったと思うのですが、自然発生とはとても思えないので、雷の魔法を使える誰かが、あちらの方面にいると思います」
 それから、巡回していたロボットや、光条兵器のようなものを持った敵と思われる若者達がやってきた方向も美咲は皆に語る。
 それは空が光った場所とは別の方向だった。
「ロボット達、『セイゾンシャハッケン、ホカク』とか言ってたよね? 生きている人をどこかに集めてるのかな……」
 レキが首を傾げながら考える。
「少し狭いですが、現在の人数でしたらこのポッドに全員乗れそうですよね? イコンで抱えて飛んでもらい、まずは空が光った方向に行ってみませんか? その後はこの川に沿って飛んでみましょう。町や廃墟群とか……何かしら見つかるはずです」
 ローズの提案に皆が頷いた。
「それから光条兵器を持った、人型の……敵とも思われる若者たちですが、表情や喋り方が、シャンバラで発見された行方不明者の偽物と似ているように思えました。
 だとしたら、身体は普通の人間と同じです。この状況下で長時間動いていることは出来ないはず……どこかに休むことが出来る施設があると思うのですが……」
 ローズは考え込みながらそう続けた。 
「そうですね。私たちが探索している間に、イコンにはこの世界の地理を確認していただきたいです。そういった施設を見つけ出す必要もあると思いますし、突入した人達が飛ばされた場所も、一定ではないようですので、この異空間全体の調査が必要と思われます」
 鈴子たちが得ている情報はまだ少なく、悪条件の中の長時間の探索が必要のように思えた。
「恐らくは私の蜃気楼や魔除けの魔法で、敵の接近を防ぐことが出来ると思います。
 この脱出ポッドを拠点として、皆さんには手分けして探索していただくことになるかもしれません」
「了解。二次遭難にならないように注意しようね。それじゃボクはシュヴェルト13に戻るよ」
 イコンにシリウスを残し、話し合いに参加していたサビクがコックピットに戻っていく。
 とにかく、先に突入をした人達との合流を急ぐ必要があった。