リアクション
その後が本番。
「というわけで、真尋ちゃんも一緒にパーティー行こうね!?」
12月のとある日、電話の受話器を置くなり振り返った東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)に、パートナーの奈月 真尋(なつき・まひろ)は訝しげな視線を向けたのだった。
「何が、『というわけ』なん? どないしてウチがパーティに……」
「ああ……今の電話はマーカスくんからだったんだけどね」
真尋の視線に疑念が混じる。
マーカスくんことマーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)は、18歳になるコヨーテの獣人で空京大学に通っており、いつもちょっと困った顔で……いや、三次元男性は恐いが彼のことはいい。
彼はパートナーに困らせられておりそのパートナーというのが、アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)、真尋と犬猿の仲なのである。
「四人でクリスマスパーティーに行こうって話になって」
せっかくのクリスマスなのに楽しくないなんてもったいないよ、とでも言うような秋日子の笑顔だったが、
「秋日子さんだけならまだしも、なじょしてウチがアーヴィンさんなんかとパーティーに行かにゃならへんのですか!」
顔を険しくして真尋は叫んだ。が、秋日子は実のところ気にしていなかった。
「アーヴィンくん、クリスマスにあまりいい思い出がないらしくって……」
ちょっと困ったように言えば、真尋は言葉を詰まらせる。もう少しだ。
「みんなと遊んで楽しい思い出を作ってあげられればって思ってるんだけど……。ダメかな?」
(真尋ちゃんがアーヴィンくんのこと本気で嫌ってるわけじゃないの知ってるから、こういう風に言えばわかってくれるはず。真尋ちゃんって結構チョロ……否、素直ないい子だし!)
予想は当たり、真尋は渋々と言った様子で頷いた。
「ま、まあクリスマスに楽しい思い出がないというんも可哀そうですからね。仕方ねえのでつきあってあげます」
クリスマスパーティー当日。
会場のホールの前で、スーツ姿のアーヴィンは苦い顔をしていた。
……謀られた。
クリスマスパーティーに参加する、などと言わなければ良かった。
そう、少し前ならその時期は外に出ることすら拒絶したのだ。今は多少抵抗がなくなったので承諾してはみたものの……。
(メンバーを聞けば秋日子氏達と一緒というではないか。となると彼女も参加するわけで……おのれマーカスめ)
「そんなむすっとした顔をしていたら良くないよ」
「ああ」
年下のマーカスに尤もなことを言われて、頷く。
目の前にはその彼女、真尋がいる。苦い薬を飲んだ時になる顔を他人に見せまいと平静を務めようとしているような顔だ。それが、彼女のドレス姿を「もったいない」ものにしている――そう自分が感じていることに動揺する。
「こ……こんばんは」
「こんばんは」
真尋はちらっとこちらを見ると、ぷいと横を向いてしまう。それに気まずいものを感じつつ、しかし彼女の目線がこちらを自分を追っているのに気付いて、アーヴィンは複雑な気持ちになった。
パーティーが始まってからも、二人は殆ど会話を交わさなかった。
真尋は秋日子にくっついていたし、四人で料理をとりに行く時も黙っていた。
秋日子とマーカスが互いのパートナーに話を振りつつ談笑しようとするのに真尋はちょこちょことパートナーに返答するくらいで、アーヴィンはなかなか彼女一人に話しかけられない。
「――あ、もうこんな時間だね」
時計を見て、マーカスが声を上げる。そろそろお開きの時間だった。
そうだなとアーヴィンが返す間もなくマーカスは彼を正面から見ると、
「僕は家のことが心配だから先に帰るね。真尋さんをちゃんと送ってあげてね」
「私も用事があるので先に帰るよ、じゃあね真尋ちゃん!」
アーヴィンと真尋が何か言う前に、二人は会場から出ていってしまった。
「……私、いやウチ……」
真尋も戸惑っているらしい、途端に落ち着かなげに辺りを見回したり、しきりにグラスを触ったりしている。小さいチョコレートを摘まんでは飲み、摘まんでは飲みしてアーヴィンが声を掛けられないうちに、食べ過ぎに気付いたのか顔を赤らめてグラスを置いた。
何か言おうと真尋はアーヴィンを見るが、彼女も今日は普段以上に調子が狂って憎まれ口も叩けなかった。
(普段よりその……かっこよくみえるので……)
「な、なな何か? さっきからウチのこと見よおるから」
*
会場から出ようとした二人は、あるところで足を止めるとくるりと反転して、物陰に隠れると顔だけ出して、遠くから残った互いのパートナーを見やる。
はめられた、と気付いたらしいアーヴィンの顔が見えるのに思わず微苦笑する。
今日はパーティーというより、二人に仲良くなってもらうのが目的だった。そうなればアーヴィンのクリスマスは良い思い出に変わるだろう。
(さてと、……遠くから出歯亀…じゃなくてええと、二人がうまくいくように見守るね! ああ、二人がどうなっちゃうのか楽し…いやいや心配だなあ!!!)
「考えが顔に出てるよ」
マーカスに言われ、秋日子はほっぺたを手で押さえながら、
「最初はどうなるか心配だったけど、二人とも結構いい雰囲気みたい。よかった」
暫くはぎこちない二人だったが、アーヴィンの雰囲気が変わる。何か取り出しているようだ。
「あれならきっとこれから先は見守っていなくても大丈夫かな? 家で待っている子もいるし、僕は帰って待ってるかな」
「……あれ?マーカスくんもういいの? これからが面白そうなのに……」
「うん」
穏やかな笑顔で頷くマーカス。秋日子も仕方ない、帰ろうかと、今度は二人、本当にホールを出た。
*
「な、なな何か? ……さっきからウチのこと見よおるから、何か言いたいんやないかて……」
「……これを……」
アーヴィンが恐る恐ると言った手つきで差し出したのは、カモミールの花を象ったイヤリングだった。
真尋はかわいい、とつい素直に口に出してしまいそうだったが、いつものように
「え、ええと、その、貴方のセンスにしては悪かないチョイスですね!」
と、言ってしまう。
(……ああ、もう! なんで素直にありがとうと言えんのですかねウチは……!!)
アーヴィンの顔が沈む。本当は、そんなことを言いたかったのじゃないのに。真尋は照れる姿を誤魔化すようにイヤリングを付ける。
「ど、どうですか……?」
真尋は髪を少しかきあげて見せる。
(いつもと違う様子が愛しいと感じたのが悪かった)
ああ、そんな彼女なのだ。素直じゃなくて、何度もつかれた悪態。互いに認める犬猿の仲。アーヴィンの気持ちなど気付いてもいないだろう。
イヤリングを叩き落とされ……は、しないものの。彼女に似合いそうだと選んだプレゼントだけれど、喜んでくれたかは定かではない。
けれど。
アーヴィンは、真尋に呼ばれて、伏せ気味の視線をあげた。
そこには、彼女の耳にはイヤリングがあって。贈ったイヤリングが咲いていて。
耳に飾られたイヤリングを確かめるように触れて。
「好きだ」
――目を見開いたのは、二人ともだった。
戸惑って混乱したような真尋、アーヴィンも自身の言葉――胸にしまっていた言葉を口にしてしまったことに驚いていた。一番避けなければいけない言葉だったはずなのだ。驚くことは目に見えている、でもその後の反応が怖い。
でも嘘や冗談とは言いたくはないから。彼女は、真尋はなんと答えてくれるのかをじっと待った。
それが彼女に、本気だと言外に伝えたのだろう。
真尋の手が震えるようにゆっくりとアーヴィンに差し伸べられる。
「……あの、私手が冷えてしまったので、一緒に手を繋いでくれませんか?」
ぎゅ、っとアーヴィンの手を握る。
彼は戸惑いながら、その手をしっかり握り返す。彼女なりの返答に応えるように。
(……これで察してください、ばぁか)
アーヴィンは胸の中が温かくなるのを感じながら、ぼんやりと、カモミールが咲く薄紅色に染まった耳朶もこの手のように柔らかいのだろうか、と思った。