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リアクション
●紅白歌合戦開催に向けて、奔走する者たち
パラミタの2020年が、今日を以て別れを告げようとしている、そんな年の瀬。
ここ『空京スタジアム』では、シャンバラの建国を祝う『シャンバラ独立記念紅白歌合戦』が開催されようとしていた。
「……さ、今日がいよいよ本番や! 気合い入れていこか!」
スタジアム内、イベントの打ち合わせのために用意された部屋で、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)がまずは自分自身に、次にパートナーであるレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)に、そして、泰輔たちと同じく今回のイベントに際し裏方として振る舞おうとしている人たちに向けて、イベントを自分たちの手で成功に導こうという意思を込めた言葉を発する。
「司会進行は、白組がクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)、紅組が神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)やな」
「このような大舞台で司会役を務められることは、誠に光栄です。イベントを成功させるため、全力を尽くしましょう」(それに、ここで上手く仕切る事ができれば、俺の名声も鰻登りに違いありませんしね!)
「拙者もクロセル殿のお手伝いをするでござるよ」(母上も歌手として参加されると聞いたでござる。間近で母上の雄姿を見たいでござる!)
「紅白歌合戦を盛り上げるため、私も尽力いたしますわ」(たくさんの方の目に触れることで、私自身の知名度も上げられそうですしね)
泰輔の確認の言葉に続いて、クロセルと童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)、エレンが決意の言葉を口にする。
(? 気のせいかな、エレンと白組の司会者と、同じものが見えたような……)「ボクたちはアシスタントだね。プロクル、そっちは任せたよ」
「任せるのである! タイガーガール隊、キリキリ働くのである! 収録現場は戦場なのである!」
「では〜、わたくしは出演者様の情報を調べてまいりますわね〜」
クロセルとエレンにどこか似たものを感じつつ、アトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)が自身同様バニーガールの格好をさせた『バニーガール隊』を率い、やはり同様にタイガーガールの格好をさせた『タイガーガール隊』を率いるプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)と頷き合う。エレア・エイリアス(えれあ・えいりあす)は何やら、出場者の情報入手に動くようであった。
「舞台監督は藍澤 黎(あいざわ・れい)やな」
「ああ。美を担う薔薇学の者として、舞台を華やかに、そして明るい未来を感じさせるように演出し、かつ速やかに進行させてみせよう」
座っていた椅子から立ち上がった黎が、決意の言葉を口にして着席する。
「今日のイベントは、審査員を各校の校長が務めとる。せやけど、校長とステージに立ちたいと申し出とる出場者もおる。その際審査員の代役を務めるのは、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)、遊馬 シズ(あすま・しず)やな」
「まぁ、秋日子サンがやりたいって話だから。ああ、でも俺音楽に関しては妥協しないから、そのつもりで」
「あはは……うん、名乗り出たからにはちゃんと採点するよ!」(遊馬くん、大丈夫かなぁ……)
シズの採点時の言葉や振る舞いを思い浮かべて、今からハラハラする秋日子であった。
「バックダンサーはレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)、ミア・マハ(みあ・まは)やな」
「うん、ボク頑張るよ! シャンバラが一つになって最初のお祭り、絶対成功させなくちゃ!」
「うむ、そうだの。レキ、早速曲と衣装の調整に取り掛かろうぞ」
曲リストを手に、レキとミアが曲に合った衣装の選定を始める。
「私と顕仁と、カメラ撮影を担当されるのは、緋山 政敏(ひやま・まさとし)、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)ですね」
泰輔の進行を引き継ぐ形で言葉を発したレイチェルに呼ばれ、政敏とカチェア、リーン、それに顕仁を交え、泰輔が用意した進行表を元に、カメラワークの予定を相談し合う。続いて進行は、フランツへと引き継がれる。
「ロードマネージャーは椎名 真(しいな・まこと)ですね。バックバンドの指揮は僕にお任せください」
「分かった、それは君に一任しよう。用意された楽器を見ておかなくてはいけないね」
こことは別の部屋に保管されている楽器のチェックに、フランツと真が向かう。再び進行が泰輔に戻って、話が続けられる。
「本イベントの中継には、ダークサイズの協力も取り付けとるで。ダークサイズは空京放送局を押さえとるからな」
『ダークサイズ』という、もしかしたら聞き慣れない言葉の補足として泰輔が「まぁ、『勤労する悪の組織さん』ってとこやな」と付け加え、交渉の内容を噛み砕いて説明する。
「ダイソウトウ、このイベントはダークサイズがこれから征服する地域がどんなにすばらしいか、いっちょよく観察する機会やで」
「……だが、今のままでは我々がタダ働きではないか」
「そこはまあ、シャンバラ政府に太っ腹なところを見せるよう話しとくんで。ダイソウトウとしても、国家神とコネが出来るかもしれんで?」
「何! じゃあやろう」
「……てなわけで、会場には幹部もスタッフとして紛れとるんで、会ったら仲良くしたってな」
泰輔の説明に、ダークサイズのことが分かったような分からないような感じで、とりあえず悪さしないならいいか、的なノリで皆が頷く。
「と、こんな感じやけど。そちらさんはどないします?」
「……いやあ、正直、君たちがここまで出来るとは思わなかった。これは下手に私たちが首を突っ込むのは止めた方がいいと判断するよ。
現場の行動は細かな調整が必要かもしれないけど、大まかな方針は君たちの提示したものに従うよう、僕の方から各スタッフに言っておく。彼らのことは、好きに使ってくれればいい」
泰輔に話を振られ、その場に居合わせていた日本の『紅白歌合戦』を手がけてきたプロデューサーが、契約者への尊敬の念を新たにしながら告げた。日本ではすっかり下火になってしまった紅白歌合戦をパラミタで復活させられるのであれば、何も自分たちが主導でなくとも、シャンバラをここまで導いてきた者たちが主導した方がいいだろう、そんな思惑からであった。
「それはおおきに。……ほな、今日はいっちょ、やったろか!」
打ち合わせの終わりを告げる泰輔の言葉に、皆がおー、と気合いの篭った言葉で答える――。
『黎さん、照明のセッティング、完了しました』
インカムを通じて聞こえてくるスタッフの言葉に、黎が進行表通りに照明の操作を行うよう伝え、その指示はすぐさま照明の操作を担当するスタッフに伝えられる。
『行きますよー』
再びインカムを通じて声が聞こえ、予め申告のあった出場者と曲目から適切と判断された照明効果が、ステージ上空に設置された照明によって演出される。七色に彩られるステージを、黎は手元にある資料を確認し、出場者が歌う際に使用する大道具との色彩も考え、照明効果が相応しいかを判定していく。
「……その2つのライトのゼラは、それぞれ25番と75番の方がいいだろう」
『了解です』
黎から指示が飛び、人と機器がステージを動き回る。ライトを覆うフィルターが黎の指定した色に入れ替えられ、再び照明だけの通し稽古が行われる。素人目には先程とどこが変わったのか分かりにくかったが、黎の顔には納得するような表情が浮かんでいた。
「よし、次は音響だ」
その言葉で、ステージにはギターやベースなどの弦楽器、サックスやホルンなどの管楽器、キーボードやピアノなどの鍵盤楽器、ドラムセットとして打楽器が、真とフランツ、彼らの指示を受けて動くスタッフの手によってセッティングされる。
「では皆さん、手元の楽譜にある曲を弾いてみましょうか」
指揮を執るフランツが、自らも楽譜のページを捲りながらバックバンドのメンバーに告げる。曲は、日本の紅白歌合戦の最後に必ず流れていた曲を、様々な楽器で演奏できるように書き直したものであった。進行に変更がなければ、この曲がイベントの最後に流される手筈になっている。
(まさかこの曲を、ドラムで叩く日が来るとはね……)
自らがチューニングしたドラムをチェックする意味も兼ねて、真が日本人なら馴染み深い曲を演奏する。
(……抗争、紛争、それらに巻き込まれた人達……。
吐露したい想いはあるのかと言われたら、ないわけではないけど……。
きっとそれは、皆が歌という形でぶつけ合ってくれると思う。
……それを全力で吐き出せるようにするだけだ。俺の今やるべきことは、きっとそれだから――)
想いに耽っていた真は、演奏が終わりを告げる直前に我に返る。咄嗟に鳴らしたシンバルが思いの外大きな音を奏でてしまい、フランツを始めバックバンドメンバーの視線が一斉に向けられる。
「……済まない、力み過ぎた」
感情的になって危うく本気で叩きかけたことを反省する真であった。
ステージの脇、いわゆる『裏方』の人たちが控える場所として用意された部屋にも、バックバンドメンバーの演奏が聞こえてくる。
「すみません、黎さんがバックダンサーの動きも見たいとのことなので、もし出られるなら一度出ていただけませんか?」
そこで衣装合わせをしていたレキとミアの下に、スタッフが声をかける。
「あ、はーい。あの、衣装を提供していただいて、ありがとうございました!」
二人が礼を言う、それは事前に、日本の紅白歌合戦に携わっていたスタッフから、過去にバックダンサーの衣装として使われていた衣装の提供を受けたことによるものであった。
「いいんですよ、着る人がいてこその衣装ですから。お二人の今着ていらっしゃる衣装も、ぴったりな方が着てくれて喜んでいると思いますよ」
二人の手によって新たな生命を吹き込まれた衣装、それを着こなす二人に称賛の言葉を送って、スタッフがステージへと戻っていく。
「レキ、わらわの準備は出来たぞ」
「うん、じゃあちょっと行ってこよっか!」
二人が頷き合って、ステージへと向かっていく――。
「……以上が、カメラワークに関する大方の進行です。……少々お待ち下さい。ええ、ええ、分かりました。
今から10分後より、バックバンドとバックダンサーを入れて、舞台の演出確認をするとのことです。私たちも撮影のリハーサルを行いたいと思います。皆さん、配置についてください」
進行表を手に、顕仁、政敏とリーン、カチェア、他日本から派遣されたスタッフに進行を説明していたレイチェルの言葉で、それぞれが決められた配置につく。ステージ全体を映す移動機構を備えたカメラには、スタッフが張り付いていく。
「我らは会場内を移動して映像を取っていくのだな。目的を同じくする者同士、よしなに」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
互いにカメラを担いだ格好で、顕仁と政敏が二言三言言葉を交わした後、最初の持ち場へと別れる。
『政敏、聞こえる?』
そこへ、インカムを通じてリーンの声が政敏に届く。彼女は離れた位置から、政敏を始めとしたカメラマンへの指示を担当することになった。
「ああ、聞こえてる。指示の方、頼むな」
リーンに声を返し、政敏がカメラの具合を確認する。ズームと自らの『足』を駆使すれば、ステージでそれぞれの想いをぶつける出場者の表情をよりダイレクトに映し出すことが出来るだろう。
「……うん、感度良好。動作に問題ないわ」
集音器の動作チェックを行っていたカチェアも、問題がないのを確認して微笑んで呟く。政敏に追随出来るだけの『足』を持つ彼女であれば、出場者の想いが詰まった『声』を漏らすことなく集めることが出来るだろう。
「……そろそろリハの時間だな」
時刻を確認した政敏が、真剣な表情で撮影準備の態勢に入る。
「スモークの量が不足している。今より10秒早めてくれ」
『分かりました!』
「セットの動きが悪い。手順を一部変える。今から言う通りにしてくれ」
『了解です! お願いします!』
通し稽古を見ながら、黎が気になった点を逐一スタッフに指示し、その指示はスタッフによって修正されていく。カメラも本番さながらの動きを見せ、演奏を続けるバックバンド、曲に合わせて踊るバックダンサーを映し出していく。
そんな中、空京スタジアム上空には一台のヘリコプターが滞空し、準備に勤しむ彼らを中継していた。
「……こちら空京スタジアムでは、本日開催の『シャンバラ独立記念紅白歌合戦』の準備が急ピッチで行われています。
シャンバラが統一されて初のイベントは、どのような形で開催されるのでしょうか?」
カメラマンが撮影する映像に声を乗せているのは、『空京放送局特派員』という肩書きが久し振りに適用された秋野 向日葵(あきの・ひまわり)であった。
(ダークサイズがスポンサーなのは殺したいくらいムカつきますけどー、そんなのは瑣末なことですよねー。今はリポーターとしての仕事を果たすだけですよー)
その外見からはちょっと想像できない毒を吐きつつ、ダークサイズが用意したというヘリコプターから、向日葵が現地の状況をリポートする。
その映像は空京放送局を通じ、パラミタ各地に特別放送として届けられていた――。
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