リアクション
○ ○ ○ 異世界の荒野の門の側――。 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は強く唇を噛んだ。 眠気に負けてはいられない。 時間が、ない。 (こちらの1秒はあちらの4分。こうしてエネルギーが吸われ始めた今、百合園に何かしらの攻撃をする為の準備が既に始まってるはず) ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)に抱きしめられている幼子が、「ママ、ママ」と泣きながら叫んでいる。 「愛菜ちゃんママに追い出されちゃったですね。なんだか大変な世界みたいですけど、ほかにも来てる人いるみたいだから、一緒に脱出するですよ〜」 ヴァーナーは愛菜を抱きしめながら頭を撫でてあげていた。 「泣いていたら、余計苦しくなってしまいますよ」 ヴァーナーと共に、藤崎 凛(ふじさき・りん)も幼子を慰めようとしているが、少女は泣き続けていた。 徐々に力が奪われていくことを感じ、小夜子は手を見つめて震えた。 (彼女達の話が本当ならば――あのヴァルキリーの女性は) ここはエネルギー世界であり、自分達コントラクターの地球人のエネルギーを百合園を攻撃する力に使う。 (百合園……美緒) この世界に訪れて随分と時間が過ぎた。シャンバラでは何か月経っているのだろうか。 自分のことを心配しているであろう恋人の姿が小夜子の脳裏に浮かぶ。 百合園にいる、恋人の姿が……。 (美緒を、美緒を殺させるわけにはいかない!) 小夜子は隠れていた岩陰から飛び出して、幼子――愛菜の元へと走った。 もう1秒たりとも無駄には出来ない! (その子から離れて!) 小夜子は魔鎧エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)の能力を用い、凛、ヴァーナーそれぞれにテレパシーを送った。 え? と、凛が辺りを見回そうとしたその時には、小夜子は愛菜に接近していた。 「なんですか」 ヴァーナーはきょとんとした表情で、愛菜を抱き締め続けている。 「邪魔をしないで」 その小夜子の言葉に、不思議そうな目をヴァーナーが向けた。 小夜子は光術を発動する。 「わっ」 突然の光に驚きながら、ヴァーナーは目をぎゅっと閉じ、愛菜をより強く抱きしめた。 「……っ」 小夜子は側面から、ルナティッククローを嵌めた拳で、七曜拳を幼子に放った。 「だめですよ!」 絶対奉仕の技能で、ヴァーナーが愛菜を庇う。 小夜子の攻撃はヴァーナーを深く傷つけ、愛菜を軽く傷つけた。 「いけませんわっ!」 驚きながら、凛が声を上げる。 「この子はヴァーナーさんと仲良く過ごしていたんです」 凛はこれまでの経緯を話して聞かせようとするが、小夜子の1秒を惜しむ攻撃を止めることは出来なかった。 「邪魔をするのなら容赦はしない」 「あっ」 ヴァーナー達の前に出ようとした凛は小夜子に強く突き飛ばされた。 凛が起き上がれずにいる間に、小夜子は歴戦の武術で幼子の息の根を止めようとする。 「なんでこんなことするですか? 愛菜ちゃんは悪くないですよ! ママが大好きでママの言う通りにしていただけなんです!」 「離れてと言ったはず」 小夜子は愛菜を庇い続けるヴァーナーを打つ。 ヴァーナーは大声を上げて泣いている愛菜を身体全体で抱きしめて庇いながら声を振り絞る。 「愛奈ちゃんをどうにかするのは、百合園のする事じゃないです! 百合園は白百合団は隣人や友達を守るんです!」 「そうよ! 友達を、百合園を……美緒を守るために、これは必要なことなの。その子はどのみち長くは生きられない」 ヴァルキリーの女が討たれれば、死は確実だ。 万が一、友達が、仲間が討たれ、ヴァルキリーの女が生き残ったとしても、この条件下では長くは生きられない。 「ボクはみんなで助かるのをあきらめないですよ!」 敵だから殺すとか、犠牲を小さくするために選ぶことは、ヴァーナーには出来ない。 絶対にしない。最後まであきらめたくなかった。 「誰かのために誰かを傷つけるなんて、ボクは違うと思うですよ!」 「だから、やらなきゃいけないのよ!」 無抵抗の愛菜を――庇うヴァーナーを激しく殴りながら、小夜子は悲痛な声で言う。 「あきらめないで私達がこの子と共に生きていることが、彼女達の力になる。 “私達の力が百合園を滅ぼす” あなたが、私が、友達を、美緒を――殺してしまうのよ」 それでも、どんな理由があっても、ヴァーナーは愛菜を離すことはしなかった。 時間が、ない。 こうしている間に、友が殺されているかもしれない。 「う……っ」 小夜子は愛菜を庇い続けるヴァーナーに、ルナティッククローを突きたてた。 「守る、です」 朦朧としてもなお、愛菜を離さないヴァーナーに拳を繰り出して、打ち倒し。 最後に愛菜の背後から心臓に爪を突きたて、抜いて。 後方に跳んで、離れていく。 「き、きゃあああああ」 誰かが悲鳴を上げた。 門に駆け込み、助け求める者もいた。 「う……ううっ」 突き飛ばされて倒れていた凛が起き上がり、愛菜に近づいた。 そして、もう泣き声を上げなくなった愛菜の目を閉じさせた。 「お姉様! 離れないでください」 また近くにいると思われる小夜子に声をかけて。 テレパシーで答えてくれた小夜子から、事情を聞いた。 「皆さん、落ち着いてください! この子は、私達を攫って生命力を兵器のエネルギーに変え、シャンバラを壊そうとしているテロリストのリーダー格のパートナーなのです!」 涙をこらえながら、凛はヴァーナーの治療を始める。 「お姉様は、誰もが気付いても躊躇って、なかなかできないことを決断なさったんです!!」 人々の目が小夜子が消えた方に向けられる。 「後悔や悲しむのは後でもできますわ。でも、死んでしまったらもう何もできません……! どうか、今はみんなで生き延びることを考えて下さい!」 「シャンバラに戻る方法はあるの?」 「どうしたらここから出られるの!?」 人々が凛に近づき、質問を浴びせてくる。 「それは……私にも分かりません。ですが、皆さんのパートナーやシャンバラの人たちが、動いてくれているはずです。 ああ……っ」 凛はヒールでヴァーナーを癒そうとするが、魔法はほとんど効果を発揮できなかった。 命を賭して愛菜を庇ったヴァーナーは瀕死状態であり、回復させる術もなく、更に力が奪われていく――長くは持たない状態だった。 「お願いです、助けてください。ヴァーナーさんは友達を助けようとしたんです。こんな、ことになるなんて……お願い、助けて、ください」 必死に治療を続けながら、凛は祈るように言う。 「なんでこんなことに……」 「なんで、こんなに悲しいこと、が」 人々は悲しみ、苦しみながら凛に近づいてきて。 力を振り絞り、ヴァーナーの命を救おうとした。 その中には、瓜生 コウ(うりゅう・こう)の姿もあった。事態が良く飲み込めないがならも、コウも手を貸していく。 (助かって……) 小夜子は隠れて様子を見ていた。 ここから動くことは出来そうもなかった。 地図に記されたマリカ達がいると思われる場所まで、普通の状態で歩いても数時間かかるだろう。 自分は兎も角、今の状態ではたどり着けないものもいるだろう。 自分にできることがあるとは思えないが、ヴァーナーを治療をする人々を残して、1人で向かうことも出来なかった。 |
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